第103話 赤いナポレオン
「同志トロツキー。解放軍は石油不足で大混乱に陥っています」
「石油が欲しければ適正価格で売ってやったものを」
1940年8月下旬。
側近からの報告を聞いた革命軍指導者のレフ・トロツキーは呆れ果てていた。
『コロンビア共和国は国内全てのアメリカ企業の国有化を宣言する!』
事の起こりは、コロンビア共和国の現地アメリカ法人の国有化宣言であった。
諸国家もコロンビアの動きに追随し、南米の全ての国家でアメリカ企業の現地法人は2週間足らずで接収されてしまった。
致命的だったのは、接収された企業に石油関連企業が多数含まれていたことである。
アメリカの石油企業は豊富な石油産出量と安価な労働力を求めて南米に進出していたのであるが、お得意の選択と集中のおかげで国内の油田は壊滅してしまったのである。
『ガソリン売ってくれ!』
『もう売り切れたよ。次の入荷は未定だよ』
『ふざけんな、これじゃ商売あがったりだよ!?』
車社会のアメリカにおいて、石油の枯渇は致命的と言える。
東海岸のガソリンスタンドには、ガス欠寸前の自動車が殺到していた。
急速な石油の枯渇は消費材の暴騰を招くことにもなった。
消費者物価指数が急激に上昇して激しいインフレが発生、東海岸ではトイレットペーパーなどの日常用品の買い占めが起きて物不足が深刻な状況になっていた。
オイルショックに苦しむ解放軍とは違い、革命軍は石油に不自由していなかった。『ブラック・ジャイアント』の異名を誇る東テキサス油田が存在していたからである。
「あの時の選択は正しかったということですな。流石は同志トロツキー。ご慧眼であります」
側近はトロツキーの先見の明に素直に感服していた。
この世界の東テキサス油田は前述の理由で放棄されていたのであるが、トロツキーは少なくない資材と労力を投入してブラック・ジャイアントを復活させていたのである。
「いくら外国産が安いからといって、自国の資源を捨て去る阿呆が何処におるというのだ? 奴らは為政者としては落第だな」
容赦無くデイビス政権をこき下ろすトロツキー。
彼からすれば、デイビスとその取り巻きは無能の集団であった。
競争原理は資本主義の基本ではあるが、行き過ぎると国の安全保障をも脅かす。
肥大化したグローバリズムで国家の根幹を揺るがす事態になった史実21世紀の諸国家と同様と言える。
「資源は単に使うだけでなく外交カードにも使えるのだ。その程度のことにも気付けないとはな」
「さすがは同志トロツキー。ご明察です」
トロツキーは資源の使い方を熟知していた。
別に大量に産出する必要など無い。資源が有ると言う情報だけでも外交材料になり得る。実際に資源が有るのならば、もはや無敵と言っても過言ではない。
ブラックジャイアントのおかげで、アメリカ諸州連邦はオイルショックとは無縁であった。今では石油を求めて諸州連邦への加入を打診する州が増えており、一大経済圏として機能し始めていたのである。
『国有化は断じて認められない。ステイツは現地の邦人を救出するために出兵する!』
1940年9月某日。
アメリカ大統領ジョン・ウィリアム・デイビスは、南米への再出兵を世界に宣言した。
名目こそ現地法人で働くアメリカ人の救助であったが、そのようなお題目を信じる者は皆無であった。接収された企業の大半が、デイビス政権のスポンサー企業であることを誰もが知っていたのである。
「……同志トロツキー、教会からの情報です。資本主義の犬どもが動きました」
デイビスの宣言から数日後。
トロツキーは、軍事最高責任者ミハイル・ニコラエヴィチ・トハチェフスキーから解放軍が動いたことを知らされていた。
「戦力は?」
「海兵隊1個師団です。陸路で侵攻しています」
解放軍は陸路で南米へ向けて侵攻していた。
その戦力の中核は海兵隊1個師団であった。
強襲揚陸艦や上陸用舟艇を使用して海から強行上陸するのが、海兵隊のセオリーと言える。今回の侵攻も船を使用したほうが確実に早くて安全なのに、なぜ陸路なのか?
