第14話 平成会
モンロー主義に束縛されて、第1次大戦に関われないアメリカとは対照的に、日本はうまく立ち回って莫大な利益をあげていた。『日英船鉄交換条約』はその最たるものであり、日本はカナダ自治領(当時)から鉄材を輸入して船舶の大量建造を行い、未曽有の好景気となっていたのである。
第1次大戦勃発後、アメリカは軍事上重要な物資となる鉄材の輸出を禁止したのであるが、日本の造船業界は鉄を輸入に依存していたため、鉄飢饉による深刻な打撃を被る可能性があった。危機感を覚えた日本は、外交ルートを通じてアメリカと交渉したのであるが、努力むなしく不調に終わった。
しかし、アメリカがダメならば英国があるということで、民間外交で英国大使と直接交渉した結果、日本が船舶を英国に提供し、その代わりに英国(カナダ自治領)は鉄材を日本に供給するという日英船鉄交換条約を締結することに成功したのである。
日英船鉄交換条約は、カナダ自治領が供給する鉄材1トンにつき、日本の造船業者が1重量トンの船舶を建造して提供し、残りの鉄材は日本側で自由に使用できるものであった。実際のところ、円卓チートされた英国本国と自治領の国力なら日本の提案を受け入れる必要性は無かったのであるが、日英同盟の手前、日本にも利益を与える必要があると円卓は判断したのである。
日英船鉄交換条約だけでなく、地中海への護衛艦隊の派遣や、虎の子のはずの金剛型戦艦の貸し出しを提案するなど、日本の行動は史実から大きく逸脱していた。日本へ疑念を抱いた円卓は、以前からMI6に調査を行わせていたのであるが、その結果はとんでもないものだったのである。
1916年1月。
円卓では、日本に関する調査結果が報告されていた。その結果は驚くべきものであり、円卓のメンバーは衝撃を受けていた。
「我ら円卓と同様の組織が日本にもあったとは……」
「先年の日本の提案も頷けるな。史実を知らないとあんな提案は出来ないだろう」
「詳細については、私から報告させていただきます」
MI6の最高責任者である、マンスフィールド・スミス=カミング少将が円卓メンバーに説明する。
「彼らの目的は何なのだ?」
「かの組織の中枢にまでは、未だ達していないので憶測となりますが、おそらく我らと同じでしょう」
「つまり?」
「具体的には、将来起こるアメリカとの戦争を回避することにあると思われます」
この世界の日本は、19世紀半ばごろから大きく歴史が異なっていた。
史実では暗殺されていた偉人達が健在であり、日本は史実とは違う憲法を作り上げていたのである。
特に注目すべき事は、軍部の暴走の原因となった統帥権の規定が、大幅に変更されていたことである。
史実とは異なり、軍の編成は国務大臣が天皇を輔弼して行うようになっていた。陸海軍大臣は軍務経験者が就くが、その席が空白の場合は総理大臣が兼任可能となり、結果的に総理は大本営の一員となった。
統帥権規定の改変により、統帥部は内閣の存在を無視して戦争を実施することは不可能とは言わないまでも、かなり難しくなった。完全な文民統制とは言い切れないものの、史実より軍部の暴走を抑止することが可能となったのである。
その他にも、日清戦争では史実以上の大勝利を挙げて多くの賠償金を清から分捕り、遼東半島の租借権に加えて台湾、海南島も手に入れていた。
その後の日露戦争でも、南満州の権益と樺太全土、カムチャッカ半島の領有権をロシアから得ていた。もっとも、史実以上の大勝利を挙げたものの、これまた史実以上の莫大な戦費によって、国家財政は破綻寸前であったが。
「ところで、この組織の名はなんというのだ?」
「平成会という名前だそうです」
「ヘイセイカイ? 何とも奇妙な発音だが……」
「意味については、アメリカにいるテッド殿が教えてくれました。平成とは、日本語で西暦1989年から2019年の間を指すそうです」
「つまり、彼が生きていた時代に関係があると?」
「その可能性は高いかと」
「ならば、平成会との交渉はテッド君にやってもらうということで、異議は無いだろうか?」
「「「異議なし!」」」
