第12話 イスタンブール攻略
マルマラ島の南で英艦隊とオスマン艦隊の熾烈な砲撃戦が繰り広げられる最中、イアン・ハミルトン大将率いる地中海遠征軍は、イスタンブールを目指していた。
「閣下、偵察機による航空写真です」
「ふむ、だいぶ配置にムラがあるな……」
「おそらく、オスマン側の準備が整っていないものかと思われます」
「ならば、上陸予定地点はここだな」
ハミルトン卿が指差した箇所は、史実で有名なブルーモスクのあるファーティフ区であった。
「上陸後は速やかに北上、ガラタ橋を確保する」
「その後は、沿岸沿いに北上してドルマバフチェ宮殿を目指す……と?」
「そのとおりだ。諸君、準備にかかれ」
「「「イエッサー!」」」
敬礼してから一斉に散っていく幕僚達。
そんな彼らを見つめながら思いにふけるハミルトン卿。
(イスタンブールを制圧が成功すれば、ロシアとの直接連絡も可能となる。劣勢な東部戦線も挽回出来るだろう。この戦争にも終わりが見えてきたかもしれんな……)
「兵員は速やかに舟艇に搭乗せよ!」
「デリックを降ろせ!」
マルマラ海を東進する地中海遠征軍では、輸送船の甲板が慌ただしくなっていた。甲板上には小型船が所狭しと積み込まれており、兵士が続々と乗り込んでいく。搭乗が完了した船から、順次デリックで吊るされて海面に降ろされる。
輸送船から降ろされた小型船は、Yライターであった。
史実の英国は、ガリポリ上陸戦のためにXライターとYライターを開発した。『ライター』とは、スプーン形の船首を持ったボックス上のはしけである。Yライターは金属と木で出来ており、曳航されることも、オールで舵をとることも、船外機で動かすことも可能と、非常に使い勝手に優れた上陸舟艇の元祖的存在であった。
このYライターは、50~80人程度の歩兵とその他装備を運ぶことが出来た。
より大型なXライターとは違い、小型なため輸送船に積載しやすいメリットがあり、歩兵上陸用として輸送船に積めるだけ積んでいたのである。それでも、4個師団規模の人数を一度に輸送することは不可能であり、何度も往復するハメになるのであるが。
重装備の揚陸に関しては、史実第2次大戦時に英国が開発した戦車揚陸艇(Tank Landing Craft, TLC)が採用されていた。
Xライターは通常船舶に比べて小型であり、外洋における航洋性に問題があった。そのため、多少コスト高に目をつぶってでも、大型で航洋性に優れた史実の戦車揚陸艇が採用されたのである。
円卓の技術陣が開発した戦車揚陸艇は、史実英国が第2次大戦時に開発したTLC(Mk8)の仕様を再現したものであり、上陸用舟艇としては良好な航洋性と、上陸船団に追従出来るだけの速力を兼ね備えていた。今回の上陸作戦のために、地中海遠征軍には100隻の戦車揚陸艇が配備されていたのである。
オスマン側は、船団の動きから上陸地点を察知していた。
そのため、付近の陸軍部隊を根こそぎ動員し、急ごしらえではあるが水際作戦のための陣地の構築を急ピッチで進めていた。しかし、それこそが英国側の狙いであった。
上陸戦において最大の問題は、攻撃側が敵勢力下に最も不利な状況で攻め込まざるを得ないことである。上陸地点に陣地が構築されている場合は、多数の犠牲を覚悟する必要がある。十分な数の上陸部隊の確保と、火力支援が行える体制でない場合は、逆に海に追い落とされる可能性が高いのである。
いささか極論であるが、上陸作戦の成功の可否は事前の火力支援に左右されると言っても過言では無い。史実第2次大戦時に、鈍足な旧式戦艦が上陸戦における支援火力として重宝された理由の一つである。
地中海遠征軍の支援火力の要たる前弩級艦隊は、現在マルマラ島南方海域でオスマン海軍と絶賛殴り合い中であったが、そこは備えを怠らない英国紳士である。次善策はしっかり用意されていたのである。
輸送船からYライターが降ろされている最中、奇妙な形状の船が上陸予定地点への移動を開始していた。ブリッジが右舷側に設置されており、さらに船首に巨大な開閉扉が装備-要するに戦車揚陸艇であった。その中でも、船体に比して不釣り合いなマストを搭載した戦車揚陸艇が、上陸予定地点に向けて移動を開始していた。
