第106話 実力行使
「……こんな時間にアポ無し訪問とか、お茶会に来たわけじゃ無さそうだね?」
1942年1月某日19時過ぎ。
ドーセット公爵邸の執務室で、テッド・ハーグリーヴスは急遽来訪した駐英全権大使ジョセフ・パトリック・ケネディ・シニアを迎え入れていた。
「3時間ほど前に本国から届いた。デイビスは本気だぞ」
そう言って、文書を手渡してきたケネディは目に見えて疲労困憊していた。。
本国からの暗号電文を解読して文書化し、ロンドンから大急ぎで車を飛ばしてきたのである。
「拝見しましょう」
受け取ったテッドは書面に目を通す。
しかし、読み進めていくと表情が微妙なものと化していった。
「……首相官邸にも、この文書を届けたわけ?」
その内容は最終通告であった。
過激な表現がてんこ盛りで、とても公式文書とは思えない。
「いや、君にだけ届けるようにと厳命されている」
デイビス政権は大英帝国と全面的に事を構えるつもりは毛頭なかった。
今回の一件は、あくまでもドーセット領との問題として片付けるつもりだったのである。
「国際問題にするつもりはない、ということか。一国の政府が僕に名指しで脅しをかけてきた時点で十分に国際問題なんだけど」
「済まない。本当に済まない……!」
自分が悪いわけではないのに、ひたすらに陳謝するケネディ。
命令だからやむを得ずやっているだけで、彼自身は自国政府のあまりの非常識さに憤死しそうな勢いであった。
「とにかく、特急で情報を持ってきてありがとう。おーいっ!」
パンパンと手を叩くと、メイドが紙袋を持参する。
駅前デパートのロゴが印刷された袋は、ちょっと不自然なくらいに膨れていた。
「ややっ、いつも済まないな」
メイドに案内されてケネディは去っていく。
報酬はボーナス込みで多めに渡しておいたから、次も有意義な情報を持ってきてくれることだろう。
「……と、いうわけなんだけど」
テッドは、ケネディが届けた文書をナンバー10直結のホットラインで速攻でチクった。この時点で、アメリカ側の都合の良い思惑は破綻したと言ってもよい。
『植民地人に名指しされるとか、君はどれくらい阿漕なことをやらかしたのかね?』
電話先の英国宰相ウィンストン・チャーチルは呆れかえっていた。
国家が個人を名指しして通告してくるなど、前代未聞の珍事であろう。
「裏社会の連中が持ち込んだ財産が目当てなんだから僕は悪くない! むしろ被害者だよ!?」
この期に及んで、全力で被害者ぶるテッド。
もちろん、チャーチルはそんなことは欠片も信じていなかった。
『分かった分かった。それで政府としての対応だが、テッド君を担当大臣に任命する』
「ほぇ?」
予想外過ぎるチャーチルの言葉に思考停止してしまうテッド。
てっきり、政府が対応してくれると思い込んでいたのであるが……。
『君を『ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す』対策大臣に任命すると言ってるんだ』
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
しかし、その後に続く言葉はさらに衝撃的であった。
想像の斜め上をかっとぶ展開に、テッドは思わず絶叫してしまう。
『どうもこうも、君は無任所大臣だろう。こういう時のためのポストなのだぞ?』
「そ、そういえばそんなこと言われたような気も……」
この世界の無任所大臣は、史実のそれとは大きく異なるものであった。
定められた職務は存在しないが、逆に言えば必要になったら徹底的に扱き使わる。
『……と、いうことでどうだろうか?』
『なるほど。そういうことならば、全面的に協力いたしましょう』
『約束は違ないでくださいよ?』
『無論だ。なんだったら書面にしても良い』
さらに言えば、裏取引のせいで野党が政権を奪取しても逃げることは不可能。
こんな便利で使い勝手の良い人材を野党側が手放すとは到底考えられず、今後30年は無任所大臣に強制的に居座らされることが確定していた。この事実を知らないのは、テッド本人のみというのが泣かせる話である。
『職務遂行にあたって必要と判断された権限は全て付与される。君は全力で仕事すれば良いだけだ。簡単だろう?』
「はぁ、分かった。分かりました。謹んで拝命します」
『うむ、君ならそう言ってくれると信じていたぞテッド君!』
かくして、テッドは無任所大臣から『ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す』対策大臣に一時的にジョブチェンジすることになった。
「……確認しますけど、本当に僕が好き勝手して良いんですよね?」
『それはもちろんだ。君は担当大臣として全力を尽くしてくれたまえ』
それは同時に、危険な猛獣を野に解き放ったのと同義であったが。
自分のホームグラウンドでなりふり構わず、容赦もなく、下手すれば人道に抵触しそうな手段を用いても問題無いことを意味していたのである。
「……空母の建造はどうなっているのかね?」
英国海軍本部の大会議室。
上座に座るアルフレッド・ダドリー・ピックマン・ロジャーズ・パウンド海軍元帥は、幕僚たちに空母戦力の整備状況について問うていた。
「クイーンエリザベスは既に訓練に入っていますが、最低でも3か月は訓練が必要でしょう」
「2番艦プリンスオブウェールズの艤装は今月中に完了する予定です」
「アークロイヤルとヴィクトリアスは船体が完成したところです」
英国海軍は来るべき第2次大戦のために空母戦力の整備を急いでいた。
その戦力の中核は4隻の大型空母であり、最優先で建造が進められていた。
4隻の空母は史実では計画で終わってしまったCVA-01級航空母艦を再現したものであった。満載排水量6万3千t超の史上空前の巨大空母であり、戦力として大いに期待されていた。パウンドが気に掛けるのも無理もない話であった。
「この4隻は文字通りの虎の子なので、補助戦力としてのハーミズ級軽空母の建造も進めています」
「ブロック工法と電気溶接の積極的な採用で20か月以内での就役に目途がつきました。空母のワークホースとなるでしょう」
「将来的には揚陸艦としての運用も考慮されています。長く運用することが出来るでしょう」
正規空母を補助するための軽空母の建造も急ピッチで進められていた。
史実のハーミズ級をとりあえず軽空母として建造し、いずれは他の用途に転用するつもりであった。
なお、同様の目的で作り過ぎたクイーンエリザベス型戦艦の船体を転用した航空機補修艦『ユニコーン』と『ペガサス』が既に戦力化されていた。しかし、元が戦艦であるために運用コストが高くつくのが問題視されていた。
