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第104話 エドワード8世戴冠記念観艦式


「ドーセット公。ご無沙汰しております!」

「お久しぶり。お元気そうでなによりです」


 ロンドンのウェストミンスター寺院の西門入口。

 ふだんとは打って変わって各国の要人たちで賑わっている場所で、秩父宮(ちちぶのみや)雍仁(やすひと)親王はドーセット公爵テッド・ハーグリーヴスと再会を果たしていた。


「マルヴィナさま、お久しゅうございます」

「セツコも元気そうね」


 二人の隣では、秩父宮妃である勢津子(せつこ)がマルヴィナと抱擁していた。

 片方がデカすぎるせいで、その様子は大人に抱き着く子供の如しであった。


「お子さんはお元気ですか?」

「はい、おかげさまで……」


 テッドと秩父宮の出会いは5年前まで(さかのぼ)る。

 私用で青森から上京した秩父宮は、駐日英国大使館を表敬訪問していた。


『う、産まれる……!』

『『な、なんだってー!?』』


 その際に、同行していた勢津子妃が産気付いた。

 病院へ連れていく時間が無いと判断したテッドは、大使館内の病院へ緊急搬送して無事出産を成功させた。それが縁となり、テッドと秩父宮は家族ぐるみの付き合いをしていたのである。


「エドワード8世陛下が到着されたようです。我々も移動しましょう」


 4人は西門からウェストミンスター寺院内部の身廊(しんろう)へ向かう。

 祭壇へ続く細長い空間には、戴冠式のための席が設けられていたのである。


「エドワード8世陛下、ならびにローズマリー王妃のご入場であります!」


 聖歌隊の合唱が響き渡る厳かな空間。

 その中を国王エドワードと王妃ローズマリーは進んでいく。


 祭壇では、カンタベリー大主教コスモ・ゴードン・ラングが待ち受けていた。

 ラングは、エドワードの頭、手、胸に聖油を注ぐ。いわゆる『塗油の儀式』である。


 『塗油の儀式』が終わると、いよいよ『戴冠の儀』となる。

 ラング自ら、着席したエドワードの頭上に『聖エドワード王冠』が載せる。


「神よ王を救いたまえ!」

「「「神よ王を救いたまえ!」」」


 ラングの宣言に観客たちが唱和する。

 英国王としての権限と責務がエドワードに正式に移譲された瞬間であった。


「……ファンタジーRPGに出てくるキャラかな?」


 間近で見ていたテッドは、思わず呟いてしまう。

 現在のエドワードの装備(?)はこんな感じであった。


 右手:十字架の王笏

 左手:献納の宝剣

 頭:聖エドワード王冠

 体:式服

 アクセサリ:腕輪

 アクセサリ:指輪


 右手に持つ『十字架の王笏(おうしゃく)』には、『偉大なアフリカの星』の名で有名なカリナンⅠがあしらわれている。530カラット超えの涙型のダイヤモンドは当時世界最大であった。もちろん、値打ちなど付けようもない。


 左手に持つ『献納の宝剣(カーテナ)』は、ダイヤモンド、サファイア、ルビーなど、幾多もの貴石で飾られている。その煌びやかさは、宝剣の名を冠するに相応しい。


 頭上に頂く『聖エドワード王冠』は合計444個の貴石や半貴石が飾られている。その重量は約2キロに及び、その重さ故に史実のヴィクトリア女王とエドワード7世は別の王冠を使用するほどであった。もはや、王冠というより首の筋肉を鍛えるための道具としか思えない。


 腕輪は22Kゴールド製の2つのブレスレットに彫刻とバラの留め金が施されている。某ファイナルなファンタジーに出てくるアクセサリーみたく、ひょっとしたら特殊効果くらいあるかもしれない。


 指輪は別名『イングランドのマリッジリング』と呼ばれているゴールド製リングである。大司教により君主の右手の4番目の指につけられるこの指輪は、君主と国家との結婚を意味している。エリザベス1世の怨念がこもっているように思えるのは気のせいであろうか?


(もはや拷問としか思えないんだけど。イギリスの王族ってM気質なのかなぁ?)


 失礼極まりないことを考えてしまったテッドであるが、無理もないことであろう。装備ガチガチで座っているエドワードは、見るからにしんどそうであった。


(あっちの王冠は飾りが少ない分軽そうだなぁ)


 隣に座るローズマリーも大主教から冠を授けられる。

 こちらはジョージ5世の戴冠式で妻メアリー王妃が被ったものであった。


「……っとと!?」


 両側から司教に支えられて立ち上がるエドワード。

 両手が塞がった状態で着席していると自力で立つことは難しい。やっぱりイギリス王族は以下略。


 戴冠式が終わり、エドワード王を先頭にローズマリー王妃と司教たちが退出していく。ここから先は、来た時と同じく馬車で宮殿へお帰りとなる。お世辞にも良いとは言えない乗り心地に我慢を強いることになるので、やっぱりイギリス王族は以下略。


「んんーーーーっ」


 閑散とした聖堂内で大きく伸びをする。

 英国屈指の大貴族ではあったが、庶民生まれなテッドはこういったイベントは苦手であった。


(でも、ここからが本番というか。あぁ、めんどくさいなぁ……)


 テッドは観艦式にも強制参加が決定していた。

 秩父宮ご夫妻のホスト役を仰せつかっていたからである。


 ホスト役に内定したのは戴冠式の3日前のことであった。

 降ってわいたような話にテッドが困惑したのは言うまでも無い。


 しかし、ホスト役の一件はエドワードから直々に頼まれていた。

 グレートブリテン貴族に王命に対する拒否権など存在しない。悲しきは宮仕えである。


 ポーツマス軍港のスピットヘッド錨地で開催されるエドワード8世戴冠記念観艦式は1週間後に迫っていた。戴冠式が終わったと安堵する暇も無く、テッドは準備に忙殺されることになったのである。







『さぁ、安いよ安いよ!』

『入荷したての新鮮な魚だよーっ!』

『1匹だけ売ってくれだと? なにけち臭いこと言ってんだ!? バケツごと買っていけ!』


 ドーセット領の南端に位置する町ウェーマス。

 まだ早朝だというのに、港町らしく威勢の良い海の男たちの大声で満たされていた。


「戦艦に乗るのは初めての経験ですが、こうして見ると大きいですね。あんなに離れているというのに……」


 そんな港町の一角で、沖合に停泊するHMS『ネプチューン』に感嘆する秩父宮。史実と同じく陸軍畑を歩んでいる彼にとって、目の前の戦艦は未知の存在であった。


 観艦式の会場となっているポーツマス軍港は、ドーセット領にほど近い。

 それ故に、観艦式当日に直接乗り付けることにしたのである。


「艦長。ランチの準備は整っております」


 いかにも叩き上げといった壮年の海軍士官がテッドに敬礼する。

 彼はネプチューンの副長であった。


 テッドは英国海軍予備員(RNR)の資格を保有していた。

 これまでの経験を買われてRNR大佐に昇進させられたあげくに、艦長としてネプチューンの指揮を執ることになったのである。海軍の重鎮となったヨーク公の陰謀であることは言うまでも無い。