陸路を用いているのには、解放軍側の事情が関係していた。
デイビス政権の公約である10年間の完全無税化と経済成長を両立させるために軍事費の大幅削減を実施しており、不足した労働力を補うために海兵を大量に退役させてしまっていた。
その結果、艦はあっても動かすクルーがいないという笑えない状況になってしまった。それ以前に、船を動かす燃料すら事欠く有様だったというものあったが。
「情報通りだな。こちらの戦力は整っているのかね?」
「万事抜かりなく。現地で歓迎の準備は整っています」
不敵に笑うトハチェフスキー。
自身が敗北するなど微塵も思っていない表情である。
「そうか。では思う存分にやりたまえ。4年前とは違うことを思い知らせてやるのだ」
その様子を見たトロツキーが安堵したのは言うまでもない。
革命軍は着々と迎撃の準備を整えつつあったのである。
「……栄光ある海兵隊がやることとは思えんな」
本日何度目かの愚痴をこぼしてしまう大隊長。
必要なこととは理解はしていたが、納得はしたくなかった。
大隊長の目の前には、大量のM1戦車と輸送トラックが並ぶ。
彼の大隊は民間のガソリンスタンドから無銭給油――もとい、燃料を徴発している最中であった。
「しょうがないでしょう。うちの部隊は燃料を馬鹿食いしますからね」
それを見た副官がすかさず宥める。
その様子は認知症の老人に『おじいちゃん、もうご飯食べたでしょ』と声をかける介護員に見えなくもない。
この世界の海兵隊は少数精鋭を是としていた。
その背景には、戦力規模が小さいほうが裏社会の住民に悟られずに軍備を整えるのに都合が良かったというのがある。
大量のM1戦車と兵士輸送用のトラックが海兵隊の戦力の中核であった。
正規軍と比較するといびつな編成であるが、支援砲撃は海軍に頼るので問題視されていない。
結果的に、海兵隊は米軍の中でも機械化部隊を備えた唯一の軍隊となった。
総兵力は3個師団でありながらも、その全てが機械化されていた。自動車大国アメリカならではと言えよう。
しかし、機械化部隊はメリットばかりではない。
機動力の代償に大量の燃料を消費してしまう。
輸送トラックはまだしも、戦車の燃費は大変によろしくない。
史実のティーガーはリッター1km程度しか走れない。それも理想的な条件で走行した場合という注釈が付く。
史実21世紀の戦車の燃費はさらに悪化していたりする。
ガスタービンを採用しているアメリカのM1の燃費はリッター400mであり、他国のMBTも似たり寄ったりである。
海兵隊のM1戦車は軽戦車なので比較的マシであった。
それでも燃料満タンにしても100km程度しか走れなかった。
そんな燃料馬鹿食いの海兵隊を1個師団も動かすのである。
石油確保に奔走していたデイビス政権が阿鼻叫喚となったのは言うまでも無い。
『何が何でも1個師団分の燃料と物資はかき集めますので……』
商務長官のハリー・ロイド・ホプキンスが確約していたものの、海兵師団の燃料事情はお世辞にも良くなかった。南米までの道のりはまだ半ば。可能な限り燃料を節約して進軍する必要があった。
『だったら革命軍の支配地域から徴発すれば良い。革命軍にダメージを与えられるし、燃料も確保出来るから一石二鳥だろう』
そのような状況で、こんな意見が出てきたら採用しないほうが不思議であろう。
上層部の本気度はともかくとして、前線の部隊は敵地から燃料を容赦なく徴発していたのである。
「それにしても、ここは別世界ですね。山ほど燃料がありやがる」
単に羨ましいのか、それとも僻みか。
あるいは両方なのか。副官の表情は複雑であった。
革命軍の支配領域に侵攻してから根こそぎ徴発してきたが、ガソリンスタンドの地下タンクは常に満タンであった。常に売り切れの看板が出されている東海岸とは雲泥の差だったのである。
「革命軍と遭遇しただと!? 戦力は!?」
無人の野を行くが如しの解放軍であったが、いつまでもエンカウント無しというわけにはいかなかった。むしろ今まで接敵が無かったほうがおかしい。現在の場所は革命軍の支配領域なのであるから。
「不明です。わが方の斥候気付くと撤退したそうです」
「むぅ……警戒を厳にしろ。いつ襲撃されるか分からんぞ」
しかし、相手の戦力が分からないことには対策が立てようがない。
大隊長には部隊の警戒レベルを上げることしか出来なかった。
『戦闘する必要は無い。やつらを見つけたらすぐさま逃げろ』
大隊長と副官は知る由が無かったが、これはトロツキーの命令であった。
革命軍はトロツキーの指示に従って、解放軍を発見すると即座に逃走していたのである。
『今に分かる。やつらは既に罠に落ちているのだよ』
命令に不満を持った人間は多かったが、トロツキーは命令を徹底させた。
その正しさはすぐに証明されることになった。
『ガソリンスタンドを発見した? トラップが仕掛けられていないか徹底的に調べろ!』
『補給中も気を抜くな! 奇襲を喰らいかねんからな』
いつ襲われるか分からない状況は厄介である。
常に警戒する必要に迫られるし、何時終わるか分からない。
警戒レベルを上げた結果、進軍速度は低下した。
常に警戒を強要される海兵隊員たちも目に見えて疲弊していった。
こういうことを躊躇なく出来るのがトロツキーの非凡なところであった。
史実でも軍事理論家として知られていたが、この世界では軍事的才能にも恵まれていたのである。
結局、革命軍は解放軍を素通りさせた。
事実だけを見れば4年前と大差ないが、その内情は前回とは大きく異なっていた。
4年前の革命軍は、大きすぎる戦力差に手を出したくても出せなかった。
今回はほとんど手を下さずに解放軍の戦意を低下させることに成功していたのである。
ジョージア、アラバマ、ミシシッピを抜けた海兵師団はテキサス州境に到達していた。すでにメキシコは目の前であった。
解放軍と革命軍の激突するのは時間の問題であったが、世界はジョージ5世の崩御で持ち切りであった。誰も注目していない戦争の秒読みは着実に進んでいたのである。
『侵攻目前か 国境前で待機するアメリカ軍』
『緊迫の国境 周辺住民は避難』
『すぐに動かないのは何かを待っているのか? アメリカ軍の裏事情』
1940年9月中旬。
メキシコのメディアで海兵師団――解放軍の接近は大々的に報道されていた。
『軍隊はなにをやってるんだ!?』
『早く逃げないと!?』
『おぉ、神よ……!?』
蹂躙される恐怖にメキシコ国民は浮足立っていた。
市内に居住する裕福な人間は早々に非難を開始していたのである。
「……えぇ、国境にはお客様がお待ちです。数日中に動き出すでしょう」
『予想通りの動きだな。君はどうするつもりかね?』
メキシコシティの大統領官邸の執務室。
メキシコ共和国大統領ラサロ・カルデナスは、国際電話の真っ最中であった。
「どうもこうも我が軍ではまともに相手は出来ませんよ。徹底抗戦は4年前に懲りましたし。各都市には無防備都市宣言を出すように勧告するつもりです」
『それが賢明だろう』
カルデナスは4年前の南米侵攻時も大統領職にあった。
ポピュリストの側面もある彼は、民衆の熱狂的な支持を受けて米軍への徹底抗戦を呼びかけた。
しかし、当時最新鋭の機械化師団に民兵程度で相手になるはずもなかった。
メキシコ軍は勇敢に戦ったものの、一方的に殲滅されてしまったのである。
メキシコ軍の時代遅れぶりを痛感したカルデナスは近代化を急いだものの、未だに不十分であった。現状で再戦してもなぶり殺しにされる未来しかない。
民衆の支持を常に気にしているカルデナスからすれば、結果が分かり切っている失敗は許容出来なかった。先に手を出さないように軍上層部に強く念押ししたのは言うまでも無い。
軍上層部も隔絶した戦力差は理解していた。
カルデナスの命令を受け入れて、血気に逸る若い将校を抑える側に回ったのである。
「アメリカ軍はスルーさせますが、そちらはどうなのです?」
カルデナスが最も気にしている点であった。
解放軍をスルーさせることは出来ても、その後が続かないと意味が無い。
『全て問題無く進んでいる。そちらの状況に呼応する』
「分かりました。動きがあれば一報いれましょう」
動きがあったのは、それから三日後のことであった。
国境に待機していた解放軍は一気にメキシコへなだれこんだのである。
「ガソリンスタンドを徴発しているだと!?」
「は、はい……いかがいたしましょう?」
側近の報告に啞然となるカルデナス。
メキシコに侵攻した解放軍の最優先目標はガソリンスタンドであった。
(給油中を狙えば打撃を与えられるのではないか?)