戦車揚陸艇は、文字通り戦車を揚陸するための船である。
特徴として、船体の大きさの割に搭載スペースが大きく取られており、戦車以外にも多数の重装備が搭載可能であった。一足早く移動を開始した揚陸艇は、戦車の代わりにとあるモノを大量に積載していたのである。
『目標まで2000ヤードを切りましたっ!』
『距離1500ヤードで攻撃を開始する』
『アイアイサー! カウントダウンスタートっ!』
揚陸艇のマストのトップに設置された測距儀から、ブリッジに繋がる伝声管に怒鳴る観測員。その下方では、多数の作業員が汗だくになって発射角度の調整と信管の取り付けに追われていた。本来ならば戦車を搭載するべきスペースには大量のロケット弾発射機が設置されており、発射の時を待っていたのである。
「来るなら来てみろ。連中を海に叩き落してやるっ!」
「そうだ。俺たちの国を侵略者共から守るんだっ!」
「……若いモンは元気があって良いのぅ。儂も頑張らねばいかんか」
上陸予想地点に配置された守備部隊は意気軒昂であった。
侵略者達をこの手で叩き出さんと気炎をあげていたのである。しかし、その意気も英軍の攻撃が始まるまでであった。
『……3、2、1、ナウっ!』
その瞬間、閃光と煙が揚陸艇を包み込んだ。
戦車揚陸艇を改装してロケット弾を大量に積み込んだこの船は、ロケット揚陸艇(Landing Craft(Rocket), LC(R))と呼称されており、1隻辺り480基のロケット弾発射機を搭載していた。その船が沖合に50隻展開し、ロケット弾を撃ちまくったのである。
ロケット揚陸艇の欠点は、ロケット弾の再装填が出来ないことであった。
再装填には、多大な時間とマンパワーが必要であり、戦場での再装填は事実上不可能であった。それ故に、一撃で殲滅する必要があったのである。わざわざ時間をかけて、オスマン側に戦力を集中させたのはそのためであった。
完全に死の大地と化した海岸に、別の戦車揚陸艇が続々とビーチングする。
こちらは、先述のロケット砲艦タイプではなく、純粋な戦車揚陸艇である。カーデンロイド豆戦車をはじめとして、様々な重装備が揚陸されていく。さらに後続のYライターもビーチングして、ANZAC兵や英軍兵士が吐き出されていく。
「なんだ、反撃も無しか。拍子抜けだなぁ」
「そうだな。どうせなら勇ましく上陸したかったぜ」
「おまえら油断し過ぎだぞ」
ロケット揚陸艇1隻の火力は、史実第2次大戦時の40隻分の軽巡か、100隻分の駆逐艦に匹敵する絶大なものであり、合計で二万発以上のRP-3ロケット弾によって、オスマン側の守備隊は悲鳴を上げる間もなく消滅していた。
散布面積がそれなりに広かったため、3.5m四方(八畳間相当)にロケット弾一発が着弾した計算であるが、炸裂時の爆風だけでなく、ロケット弾自体の破片による殺傷範囲も考慮すると、オスマン兵が五体満足で死ぬことは不可能であった。事実、幸運な彼らは、物陰で半分以上焦げたバラバラの手足を発見して、情けない悲鳴をあげることになる。
なお、余談であるが、ANZAC兵が上陸に成功した海岸は、ANZACビーチとして後世に名を遺すことになる。上陸を記念するモニュメントが建てられ、21世紀では観光名所となっている。付近には、ケバブ屋と同じくらいフィッシュ&チップスレストランが立ち並び、英国人観光客で今日も賑わっているのである。
オスマン陸軍の乾坤一擲の作戦は無残な結果に終わった。
水際作戦で英軍を海に叩き落とす戦略自体は間違っていなかった。しかし、ロケット揚陸艇の存在が全てをご破算にした。戦艦がいないからと安心していたら、それ以上の火力で粉砕されたのである。
かき集めた部隊を根こそぎ吹き飛ばされたオスマン帝国には、もはや成す術はなかった。それでも、無理やりかき集めた部隊で対抗しようとしたのであるが、大隊規模で揚陸されたカーデンロイド豆戦車相手に、旧式のライフル銃で相手取ることなど自殺行為以外の何物でも無く、残存部隊は文字通り一蹴されたのである。
この時点で、英国側はスルタンのメフメト6世と極秘裏に接触。