このとき、テッド・ハーグリーヴスは〆切直前の修羅場進行中だったのであるが、突如得体の知れない寒気を感じたと後に述懐している。
「例の条約のおかげで、造船業界はかつてないほどの活況を呈しています」
「英国の仲介で連合国の軍需品の発注が大量にきたので、国内の工場はフル稼働状態です。空前の好景気と言えるでしょう」
「おかげで、財政破綻は回避出来そうです。それどころか大幅な貿易黒字が当面は継続する見込みです」
「まったく、英国さまさまだな」
大日本帝国の帝都東京。
その一角にある高級料亭では、円卓で話題になっている平成会のメンバーたちが祝杯を挙げていた。
彼らは、史実日本で『ゆとり世代』と言われた日本人が過去へ逆行した存在である。ゆとり世代は、人あたりがよくて真面目に見えるが、失敗することを極端に恐れる傾向がある。それ故に、危ない橋を渡ることは大嫌いであるが、裏を返せば危ない橋を渡る場合は、可能な限りの努力と準備を惜しまないということでもある。そんな彼らが、設立した互助会が平成会であった。
「これで国内のインフラ開発を一気に進められます」
「朝鮮半島に投下する予定だった予算は、東北と北海道の開発に回す。これで昭和の農業恐慌もある程度回避出来るだろう」
「朝鮮半島の開発なんて愚かなことと思ってましたが、この時代に来て必要であることを痛感しましたよ。でも開発しないけどなっ!」
「ははっ、ワロス。まぁ、半島に関しては関わらないのが最善だ。ただ、済州島は租借して要塞化する必要はあるだろう」
「潜水艦基地化するんですね分かります。潜水艦の国産化を急がないといけませんね……」
平成会も円卓と同じく、史実よりもマシな結果を得ることが目的であった。
円卓は二度の世界大戦による没落の回避、平成会は太平洋戦争を回避しつつ、史実のような経済大国を目指していたのである。
「国内の開発も大事ですが、もっとサブカルチャーを発展させたいですね。アニメを見たいし、TVゲームもしたい」
「街頭テレビすら夢のまた夢な状況ですよ? 技術開発を急がせてはいますが……」
「核心技術があっても、周辺技術が育ってないとモノにならないんだよっ!」
N〇Kの技術者たちが、血涙を流さんばかりの勢いで日本酒をあおる。
史実知識を活用して設計図を作っても、部品が作れないので絵に描いた餅であった。
平成会という名前には、史実の便利な平成の世を再現したいという願いも込められていた。そのためにも、史実知識を生かした技術チートを狙ったのであるが、現実は残酷であった。世界初の産業革命により、豊富な技術蓄積がある英国ならばともかく、後発の日本は基礎的な工業力が低すぎて、せっかくの史実知識も大半が実用化出来なかったのである。
「はぁ、なんでも召喚出来る魔法の壺とか無いものですかねぇ……」
「『ねんがんの魔法の壺をてにいれたぞ!』『殺してでもうばいとる』のコンボですね。分かります」
「まぁ、我らのような存在がいる以上、魔法の壺があっても不思議ではないがな」
同時刻、アメリカの地で肉食ショタコンメイドから逃げていたお子様が、原因不明の悪寒に襲われた隙をつかれて捕獲されたのであるが、彼の運命はまた別の話である。
「愚痴を言ってもしょうがあるまい。このまま戦争が続けば莫大な利益が出るし、その一部を技術開発に回すしかあるまいよ」
「そのためにも、今しばらくは戦争は続いてもらわないといけませんね」
「戦後にドイツから技術と賠償金を分捕るためにも、皇軍に頑張ってもらわねばなるまい。そのために陛下を説得し、軍部の反対を押し切って護衛艦隊と陸軍2個師団を派遣したのだからな」
「まぁ、補給は全て英国持ちになったのが救いですね。補給まで自前でやれと言われたら全力で反対してましたよ」
日英同盟に基づいた戦争協力の一環として、日本は第1次大戦勃発直後から兵力の派遣を英国へ提案していた。
その結果、海軍からは第2特務艦隊が、陸軍からは2個師団が欧州へ派遣された。少なからぬ犠牲は出たものの、彼らは勇敢に戦い、その功績で日本は戦後の講和条約において史実よりも優位に立つことになる。
「それと、金剛型戦艦の欧州への派遣についてですが、英国から丁重に断られました」