「……後のことはよろしくお願いしてもいいんだよね? なんか心配になってきたんだけど?」


 ランチに乗り込む直前に、テッドは振り返る。

 視線の先には、娘のミランダと美知恵、さらには秩父宮家の皇子と在ドーセット日本領事館の職員たちがいた。


 さすがに子連れで観艦式には参加出来ない。

 テッドとしては、イベントが終わるまでドーセット公爵邸(ドーチェスターハウス)で安全に過ごしてもらいたかった。しかし、そうもいかなくなったのである。


「何をおっしゃられているのかよく分かりませんが……お姫さまと皇子はお任せを」

「我々は観光案内で領内には精通していますので、ここは大船に乗った気でお任せください!」


 自信満々な領事館の職員モブたち。

 腹の中には別の思惑を秘めてはいたが、おくびにも出さない。


『ドーセット公。差し出がましいとは理解していますが、これを機会に息子に海外の地を体験させてもらえないでしょうか』


 事の発端は3日前の秩父宮の依頼であった。

 子を思う親の気持ちに身分など関係ない。当然ながらテッドは快諾した。


 とはいえ、いくらドーセット領内が英国でも随一の安全な場所とはいえ年端もいかない少年少女を単独行動させるわけにもいかない。どうしたものかと、テッドは思い悩むことになった。


『観光案内なら我らに任せてもらおうか!』

『ふざけんな!? あんたらに任せたらアングラに染まっちゃうじゃないか!?』


 どこで聞きつけたのか、ロマノフ公が協力を申し出たが速攻で拒否したのは言うまでも無い。純真無垢な子供たちを娼館街に案内するなど論外である。


『テッドさんのご期待には添えたいのですが、わたしの立場で皇族の方を引率するのはちょっと……』


 頼みの綱であったおチヨにも断られてしまい、テッドは万事休すとなった。

 そんな時に救いの手を差し伸べてきたのが、ドーセットの日本領事館だったのである。


(ようやく邪魔者がいなくなったな)


 岸壁を離れていくランチを見て安堵する領事館のモブたち。

 計画遂行の最大の障害が消えたことで、彼らは作戦の成功を半ば以上確信していた。


『可能であれば、秩父宮家でドーセット公の娘を(めと)って欲しい』


 事の発端は、ドーセット公爵家と秩父宮の関係を知った今上天皇の思惑であった。当面の間は問題無いとはいえ、いずれテッドは本国に帰国することになる。そうなる前に、なんとしても縁を繋いでおく必要があると考えていた。


 ちなみに、娶るのはどちらも良いと考えられていた。

 強いて言うならば、美知恵が本命視されていたが。


 愛人の子ならば、嫁入りさせるのに問題ない。

 母親が日本人であれば、なおさらである。


 発想が政略結婚のそれであるが、この時代では珍しいことではない。

 この時代の皇族は政略結婚が当たり前で、自由恋愛などほぼ不可能だったのであるから。


 現状の日本と英国の関係は、事実上テッドによって成り立っていると言っても過言では無い。両国間の関係をさらに強化、あるいは簡単に切れないようにするために打てる手は全て打っておく必要があった。


『ドーセット公は息子の命の恩人です。身内になれるとあらば、臣籍降下(しんせきこうか)も辞しません!』


 幸いなことに、秩父宮もこの計画に乗り気であった。

 国益になるというのもあるが、単純にドーセット公爵家の二人の姫を気に入っていた。


 そういう意味では、今回の観艦式は絶好の機会と言える。

 領事館のモブたちは、観光案内にかこつけて3人を仲良くさせることに全力を尽くしたのである。


 領事館モブたちの奮闘もあり、3人は表向きは仲良く付き合うことになる。

 しかし、ミランダと美知恵の趣味嗜好が歪んでいたことに誰も気付いていなかった。


 母親譲りな二人の容姿と性格は、後々になってから問題を起こすことになる。

 どちらが嫁になるかはともかくとして、未来の婿の苦難はまだ始まったばかりであった。







「こうして見ると壮観だな……」


 遣英艦隊司令官高須四郎(たかす しろう)海軍中将は、第一艦橋からの眺めに感嘆していた。

 双眼鏡を使用せずとも近くに停泊している艦艇の細部が良く見える。それほどまでに各艦の相対距離は近いものであった。


 高須の目に映る光景は、艦が8部に海が2部であった。

 ポーツマス軍港のスピットヘッド錨地(びょうち)は、エドワード8世戴冠記念観艦式のために集まった艦艇で埋め尽くされていたのである。


「司令、観艦式までは時間があります。少しお休みになられては?」


 艦長が高須を気遣う。

 目にクマが浮き、顔色もよろしくない。部下から心配されるのも当然であろう。


 これまで寄港する度に現地メディアの取材攻勢に遭い、軍機に抵触しない範囲で取材に応じてきた。言葉巧みに新型戦艦の秘密を聞き出そうとしたり、意地悪な質問に対応し続けて心労がたまっていたのである。


「……そうさせてもらおうか。長官公室で仮眠するから時間が近くなったら起こしてくれ」


 そう言って、外へ向かおうとする高須。

 一瞬、足元がふらついたように見えたのは決して気のせいではないだろう。


「し、司令!? 昇降機(エレベーター)を使ってください! 階段梯子(ラッタル)は危険です!」


 慌てて艦長が止めにかかる。

 うっかり、足を踏み外そうものなら大怪我しかねない。


「心配いらん!」


 しかし、高須は頑として聞き入れなかった。

 そのままラッタルを下って最上甲板へ向かう。その背中を艦長がハラハラして見守っていた。


(ひょっとしたら、ここから見えるかもしれんな)


 最上甲板を経由して長官公室へ向かう際中、ふと高須は立ち止まる。

 近くに秩父宮ご夫妻を乗せたHMS『ネプチューン』が停泊しているのを思い出したのである。


(どれどれ……)


 スピットヘッド錨地は最も広い部分でも直線距離で10km弱ほどしかない。

 そのような狭い海域に200隻もの艦艇が終結していた。如何に距離が近いとはいえ、探し出すのは某ウ〇ーリー並の高難度と言えた。


(あれか!?)