そういうわけで、ハーミズ級軽空母はユニコーンとペガサスの代替としても期待されていた。事実、ハーミズ級が就役すると両艦は速やかに退役することになる。
史実の英国海兵隊はヘリコプターの戦術的価値に注目しており、コロッサス級空母によるヘリボーン戦術の実績を踏まえてセントー級(ハーミズ級)をコマンド―母艦へ改装した。
コマンド―母艦は水陸両用作戦のためのヘリ空母である。
この世界でも同様の運用が目論まれていたが、ヘリとは違う兵器が搭載されることになった。
代わりに搭載されたのは、オートジャイロであった。
その完成度と性能は非常に高く、その存在を知った列強が驚愕することになったのは言うまでも無い。
この世界の英国がオートジャイロの開発で先行出来たのはテッドのチートスキルもあるが、それだけではない。極秘裏かつ、思う存分にテスト出来る環境があったからこそである。
世界から忘れ去れた地――大韓帝国では、ウォッチガードセキュリティの荒っぽい運用によってオートジャイロは酷使された。そんなことをすれば当然不具合も起きるし、事故も起きてしまう。
普通なら墜落事故が起きようものなら、一大ニュースになってしまうが朝鮮半島で騒ぐ者はいない。いたとしても無視出来るので、バンバン飛ばしてバンバン落とせる。
オートジャイロの開発が急速に進んだのは、ウォッチガードセキュリティのおかげと言える。言い方は悪いが、彼らが無茶な操縦で墜としまくったおかげでジャイロダインや、ロートダイン、シエルバ W.11T エアホースなどが実用レベルの兵器として完成したのである。
その過程で少なからぬ隊員が病院送りにされたが、怪我人は出ても殉職者はいなかったので問題無い。たとえ動力を喪失しても、オートローテーションで安全に着陸出来る。場所が場所だけに不時着する場所に不自由しなかったのも事故生存率を高めた一因であろう。
オートジャイロはヘリよりも構造が簡単で信頼性が高い反面、構造上の騒音が避けられない。しかし、軍用であれば騒音は無視出来る。陸軍はもちろんのこと、海軍からも大量の発注を受けることになったメーカー側は嬉しい悲鳴をあげることになった。
なお、海軍向けのオートジャイロの大半はハーミズ級に配備されていた。
コマンド―母艦としての運用が主目的だったことは言うまでも無い。
流石に週刊護衛空母には劣るものの、それに近い勢いでハーミズ級は建造されることになる。その大半は海軍で軽空母としての運用がメインだったものの、少なくない数がロイヤルマリーンズにコマンド―母艦として運用されたのである。
「これでも不足する場合は、MACシップを活用します」
「改良型のソードフィッシュならば十分に運用することが可能でしょう」
「現状では20隻ほどキープしていますが、戦時になったら民間船を挑発して改装する予定です」
英国海軍では、ハーミズ級が足りなった事態も想定して動いていた。
先の大戦で活躍したMACシップを再活用しようというのである。
MACシップで運用出来るのは滑走路の長さからして複葉機がせいぜいであったが、英国にはソードフィッシュがあるので問題無い。円卓チートによる度重なる改良でもはや別物と化したソードフィッシュは凶悪な存在と化していた。
現在の主力であるソードフィッシュMk4は、Mk3の正統進化版である。
各種探知装置の性能が向上し、エンジン出力が強化されたことでMk3ではオプション扱いだった機体下部のモリンズM型57mm自動砲を標準装備。この時代において、唯一単機でハンターキラー戦術が可能なチート機体がさらにチート化していた。
モリンズM型57mm自動砲は対潜水艦用の武装であるが、その口径と威力はソフトスキン目標にも有効であった。水際作戦での障害物排除に有効とされ、ソードフィッシュMk4はハーミズ級にも搭載されることになる。
「ふむ、これなら戦争に突入しても空母が不足することは無いだろう。諸君、よくやってくれた」
良い仕事をした幕僚たちに賛辞を贈るパウンドに、まんざらでもない様子の幕僚たち。そこには理想の上司と部下の関係があったのであるが……。
「ちょっと待ったぁ! 現時刻より、海軍本部は『ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す』対策大臣の指揮下に置かせてもらう!」
会議室の扉が唐突に開け放たれる。
入室してきたのはテッドであった。
「ドーセットに……なんですって?」
「皆まで言わせるな! ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す対策大臣だよ!」
「いきなりそんなこと言われても……」
テッドの宣言に困惑してしまう幕僚たち。
これが普通の反応であろう。
「待ちたまえ! いったい何の権利があってこのようなことをするのだね!?」
パウンドは目の前で繰り広げられる無法に黙っていられなかった。
このまま状況に流されてしまったら、目の前の不審者に部下たちを好き勝手されてしまうかもしれない。
「はい、これ」
「んなっ!?」
しかし、目の前に突き出された全権委任状にパウンドは沈黙せざるを得なかった。首相兼海相のウィンストン・チャーチルと英国王エドワード8世のサインに加えて、ご丁寧に国璽まで押印されている。これに逆らうことなど出来はしない。
「参謀集合! 急げっ!」
「「「アイアイサー!」」」
パウンドが愕然としている間にも、テッドは幕僚たちを引っ張っていった。
会議室にはパウンドが一人寂しく取り残されたのであった。
「勢いで着いてきてしまったが、これで良かったのだろうか?」
「そうは言っても、あそこで着いていかなかったら後が怖いというか……」
「あの書類も本物っぽかったぞ? 上司も硬直していたし……」
『ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す対策室』という長ったらしく、真新しい看板が掲げられた海軍本部の一室。テッドに強制連行された幕僚たちは戸惑うばかりであった。
「あの人は新聞で見たことがある。確か大臣だったはずだ」
「でも、無役で扱いも小さかったぞ」
「本当に着いてきて良かったのかなぁ?」
「良いんじゃないか? 上司も何も言わなかったし」
当の本人は、すぐに戻ると言い残して席を外していた。
彼らの不安は募るばかりであった。
「思い出した! あの人はドーセット公だ!!」
そんな中で、突如大声を出す男。
周りの人間が驚いたのは言うまでも無い。勢い余って椅子からコケる者までいた。
「いったいなんだよ!?」
「すまん。だが、あの人はドーセットのイベントに参加している人間なら皆知っているくらいの有名人だぞ」
「そんな人がなんで、こんな場所にいるんだよ?」
「さぁ?」