「ふむ、史実よりも戦況が有利なせいか? それとも別の理由があるのか……」
「戦後を見越してのことなのかもしれません。他の列強の手前、これ以上戦果を挙げられると困るということでは?」
「あり得るな。これ以上露骨に戦果を稼ぐような行動は慎むべきだ。焦ることは無い」
「どのみち、ユトランド海戦の前に英国から頭を下げてくると?」
「その通りだ。その時になったら、せいぜい恩を高く売りつけてやろうではないか」
この時は誰も知る由は無かったのであるが、彼らの予想は的中する。
時期こそ違うものの、史実通りにユトランド海戦が発生し、金剛型戦艦2隻が参戦することになる。
「あとはアメリカの動きが気になるところだが……」
「その件については、情報部から気になる報告があります」
この世界の日本では、日本版CIA(大日本帝国中央情報部:JCIA)が設立されていた。史実で情報戦に完敗したことを憂慮した平成会が、日露戦争で後方かく乱工作を成功させた明石元二郎を最高責任者に据え、全面的にバックアップした結果、史実のモサドとも言える少数精鋭ながらも、優秀な情報機関となっていたのである。
「アメリカで反戦運動が急激に広まっているだと?」
「今や、アメリカ国内はモンロー主義と反戦運動が相まって、戦争に関与するどころでは無くなっています」
「史実アメリカの立場を我らが奪った感がありますな」
「おかげで、大儲け出来るのだから文句は無いがな」
MI6の裏工作と、テッドの反戦映画の大ヒットによって、アメリカ国内では反戦運動が吹き荒れて軍人達は肩身の狭い思いを強いられていた。
時のアメリカ大統領であるウッドロウ・ウィルソンは、アメリカを中立の立場に保ちたいと考えていたため、現状は歓迎すべきものであった。彼は軍の歳出を大胆にカットし、浮いた予算で積極的な財政出動を行った。その結果、戦争に関与していないにも関わらずアメリカの景気は上向いていたのである。
「問題は、この反戦運動が外部から仕向けられた可能性があることです」
「……ドイツの工作の可能性があると?」
「現状では一番可能性が高いと思われます」
「史実のツィンメルマン電報の件があるから、あり得るといえばあり得るか」
「史実以上に不利な状況に追い込まれていますから、なりふり構っていられないのかもしれません」
「アメリカにはドイツ系移民が多い。工作はしやすいだろう」
JCIAでは、アメリカの世論に対して外部からの介入があったことを突き止めていたものの、それ以上の調査は難航していた。いかに優秀といえども、設立されてから日が浅い零細組織ではこれが限界であった。世界規模の諜報網を持ち、湯水のように予算が使えるMI6とは違うのである。
実際のところ、アメリカにおけるモンロー主義の蔓延と反戦運動に関しては、全て英国の仕業であった。ドイツは南米で裏工作をした程度である。なお、この世界では不利な戦況故か、史実よりも早くツィンメルマン電報事件が起きていたのであるが、英国によって握り潰されていた。
「アメリカが第1次大戦に関われないなら、それに越したことはない」
「美味しい立ち位置を独り占め出来ますからね」
「第1次大戦の戦訓を活かせないなら、戦後の軍の近代化も思うようには進まないでしょう。願ったりかなったりです」
平成会は、英国の暗躍を見抜くことが出来なかった。
史実知識を有しているからこそ、英米が敵対する可能性を排除してしまったのである。とはいえ、そのことが現時点で日本にマイナスになるかと言うと否である。将来的に敵対する可能性が高い日本にとっても、アメリカの弱体化は歓迎すべきものであった。
第1次大戦によって発言力を増した日本とは対照的に、中立を保ったアメリカの国際社会における影響力は縮小することになる。その結果、ウィルソンの提唱した『十四か条の平和原則』は一顧だにされなかった。このことが、戦後に多大な影響を与えることになるのである。
日本の黒幕である平成会が初登場。
彼らの努力が実るのかは、神のみぞ知るといったところです。
そして、アメリカがさらに弱体化しました。国際連盟が出来なくなるかも?
まぁ、どのみち史実では加盟していないので、関係無いのですけどね(酷