この瞬間、カルデナスの脳裡によぎったのは強烈な誘惑であった。
給油中で無防備のアメリカ軍に打撃を与えることが出来れば、支持率爆上がりなのは間違いない。
「……無防備都市宣言は出させているな?」
「はい。国内の全ての都市が宣言済みです」
無防備都市宣言は組織的降伏の一種である。
軍事力が存在していない開放地域であることを宣言することで軍事作戦時の損害を避ける目的が有る。
「こちらから仕掛けるわけにはいかん。国民には無用の外出を避けるよう通達しておけ」
「ははっ!」
無防備都市宣言をした以上、都市部での戦闘は国際条約違反となる。
カルデナスは攻撃をあきらめざるを得なかった。
『……なぁ、今どうなっているんだ?』
『どうって……何が?』
『アメリカ軍だよ!? なんかこう、思っていたのと違うというかなんというか』
侵攻直後こそメキシコ国民は戦々恐々としていた。
しかし、戦闘が発生しない状況に次第に困惑していったのである。
『米軍の動きを見張れ。フィルムを守るんだ!』
『安全な場所にフィルムを疎開させる準備を急ぎましょう』
現地の日本人も戦々恐々としていた。
国境に接する最北端の街であるティフアナには日本の映画会社の現地法人があり、対策に大わらわとなったのである。
戦闘による焼失を避けるために、アメリカから輸入していたフィルムは各地に分散して保管された。その際の混乱で一部のフィルムが散逸してしまい、20世紀末になって秘蔵のフィルムとして日の目を浴びることになる。
『こいつは久しぶりの特ダネだぞ!?』
『奴らに貼り付け! 可能なら直接取材するんだ!』
現地の日本人記者は張り切っていた。
日本の新聞社は4年前のアメリカ内戦時に多くの記者を送り込んでおり、今でも記者が常駐していたのである。
彼らは危険を冒して解放軍の動きを追い続けた。
位置情報は逐一伝えられ、日本の新聞で報道された。世間がジョージ5世の崩御の崩御で持ち切りだったせいで、あまり注目されることなく終わってしまったのであるが……。
『時間ごとに位置情報が分かるのはありがたい』
『奴らの進撃速度と予想進路が丸わかりですな』
『迎撃タイミングが計りやすい。日本人には感謝だな』
日本で報道された解放軍の動向は、即座に革命軍に伝えられていた。
情報を提供したのは暴力革命による世界政府樹立を目論む平成会のモブの一派であった。
『反帝国主義・反スターリン主義の旗のもと万国の労働者団結せよ!』
『暴力革命でプロレタリア独裁政権を樹立するのだっ!』
彼らは生前は中〇派であり、トロツキーに心酔していた。
これまでも革命軍に協力しており、今回の紛争でも日本国内で暗躍していたのである。
解放軍は数日をかけてメキシコを道路化した。
進撃速度を上げた解放軍は、グアマテラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカを通過。パナマ共和国まで目前まで迫っていたのである。
「閣下、ダビッドにアメリカ軍が接近しています」
「全ては手筈通りだ。ヒットアンドアウェイを徹底しろ」
トハチェフスキーはパナマへ現地入りして陣頭指揮を執っていた。
革命軍は総力を挙げて解放軍を迎え撃つつもりであった。
『手筈通りにやれば問題ない。いくぞ!』
『狙うのは戦車だ。後は他の連中に任せておけ』
『『『Дар!』』』
パナマ共和国の地方都市ダビッドにやってきた解放軍が襲撃されたのは1時間後のことであった。無警戒に補給しているところに、RPG-1をつるべ打ちされて大混乱に陥ったのである。
「閣下、ダビッドの戦闘が終了したと教会から報告がありました」
「こちらの被害は? 」
「皆無です。既に撤退に成功しています」
ダビッドでの戦闘の勝敗が判明したのは30分後のことであった。
革命軍は補給中の解放軍を奇襲、一方的に攻撃を仕掛けた後に撤退することに成功していた。
「次の迎撃地点は何処だ?」
「チリキです。郊外にトラップを仕掛けています」
「念押しするが、一撃だけだ。欲をかくなと伝えておけ」
命令を伝えるために部下は退室していく。
その背中を見つめながら、トハチェフスキーは今後の戦闘を想定するのであった。
『っしゃあ! きっちり踏んでくれたぜ!』
『きっちり埋設出来なかったが、踏んでくれて助かったぜ……』
夜のチリキ近郊でM1戦車が地雷で吹き飛ぶ。
待ち伏せした革命軍は、解放軍に奇襲を仕掛けていた。
吹き飛んだ戦車を見てトラックから飛び降りる海兵隊員たち。
しかし、フレンドリーファイアを恐れたのか効果的な反撃が出来ない。
『反撃しろっ! 撃ちまくれっ!?』
『くそっ!? どこから撃っている!? ぐぁっ!?』
しかも、周囲は闇であった。
敵を視認出来ずに探り撃ちしたところを、逆に発砲炎を目印にした革命軍にさんざんに撃ち込まれることになったのである。
ボルトアクションライフルを使用している海兵隊に対して、革命軍はアサルトライフルを装備していた。1発撃てば倍以上の弾丸が撃ち返される絶望的な状況であった。
「……閣下、敵はサンチアゴに接近しています」
「だいぶ削ったように思えたが、全然減っていないな……」
司令部のテーブルに広げられた地図を睨むトハチェフスキー。
地図には解放軍の進路と攻撃した場所、与えた損害などが詳細に記されていた。
兵数では拮抗していたものの、革命軍は装備も練度も解放軍に劣っていた。
まともにぶつかれば勝ち目が無いため、トハチェフスキーは決戦までに可能な限り敵戦力を削るつもりであった。
兵数では拮抗しているので、無駄に出来る兵士は存在しない。
とどのつまりは、相手を一方的に殴り続けることが前提となる。