普段は駐日大使として日本に居ることが多いので、一般人からのテッドの認知度は低かった。関係者ならば、知らぬ人はいないくらいのネームバリューがあるのだが。
「おまたせ!」
「「「……誰?」」」
制服に着替えたテッドは、先ほどとはまるで印象が異なっていた。
幕僚たちが戸惑うのも無理もない。しかも、入室してきたのはテッド一人では無かった。
「「「失礼します」」」
この場には場違いなヴィクトリアンメイドたちがテキパキと動く。
あっという間に、会議室は紅茶とスイーツの甘い匂いが漂う空間と化した。
「全員に行き渡ったかな? 紅茶もスイーツもお代わりはあるから遠慮なく言ってくれ」
「「「おおおおっ!? ゴチになりまーすっ!」」」
スイーツを貪り食う幕僚たち。
長時間の会議で疲れたきった脳には、スイーツの甘味は特効であった。
「……さて、落ち着いたところで自己紹介させてもらおうか。僕はテッド・ハーグリーヴス。世間ではドーセット公なんて言われてる。つい先ほど、ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す対策大臣に任命された。君たちは僕の指揮下に入ることになる」
「「「……」」」
テッドの自己紹介に幕僚たちは戸惑うばかりであった。
ツッコミどころが多すぎて、とてもツッコメない。
「あの、そもそも、そんな大臣聞いたこと無いんですけど……」
それでも勇気ある一人の幕僚が、テッドに質問した。
よりにもよって、一番アレな部分にである。
「これが正式な名称なんだからしょうがないだろ。それに、君たちの任務にも関係してるんだぞ?」
ぶすっとした表情となるテッド。
名前のことは気にしていたらしい。
「君たちは4年前にアメリカの難民が大量にやってきたことを覚えてるかい?」
「確かドーセットのほうに……って、あっ!?」
「なんか嫌な予感がしてきたんですが……!?」
さすがは海軍本部のエリートの上澄みたち。
これまでの情報で、ある程度察してしまったのである。
「しかし、難民の救助に法的問題は無かったと当時の新聞にそう書かれていたのを覚えています」
「当時のアメリカは内戦状態だったのだから、難民を救出するのに問題は無いはずです」
「人道的な観点から難民を救出するのに問題があるはずがない。むしろ、やらなければ逆に我が国が非難されてたかもしれないですな」
幕僚たちは4年前の事件を覚えていた。
当時は大々的に報道されたので、それだけ印象も強かったのである。
「で、ここからが本題なんだけど……」
テッドの声が小さくなり、表情もマジとなる。
その様子に幕僚たちは嫌な予感を禁じ得ない。
「……難民たちが持ち込んだ財産をアメリカが返せって言ってきてるんだよね」
「「「国際問題じゃないですか!?」」」
想像していた以上に厄介な問題に絶句する幕僚たち。
普通に国際問題である。
史実における難民の財産は、国や状況によって扱いが大きく異なる。
難民条約で資産の移転が許可されるべきとされているが、一部の国では経費へ充当するために所持品が没収される場合がある。
ちなみに、日本で難民として認定されると国民と同様の社会保障や福祉支援を受けられる。財産は一般の日本国民の扱いと同様に扱われるので、財産を持つ難民にとっては狙いどころな国家だったりする。もっとも、史実の日本は難民認定が異常なレベルで厳格なことでも有名なのであるが。
「僕としては政府で対応してもらうように頼んだんだけどね。そしたら新しい肩書を付けられちゃって……」
「「「厄介払いじゃないですか!?」」」
再び絶句する幕僚たち。
目の前の男が、とんでもない疫病神であることを理解してしまったのである。無言でアイコンタクトを取る幕僚たち。
「あ、そうそう。先に言っておくけど」
しかし、幕僚たちが行動を起こすよりもテッドの口が早かった。
「君たちが口にしたお茶と菓子は王室ご用達だからね? タダ食いはいかんよ」
「そこの君は、うちのメイドの胸を見ていたよね? セクハラで訴えられたくなったら協力してもらおうか」
「この件を解決出来たら、上に口を利いてあげるよ。昇進が早まるんじゃないかなぁ?」
もはや、脅し以外の何物でもない。
この場から全力で離れるべきなのに足が動いてくれない。まるで縫い付けられたように。
「まぁ、なにはともあれ……」
そう言って、テッドは幕僚たちの周辺を歩き回る。
まるで逃がさないぞと言わんばかりに。幕僚たちは完全に逃げ道を失ってしまった。
「……みんなで幸せになろうよ」
その笑みは最高に素敵であったが、同時に悪魔的とも言えた。
かくして、ハーメルンの笛吹よろしく着いていった幕僚たちはテッドに扱き使われることになったのであった。
「……さて、さっさとお仕事を片付けよう! 僕もこれ以上の面倒ごとは御免なのでね」
パンパンと、手を叩くテッド。
その様子は、落ち込んだ雰囲気を変えようとしているようにも見えた。
(((この悪魔め……)))
実際に幕僚たちは、質の悪いのに捕まったと落ち込んでいたりするのであるが。
訳も分からず、ホイホイと着いていったらこのザマである。自業自得と言えなくもない。
「君たちに作戦を考えてもらう前にもう少し説明しておく必要があるかな?」
そう言って、テッドは目の前のホワイトボードに書き込む。
文字を書くついでにイラストも交えながら、あっという間にホワイトボードが埋まっていく。
ちなみに、ホワイトボードは既に実用化されていた。
史実では開発に紆余曲折あったのだが、この世界では平成会が実用化して急速に普及していたのである。
「難民が持ち込んだ財産が国家予算に匹敵とか、そんなのアメリカが激おこして当然じゃないですか!?」
「難民の大半がマフィアとギャングの関係者? それは難民と言わないのでは?」
「過去にもアメリカ側の工作員が暗躍していた? なにそれ怖い……」
ホワイトボードを見やる幕僚たちが驚愕したのは言うまでも無い。
その内容は、あまりにも荒唐無稽。これが事実だと脳が理解するのを拒否したくなるシロモノであった。
「「「ドーセット公、あんたバカでしょう?」」」
「うっさい!」
ヤケッパチになったのか、容赦のないツッコミがさく裂する。
怒鳴り返すテッドであったが、どことなく嬉しそうなのは気のせいだと信じたい。
「とにかく、我々は不埒者どもから国民の財産を守る必要があるのだよ!」
その場を取り繕うべく力説するテッド。
しかし、幕僚たちの見る目は冷ややかであった。
「ツッコミどころしかありませんが理解はしました」
「失敗しても、ドーセット公の懐が痛むだけなので気楽ですね」
「ある意味ボーナスステージでは? 普段の会議はやたらと長くて疲れるし……」
幕僚たちは肩の力を抜いて仕事をすることを決意した。
失敗しても、最悪でも目の前の男が責任を取ってくれることであるし。
