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第15話 Uボート死すべし慈悲は無い

 史実において、直接的な戦闘以外にも英国海軍が果たした役割は大きい。

 その巨大な艦隊が、戦時基地スカパ・フローに駐留しているだけで、ドイツの主要水路は目に見えない圧力にさらされた。その影響は、第1次大戦の最初から最後まで続き、ドイツ海軍の行動に大きな制約を与えたのである。


 この世界においても、英国海軍は現存艦隊主義(the fleet in being)を採用していたのであるが、その内実は史実とは大きく異なるものであった。正確に言うと、出撃する気も無かったし、出撃すること自体が不可能であった。


 この時代の海戦は、基本的に艦隊決戦であり、その主力は当然ながら戦艦である。戦艦の要素として、火力・装甲・速度の3つがあるが、当時の技術力ではこの全てを高い次元でバランスさせることは不可能であった。しかし、いくら火力と装甲を充実させても、鈍足で戦場にたどり着けないと意味は無い。史実のフィッシャー卿の巡洋戦艦については批判が多いのであるが、この点において彼の考えは間違っていなかったのである。


 史実においては、速度を捨てて火力と装甲に秀でた戦艦と、防御を捨てて速度と火力に特化した巡洋戦艦の2種類の戦艦が建造されたのであるが、戦艦を高速化させた高速戦艦こそが理想なのである。フィッシャー卿もそのことは理解していたようで、当時は駆逐艦にしか搭載していなかった重油専燃缶を、戦艦に搭載して高速化させるように命じている。


 高速戦艦を実現するにあたって、最大の問題はコンパクトでハイパワーなエンジンである。逆に言えば、これさえ開発出来れば高速戦艦は建造出来るのである。そして、英国には円卓チートと便利な魔法の壺があった。結果、英国海軍の戦艦は大半が新造艦となり、スカパ・フローで習熟訓練に明け暮れていたのである。出撃可能な練度に達するには、今しばらくの時間が必要であった。


 戦艦が出撃出来なくても、英国海軍の成すべきことは変わらなかった。

 その至上目的は制海権の確保であり、連合軍への補給の確立である。そのために、円卓では史実知識を活かした戦力整備を戦前から行っていたのである。







「潜望鏡深度まで浮上。ゆっくりとだ」


 艦長の命令で、潜水艦はゆっくりと浮上していく。


「距離2000、敵速10。魚雷戦用意」


 潜望鏡を上げると素早く周囲を確認、商船を視認すると艦長は必要最小限の単語で素早く命令を下す。


「魚雷戦用意。1番発射管のみ」

「航走深度5メートル」

「アップトリム5」


 応じる発令所の部下たちも熟練ぞろいであり、必要な諸元が次々と入力されていく。


「よし、発s――」


 しかし、艦長の魚雷発射命令は下されることは無かった。

 ドイツ海軍のU51型潜は、魚雷発射直前にロケット弾の直撃を受けて船殻が大破した。緊急浮上したことで沈没こそしなかったものの、最終的に降伏に追い込まれたのである。


 史実とほぼ同時期に、ドイツは無警告で船舶を撃沈する無制限潜水艦作戦を開始すると正式に発表していた。その対象は、英国とアイルランド周辺海域を航行する商船である。幸い、今回の事例では未遂に終わったものの、各地で商船が撃沈されていた。


 円卓によって、無制限潜水艦作戦の対策は戦前から行われていた。

 しかし、史実よりも襲撃が大規模だったことと、新戦術に対する理解を得るために時間を浪費してしまい、初期の被害を招くことになった。新戦術を周知徹底させるのには、それなりの時間が必要だったのである。


 史実でも有効だった護送船団方式であるが、この世界でも採用された。

 船足を統一するために、全てエンパイアシップで統一されており、最低1隻はMACシップが随伴していた。


 このMACシップは、地中海遠征軍が使用していたものと違い、航空甲板を張っただけの簡素なものであり、内部は普通の貨物船として使用されていた。そのため、運用出来る機体は4機のみであった。運用された機体は、主にソッピース クックーであり、魚雷の代わりにRP-3ロケット弾を搭載して潜水艦狩りに勤しんだ。ちなみに、U51型潜を降伏に追い込んだのもこの機体である。


 後にエンパイアシップにも史実Qシップと同じく武装が施された。

 史実と同じく、直接的な戦果には恵まれなかったものの、武装を警戒したUボートが安易な接近を避けたので、Uボート避けとしては一定の効果があったようである。






 沿岸部を航海する船舶には、フラワー級コルベットを護衛に付けることが義務付けられた。史実では、第2次大戦時に生産されたフラワー級であるが、この世界では沿岸部の対潜作戦に最適として、大量生産が始まっていた。