常に相手の先手を取り、反撃を喰らう前に逃げる。
待ち伏せして奇襲し、相手が混乱しているうちに離脱。これの繰り返しとなる。
普通に考えれば、そのようなムシの良いことが出来るはずがない。
しかし、パナマ地峡という地理的条件がこれを可能にしていた。
北米からメキシコを経由して南米入りするためには、南北アメリカ大陸の国々を結ぶ幹線道路網――パンアメリカンハイウェイを通るしかない。
パンアメリカンハイウェイにトラップと兵士を配置しておけば効果的に迎撃が可能になる。不意討ち奇襲→撤退→後方へ戦力再配置を繰り返せば良い。
解放軍側も待ち伏せされていることを知りつつも、パンアメリカンハイウェイを通行せざるを得なかった。4年前も通行した道路であるし、それ以前に他の道路を知らなかった。下手に脇道に入ろうものなら、ジャングルで迷子になる可能性がある。
ただでさえ、燃料事情に余裕が無いのである。
別ルートを取ろうものなら、ジャングルに迷い込んだあげくにガス欠で行動不能になりかねない。
「最悪の場合は橋を落とせば良いが、可能ならやりたくは無いな」
「修復中に雨期と重なると復旧に時間がかかってしまいますからな……」
地の利を鑑みても戦力的には不利ではあったが、トハチェフスキーは解放軍に負けるとは思っていなかった。問題は勝ち方なのである。
解放軍が南米に至るためには、パナマ運河にかかる橋を通過する必要があった。
その橋を破壊してしまえば目的は達成される。
しかし、橋を破壊してしまうと復旧にどうしても時間かかる。
アマゾンの雨期は12月から5月なので、3ヵ月以内に復旧出来ないと復旧は来年に持ち越しになってしまう。
パナマ運河に架かる橋は軍民共に必須のインフラであった。
トハチェフスキーとしては、可能な限り破壊は避けたかったのである。
革命軍側も状況は苦しかった。
最初こそ一方的にダメージを与えられたものの、敵も無能では無い。すぐさま対策されてしまった。
10回目の襲撃以降は、軽微な損害を与えることしか出来なくなっていた。
逆に反撃を喰らって、必死になって逃げ惑うハメになっていたのである。
『ヤスリで鋼を削っているようだ……』
革命軍の部隊指揮官の言葉は状況を的確に表現していた。
味方に損害は出ないものの、相手にも大したダメージは与えられていない。
ヒットアンドアウェイを捨てて全力で殴れば、それなりの損害は与えられる。
しかし、機械化部隊を相手に生身の歩兵部隊が反撃を受けたら壊滅しかねない。
解放軍側も苦しい状況であった。
最初こそ損害を受けたものの、以後は戦力を維持することには成功している。しかし……。
『何時、何処で襲われるか分からない。何も信用出来ない。ニコニコ顔の村人さえ信じられなくなった』
――とは、捕虜となった解放軍の将校の発言である
度重なる襲撃は着実に精神的なダメージを与えていたのである。
革命軍はソ連赤軍の流れを汲む由緒正しい軍隊である。
指揮官もトハチェフスキーを筆頭に正規の軍事教育を受けている。
要するに、テロとか便衣兵とは無縁な正規軍なのである。
しかし、解放軍側はそうは受け取らなかった。
疑心暗鬼になった解放軍は、近づいた現地民に容赦無い対応をした。
地元住民を全て敵に回すことになってしまい、ますます追いつめられていくことになるのである。
パナマ共和国内での戦闘は、双方共に精神的な消耗戦と化していった。
それでも解放軍の進撃は止まることは無く、パナマ運河に迫っていたのである。
「同志トロツキーも無茶をおっしゃる」
「だが、わざわざ書状を送ってこられたくらいだ。相当に困窮されているに違いない」
「ここで我らが動かずしてどうする!?」
1940年9月下旬。
帝都の丸の内の平成会館の一室では、中〇派モブたちが密談を交わしていた。
『大至急、パナマにキニーネを送って欲しい』
トロツキーからの電報が届いたのは、つい先日のことであった。
モブたちは対応を協議するべく集まっていたのである。
「いつもなら直筆の指令書を送ってくるのになぁ」
「電報は味気ない……って、そうじゃない。それだけ緊急性があるってことだろ」
パナマ市近郊に布陣している革命軍ではマラリアが大流行していた。
備蓄していたキニーネの在庫は既に底をつき、このままでは戦闘に耐えられなくなることを知ったトロツキーが中〇派モブに緊急電報を打ったのである。
「キニーネって、マラリアの特効薬だったよな?」
「ひょっとしたら、現地で大流行しているのかもしれんな」
「だとすれば、これは一刻を争う事態なのでは?」
熱帯から亜熱帯に広く分布するマラリア原虫による感染症がマラリアである。
蚊が媒介するマラリア原虫が病原体であり、原虫の違いによって5種類に大別される。
蚊に刺されてマラリア原虫が体内に入ると、潜伏期間を経て症状が現れる。
主な症状は発熱や悪寒、頭痛、関節や筋肉の痛み、関節痛、筋肉痛、嘔吐、下痢であるが、脳や内臓に合併症を引き起こすこともある。
「とりあえず薬局のキニーネを買い占めねばいかんな」
「キニーネってキナ皮のことだろう? あれって、薬用酒にも入ってたはず」
薬木であるキナノキから取れるのがキナ皮である。
キナ皮には健胃・強壮作用もあり、薬用酒にも用いられていた。キナ皮から成分を分離したのがキニーネであり、当然ながらキナ皮にもマラリアへの特効があった。
「史実だと南方の日本軍がマラリアで倒れることが多かったから、大量生産してたらしいぞ」
「ひょっとしたら、平成会の傘下の製薬会社でも製造しているかも。そっち方面も当たってみよう」
「軍に大量の在庫があるかもしれん。ちょろまかすか」