「まず前提として、アメリカ側は我が国と全面的に事を構えたくないということがある。そうじゃなきゃ、こんなふざけた文書を僕宛に送ってこないからね」
テッドは外交文書を開示する。
なお、コピーではなくオリジナルである。
「凄ぇ。こんなエキセントリックな外交文書見たこと無い」
「これを外交文書と呼ぶのは勇気がいるな」
「ここまで個人で名指しされるとか、どんだけアメリカから恨みを買ってるんすか?」
その過激な内容に幕僚たちが驚愕する。
これが普通の反応だよなと、逆にテッドは安堵していた。
「要するに、うちだけと喧嘩したいわけ。じつに虫の良い話ではあるけどね」
テッドは呆れたようにため息をつく。
それを見た幕僚たちは、どっちもどっちだよと思ったのは言うまでも無い。
「まず侵攻ルートが海路なのは間違いない。大西洋を横断出来る飛行機は我が国にしかないからね」
「飛行船という手段もあるのでは?」
「あんな目立つモノで乗り付けたら、領海に入る前に防空レーダーに引っかかるよ」
「それもそうですね」
テッドと幕僚たちは、作戦の前提条件を煮詰めていく。
前提条件を設定しないことには、具体的な作戦を立案することが出来ない。それ故に、皆真剣であった。
「次に予想される敵戦力だけど、全面戦争にしないというならば1個大隊くらいが限界だと思う。特に根拠はないけどね」
「さすがに師団規模の戦力を動かすわけにはいかないでしょう。仮にやったとしたら目立ち過ぎますし」
「師団規模だと現場の暴走では言い訳出来ないでしょう。規模としては妥当かと思われます」
今回の作戦で有利な点は、相手側の戦力が限定されていることに尽きる。
逆に言えば、少数精鋭になる可能性も無きにしも非ずなのであるが。
「そういうことでしたら、MACシップで哨戒網を形成して警戒するべきでしょう。正規の海軍を相手にしないと仮定した場合ですが」
「急がせれば48時間以内に作戦投入が可能です」
「相手が少数精鋭で来ると仮定すれば、おそらくは最短の航路で攻めてくるでしょう」
パウンドが重用している幕僚なだけあって、彼らはすこぶる優秀であった。
テッドの無茶ぶりを、すぐさま現実的に可能な作戦レベルにまで落とし込んでくれた。
「その場合、搭載する機体はソードフィッシュかな?」
「そうなります。あれならカタパルトの無いMACシップでも運用が可能です」
「低速で長時間哨戒するにはアレが最適だからなぁ」
過去の演習で、テッドはソードフィッシュを運用した経験があった。
それ故に機体の性能も信頼性も熟知していたのである。
「ところで、ソードフィッシュはマーク3かな? あれなら運用したことあるのだけど」
「いえ、その改良型のマーク4になります。さらに性能が向上していますので、今回の作戦にはうってつけかと」
「とすれば、レーダーにHF/DF、MADの性能も上がっているわけか。うん、悪くないね」
逆に幕僚たちは目の前の男が素人でないことに驚いていた。
物は試しと、逆に質問しても適格な答えを寄越す。誘導や引っかけにもひっかからない。
なんだったら、会議で居眠りしていることが多い上司よりも海軍軍人らしかった。彼が着用している英国海軍予備員の制服と大佐の階級章が伊達では無いことを思い知らされたのである。
「さっき、最短航路で攻めてくるという話があったけど僕も同感だ。最低でも1隻はドーバー海峡で警戒させよう」
「仮に発見したとして、どのように対処するのですか?」
「相手が武装している可能性が高いし、発見したら追尾のみに留める。可能なら戦力を探って欲しいところだけどね」
幕僚からの質問に肩をすくめるテッド。
最終目的地が判明している以上、確実に網にはかかる。そのことを理解しているテッドは焦ってはいなかった。
「と、いうわけでMACシップを全力出撃で。48時間以内に哨戒を開始してくれる?」
「「「アイアイサー!」」」
各方面に伝達するべく、迅速に散っていく幕僚たち。
テッドを上官として認めた瞬間でもあった。
「……上からは何か言ってきたか?」
「はい。哨戒機らしき複葉機が飛来したとのことですが、すぐに飛び去ったとのことです」
「そうか。今のところはバレていないらしいな」
艦長席に座るジョン・H・ラッセル・ジュニア海兵隊大将は、報告を受けて安堵していた。ニューヨークを出航して丸5日。ここまで問題無くこれたのは運が良いとしか思えない。
ラッセルと部下たちは、大西洋上の海中にいた。
彼らは巨大潜水艦で目的地を目指していたのである。
民主党政権あるあるで、デイビス政権は極度の軍事音痴であった。
南米侵攻をはじめとした拙い戦争指導によって、海兵隊の政権不信はかつてないほどに高まっていた。
同時に士気の低下も深刻であった。
これでは作戦投入どころではない。
部下たちを無駄死にさせないためにも、ラッセル自身が陣頭指揮を執る必要があった。このような危険極まる――もとい、冒険的な作戦に総大将が自ら参加していたのには理由があったのである。
『……おい、これを見ろ、これをっ!』
『なんだこれ? ライミーが描いたコミックか?』
『うちの息子が読んでいたのを強奪してきた!』
『酷い父親もいたもんだな!?』
『しかし、技術者の俺らが見ても説得力のある絵だな……』
『これは画期的だぞ。これならば潜水艦の動力問題を解決出来る!』
『実現出来れば、画期的な潜水艦が作れるな!』
『これは大統領に進言すべきだな!』
『どうせ予算は無限なんだ。絶対に作るべきそうすべき!』
ラッセルが座乗する海兵隊の総旗艦USS『ユナイテッドステーツ』は、あらゆる意味でこれまでの常識を覆す潜水艦であった。原作者不明(笑)の同人誌に描かれた火葬兵器を、よりにもよってアメリカの潜水艦技術者は実現してしまったのである。
その水上排水量は2万5千t、水中排水量に至っては4万tに迫る。
史実21世紀の原潜ですら、これを超えるのはタイフーン型原子力潜水艦のみ。この世界の英国ですら持ち得ない超兵器であった。
この時代において、原子力技術を有しているのは英国のみである。
それ故に、ユナイテッドステーツは通常動力潜水艦であることは疑いようが無い。
史実の通常動力潜水艦では、潜水空母と謳われた伊400型潜水艦が基準排水量で3500tあまり。世界最大の通常動力潜水艦と言われている海上自衛隊の『たいげい』型でも基準排水量3000tである。常識的に考えれば、このくらいのサイズが限界となる。
しかし、同人誌の作者とアメリカの潜水艦技術者は常識を何処かに捨ててしまっていた。前者は意図的にやっているからまだ分かる。しかし、後者は純粋にやっているので質が悪い。どっちもどっちという気もするが。
そもそも、潜水艦の動力をディーゼルエンジンと誰が決めたのか?