「ASDICコンタクト! 右前方2000ヤード!」

「ヘッジホッグ用意!」

「準備完了!」

「ファイアー!」


 船首に搭載されたヘッジホッグが火を噴き、水面下のUボートを爆砕する。

 フラワー級には、史実同様にヘッジホッグが搭載されており、これはDMWD(Department of Miscellaneous Weapons Development、多種兵器研究開発部)の成果であった。


 史実よりも早期に設立されたDMWDは、海軍省の管轄なのであるが、その実態は円卓メンバーの巣窟であった。彼らは史実知識を活かして、英国面溢れる新兵器の開発に日々邁進しているのである。


 フラワー級が採用された理由の一つに、捕鯨船の設計が流用されていたことがある。構造が捕鯨船なので、RNR(英国海軍予備員)など商船出身の乗組員にも運用が容易であり、人員の確保がスムーズだった。必要ならば、短期間で捕鯨船に戻すことも可能であり、戦後は捕鯨船として大いに活躍することになるのである。


 なお、史実第2次大戦後の食糧難で、英国の食卓に登場した鯨肉は不評であったが、体は子供で頭脳が大人な某ショタが、鯨肉を流行らせるべく暗躍していた。彼が生きていた21世紀では、鯨肉は非常に高価で貴重なものであった。このチャンスを逃すまいと、日本で鯨肉料理のレシピを手に入れたり、お料理同人誌を描いたりと奮闘することになるのであるが、それはまた別の話である。






 史実とは違い、レーダーの開発が間に合わなかったために、フラワー級にはレーダーは搭載されなかった。しかし、それを補うべく英国はある設備を大々的に整備していた。それこそがUボート対策の本命であった。


「Uボートらしき音源をキャッチしました」

「位置特定中……ポイントE10付近です」

「付近を航行している船舶に警戒命令を出せ」

「アイアイサー!」


 戦前から英国では、史実のSOFAR(Sound Fixing and Ranging)に範を取った潜水艦探知システムの整備を進めていた。


 SOFARは、史実アメリカが1940年代に開発した墜落した飛行士の捜索救難のためのシステムであり、墜落した飛行士が爆発させた小さな爆弾の音をハイドロフォンで捉え、三角測量によって発見するというものであった。英国海軍では、これを改良したものを潜水艦探知に使用していた。


 このシステムでは、複数のハイドロフォンで探知した音源を、パラメトロン・コンピュータで処理することで、高速化と精度向上を達成していた。しかし、現時点で既に性能は限界に達しており、これ以上の性能向上は望めなかった。


 Uボートの出す低周波音の分析及び記録に必要な、分析幅1~0.5ヘルツのリアルタイム・スペクトル分析を処理するには、従来のパラメトロン・コンピュータでは難しいため、より高速処理が可能なトランジスタと、それを利用したコンピュータの開発が進められていた。これが史実SOSUSと同様のシステムとして発展していくことになる。


 大量かつ長距離になるハイドロフォン網は、北海は言うに及ばず、イギリス海峡、ケルト海などにも張り巡らされた。敷設するために必要な費用と時間は膨大であったが、史実のUボートの被害を円卓のメンバーは忘れていなかったのである。






 英国がここまでUボート狩りに力を入れたのは、史実で経済を壊滅させられかけた苦い過去もあるが、アメリカの参戦を回避するためでもあった。苦労して、アメリカを平和ボケにしているのに、史実のルシタニア号事件でも起こされたら、全ては水泡に帰してしまうのである。


 1916年も中ごろとなると、Uボートは一方的に狩られる存在に成り下がった。不用意に船団に接近したUボートは、フラワー級のヘッジホッグと爆雷で粉砕された。船団から離れていても、潜水艦探知システムで位置を特定されて、最寄りのMACシップや空軍基地から攻撃機がデリバリーされた。


 このような状況に、当然ながらドイツ海軍も無策では無かった。

 より高性能なUボートの開発を促進すると共に、独自開発したシュノーケルをUボートに後付けで装備したのである。


 シュノーケル装備のUボートは夜間のみ浮上航行し、日中はシュノーケル航行に徹した。攻撃機のエンジン音を察知すると、そのまま完全潜航して息を潜めたのである。


 Uボートのクルーからすれば、頭上の攻撃機は忌々しい存在であったが、それは攻撃機側も同様であった。完全に潜航されてしまうと、有効な攻撃手段が無かったのである。


 Uボート攻撃に使用されたRP-3ロケット弾は、新開発された対潜攻撃用の弾頭を装着していたのであるが、これは浮上航行か浅深度の潜水艦にのみ有効であった。潜航している潜水艦には航空爆雷が有効であったが、当時の攻撃機のペイロードでは搭載量はたかが知れており、潜水艦探知システムでは大まかな所在が分かるだけで、Uボートの撃沈には、かなりの幸運が必要であった。