 特徴的な箱型艦橋の基部に設置された巨大な銘板。

 そこにはしっかりと『Neptune』の文字が刻まれていた。


(宮さまは見当たらんな……艦内におられるのか)


 ひょっとしたら乗艦しているはずの秩父宮ご夫妻を拝めるかもしれない。

 そう思って探してはみたものの、発見することは出来なかった。


(せっかくだから、世界最強の海軍の戦艦を観察させてもらおう)


 気持ちを切り替えて戦艦ウォッチングを始める高須。

 双眼鏡でネプチューンの細部をじっくりと観察し始める。


(艦首はシアーが効いてる。我が海軍に引けは取らんだろうな)


 高須が最初に注目したのは、ネプチューンの艦首であった。

 シアーとは、艦首付近の乾舷が徐々に上に反る形状を指す。シアーが強いと艦首が切り裂く波が艦橋構造物に当たりにくくなる。


(船首フレアは無きに等しいな。英国の戦艦は荒天時の作戦を重視してないのか?)


 続いて注目したのは艦首のフレアであった。

 フレアは水面から甲板にまで至る反りであり、艦首部分のフレアがあると波浪を反らすことが出来る。シアーとフレアを併用することで時化に強くなるのである。


 史実の英国海軍は巡洋戦艦など一部の艦を除いて伝統的にシアーもフレアも重視していなかった。これは推測であるが、荒天時に戦艦を作戦投入することを考えていなかったからだと思われる。


 実際に史実では問題が起きなかったのであるから、結果的に英国海軍の判断は正解であった。というより、悪天候時の作戦を常に考慮して艦艇にシアーとフレアを付けまくった日本海軍がおかしいだけであろう。


(昔見たのと砲塔形状が違うな)


 この世界の高須はクイーンエリザベス(QE)型高速戦艦を見学したことがあった。

 その時の記憶にある砲塔と、双眼鏡越しに見る砲塔は明らかに形状が異なっていたのである。


(艦橋は箱型か。これを20年近く前からやってのける英国海軍はやはり恐ろしいな……)


 ネプチューンは大規模近代化改修(FRAM)が適用された艦であった。

 改修の結果、新型戦艦にも引けを取らない艦容を手に入れていた。


(ん? 司令塔が見当たらんが、艦橋と一体化しているのか?)


 ネプチューンの艦橋を観察する高須は違和感に気付いた。

 通常の戦艦ならば艦橋の基部に設置されているはずの司令塔が見当たらない。


 艦橋は重厚な装甲を施すことが困難であり、主砲弾が直撃すると司令部が全滅しかねない。司令部機能の全滅を防ぐために艦橋の下には装甲された司令塔が設置されており、砲戦時はそこで指揮を執るのが一般的なのである。


 高須が座乗する新型戦艦にも艦橋基部に司令塔が張り出すような形で設置されていた。しかし、双眼鏡越しに見えるネプチューンの艦橋は単純に箱型であった。


(電探をあれほどたくさん装備しているとは。この点では我が海軍は大きく負けているな……)


 気を取り直して高須はネプチューンの観察を続ける。

 多数装備されたレーダーが嫌でも目に付いてしまう。


 使用目的が違うのでアンテナの大きさも配置場所も様々であった。

 これらのレーダーは水上/対空監視、砲撃管制、対空射撃の目的で装備されていた。


 この世界の英国の電子技術は世界より15年は先行しており、英国海軍は既に実用的なレーダーを実戦配備していた。テッドによる戦前の大規模召喚や円卓技術陣のチートが原因であることは言うまでも無い。


 日本でようやくまともなレーダーが実用化されようという時期に、英国海軍では駆逐艦やフリゲートにもレーダーを装備していた。そういった艦艇にも搭載出来るくらいに小型化も進んでいたのである。


 高須が知る由は無かったのであるが、英国海軍は既に光学観測による砲戦を放棄していた。あくまでもレーダーによる砲戦がメインであり、測距儀は非常用に過ぎない。


 測距をレーダーに頼るのであれば、司令塔に籠る意味は無い。

 機能を艦内のCICに集約したために司令塔が不要になったのである。


「……艦長!? こんなところで何をしてるんですか!? もう時間ですよ!?」


 高須の戦艦ウォッチングは、汗だくな艦長の怒声で中断されることになった。

 腕時計を見てみれば、観艦式の開催時刻目前を針が指している。


「ほらっ、戻りますよ司令」

「分かった。分かったから……」

「ラッタルは使わないでください。エレベーターで昇りますよ。時間がありませんので」

「お、おぅ……」


 全ては道草を食って長官公室に戻らなかった高須が悪い。

 鬼気迫る艦長に高須は問答無用で引きずられていったのであった。







「ジャッポーネはなんという戦艦を建造したのだ!? これでは我らは引き立て役ではないか!?」


 戦艦『ヴィットリオ・ヴェネト』の艦長は、日本の新型戦艦に激怒していた。

 祖国の最新鋭戦艦を持ち込んだら、それ以上の巨艦が隣に停泊していた。何を言っているのか以下略。


「それにしても、デカいですな。18インチ砲を搭載しているという噂もあながち嘘とは言えますまい」


 怒れる上司に対して、副長はまだ冷静であった。

 どちらかと言うと諦めの感情が強いような気もするが。


「せめて停泊位置を離してくれれれば良いものを。相変わらずライミ―は陰険だ!」


 英国の海軍関係者からすれば、とばっちりも良いところである。

 Gライン――海外招待艦が停泊する位置は、観艦式の計画段階で既に決定していたのだから。


(このままでは、統領(ドゥーチェ)直々の密命が果たせないではないか!?)


 内心で大いに焦る艦長。

 彼はイタリア王国の独裁者ムッソリーニから、イタリア艦の精強さを宣伝するよう仰せつかっていた。


 この世界のイタリア王国は最新鋭の戦艦と巡洋艦、さらには試作タイプの大型嚮導駆逐艦まで観艦式に参加させていた。1隻も派遣しなかった史実とは気合の入れ方が違う。


 イタリアがここまで観艦式に力を入れているのは、主にソ連に対するアピールのためであった。この世界のソ連は、イタリア造船界の大のお得意様で大量の艦船を購入していたのである。しかし……。


『爆弾1発で沈むような欠陥戦艦を売りつけおって!? イタリアは誠意を見せろ!』


 空の魔王(ルーデル)のやらかしで全てご破算となってしまった。

 スターリンからは詫び戦艦を寄越せと怒鳴られるわ、価格引き下げを要求されるなど散々な状況だったのである。発注が取り消されなかったのが、せめてもの救いであった。


 オデッサ近海で沈んだソビエスキー・ソユーズが、ドイツ側による徹底的な調査を受けることになったのは言うまでも無い。その原因がたった1発の爆弾であったことを最初は誰も信じようとはしなかった。