原子力は無理でも、他に選択肢があるではないか。
実際、史実の英国は第1次大戦中に蒸気タービン搭載潜水艦であるK級を就役させている。有り余る出力にモノを言わせて、水上速力24ktを発揮可能であった。
ユナイテッドステーツには、サウスダコタ級戦艦に採用されている蒸気ターボ電気推進を半分に分割した機関が搭載されていた。これにより、3万馬力の出力発生が可能であった。
そのようなことが可能ならば、潜水艦のエンジンは蒸気タービンが主流になりそうなものである。なのに、何故主流にならなかったのか?
上述のK級の場合、排煙用の煙突が問題となった。
煙突は潜航時に外殻内に折り曲げられて開口部は密閉されるようになっていたが、この潜航前の準備だけで5分近くかかった。これでは急速潜航は事実上不可能と言っても良い。
ならば、常時潜航していれば良い。
潜水艦にはそれを可能にするシュノーケルという神器がある。
3万馬力の機関が必要とする空気量は莫大であり、それに比例してシュノーケルは太くなる。吸入だけでなく排気も考慮するとさらに太くなるし、深く潜るなら伸ばす必要もある。伸ばし過ぎると自然吸気が難しくなるので、強制的に換気する必要も出てくる。
海上に客船の煙突のようなぶっとい円筒が露出していたらどう思われるであろうか?怪しさ全開である。この時代ならば、無警告で爆雷くらい落とされるかもしれない。
ここまで考えたら潜水艦への蒸気タービンの搭載を断念するだろうが、生憎と同人誌の原作者は英国紳士であった。英国紳士は英国紳士を助ける。彼の脳裏に現れた髭面は、こんなことを宣った。
『逆に考えるんだ。目立っても良いと考えるんだ』
それはまさに天啓であった。
筆が一気に乗って、火葬兵器イラスト集をイベントまでに仕上げることが出来たのである。
シュノーケルが目立ってしまうならば、偽装してしまえば良い。
そのためには、海上でありふれている存在に偽装するのがベストであろう。
ユナイテッドステーツの全長30mもの超大シュノーケルの先端には、小型のトロール船が括り付けられていた。もちろん本物ではなく、精巧に出来たハリボテであったが。
パット見には海上にはトロール船が航行しているだけ。
その海面下30mに本体が存在していた。
ハリボテのトロール船は、監視所としての機能しかない。
中型のトロール船に偽装しているが、漁民に扮装した数名の海兵隊員が観測を行うのみであった。彼らがもたらす報告をもとに操艦するわけである。
『左舷側に島々を発見。シリー諸島です!』
「了解した。引き続き監視を続けてくれ」
『アイアイサー!』
海上に露出している監視所から連絡が来たのは、その時であった。
ラッセルは海図を睨んで現在地を確認する。
(あと1日弱といったところか。このまま行けると良いが)
ここまで順調過ぎて、ラッセルは逆に不安になっていた。
軍事作戦にはアクシデントが付き物である。ここまで順調過ぎると、敢えて見逃されているのではないかと勘繰りたくもなる。
(いや、指揮官たる俺が不安になってどうする。賽は投げられた。あとは進むしかない)
作戦前に部下を不安にするわけにはいかなかった。
内心の不安を押し隠して気丈に振る舞うしか無かったのである。
「閣下、作戦海域に到達しました!」
「よし、周囲の索敵を密にしろっ! ここでしくじったら全てが水の泡だぞ!」
「アイアイサー!」
10時間後の現地時間午前0時。
ユナイテッドステーツは、港町ウェーマスのチェシル・ビーチに到達していた。
「よし、アップトリム20。浮上する!」
「アイアイサー! 浮上します!」
水中排水量3万5600tの鋼鉄のクジラが浮上していく。
もし周囲が明るければ、長大なマスト兼シュノーケルの先端に括り付けられたトロール船もどきが目撃されたことであろう。
『ビーチングする。衝撃に備えよ!』
艦内放送から、間を置かずに艦全体を揺さぶるような衝撃。
ユナイテッドステーツの船首部分が砂浜に着底したのである。
『船首扉解放! 作業員は直ちに退避しろ!』
続いて、船首の水密扉が油圧作動でゆっくりと開いていく。
艦内の錆びた空気とは明らかに異なる新鮮な空気が入ってくる。
「いよいよだな!」
「待ちに待ったぜ!」
「ジョンブルをギャフンを言わせてやるぜ!」
エンジン音が轟く格納庫内では、バイクに乗った海兵隊員たちが気勢を挙げていた。
長い航海で溜まりに溜まった鬱憤を存分に晴らすつもりだったのである。
「「「俺たちの快進撃はこれからだ!」」」
合衆国海兵隊の戦いは始まったばかりであった。
彼らの勇気がステイツを救うと信じて!
「なんでこうなったんだろうな……」
捕虜となった海兵隊員が茫然と呟く。
こうなると分かっていたら、迂闊に飛び出さなかったのに。5分前の自分を全力でぶん殴りたい気分である。
深夜のチェシル・ビーチは酷い有様であった。
あちこちにバイクが投げ出され、その傍には乗り手と思われる海兵隊の死体が転がっていた。燃料に引火したのか燃えている死体もあった。
周囲には血とガソリンの匂いが充満し、吐き気を催すほどであった。
これが深夜ではなく日中だったら、さぞかし凄惨な光景が飛び込んでくることであろう。
『こちらはドーセット警察だ! 無駄な抵抗は止めて降伏しろ!』
ビーチングしたユナイテッドステーツを出迎えたのは、サーチライトと降伏勧告であった。海兵隊の行動は完全に筒抜けだったのである。
想定外の事態に海兵隊の動きは完全に止まってしまった。
しかし……。
『警察如きがナマ言ってるんじゃねぇよ!』
一人の海兵が暴走して突っ込んだことが悲劇を拡大することになった。
彼に触発されて、命令されていないのに他の海兵隊員も突っ込んでいったのである。
『抵抗するなら容赦はせんぞ! 撃ちまくれっ!』
海兵隊員たちが不幸だったのは、相手がドーセット警察だったことに尽きる。
警察の装備なんて拳銃がメイン、良くてサブマシンガンくらいだろうと思い込んだことが不幸の始まりであった。
ドーセット警察の装備は、スポンサーの趣味と酔狂が存分に反映されていた。
警察に多大な寄付をしているので、警察側もテッドの意向を無視することが出来ない。
その充実ぶりは史実の某ゾンビゲーに出てくる警察の特殊部隊の如し。
世界一の治安を誇る警察が、世界一武装が充実しているという矛盾を抱えていたのである。
『相手は一般人じゃない。遠慮なくぶち込め!』
『ソフトスキン用の弾丸を容赦なく撃てるってか!?』
『この距離ならドタマを百発百中だぜぃ!』
特に不幸だったのが、特殊武装攻撃班(Special Weapons Attack Team)が真正面に陣取っていたことであった。世界一重武装なドーセット警察の虎の子である特殊部隊。並みの軍隊以上の練度と装備で身を固めた特殊部隊に不意打ちされたことで、海兵隊員は一方的に狩られていったのである。