史実の南方戦線では、多くの日本兵がマラリアに倒れた。
その対策として海軍では合成マラリア薬が支給されていた。
合成マラリア薬にはプラスモヒンとアテブリンの2種類があり、予防薬としても用いられた。キナノキに頼らず合成により製造が可能であり、硫酸キニーネや塩酸キニーネの錠剤と同様に大量に生産されていたのである。
「マラリアは蚊が媒介するから、そっちの対策も必要だな」
「ニッポンが誇る蚊帳の出番だな」
「この時代なら普通に売ってるから調達は簡単だろう。こっちも買い占めとくか」
マラリアは蚊が媒介するので、蚊帳が有効である。
史実の日本では、網戸の採用とエアコンの普及で平成に入る前にほとんど使われなくなった。しかし、この時代の日本では現役バリバリなので、良質の蚊帳を大量かつ安価に入手可能であった。
「荷物の積み込みは午前中には終わるそうだ」
「なんとかなりましたねぇ」
「これで同志トロツキーからの覚えも良くなるに違いない!」
神戸港の片隅に停泊する中〇派モブ所有の貨物船。
モブたちの目の前では、大量に調達した物資が積み込まれている最中であった。
「しかし、間に合うか? この船は足が速いが、それでもパナマまでは2週間以上かかるんだが……」
「そこは同志トロツキーを信頼するしかないだろう」
「あの赤いナポレオンが直々に率いているんだぞ? 余裕でもたせるに決まっているだろう!」
物資を載せた貨物船が出航したのは午後イチのことであった。
中〇派モブの思いを載せた貨物船は、太平洋を横断してパナマまでひた走ったのである。
「……間に合ったな」
「本当に、あの日本人たちには頭が上がりませんね……」
港に到着した救世主を眩しそうに見つめるトハチェフスキーと側近たち。
およそ2週間、正確には18日後に中〇派モブの貨物船はパナマ港に到着していた。
「蚊帳を張るのを手伝ってくれ!」
「落ち着いて並んでくれ! 薬の在庫は十分にあるんだ!」
港の一角では、既にマラリア患者の治療が始まっていた。
患者の数は膨大であり、早くも長蛇の列と化していたのである。
「これでパナマ防衛に目途が付いたな」
「はい、しかしアメリカ人の動きが気になりますな」
「確かにな。目前まで迫っているというのに、斥候すら寄越さないとは」
「まさかとは思いますが、奴らもマラリアにやられているのでは?」
トハチェフスキーは知る由は無かったが、側近の推察は的中していた。
ジャングルの中を長距離行軍したうえに、革命軍の嫌がらせ攻撃を延々と受けるハメになった解放軍ではマラリアが大流行していたのである。
もちろん、解放軍がマラリアに手をこまねいていたわけではない。
マラリアが流行しているのを直ちに本国へ伝え、キニーネを送ってもらうように手配したのであるが……。
『護衛も付けないとはな。襲ってくれって言ってるもんだぜ!』
『ひゃっはー! 中身はいただきだー!』
いくら燃料事情に余裕が無いからとはいえ、物資を満載したコンボイを護衛も付けずに革命軍の支配領域で走らせることは自殺行為でしかない。ピカピカのトレーラーと物資は革命軍が美味しく頂戴したのは言うまでも無いが、その積み荷にトロツキーは注目していた。
押収された大量のキニーネを見たトロツキーは、解放軍がマラリアに苦しんでいることを察した。自軍も同様の事態に陥っているのではないかと訝しんだのは、彼の軍事的な才能が優れている証左であろう。
トロツキーは、パナマに布陣している革命軍にキニーネの在庫を至急確認させた。緊急電報を中〇派モブに送ってきたのには、そういった理由があったのである。
「……それでは、現状を報告してくれ」
解放軍――海兵隊第1師団の指揮官である海兵隊中将の表情は深刻であった。
パナマ市付近のジャングルに布陣する師団は危機に瀕していたのである。
「燃料が底をつきかけています。もう1戦くらいならなんとかなるでしょうが……」
「想定では十分に持つはずだったはずだ。なぜ不足するんだ?」
「連中の遅滞戦術で余計に燃料を消費させられました。あれが誘いと早く気付いていれば……」
「それは貴官の職責では無いだろう。気付けなかったのはわたしの責任だ」
兵站担当の将校の表情は暗かった。
解放軍が頻繁に攻撃を仕掛けてきたのは、機械化部隊の弱点である燃料を浪費させるためであった。その意図に気付いたときには既に手遅れだったのであるが。
「部隊のマラリアの罹患率は3割を超えています」
「備蓄していたキニーネは底をつきました。このままでは……」
「キニーネは追加の手配をしたはずだぞ?」
「送ったとは言っているものの、以後の音沙汰がありません。おそらくは輸送途中に革命軍にやられたのかと……」
医療担当の衛生隊員の表情も沈痛であった。
革命軍の頻繁な襲撃を避けるために一時的にジャングル退避することが多かった。そのジャングルでマラリアに罹患してしまったのである。
マラリアにかかることを想定して大量にキニーネを準備していたが、想定以上に部隊内での感染は拡大していた。このままでは部隊全員が感染してしまうのも時間の問題であった。
「ジャングルじゃなくて、開けた場所に出ればだいぶマシになるのではないか?」
指揮官の意見は至極真っ当なものであった。
ハイウェイに出れば機動も出来る。マラリアもある程度は抑制出来るかもしれない。
「ダメです。今、のこのこ出たらパナマ市からの野砲にやられちまいます」
「連中の砲撃精度は異様に高い。おそらく、見えない場所から監視しているんでしょう」
実際に革命軍はSD-1自走砲で解放軍が潜んでいるジャングルを狙っていた。
事前に周囲の地形は測量済みであり、砲の照準も以下略。細かく区画割りされており、顔を出した瞬間に76mm野砲が撃ち込まれてしまう。これでは、たまったものではない。