 ダイバーによる潜水調査によって、ソビエスキー・ソユーズが水蒸気爆発によって生じた大破孔からの浸水で沈没したと推測された。問題は何が原因で水蒸気爆発が発生したのか、である。


 さらなる調査により、煙突から飛び込んだ爆弾が缶室を破壊したことで高温高圧の水蒸気が漏洩していたことが判明した。缶室に隣接していた復水器のタンクも同時に破壊されており、漏れた真水が水蒸気に触れて小規模な水蒸気爆発が発生したところまで突き止めた。


 最初に起きた水蒸気爆発は船体を破壊するには至らなかったが、船体の鋼板を歪めるのに十分な破壊力があった。そこから侵入した大量の海水が大規模な水蒸気爆発を誘発して船体に大破孔を生じさせたと結論付けられたのである。


 このことを知ったイタリアの造船技師たちは頭を抱えることになった。

 計画段階では煙突への攻撃を想定していなかったのである。


 ボイラーで発生した煙を煙突に導く通路――いわゆる煙路は甲板防御の最大の弱点と言える。爆弾や砲弾にここを抜けられるとボイラーに直撃してしまう。そうなれば、甚大な被害は免れない。


 地中海での運用が前提なイタリアの戦艦は、砲戦距離が比較的短めに設定されていた。砲戦距離が縮まれば被弾箇所は艦体側面に集中することになる。煙突も側面からの被弾しか想定しておらず、たとえ被弾しても吹き飛ばされるだけなので装甲すら配していなかった。


 イタリアの造船技師たちは、この問題に斜め煙突とコーミングアーマーで対応することにした。装甲化した煙突を斜めに配置することで、爆弾が煙路から艦内に侵入するのを防ぐことが出来る。これにより、煙突への垂直方向と艦の前部方向からの攻撃を防御可能となった。


 この世界のヴィットリオ・ヴェネトは、ソビエスキー・ソユーズ建造時に得られた知見を活かして建造された準同型艦である。しかし、上述の改良が盛り込まれて斜め煙突に改装されて外観に差異が生じることになった。


 しかし、コーミングアーマーは艦の後部方向からの攻撃を完全に防ぐことは出来ない。後方からの特定の角度による攻撃に対するリスクは未だに存在していた。


 この問題に対する最終回答が、史実の日本海軍が開発した『蜂の巣甲板』であろう。一見すると装甲板に直接穴を開けて排煙を通過させるという単純なものであるが、その実現には多くの技術者たちの苦労があった。


 ちなみに、名前に蜂の巣を冠してはいたが実際の見た目はレンコンに近いものであった。一説ではレンコン甲板ではかっこ悪いので、蜂の巣甲板と命名されたと言われている。もちろん、この世界の日本の新型戦艦には装着済みである。


(巡洋艦もあっちのほうが強そうだな……)


 未だにブチ切れている艦長を無視して、副長は日本の巡洋艦を観察していた。

 なにせお隣さんなのである。嫌でも詳細が目に飛び込んでくる。


(大きさは互角だが、砲の数では完全に負けてる。見た目では完全に負けたな)


 イタリアが持ち込んだボルツァーノ級巡洋艦は日本の最上型巡洋艦と全長も排水量も酷似していたが、その見た目からして完全に負けていた。


 主砲の口径こそ20サンチで最上の15.5サンチに優越していたが、連装4基8門のボルツァーノに対して最上は3連装5基15門でほぼダブルスコアをつけられていたのである。


『おい見ろよ! ジャパンのクルーザーは凄ぇ強そうだぞ!?』

『隣のパスタ野郎の倍は砲を積んでるぞ』

『さすがは大英帝国の同盟国。頼もしいことこの上ないな!』


 20サンチ(203mm)と15.5サンチ(155mm)では破壊力に大きく違いが出るが、一般人にそんなことが分るはずもない。岸壁のギャラリーたちは口々に最上を称え、ボルツァーノをボロクソにけなしたのであった。


 イタリアの不幸は、日本の隣になってしまったということに尽きた。

 完全に日本の引き立て役と化してしまい、帰国後にドゥーチェから叱られることになるのである。







「ふふっ、ライミ―たちはこの戦艦に驚いていることだろうな」

「こちとら最新鋭だ。クイーンエリザベス型(行き遅れの老嬢)とは違うのだよ!」

「今回の観艦式でこの艦の偉大さを存分に見せつけてやろうではないか!」


 戦艦『カイザーヴィルヘルム2世』の艦橋では、幕僚たちが盛り上がっていた。

 彼らはドイツ帝国海軍の戦艦が強大であることを信じて疑わなかったのである。


 艦橋から見える位置(Fライン、Eライン)に停泊する戦艦は、全て英国海軍のQE型高速戦艦であった。


 満載で4万トン級の戦艦が並ぶ光景は壮観なものであったが、カイザーヴィルヘルム2世はQE型よりも明らかに大きい。彼らが優越感に浸るのも無理もない話ではあった。


 お隣のイタリアが持ち込んだ戦艦はなかなかの大きさであったが、それでもこちらの優位は動かない。その奥にいるはずの日本の戦艦はイタリア艦が邪魔になって見えないが、大したことは無いだろうと高を括っていた。


 カイザーヴィルヘルム2世は、ドイツ帝国海軍の新型戦艦である。

 満載排水量は5万トンで、連装15インチ砲塔4基を2基ずつ背負い式に配置していた。


 別の言い方をすれば、待望の普通の戦艦(?)であった。

 全ては前級のマッケンゼンがあまりにもイロモノ過ぎたのが悪いのである。


 見た目こそ普通になったものの、カイザーヴィルヘルム2世はいろいろと問題のある艦であった。問題は、そのことをドイツ海軍の関係者たちが認識していなかったことである。


 一度技術が断絶してしまい、世界の潮流に乗り遅れたことが史実ナチスの海軍音痴の遠因であった。


 この世界のドイツ帝国は多額の賠償金を背負い、海外植民地を全て手放すことはなったが軍事技術の断絶は免れていたので、条件的には史実より恵まれていた。しかし、技術があっても戦訓や最新の戦術理論を取り入れることが出来ないと意味が無い。