「……合衆国海兵隊総司令ジョン・H・ラッセル・ジュニアだ」
「RNR大佐テッド・ハーグリーヴスです」
港町ウェーマスの公民館。
普段は現地住民のふれあいの場として活用されているスペースは、ラッセルとテッドの二人きりであった。
「まずは迅速な降伏の決断に感謝致します。おかげで犠牲者を最低限に出来ました」
「あの状況ではどうにもならん。逃走手段が失われている状況では、何をやっても犬死だろう?」
ラッセルは厳つい顔に自嘲気味な笑みを浮かべる。
しかし、その目は部下を無駄死にさせた哀しみに染まっていた。
「それで、部下たちの処遇はどうなるのだ? 俺はどうでもよいから部下だけは助けて欲しい。こんなことを頼めた義理ではないが、頼む……」
恥も外聞も投げ捨てて頭を下げるラッセル。
自分ではなく、真っ先に部下の助命を嘆願する姿は指揮官の鑑と言える。
「えぇ、その件でお話に来ました。決して損はさせないので、まずは僕の話を聞いてください」
テッドとしては、彼らを処罰するつもりは無かった。
寛大な措置と言えなくもないが、これは味方側に損害が発生しなかったからこそであろう。
「まず、前提条件として我が国とアメリカは戦争状態ではありませんので、今回の一件は正規の戦闘行動とは見なされません」
「おそらくですが、アメリカ側は現地部隊の暴走で押し通すつもりだと思います」
「それ故に、あなた方をこのまま本国へ送還すれば最悪口封じされることすらあり得ます」
「うちに亡命するのが理想なのでしょうが、今回の騒動が領民に知られれば後々まで尾を引きかねません。そこで提案なのですが……」
いったん、テッドは言葉を切る。
ここからが本題である。
「……朝鮮半島で働きませんか?」
「朝鮮半島だと?」
ラッセルは困惑する。
あんな僻地に何があるというのか。
「現在の朝鮮半島は無政府状態です。どうしても治安維持をする必要がある」
「それを俺らにやらせるってわけか……うーむ」
予想外の展開に戸惑ってしまうラッセル。
てっきり捕虜になるかと覚悟していたのであるが。
「必要なものは全て現物支給するし、別途でお給料も出します。時間はかかるでしょうが、アメリカへの帰還をご希望なら便宜も図ります。悪い話では無いと思いますが?」
テッドがここまで好待遇を提示するのは、ウォッチガードセキュリティへの人材補充を兼ねていたからに他ならない。この機会を逃してなるものかと、彼の目は血走っていた。
ウォッチガードセキュリティでは隊員の高齢化が問題になっていた。
年齢上の理由で引退する者も出始めており、部隊の充足率は低下する一方であった。
(話がうますぎるような気もするが、これ以上の厚遇は望めないだろうな)
ラッセルに断る選択肢は存在しなかった。
命を救ってもらったばかりではなく、部下たちの就職先も世話してくれるというのであるから。
「ここまでお膳立てしてくれたのを断るわけにもいくまいよ。部下たちの説得はまかせてくれ」
「ありがとうございます!」
がっちりと握手する二人。
かくして、元合衆国海兵隊はウォッチガードセキュリティへとジョブチェンジすることになった。
『ところで閣下。アメリカの海兵隊って、どれくらいの戦力があるのですか?』
『現時点で3個師団だが……そんなことを聞いてどうするつもりだ?』
『いえ、もし海兵隊の関係者に会うことがあったら、希望者はそちらへ送りこむつもりなので』
テッドのリクルートの魔の手は、アメリカ本国に駐留している海兵隊にまで伸ばされることになる。ありとあらゆる手段を用いた結果、残存戦力の少なからぬ数が朝鮮半島に送り込まれることになるのである。
「それにしても凄いな……マイフレンドから聞かされてはいたが、実際にお目にかかると迫力が違う!」
「よくもまぁ、こんなものを作ったものです」
多種兵器研究開発部部長のジェフリー・ナサニエル・パイクと主任研究員のネヴィル・シュート海軍中佐は、目の前の超ド級巨大潜水艦に興奮していた。
「隣の戦艦に比べたら小さいけどね」
「そもそも、戦艦と潜水艦を比べたらダメでしょう」
上司の発言にシュートは呆れてしまう。
戦艦と潜水艦のサイズを比較してしまうのは論外であろう。それでも、目の前の潜水艦は巡洋艦と見まがうばかりのサイズだったりするのであるが。
二人がいるのは、チェシル・ビーチとは目と鼻の先にあるポートランド島である。この島は表向きは無人島であったが、念入りに偽装された巨大な秘密ドックとDMWDの研究施設が建設されていた。
未明に騒ぎを起こしたユナイテッドステーツは、夜が明けないうちに秘密ドックに収容された。その後はDMWDの研究員が張り付いて解析が進められていたのである。
この世界では、円卓によって第1次大戦以前にDMWDが設立されていた。
本来の目的は史実と同様であったが、いつしかテッドが召喚したものを解析することが主目的となった。
テッドが召喚した兵器類はDMWDで解析され、その技術はオーバーテクノロジーと呼称された。OTは史実で関与したメーカーへ譲渡されており、英国企業の保有する技術は他国に比べてはるかに進んだものとなっていた。
OTを保有する英国企業ならば、世界の市場を握ることも決して不可能ではない。しかし、OTの使用には円卓の承認が必要であった。無用な混乱を避けるためであることは言うまでも無い。
「あ、いたいた。どんな感じ?」
そう言って、二人に合流してきたのは目にクマを作ったテッドであった。
あれから一睡もせずに、事態の収拾に奔走していたのである。
「やぁ、マイフレンド。今は外部の詳細チェック中だよ。内部はこれからだ」
「そう、なんだ……」
パイクの説明に疲れた表情で返事をするテッド。
その様子は単純に疲れているように見えなくもない。
「ふーん?」
しかし、パイクはテッドが何かを隠していることを察していた。
伊達に長い付き合いをしていない。
「もらいっ!」
「あっ!? 何をするんだ!?」
パイクはテッドが持っていた同人誌を強奪する。
その表紙にはユナイテッドステーツに極めて酷似した潜水艦が描かれていた。
「……マイフレンド? これはいったどういうことかな?」
「いや、まさか連中が火葬兵器を具現化するとは思わなかったんだよ……」
床に突っ伏すテッド。
3徹目で肉体的にも精神的にも限界なところに、目の前のソレを見たせいで止めを刺されてしまったのである。
「ほぅほぅ、なるほどなるほど! 相変わらずマイフレンドは絵が巧いなぁ! 巧いだけでなく、説得力があるのもまた……!」
「DMWDもドーセット公の同人誌にはお世話になりましたからねぇ。ヤンキーが同じことを考えてもおかしくないでしょう」