「諸君らの意見は分かった。わたしとしては、夜戦しかないと思うがどうか?」
「それが最善手かと思います」
「賛成です。今なら動けます」
指揮官の意見に部下たちは次々と賛同する。
しかし、彼はこう付け加えるのを忘れていなかった。
「……諸君、この戦闘が最期のチャンスとなろう。この戦闘で敗北した場合は降伏する」
「閣下、それは……!?」
「栄光ある海兵隊が降伏するんですか!?」
「理屈は分かります。しかし……!」
指揮官の意見に部下たちは猛反対する。
精鋭であることを自負している彼らは、降伏することに心情的な抵抗感が強かった。
「黙れ!」
「「「!?」」」
しかし、そんな部下たちを指揮官は一喝する。
日頃は冷静沈着な上官の大声に思わず委縮してしまう。
「……全てはわたしの責任だ。貴官らに責は無い。皆、よく戦ってくれた」
周囲に男たちのすすり泣きが響き渡る。
もはやどうにもならないことを悟ったのである。
「もちろん、戦うからには勝つ。この1戦に全てを賭けるぞ!」
「「「アイアイサー!」」」
指揮官の敬礼に、部下たちも見事な敬礼を返す。
最期の決戦に臨むべく、解放軍は夜戦の準備を進めていった。しかし……。
「プラヤ・レオナに革命軍が上陸しただと!?」
指揮官は報告に愕然とする。
パナマ市南西30kmのプラヤ・レオナの海岸では、革命軍が上陸中であった。
『……ここがパナマか』
『同志トロツキー、ここは日が強いです。こちらへどうぞ』
トロツキーはメキシコ共和国大統領ラサロ・カルデナスと密約を交わしており、メキシコはアメリカ諸州連邦に加盟していた。メキシコにとって、諸州連邦の資源と技術が非常に魅力的だったことは言うまでもない。
史実のEUと同じく、諸州連邦に加盟する州と国は国境が解放された。
テキサスを進発したトロツキー率いる部隊は、メキシコの太平洋岸から海路でパナマに到達したのである。
「……もはや、これまでだな。白旗を掲げろ。降伏の使者を出せ」
「閣下……」
「我らは軍人だ。必要なら死を恐れない。だが、これでは犬死だ」
指揮官の意見に反対する者はいなかった。
解放軍は全面降伏し、パナマ市で武装解除されることになる。
解放軍の南米遠征は1ヵ月足らずで終了することになった。
その結果は衝撃的なものであったが、報道は小さいものであった。
世間は未だにジョージ5世崩御の件で持ち切りであった。
解放軍の敗北が何を意味するのかを正確に理解出来た者は皆無だったのである。
「派遣した海兵師団が降伏しただと!? ラッセル君、これはどういうことだ!?」
ホワイトハウスでは、デイビスが海兵隊総司令官ジョン・H・ラッセル・ジュニア海兵隊大将を面罵していた。集まった側近たちの表情も険しかった。
『所詮は土人たちの軍隊』
――そのように嘯いていたデイビス政権にとって、派遣した海兵師団が降伏した事実は驚天動地のことであった。それはまだ良いのである。いや、良くは無いのであるが。
「ど、どうするんだ!? どうすれば良い!?」
「こ、このままでは革命軍に攻め込まれてしまうぞ!?」
「落ち着け、そうそう奴らが攻めてくるわけないだろう!?」
問題は派兵が失敗に終わった時に取るべき手段を考えていなかったことであろう。単に考える余裕も無かったというものあるが、それでも最低限の次善の策くらいは用意しておくべきであろう。
「そもそも派兵した奴らが無能なのが悪い!」
「そうだそうだ! 上官としてどう責任を取ってくれるんだ!?」
この瞬間、ラッセルはブチ切れた。
自分が無能呼ばわりされるのはまだ良い。しかし、戦場で命を懸けて戦った部下たちを無能呼ばわりするのは我慢ならない。
「……おい、てめぇ」
「ひゅっ、ちょ、ぐるじい」
ラッセルの第1標的は商務長官のハリー・ロイド・ホプキンスであった。
問答無用で襟首をひっ掴む。
「……お前、言ったよな? 燃料は十分用意するって」
「そ、それは、その……頑張ったけどアレが精いっぱいだったんだ!」
「燃料が心もとないせいで、俺たち栄えある海兵が火事場泥棒するハメになったんだぞ? 分かってんのか!?」
歳をくっても海兵として鍛え上げた肉体は健在である。
怒りに任せてネック・ハンギング・ツリーを極める。
「ぐ、ぐぇぇ……」
「ふんっ!」
潰れたカエルのような声しか出さなくなったポプキンスを投げ捨てる。
そして次の目標へ歩き出す。
「なっ、ちょっ、待ってくれわたしは……」
接近してくるラッセルに怯える保健教育福祉省長官。
やはりというか、問答無用で襟首をひっ掴む。
「キニーネが足りないって、さんざん言ったよな? ちゃんと送ったのか? あぁ?」
「お、送ったんだ! きちんと必要分は送ったんだ!」
「じゃあ、なんで足りねぇんだよ? あっちで部下たちはマラリアで苦しんでいたんだぞ!?」
両手で襟首を掴んだまま、激しく前後にシェイクする。
保健教育福祉省長官の悲鳴が、ドップラー効果を伴って大統領執務室に響き渡る。
「おそらくは、革命軍に奪われたんだ! だからわたしは悪くない!」
「ほぅ……」
ラッセルの剛腕が止まる。
これで許されたと思ったのか、長官はほっとした表情となったのも束の間。
「……もちろん、すぐさま追加のキニーネは手配したんだよな? そのまま放っておきましたなんてこたぁ無いよなぁ?」
「ひっ」
悲鳴を上げた瞬間に、ラッセルの剛腕に薙ぎ倒された。
惚れ惚れするようなウェスタン・ラリアットであった。
「もうやってられるか! お前らに言われるまでも無く辞めてやるっ!」
ラッセルは吐き捨てるとオフィスを出ていく。