 この世界のマッケンゼンは、戦艦と言う名のモニター艦であった。

 150kmという圧倒的な射程は相手を一方的に攻撃することが可能であったが、それ故に防御面の改善が図られることは無かった。


 結局のところ、謎の同人誌にハマってしまったゲルマンな技術者たちが諸悪の根源と言える。それに全力で乗っかってしまった海軍上層部も同罪であったが。


 カイザーヴィルヘルム2世もマッケンゼンの弱点を引き継いでいたが、それだけではない。何よりも、この艦が史実のビスマルクの立ち位置であることが最大の問題であった。


 砲塔内の装薬移送用のホイストが破損するわ、主砲塔の立てつけが悪くて荒天時には浸水するわ、主砲弾の被帽の欠陥で敵艦に優しい砲弾になったりエトセトラ。


 攻撃面だけでもボロボロ過ぎてお腹いっぱいであるが、防御面はさらに救いが無い。この世界のドイツ海軍でも海軍音痴ぶりが遺憾なく発揮されていたのである。


 史実におけるビスマルクの評価は、設計は旧式だが近距離からの打撃に強くて沈みにくいという言葉に集約される。しかし、この評価は嘘ではないが全てでは無い。


 ドイツ戦艦の主要作戦海域であるバルト海・北海は天候が悪い事が多かった。

 レーダーが無い時代、視界が開けなければ近距離戦をするしかない。


 砲戦距離が短ければ被弾は舷側と艦橋構造物に集中する。

 それ故に舷側部の装甲はかなり強化されていた。史実のビスマルクがKGVとロドネーにタコ殴りにされても沈まなかった理由の一因である。


 しかし、それは機関が無事で逃走することが出来ただけである。

 史実のビスマルクは重厚な装甲が施されてはいたが、その装甲が守る範囲はあまりにも狭かった。


 特に砲塔の防御が弱いのは戦艦という存在に対して喧嘩を売っているとしか思えない。砲戦の早い段階で砲塔を吹き飛ばされてしまっては意味が無い。


 戦艦の存在意義はその砲撃力にある。

 沈む直前まで砲撃出来てナンボであり、開始早々に砲撃出来なくなるなど論外である。


 近距離に偏り過ぎて、遠距離からの打撃に対しての防御が弱いのも問題であった。甲板に遠距離からの大落角の砲弾の直撃を受けようものなら、出だしでいきなり戦闘力を失ってしまう恐れがあった。


 ドイツ海軍側としては、それでも問題は無かった。

 最悪、船体だけでも帰ってこれれば修理することが出来るのであるから。


 このような考えは巡洋艦に近い。

 事実、史実の日本の巡洋艦は装甲は船体に優先的に配して砲の防御は後回ししている。


 砲がやられても船体が無事なら逃げることが出来るし、魚雷で一発逆転も狙える。太平洋戦争で米軍が日本の重巡に最後まで警戒を怠らなかった理由である。


 史実では長門とビスマルクを比較してビスマルクに軍配を上げている書籍もある。しかし、長門は建造中にユトランド沖の教訓を可能な限り取り入れており、旧式ではありながらも条約明け戦艦に対しても十分に戦えるだけの能力を保持していた。


 実際に長門とビスマルクが砲戦した場合、遠距離からの長門の40サンチ砲弾でいきなり戦闘力を失ってしまう可能性がある。ビスマルクは距離を詰めるしかないが、有効射程距離に入るまで一方的に長門の攻撃を喰らうことになる。


 射程範囲に入るころには被弾は避けられないし、近づくほど長門の打撃力も増す。何をどうやってもビスマルクが不利なのである。


 カイザーヴィルヘルム2世は欠陥だらけの戦艦であったが、ドイツ海軍側は欠陥に気付いていなかったので問題無かった。周辺国も満載5万トンクラスの戦艦にそんな欠陥があるなんて想像もしていなかったので抑止力として大いに活躍することになるのである。







「なんだこの反応は!? とんでもないサイズだぞ!?」


 ロンドン郊外にある英国防空司令部では、オペレーターが声をあげていた。

 彼が(にら)むPPIスコープには、巨大な輝点が映し出されていたのである。


 この世界では初となる早期警戒網が英国防空司令部である。

国内に設置されたチェインホームレーダーからの情報を統合して、領空に侵入する不審機に対応するのが役目であった。


「……それで、正体は割れたのかね?」

『はっ、フランスの超巨大飛行船プリマージです。空軍の迎撃機が確認しました』


 不審機の存在は、観艦式出席のためにポーツマスにいた首脳陣に急報された。

 その報告にロイド・ジョージ首相が渋面となったのは言うまでも無い。


「観艦式が始まろうというタイミングでなんということだ。ただちに退去を命じたまえ」

『ラジャー!』


 御召船による検閲が近づいているタイミングで、飛び入り参加が歓迎されるわけがない。無粋な客をたたき出すべく、ただちに英国空軍(ロイヤルエアフォース)にスクランブルが発令された。


『ここから先は戴冠記念観艦式の海域だ。ただちに退去しろ! 繰り返す。直ちに退去しろ!』


 地上からの無線応答にプリマージ側からの返答は無かった。

 針路も変わらず、このままだと観艦式上空を通過してしまう恐れが出て来たのである。


『タダチニタイキョセヨ クリカエス タダチニタイキョセヨ』


 通信機器の故障も考えられたので、モールス発光信号による通信も試みられた。

 プリマージに接近したソードフィッシュから、ガシャガシャと発光信号が送られるも空飛ぶ巨鯨の進路は変わらなかった。


「おーおー。ライミ―のやつ大慌てだな!」

「いい気味だぜ!」

「じつにスカッとするな!」


 プリマージの操舵室では、男たちが周囲の混乱を嘲笑(あざわら)っていた。

 彼らはちょっとした悪戯のつもりで、プリマージの針路を変更していたのである。


「いい加減にしてください先輩!? これ以上はタダではすみませんよ!?」


 プリマージの船長が吠えるが、彼らは鼻で笑う。


「おいおい、これはあくまでも事故だ」

「そうそう。通信機器が故障して、エンジンも故障して風に流されただけさ」

「なに今更いい子ぶってるんだよ? 自分だけ上手く再就職しやがってよぉ!?」


 彼らは元フランス人民空軍の将校であった。

 さらに言えば、ジャンヌ・ダルク級航空戦艦の元クルーでもあった。


 フランス・コミューン時代は人民空軍の花形であった巨大飛行船による航空艦隊であったが、フランス共和国が成立すると無用の長物と化した。ジャンヌ・ダルク級航空戦艦の殆どが解体されてクルーは再配置とリストラの憂き目にあったのである。