強奪した同人誌を熱心に見やるパイクとシュート。
美麗なカラーイラストは、ユナイテッドステーツの構造が丸分かりであった。
「これがあれば解析が一気に進むぞ! 礼を言うよマイフレンド……って、あれ?」
「あ、さっき奥さまが来られて回収していきましたよ」
なお、テッドは連絡を受けてすっ飛んできたマルヴィナとおチヨにお持ち帰りされていた。これから付きっ切りで看病であろう。流石に夜のプロレスは自重してくれると信じたい。
「あっ!? これ、これ見てくださいよ部長!?」
「こ、これは……!?」
巻末に描かれたイラストを見て二人は絶句する。
そこには、原子炉を搭載した火葬兵器の改装プランが描かれていた。
彼らは知る由は無かったのであるが、火葬兵器のネタ元になったのは史実のプロイェークト748であった。当時のソ連で研究された強襲揚陸原子力潜水艦だったのであるが、諸般の事情で開発は中止された。
ネタ兵器としてミリオタ界隈の一部で人気があり、生前のテッドも知っていた。
だからこそ火葬兵器のベースにしたわけであるが。
「これは面白い、面白いぞっ! 原子力潜水艦が簡単に作れるじゃないか!?」
「細かい強度計算が必要ですが、いけますよこれ!?」
新しいオモチャを見つけた子供の如く興奮するパイクとシュート。
その様子は、まさにマッドサイエンティストであった。
『原子力潜水艦だと? 許可する。存分にやり給え』
DMWDが提出した改装プランをチャーチルは速攻で了承した。
ユナイテッドステーツは朝鮮半島へ回航されて、大改装を受けることになる。
『ユナイテッドステーツが消息を絶っただと!?』
『定時連絡がありません。おそらくは……』
ユナイテッドステーツが消息を絶ったことで、デイビス政権は作戦の失敗を悟った。しかし、元より特効作戦であったので成功率は期待していなかった。あわよくば、といったところである。
『あぁ、ラッセル閣下……』
『くそぅ、ふざけやがって……』
『あんな政権に忠誠を誓う必要があるのか……?』
そんな作戦に虎の子の戦力を投入したことで海兵隊の政権に対する忠誠と士気は崩壊することになった。現状打開に必死なデイビス政権は気付いてもいなかったが。
『……スイス銀行のほうはどうなっている?』
『シークレットサービスが攻めていますが、これがなかなか……』
デイビス政権にとっての本命はスイス銀行であった。
裏社会の口座には連邦予算の数年分に匹敵する莫大な金額が預金されており、これが手に入れば政権の延命が出来る。
しかし、スイス銀行はシークレットサービスに頑強に抵抗した。
顧客情報を守ることこそがレゾンデートルみたいなものである。誰が相手であろうと、たとえシークレットサービスであろうとも一歩も引かなかった。
1942年以降、アメリカ東海岸の経済と治安は急速に悪化していった。
お花畑――もとい、高い理想を掲げたデイビス政権は10年持たずに崩壊しようとしていたのである。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
フェアリー ソードフィッシュ MK.4
全長: 11.22m
翼幅: 13.9m
全高: 3.8m
空虚重量: 2030kg
最大離陸重量: 4410kg
エンジン:アームストロング・シドレー マンバ ASM.6 軸出力1770馬力+排気推力
最大速度: 285km/h
巡航速度: 240km/h
航続距離: 2700km(増槽込み)
実用上昇限度: 8000m
乗員: 3名
搭載量: 2500kg
武装 7.7mm 機関銃 2門 モリンズM型57mm自動砲
航空魚雷 or 250ポンド爆弾4発 or 500ポンド爆弾4発 or RP-3ロケット弾16発 or 対潜ロケット弾発射機
円卓チートによって、15年ほど早く世に出てしまったストリングバッグ。
史実のソードフィッシュのエンジンをターボプロップに換装し、大出力に対応すべく機体の補強を実施した機体である。
Mk.3の改良型であり、潜航中の新型Uボートを撃沈するために対潜ロケット弾発射機とモリンズM型57mm自動砲の運用能力が追加されている。
※作者の個人的意見
この時代に、単機でハンターキラー戦術が出来るオーパーツ的機体。
パイロットがレーダー手兼任、観測員がHF/DF要員兼任、後部機銃手がMAD要員を兼任というとてもブラックな機体ですw
何気にモリンズM型57mm自動砲が固定武装化されてたりします。
武装が増えたせいで、ますますブラックな機体になってしまいました(苦笑
USS ユナイテッドステーツ
排水量:25000t(水上) 35600t(水中)
全長:160.0m
全幅:21.0m
吃水:不明
機関:蒸気ターボ電気推進2軸推進
最大出力:30000馬力(水上) 30000馬力(シュノーケル使用時)
最大速力:15ノット(水上) 17ノット(水中:シュノーケル使用時)
航続距離:9ノット/10000浬(水上) 10ノット/8000浬(水中:シュノーケル使用時)
乗員:不明
兵装:無し
1個海兵隊大隊、M1軽戦車5両、フォードモデルTT装甲車仕様5両を搭載可能
原作者不明(笑)の同人誌に触発されて開発された超巨大潜水艦。
作者の弁によると、この時代に原潜のスペックを実現するために悪あがきした火葬兵器とのことである。
ネタ元は史実のプロイェークト748であるが、この時代に原子炉は(英国以外は)存在しないので蒸気タービンを搭載している。
これだけの巨体を動かし得るバッテリーは現実的ではないので常時シュノーケル使用が前提となっていた。シュノーケルは長さは30mという長大なものになっており、その外観はそびえ立つ銭湯の煙突のようであった。これだけの長さになると自然吸気は難しいので、換気用のファンが複数設置されている。
シュノーケルはトロール船に偽装されており、近くで見ても違和感が感じられないほどであった。常時数人の監視員が陣取っており、観測結果を海面下の本体に伝えることで操艦が行われていた。
シュノーケル内部には梯子が設置されており、常時行き来することが可能となっていた。しかし、暗闇で銭湯の煙突を上り降りるするようなもので乗員からの評判は良くなかったらしい。
1942年に作戦に投入されたものの、哨戒網に引っかかったあげくに最終的に拿捕されている。シュノーケルはレーダーと目視は騙せても、MADによる磁気探知は誤魔化せなかったようである。
※作者の個人的意見
ついに出て来た火葬兵器w
ソ連のネタ兵器である強襲揚陸潜水艦を実現するために頭を捻った結果がこれです。
原子炉が無いなら、シュノーケルで蒸気タービンを駆動すればいいじゃない!