ボコボコにされた閣僚たちと、一人だけ無傷だったデイビスは無言で見送ることしか出来なかった。
「とりあえず海兵隊の人事は後回しだ。そんなことよりも、今直面している問題をどうにかする必要がある」
惨劇から真っ先に立ち直ったのはデイビスであった。
自分だけ無傷だったのだから、当然ではあるが。
「……国内の油田の再稼働の目途は付きつつあります。もう2ヵ月もあればなんとかなるでしょう」
「だったら、2ヵ月後に派兵すれば良かったじゃないか!? それだったら船も動かせたし、ラッセルだって辞めることは無かっただろう!?」
ポプキンスの報告に海軍長官のチャールズ・エジソンが喰ってかかる。
もっとも、彼に言ってもどうしもない。それを決めたのは、目も前に座っている彼らの上司である。
「わたしもいささか軽率だったと反省している。だが、わたしもスポンサーには逆らえんのだ……」
ポプキンスとエジソンから睨まれたデイビスはバツが悪そうであった。
昔は裏社会の住民、今はスポンサー企業。この世界のアメリカの真の支配者は大統領ではないので、これもまた仕方ないと言える。
「朗報と言えるかはまだ分かりませんが。国内から消えたマフィアたちの資金の移動先が判明しました」
「本当か!?」
財務長官ヘンリー・モーゲンソウの報告に、デイビスは思わず立ち上がる。
そもそもの問題は、裏社会の住民から接収した資産が想定よりも少なかったことに端を発していたのであるから。
「あの裏社会のクズどもは、どこに隠したんだっ!?」
モーゲンソウに詰め寄るデイビス。
その様子は尋常なものでは無かった。
想定通りに金額を接収出来ていれば、10年間の無税化は余裕のはずであった。
節約のために大規模軍縮を断行する必要も無かったはずだし、軍の規模を維持出来ていれば今回の反乱も早期に鎮圧出来たはずなのである。デイビスが掛かり気味なのも当然と言えなくも無い。
「ど、ドーセットです。イギリスのドーセットに金塊や宝石にして持ち込んだようです」
「ドーセット……どこかで聴いたことがあるような気がするが……」
デイビスには渡英歴は無い。
しかし、その地名は妙に頭に響いたのである。
「あーっ!? 思い出したぞ! クズどもを拉致した奴らじゃないか!? 絶対に許せんぞ!」
思い出すのも忌々しいとばかりに激怒するデイビス。
ニューヨークを脱出した裏社会の住民たちの家族と関係者がたどり着いた先がドーセット領であった。
「だたちにドーセットに返還要求を行うんだ!」
「し、しかし相手はイギリスですぞ?」
「問題無い。あくまでもドーセットに直接要求する、イギリスは無関係だ」
「そんな無茶苦茶な……」
デイビスの無茶ぶりにモーゲンソウは驚愕する。
しかし、上司の無茶ぶりはそれだけにとどまらなかった。
「返還要求に応じない場合は、こちらから直接取り立ててやる」
「そ、それはいくらなんでも……!?」
「こういう時のためのシークレットサービスだろう。いいからとっととやりたまえっ!」
結局、モーゲンソウはデイビスに押し切られる形となった。
FBIを吸収して、今やアメリカ最大の情報機関となったシークレットサービスのエージェントがドーセット領へ派遣されることになるのである。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
M1戦車
全長:4.43m(車体のみ)
全幅:2.47m
全高:2.65m
重量:11.6t
速度:58km/h
行動距離:110km
主砲:50口径37mm戦車砲
副武装:7.62mm機銃×5
装甲:6.35mm~25.4mm
エンジン:空冷星形型7気筒ガソリンエンジン 260馬力
乗員:4名
解放軍(海兵隊)の制式戦車。
史実のM2(軽戦車)もどきである。
イギリスから輸入したヴィッカース6t戦車をたたき台にして開発された。
そういう意味では、革命軍のT-1軽戦車の異母兄弟とでも言うべき軽戦車である。
軽戦車的な運用思想に特化したT-1とは違い、M1は戦車黎明期の古い運用思想が色濃く残されている。車体各所に設けられたガンポートはその具体例であり、海兵隊も戦車として運用している。
構造が単純で信頼性も高く、鹵獲した革命軍では改造のベース車両として用いられた。南米の諸国家でも軽戦車として運用されている。
※作者の個人的意見
なんの捻りもありませんが、この時代にあったら便利なんですよね。
大量生産しやすいので、機甲師団を作るのも難易度は低いですし。
RPG-1
種別:ロケット推進擲弾発射装置
口径:70mm(HEAT装着時)
砲身長:1000mm
使用弾薬:グレネード、HEAT、ガス弾、信号弾など
全長:1425mm(HEAT装着時)
重量:2.0kg(発射機のみ)
有効射程:使用する弾薬によって異なる。
最大射程:75m(HEAT使用時)
中核派モブの進言を受けて革命軍技術陣が開発したグレネードランチャー。
モブたちはRPG-7を再現したかったのであるが、技術的な問題で再現し切れずパンツァーファウストに毛が生えたようなシロモノとなった。
史実RPG-1はHEAT弾頭の装甲貫徹力が弱いことが問題になったが、この世界では問題になっていない。均質圧延装甲換算で140mmを貫徹する威力は、この時代には過剰なほどの威力であった。
※作者の個人的意見
なぜか本家ドイツを差し置いてアメリカでパンツァーファウストもどきが出来てしまいましたw
ここから改良していけばRPG-7まで開発出来るので、革命軍の兵士は対戦車火力に困ることは無いでしょう。対抗して英軍もザクバズーカの開発を早める必要がありますね…!