「それ、ぽちっとな」


 元将校の一人が操舵室のスイッチを操作する。

 その途端に、ラウンジ内部の声が聞こえてくる。


『ライミ―に一泡吹かせるってか! やれやれ! もっとやれ!』

『今こそフランスの底力を示すべきだ!』

『やつらにほえ面をかかせてやれ!』


 船長が知らない間に、元クルーたちは乗客を味方につけていた。

 事ここに至って、船長は自身が無力であることを悟ったのである。


「巨大飛行船が接近してる? このタイミングでですか?」

『そうだ。どう思うかね?』


 ネプチューンの艦橋では、テッドがロイド・ジョージからの急報を受けていた。

 秩父宮ご夫妻が同席していたが、そんなことを言っている状況では無かった。


「観艦式を妨害する気満々ですね。やらかしておいて、後で言い訳するつもりでしょう」

『やはりそうか……何か策は無いかね?』


 困ったときのなんとやら。

 もはや、ロイド・ジョージにはテッドに頼るしか無かった。


「手はあります。プログラムの変更を告知してください。ちょっと派手な花火大会をしますってね」


 こんな状況をなんとかしてしまえるのが、チートオリ主の特権と言える。

 プリマージを暴走させた連中と、それに乗っかった客たちは相手が悪かったとしか言いようが無い。


「針路1ー1ー0。前進極微速デッド・スロー・アヘッド! 」

「アイアイサー!」


 テッドの指揮の下、ネプチューンは移動を開始する。

 現在の場所だと、いろいろと不都合なのである。


「艦長よりCICへ。火器使用許可(ウェポンズフリー)。主砲にT弾を装填」

『アイアイサー! ウェポンズフリー。T弾を装填します!』


 ネプチューンは沖合へと針路を取る。

 蒸気タービン艦では不可能な加速でDライン上に停泊している艦をすり抜けていく。


「艦長よりCICへ。目標は捉えてる?」

『こちらCIC。火器管制レーダーにばっちり映ってます。こんなデカい反応見落としようが無いですよ!』


 CIC詰めの砲術長からは軽口も飛び出してくる。

 なにせ戦艦よりもデカい目標である。普通に狙えば外しようがない。


「それは結構。鯨の釣り出しには時間がかかると思うから、手持ちのT弾全部用意しといて」

『アイアイサー!』


 テッドの命令によって、弾薬庫のオーダーが全てT弾に切り替わる。

 まともな砲戦が出来なくなるが、ターゲットもまともじゃないので問題無い。


「す、すみません。ロクな説明もしませんで……」


 今更ながらに、同席していた秩父宮ご夫妻になんの説明もしていないことに気付いて平謝りするテッド。先ほどまでの堂々たる指揮っぷりとはうってかわって、コメツキバッタの如く頭を下げる。


「いえいえ、何やら緊急事態のようでしたし。ところで何が始まるのです?」

「軍艦に乗ってこのような体験は貴重だと思いますわ」


 このような状況でも秩父宮ご夫妻は全く動じていなかった。

 さすがは皇族というべきであろう。


「……ちょっとした花火大会です。あ、これサングラスと耳栓です。忘れずに付けてくださいね」


 これで全ての準備が整った。

 あとは釣り出すだけである。


(余計な仕事を増やしてくれやがったんだ。ちょっとくらい痛い目を見てもらおう)


 侵入者に対するテッドの敵意は天井知らずであった。

 この瞬間、手加減とか慈悲という単語は消え去ってしまったのである。相手にとっては、誠にご愁傷様としか言いようが無い。


 空飛ぶ巨鯨は未だに進路変更する様子は無かった。

 このままだと30分足らずで観艦式の上空を蹂躙することになる。運命の瞬間は刻々と迫っていた。







(先生のことだから大丈夫だとは思うけど……)


 御召船『アルビオン』の船上で、エドワード8世は気が気で無かった。

 テッドを敵に回してしまった連中のことを心配していたのである。


 一見すると穏健派だが、敵認定するとじつに容赦が無い。

 テッド・ハーグリーヴスを怒らせて破滅した人間をエドワードは嫌と言うほど見て来たのである。


(いや、ここは自分の出来ることに集中せねば)


 思い直して軍服の乱れを直すエドワード。

 既に賽は投げられていた。自分如きがどうこうしたところで大勢はひっくり返らない。諦めたとも言うが。


『針路と速度そのまま。飛行船の頭をおさえろ!』

『レーダー連動開始。一部パラメータを書き換え』

『総員、対ショック、対閃光防御!』 


 エドワードの心配を他所に、洋上のネプチューンでは着々と準備が進められていた。そして……。


「うわっ!?」


 周囲に響き渡る轟音にエドワードは思わずのけぞってしまう。

 数瞬後、空に巨大な火球が発生する。ネプチューンが発射したT弾が空中でさく裂した瞬間であった。


 T弾のTはサーモバリック爆薬(Thermobaric Explosives)の略である。

 DMWD(Department of Miscellaneous Weapons Development、多種兵器研究開発部)が開発した広域制圧兵器シリーズの一つであり、信管の調定次第で対空と対地で使い分けられる便利な砲弾であった。


 T弾の特異な点は、戦艦用の砲弾でありながら薄殻榴弾なことである。

 史実における薄殻榴弾で有名なのはMG151/20用の20mm砲弾であるが、この砲弾は削り出しで作る従来の砲弾に比べて大量の炸薬が充填されていた。


 通常の15インチ砲弾の重量は900kg弱程度であるが、徹甲弾の場合は重量の1.5~3%が炸薬の量となる。具体的な重さに換算すると多くても30kg程度となる。


 これに対して、薄殻榴弾なT弾は800kgものサーモバリック爆薬が充填されていた。使用用途が違うとはいえ、その差は圧倒的であった。


『うわー!? なんだなんだ!?』

『操舵が効かない!? 引き寄せられる!?』

『エンジンが動いてないぞ!?』


 プリマージの操舵室は混乱の極みであった。

 いきなり空中爆発が起きたと思ったら、機体の制御が効かなくなったのである。


 サーモバリック爆弾は瞬間的に広範囲を爆発的に燃焼させる。

 その際に強烈な爆風が発生することになるので、飛行船の操舵にはかなりの悪影響が出てしまう。


 広範囲が急激に燃焼することは、広範囲が低酸素低圧状態になるということでもある。プリマージは、周囲の空気ごと爆発の中心部に強烈に引っ張られていた。


 空中爆発によって発生する爆風と衝撃波は、飛行船のエンジンには致命的であった。剥きだし状態のエンジンが熱に(あぶ)られるだけでもダメージなのに、低酸素と一酸化炭素がミックスされた気体を吸入しようものならエンスト待った無しなのである。


 その結果、動力を喪失した飛行船は火球に吸い寄せられるような動きしか出来なくなった。あとは砲撃で誘導してやればよい。


『第5斉射準備完了!』

『ファイアー!』


 ネプチューンの砲撃によって、プリマージは観艦式外の空域へ誘導されていく。その様子は鯨を釣っているかのように見えなくもない。


(空が燃える……風も泣いてる……何かの歌詞であったような気がするな)