最終的に戦後の地位の保障することでオスマン帝国は連合軍に降伏し、裏切られたエンヴェル=パシャら、青年トルコの指導者は国外に逃亡した。
オスマン帝国を降伏させた英国が最初に行ったことは、世論工作であった。
メフメト6世が、わが身を犠牲にすることで、オスマン帝国臣民を救おうとしたという噂を流布することで、メフメト6世の民衆からの支持は劇的に跳ね上がり、逆に逃亡した青年トルコの指導者達の評価は地に落ちることになる。
ガリポリから取って返してきた第5軍は、イスタンブール近郊で英軍に武装解除された。ムスタファ=ケマルは、連合国への降伏を拒否して反乱軍を組織したのであるが、英国側の巧みな宣伝工作により民衆の支持が集まらず、その活動は低調なものにならざるを得なかった。
ムスタファ=ケマルが有能な人材であることは疑いようがないため、円卓では彼を支援してオスマン帝国を改革していくつもりであった。
円卓からの全面支援を受けたムスタファ=ケマルは、史実と同じく改革を断行した。英国から資金や技術が流入したことで急速な経済発展に成功し、トルコ王国は最終的に英連邦へ加入することになるのである。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
Yライター
排水量:不明
全長:不明
全幅:不明
吃水:不明
機関:船外機1基
最大出力:不明
最大速力:不明
航続距離:不明
搭載能力:兵士50~80名(揚陸部隊のみ)
英国が開発した史上初の上陸舟艇。
『ライター』とは、スプーン形の船首を持ったボックス上のはしけである。
曳航されることも、オールで舵をとることも、船外機で動かすことも可能と、非常に使い勝手に優れた上陸舟艇の元祖的存在であった……らしい。史実でも、Xライターと共にガリポリ戦に実戦投入されたのは確かなのであるが、一切合切の資料が出てこない筆者泣かせな代物である。
TLC(Mk8)
排水量:743t(基準) 1095t(満載)
全長:62m
全幅:10.5m
吃水:2.5m
機関:ディーゼルエンジン2基2軸推進
最大出力:2880馬力
最大速力:13.3ノット
航続距離:12ノット/4900浬
乗員:58名(乗員)+48名(揚陸部隊)
搭載能力:165t(揚陸部隊含む)
兵装:M2重機関銃5基
史実の戦車揚陸艇(Tank Landing Craft, TLC)を円卓の技術陣が再現したもの。
上陸船団に追従するために、航洋性に優れたMk8の仕様が再現されているが、武装のみは過剰であるとして、オリジナルよりも減じられている。
LC(R)
排水量:743t(基準)
全長:62m
全幅:10.5m
吃水:2.5m
機関:ディーゼルエンジン2基2軸推進
最大出力:2880馬力
最大速力:13.3ノット
航続距離:12ノット/4900浬
乗員:86名(乗員)
搭載能力:165t
兵装:4連装RP-3ロケット弾発射機75基
6連装RP-3ロケット弾発射機30基
M2重機関銃5基
正式名称は(Landing Craft(Rocket), LC(R))
TLC(Mk7)をロケット砲艦に改装したもので、史実米軍のロケット中型揚陸艦(LSM(R)-188級)の仕様を円卓の技術陣が再現したもの。
オリジナルとの違いは、右舷側艦橋に追加されたマストと、そのトップに搭載された測距儀である。史実ではレーダーによって測距していたのであるが、この時代では艦載レーダーの実用化が未だ困難なために仕様変更された。ロケット弾は、砲撃ほど測距精度が必要でないため、駆逐艦の測距儀を流用することでコスト削減が図られている。
甲板全域にロケット弾発射機が設置されており、その火力は史実第2次大戦時の40隻分の軽巡か、100隻分の駆逐艦に匹敵する絶大なものであった。被弾に弱いという欠点を除けば、圧倒的なコスパで戦艦の火力支援と同等の効果を上げられるため、大量に建造された。なお、再装填には時間と人手がかかるため、戦場では実質1回限りの使い捨て兵器扱いであった。
オスマン帝国を下したことで、戦局が一気に連合国側へ傾きました。
次からは、ようやく我らが主人公が無双するお話になる・・・といいですね(他人事