シュノーケルが目立つなら、目立っても問題無いように偽装すればいいじゃない!
……とまぁ、そんな感じで作ってしまいました(マテ
本編では描写しきれませんでしたが、今回の海兵隊はアメリカ版銀輪部隊でした。
要するに、海兵隊全員がハーレーに乗ってたわけですw
ビーチングして扉が開いたら飛び出すハーレー軍団!
ヘルズ・エンジェルスかな?(すっとぼけ
あと本編の最後にちょっとだけ書いてますが、ユナイテッドステーツは原潜に改造されることになります。よりにもよって、この世界最初の原潜がコイツでいいのか?w
無任所大臣としての最初のお仕事はだいぶハードなものになってしまいましたw
今後も珍妙な大臣名とハードなお仕事が待っていますので、養生してくださいね(酷
>ロンドンから大急ぎで車を飛ばしてきたのである。
道のりにして220km弱で、高速を使っても3時間弱くらいはかかるかと。
お疲れ様としか言いようが無いですね。それだけ焦っていたのでしょうけど。
>過激な表現がてんこ盛りで、とても公式文書とは思えない。
きっとバカだのアホだのうんこたれとか書いてあったに違いないです(酷
>『ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す』対策大臣
これからも珍妙な名前の大臣名を名乗ることになりますw
>アルフレッド・ダドリー・ピックマン・ロジャーズ・パウンド海軍元帥
好き嫌いがはっきり分かれる人といった印象。
後方に居れば有能だけど、前線にいらん指示を出してくるから現場の人間には嫌われている感じかなぁ?
>CVA-01級航空母艦
英国海軍史上最大にして、戦後に起工する初の空母になる予定でしたが計画は中止されています。
完成してたらミッドウェイ級並みの空母になるはずでした。この世界だと、なんと4隻も建造しちゃいますw
>ハーミズ級軽空母
史実だと軽空母時代よりも、戦後のスキージャンプとハリアー運用のイメージが強いですね。
この世界では大量建造の予定です。ヘリ空母にするもよし、揚陸艦にするもよし、艦体規模的に他の用途にも転用出来そうだし使い勝手が良いんですよねぇ。
>航空機補修艦『ユニコーン』と『ペガサス』
ハーミズよりもデカいし、能力も高いのだけど運用コストが高いのがネック。
戦争だと重宝するけど、平時だと持て余し気味だったりします。退役させたら、モスボールか解体かなぁ。
>流石に週刊護衛空母には劣るものの……
さすがに起工から7か月で就役出来る護衛空母と、20か月かかるハーミズ級を同じ扱いには出来ませんでした。なので、隔週軽空母と呼ぶべきでしょう(マテ
>MACシップ
この作品ではWW1で大活躍しましたが、WW2でも活躍出来そうです。
ソードフィッシュ運用に特化するならば、甲板に鉄板を敷くだけで問題無いですし。
>一般人からのテッドの認知度は低かった。
最近はちょくちょく本国へ帰っているので、帰国の度にニュースになって知名度は上がりつつあります。
>「……みんなで幸せになろうよ」
意訳『……逃さん……お前だけは』
>ホワイトボード
現在使われているホワイトボードは日本が発明したものなのですが、それ以前にも似たコンセプトのモノは存在してました。英国でも鉄板にエナメル加工したボードが使用されてた記録があります。これって書くのは良いけど、どうやって消してたんだろ?油性ペンにアルコールかなぁ?(;・∀・)
>「ところで、ソードフィッシュはマーク3かな? あれなら運用したことあるのだけど」
本編82話『合同演習』参照。
サックヴィル・カーデン海軍元帥に、艦隊指揮から航空戦力の運用まで一通りやらされていますw
>英国海軍予備員の制服と大佐の階級章が伊達では無い
これより上の階級はRNR代将しかないので、何気に出世が早かったりします。
代将になったら、船団の指揮までやらされそうですねw
>ジョン・H・ラッセル・ジュニア海兵隊大将
このところ出番が多い合衆国海兵隊の総大将。
今後の就職先も決まって安泰です。今後も出番があるかも…?
>この世界の英国ですら持ち得ない超兵器であった。
それすなわち火葬兵器なわけで……(この世界の英国が火葬兵器を保有しないとは言ってない
>蒸気タービン搭載潜水艦であるK級
史実英国で実際に建造された蒸気タービン搭載潜水艦。
当時の潜水艦用ディーゼルだと出力が足らなくて予定された速力発揮が不可能だったので蒸気タービンを積むことに。この時代だと石炭混焼だから黒煙モクモクで発見されやすかったんじゃないかなぁ?w
>『逆に考えるんだ。目立っても良いと考えるんだ』
最近は出番が多いような気がしますが。
うちは英国面がウリなので全然問題じゃないですね!(オイ
>その海面下30mに本体が存在していた。
30mというと高そうですが、史実の扶桑のマストが水面から50m以上で艦体を差っ引くと30mくらいになるので問題ナッシングです。戦艦に比べて突起物の少ない潜水艦にそんなのが生えていたら目立ちまくりでしょうけどw
>敢えて見逃されているのではないかと勘繰りたくもなる。
実際その通りで、ソードフィッシュのMADで追跡されていました。
ドーセットの近海には設置式の水中聴音機もあるので、何をどうやっても発見される運命でした。
>チェシル・ビーチ
港町ウェーマス近くにある長さ20km以上のビーチ。
先端はポートランド島まで続いています。
>トロール船もどきが目撃されたことであろう。
怪奇『空中に浮くトロール船』とか言ってネタになりそうですねw
>彼らの勇気がステイツを救うと信じて!
この時点で海兵隊員は運命から逃れられなかったのです(合掌
>その充実ぶりは史実の某ゾンビゲーに出てくる警察の特殊部隊の如し。
当然、SWATの隊員にはスペシャルにカスタマイズされた拳銃がプレゼントされています。ベースにする拳銃は何が良いかなぁ?ガヴァも悪くないけど、ブローニングHPが無難かな?
>念入りに偽装された巨大な秘密ドックとDMWDの研究施設が建設されていた。
本来の目的は、いずれ行うであろうテッド君の大規模召喚の祭壇だったりします。
>「いや、まさか連中が火葬兵器を具現化するとは思わなかったんだよ……」
既にドイツ帝国がやらかしまくっていたりするのですが、幸いなことにテッド君は知りません。
実際に目にしたらSAN値がガリガリと削れることになるでしょうねw
>DMWDもドーセット公の同人誌にはお世話になりましたからねぇ。
具体的にはパンジャンドラムとか。
パンジャンをカタパルトで射出するアイデアはテッド君の同人誌からだったりします。