 プリマージの周囲に巨大な火球が連続で発生する。

 非現実的ではありながらも幻想的な光景は、アルビオンの船上からも良く見えた。


(おっと、いかんな。仕事に徹せねば)


 気が付けば、観閲も既に半ばであった。

 未だに聞こえてくる轟音や閃光を気にしながらもエドワードは観閲を続けたのであった。


 途中ハプニングはあったものの、エドワード8世記念観艦式は無事に終了することになった。時折発生した火球と轟音について問い合わせが殺到したのであるが、いつの間にかに有耶無耶にされたのであった。


 ちなみに、テッドに釣り出されたプリマージは動力を喪失したまま北海上空を漂流するハメになった。辛うじてエンジンの修理に成功したことで、日数を大幅に超過してしまったが自力で目的地への到着を果たしている。


『『『……』』』


 事故の原因については迷宮入りとなった。

 関係者全てが口を噤んでしまったからである。悪ノリで思わずやっちゃいましたなどと言えるはずもない。


 観艦式が成功裏に終了したことで英国社会は幾分落ち着きを取り戻すことになった。史上空前の規模となった観艦式で存在感を示したエドワード8世は、若いながらも一人前の国王として社会的に認知されたのである。


 しかし、さらなる混乱の萌芽が既に芽吹いていたことに誰も気付いていなかった。1941年6月に発生したソレは、世界をさらなる混沌に導くことになる。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


HMS ネプチューン


排水量:38500t(常備)

全長:210.8m

全幅:31.7m    

吃水:8.8m

機関:大型艦船用デルティック16基4軸推進   

最大出力:208000馬力

最大速力:31ノット

航続距離:15ノット/32000浬

乗員:1060名

兵装:45口径38.1cm連装砲4基(SHS対応)

   50口径13.3cm連装両用砲8基

   40mm6連装機銃12基

   40mm単装機銃11基


装甲:舷側330mm(水線部主装甲) 152mm(艦首尾部)

   甲板150mm

   主砲塔330mm(前盾) 279mm(側盾) 114mm(天蓋)

   主砲バーベット部330mm(砲塔前盾) 254mm(甲板上部・前盾) 178mm(甲板上部・後盾) 152mm(甲板下部・前盾) 101mm(甲板下部・後盾)

   CIC200mm(側面) 76mm(天蓋) 

レーダー:281型1基

     277型1基

     284型1基

     285型8基


大規模近代化改修(FRAM)が適用されたQE型高速戦艦。

機関の換装、艦首の成形とバルバスバウの装備、砲塔換装によるSHS(スーパーヘビーシェル)への対応、箱型艦橋とバイタルパート内へのCICの設置、レーダーの装備、対空火器の増設などで完全に別物と化している。


箱型艦橋の設置に伴い、司令塔は撤去されている。

艦橋そのものは断片防御程度の装甲しか施されていないが、戦闘はCICで行うので問題は起きていない。


CICは従来のバイタルパート内部に配置されており、側壁200mm、天蓋76mmという重防御である。機関部の上に位置しており、甲板装甲とCIC、さらに機関部自体の装甲も合わせると、これを抜くのはかなりの困難である。


燃費に優れるディーゼルエンジンを機関に採用したことにより、従来の常識を超えた航続力を持つに至っている。世界各地に植民地や自治領を持つ英国にとって、これは非常に都合の良いものであった。



※作者の個人的意見

原型よりも1万tほど太っていますが、CIC区画の挿入やらエンジン換装による軽量化やら、その他諸々で相殺した結果です。


足は速いわ、長いわ、しかも甲板装甲が鬼強いから逃げに徹されると撃沈は困難。

意識したわけではないですが、ポケット戦艦の超教化版になってしまいました。


FRAM適用のQE型を通商破壊に使用したら、敵対した側は悲鳴をあげるでしょうねw






ヴィットリオ・ヴェネト


排水量:45752t(満載) 

全長:237.8m(水線長) 

全幅:32.9m

吃水:10.5m

機関:ヤーロー式重油専焼水管缶8基+ブルッゾー式ギヤード・タービン4基4軸推進

最大出力:140000馬力

最大速力:31.1ノット

航続距離:16ノット/4580浬 

乗員:1910名

兵装:50口径38.1cm3連装砲3基

   55口径15.2cm3連装速射砲4基

   50口径9cm単装高角砲12基 

   54口径37mm連装機関砲10基

   65口径2cm単装機銃20基 

装甲:舷側350mm(最大値)

   水平甲板207mm(最大値)

   主砲塔380mm(前盾) 

   

イタリア王国海軍における条約明け戦艦。

ソビエスキー・ソユーズの準同型艦でもある。


スペック的には史実同様であるが、煙突が斜めになっていることが外観上の差異である。これは煙路防御のためにコーミングアーマーを導入したことが原因である。



※作者の個人的意見

元からかっこ良かったけど、煙突を斜めにしたらもっとカッコいいんじゃね?的なノリだったりしますw

性能的には……うん、まぁ、なんだ。強く生きておくれ…(酷






最上


排水量:11200t(基準) 

全長:200.6m 

全幅:20.6m

吃水:6.15m

機関:ロ号艦本式大型缶8基+小型2基+艦本式ギヤード・タービン4基4軸推進

最大出力:152000馬力

最大速力:35ノット

航続距離:14ノット/8000浬 

乗員:880名

兵装:60口径15.5cm3連装砲5基

   40口径12.7cm連装高角砲4基

   60口径25mm連装機関砲4基 

   70口径13mm連装機関砲2基

   53cm3連装魚雷発射管4基 

   カタパルト2基

   水上機3機

装甲:舷側100mm

   弾薬庫140mm

   甲板35~60mm

   主砲塔25mm


日本海軍の新鋭巡洋艦。

列強の巡洋艦を圧倒する砲撃力が特徴である。


史実とは異なり15.5サンチ砲のままなので攻撃と防御のバランスが取れて扱い易い艦となった。


この世界の日本の巡洋艦全般に言えることであるが、砲と魚雷の口径を据え置いたので艦内スペースには若干の余裕があり、改装して長らく使用されることになる。



※作者の個人的意見

足柄さんを出すはずが、何故かもがみんを出すことに。

どうしてこうなった?w






ボルツァーノ


排水量:11065t(基準) 