 ならば、夜間に浮上航行しているUボートを狙えば良いのであるが、レーダーが実用化されていないため、発見は肉眼に頼るほかなく、夜間の攻撃は実質不可能であった。Uボートはシュノーケルによって、航空攻撃を無効化することに成功したのである。


 航空攻撃を無効化することに成功したUボートであるが、劣勢を覆すには至らなかった。シュノーケル航行中は、速度も視界も制限されるため、護送船団を発見することは難しく、運良く見つけたとしても船団の船足に追従出来なかったのである。


 Uボート側は、襲撃から待ち伏せ戦法に切り替えたのであるが、潜水艦探知システムで大まかな位置が特定されているため、船団は待ち伏せを迂回して回避した。こうなると速度に劣るUボートでは攻撃の機会すら与えられず、完全にお手上げ状態であった。


 護送船団は、今現在も大量の補給物資を連合軍に輸送し続けており、このままではじり貧であった。この状況を打開するためには、北海周辺の制海権を奪取することが必要であった。そのために必要になるのは、Uボートではなく強力な水上艦艇、それすなわち戦艦であった。事ここに至って、ドイツ海軍は全力出撃を決意したのである。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


U51型潜水艦


排水量:715t(水上) 900t(水中)

全長:65.m

全幅:6.4m

吃水:3.74m

機関:MAN製6気筒ディーゼル2基+SSW製電動機2基2軸推進

最大出力:1200馬力(水上) 600馬力(水中)

最大速力:17.1ノット(水上) 11ノット(水中:シュノーケル使用時) 9.1ノット(水中:モーター使用時)

航続距離:9400浬(水上) 55浬(水中:モーター使用時)

乗員:35名

兵装:105mm単装砲1基

   88mm高角砲1基

   500mm魚雷発射管4基(艦首2、艦尾2)

   魚雷8発


ドイツ海軍によって量産された戦時急造型潜水艦。

性能は史実オリジナルと同じであるが、後にシュノーケルが追加装備されている。


史実とは違い、この世界では最初から潜水艦隊の主力として大量に建造され、第1次大戦序盤ではかなりの戦果を挙げた。しかし、英国海軍の対潜戦術が本格化すると一方的に狩られる存在となってしまった。そのため、ドイツ海軍はより高性能なUボート開発に邁進することになる。






フラワー級コルベット


排水量:1015t

全長:62.54m 

全幅:10.06m

機関:3胴型水管ボイラー2基+三段膨張式レシプロ機関1基1軸推進

最大出力:2750馬力

最大速力:16ノット

航続距離:12ノット/3500浬

兵装:45口径102mm単装砲1基

   39口径40mm単装機銃1基

   70口径20mm機銃3~8基

   ヘッジホッグ対潜迫撃砲1基  

   爆雷投射機4基

   爆雷投下軌条2基 


史実では第2次大戦時に生産された駆潜艇。

Uボートに対して史実の悪夢が忘れられない円卓によって、第1次大戦時に大量に建造された。


オリジナルとの違いは、レーダーが装備されていないことである。

いかに魔法の壺と円卓チートがあるとはいえ、この時代に実用的なレーダーを実用化するのは不可能であった。そのため、潜水艦探知システムで通報されてから現場海域へ急行し、到着後はASDICで位置を特定して攻撃するという運用が成された。


捕鯨船がベースになっているため、構造が商船構造のため量産しやすく、商船あがりの船員でも動かせるために人員の調達もスムーズと良いことづくめな船であった。戦後は各国に売却され、武装を取り外して捕鯨船として活躍している。

Uボートによって、英国の経済を締め上げるはずが、逆にドイツが締め上げられました。

円卓の面々にとっては、生前の悪夢の記憶なのでしょうがないですけど。どこぞのニ〇ジャスレ〇ヤーではありませんが、まさにUボート死すべし、慈悲は無い状態です(笑


ちなみに、英国はドイツの商船にちょっかいを出していません。

対象となる船舶の取り扱いは、戦時国際法の海戦法規の管轄なのですが、厳格に適用することは不可能だからです。

史実でもグレーゾーン扱いであり、戦後に批判されています。戦局は連合国側が有利であり、敢えて手を出す必要は無いこともありますが、戦後にドイツを一方的に批判するためでもあります(酷

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