全長:196.9m 

全幅:20.6m

吃水:6.8m

機関:ヤーロー式重油専焼三胴型水管缶10基+パーソンズ式ギヤード・タービン4基4軸推進

最大出力:150000馬力

最大速力:35ノット

航続距離:16ノット/4160浬 

乗員:725名

兵装:53口径20.3cm連装砲4基

   47口径10cm連装高角砲8基

   54口径37mm連装機関砲4基 

   75.7口径13.2mm連装機関砲4基

   53.3cm連装魚雷発射管4基 

   回転式カタパルト1基

   水上機3機

装甲:舷側75mm(水線部)

   甲板50mm

   弾薬庫140mm

   主砲塔100mm(前盾) 

   主砲バーベッド152mm

   司令塔75mm


イタリア王国の新鋭駆逐艦。

大きさと排水量が日本の最上と似通っていたことから比較対象のやり玉にあがってしまった。


スペック的には十分に優秀であったが、倍近い砲を積む最上のインパクトに勝てなかった。ミリオタ界隈では後々までネタにされる不幸艦である。



※作者の個人的意見

イタリアの艦って、足が短いのを除けば普通に優秀なんですけどね。

今後も大のお得意様のソ連へ積極的に輸出攻勢をかけていくことになるでしょう。






カイザーヴィルヘルム2


排水量:41700t(基準)

全長:251.0m

全幅:36.0m    

吃水:9.3m(基準)

機関:ワグナー式重油専焼高圧型水管缶12基+ブラウン・ボベリー式ギヤード・タービン3基3軸推進   

最大出力:150170馬力(高加圧時)

最大速力:30.8ノット(公試)

航続距離:16ノット/9280浬

乗員:2090名

兵装:47口径38cm連装砲4基

   55口径15cm連装速射砲6基

   65口径10.5cm連装高角砲8基

   83口径3.7cm連装機関砲8基

   65口径2cm4連装機関砲2基

   65口径2cm単装機関砲12基

   カタパルト1基

   水上偵察機4機

装甲:舷側320mm(水線部) 145mm(第一甲板舷側部) 170mm(水線面下部)

   甲板110mm(最厚部)

   主砲塔360mm(前盾) 220mm(側盾) 320mm(後盾) 130mm(天蓋)

   主砲バーベット部340mm(最厚部) 

   司令塔350mm(前盾) 350mm(側盾) 200mm(後盾) 220mm(天蓋)


ドイツ帝国海軍待望の普通(?)の戦艦。

この世界におけるビスマルクである。


まともな戦艦はドイツ海軍の悲願でもあったが、史実と違って技術が断絶していないのにビルマルクを作ってしまうあたり、致命的にセンスが無いのかもしれない。



※作者の個人的意見

さすがにマッケンゼン級の拡大発展バージョンは出せませんでした(苦笑


ここからH級を開発出来るのか乞うご期待ですねw






プリマージ


排水量:490.0t(空虚重量) 

全長:480.0m 

直径:80m    

全高:85.5m 

機関:ノームローン 14K ミストラル メジャー 空冷星形14気筒1000馬力(減速機付きスーパーチャージャー)36基推進(水素+プロパン混合ガス使用)

最大出力:36000馬力 

最大速力:45ノット(巡航速度) 80ノット(最高速度)

航続距離:45ノット/4400浬(最大搭載時)

乗員:180名

兵装:非武装(有事のために機銃マウントは設置 最大で50口径8mm重機関銃60基)

   戦闘機10機

   貨物500t(最大値)

   装甲30mm(前部操舵室、後部操舵室)


旧フランス・コミューンの飛行船技術者たちが総力を結集した超巨大飛行船。

実も蓋も無い言い方をすれば、某飛行隊アニメの羽衣〇である。


作者不詳の翻訳同人誌のアイデアが採用されており、船体を貫通するボックス状の竜骨によって船体の強度が確保されている。ボックス内には滑走路が敷かれており、レシプロ機であれば問題無く離着陸が可能である。


新生フランス共和国の国威発揚と失業対策を兼ねており、採算性は最初から度外視されていた。建造費は海軍の予算から流用されたが、価格高騰のため1隻のみ建造に終わっている。


その巨体故に、船舶でしか運搬出来ないような長尺物や重量物を高速で輸送することが可能である。現在も桁外れの輸送力を活かして、特殊な物品を世界中に輸送している。



※作者の個人的意見

以前此処で書いたような気がしますが、某コトブキ飛行隊の羽衣丸を真面目に検証したものとなっています。といっても、大半はネットで拾ったものですが(汗


史実で例えるならば、ウクライナ戦で消失したAn-225みたいなものです。

これからも特殊な任務で活用されることでしょう。






HMY アルビオン


総トン数:1350t

全長:120.0m 

全幅:16.8m

機関:ターボコンパウンド・デルティック4基2軸推進

最大出力:20000馬力

最大速力:30ノット(巡航17ノット)

旅客定員:10名

乗員:15名(最大)


英国王室が所有するメガヨット。

分類上は王室ヨット(His Majesty's Yacht)である。


ドーセット公が所有する『デューク オブ ドーセット』の図面を提供されたジョン・ブラウン造船所によって建造された。独自の改良や使い勝手の向上が図られており、船体が若干大型している。デューク オブ ドーセットの準姉妹船と言える。


デューク オブ ドーセットと同じく、全体的に曲面を多用した流麗なシルエットである。船首付近にオートジャイロが着艦出来る甲板を備えており、洋上でゲストを迎えることが可能になっている。


史実の歴代王室ヨットとは違い、エドワード8世の個人用クルーザーとしての側面が強い。主に趣味やバカンスに用いられているが、海外の賓客を出迎えたりするなど外交面でも使用されている。


機関は日本海軍でも採用されたターボコンパウンド・デルティックを4基搭載している。スマートな船形と大出力の恩恵で30ノットの高速発揮が可能である。



※作者の個人的意見

英国王室は有名なブリタニア号を筆頭に多数の王室ヨットを所有していたりします。赤字補填のためにテッド君がメガヨットを積極セールスしたのを思い出したので捻じ込んでみましたw


今回はいろんな意味で難産でした。

時間も無かったので用語解説はお休みします…_ノフ○ グッタリ

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― 新着の感想 ―
以前観た「ドキュランドへようこそ」@eテレで、前陛下御自ら出演されて御自身の戴冠式の思い出を語られていました。 あの聖エドワード王冠はやはり重たかったと語っておられましたね。
最上の艦長、乙…。きっと、艦じゅうを探し回ったんだろうな。 QE型の観察で時間を忘れた高須司令を許してやってくれ。現物確認したことで、日本の役に立つことも多々あるだろうから。きっと。
>王冠その他 エリザベス二世のお葬式とチャールズ王の戴冠式で、レガリア(王冠、王錫、宝珠)やカーテナの実物を見れてちょっとアガりましたねえ。 まあ実際この時点でも300年近い歴史がある代物で、オリジナ…
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