フェドロフ M1938
種別:軍用小銃
口径:6.5mm
銃身長:520mm
使用弾薬:6.5mm×50SR(史実三十年式実包)
装弾数:25発(箱形弾倉)
全長:1045mm
重量:4400g(弾薬除く)
発射速度:毎分400発前後
銃口初速:654m/s
有効射程:500m
アサルトライフルのコンセプトを世界で初めて具現化したフェドロフM1916の改良型。
史実では諸々の理由で歴史の影に消えてしまったのであるが、この世界では中核派モブの進言によって再評価されることになった。
M1938はM1916の改良モデルであり、革命軍の制式小銃として採用されている。フォアグリップの位置や一部材質の見直しがされてはいるものの、基本的には同一モデルとして扱われた。
日本が採用している八〇式自動小銃よりもかなり大型であるが、革命軍の兵士は体格が良かったために実際の運用では問題は起きていない。
英陸軍の制式小銃であるRifle No.4 Mk 3よりは小型であり、装弾数も多くて扱いやすかった。本銃の存在を知った英陸軍では従来の303ブリティッシュ弾ではなく、より小型軽量な280ブリティッシュ弾を使用する新型小銃の開発を急ぐことになった。
※作者の個人的意見
世界初のアサルトライフルもどきという美味しい存在を無視することが出来ませんでしたw
史実のAK47をパクった日本の八十式よりは重くて大きいですが、革命軍はガタイの良いスラブ系が多いのであまり問題にはならないでしょう。銃弾のリコイルが小さいのでフルオート射撃時のコントロールは容易ですし、軽量な軽機関銃みたいな使われ方をするかもしれませんね。
この世界の英陸軍の新型アサルトライフルは悩み中です。
280ブリティッシュ弾を使うのは確定ですが、だからといって木製ブルパップにするのは安直に過ぎるようような気がするし。だからといって、エルちゃんに走るのもどうかと思うし。現行銃を弾丸に合わせて小型するのが一番無難とは分かっているんですけどね。
スプリングフィールド M1903
種別:ボルトアクションライフル
口径:7.62mm
銃身長:610mm
使用弾薬:7.62mm×63(史実.30-06スプリングフィールド弾)
装弾数:5発(箱型弾倉・クリップ)
全長:1115mm
重量:3900g(弾薬除く)
発射速度:毎分15~30発前後
銃口初速:850m/s
有効射程:270m
この世界の解放軍(海兵隊)の主力小銃。
その堅牢さと機関部の信頼性の高さから未だに採用されているが、各種改良を施されてはいても旧式化は否めていない。
革命軍との戦闘で撃ち負けた戦訓に基づき、現在は半自動小銃(M1ガランドもどき)の開発が急がれている。M1が採用された後もスコープを装備して狙撃銃として生き延びることになる。
※作者の個人的意見
この世界に英国も日本もアサルトライフルを採用しているのに、何故かアメリカはボルトアクションが主流だったりします。この時代ならボルトアクションが当たり前でアサルトライフルのほうがおかしいんですけどねw
SD-1自走砲
全長:4.60m(砲身除く)
全幅:2.41m
全高:2.16m
重量:9.85t
速度:40km/h
行動距離:150km
主砲:40口径76mm野砲(砲弾8発)
装甲:5~20mm
エンジン:キャデラック水冷4ストロークV型8気筒×3 マルチバンクエンジン 260馬力
乗員:4名
トロツキー率いる革命軍が開発したT-1軽戦車をベースに改造された自走砲。
史実のアーチャー自走砲よろしく、後ろ向きにオープントップで自走砲を搭載している。ちなみに、SDは自走装置(self-propelled device)の略である。
ベースとなったT-1軽戦車と比べると鈍足になってはいるが、それでも当時の自走砲としては最速クラスであった。搭載砲はソ連のM1902/30 76.2mm野砲をコピーしたものを搭載しており、火力と機動力に関しては画期的な自走砲と言える。
ただし、それ以外の点では問題が多い自走砲である。
オープントップの砲塔は装甲が薄いために場所によっては弾片防御すら不可能であった。
携行弾数が少ないために継戦能力にも欠けているのも問題であった。
こちらの問題に関しては、T-1軽戦車の車体を流用した弾薬運搬車が開発されて多少は改善されている。
※作者の個人的意見
縦深攻撃を実現するには支援火力が欠かせません。
可能ならば史実ソ連ばりの重砲を多数用意したかったのですが、今の革命軍の懐具合ではとても無理なのでお手軽な自走砲を用意してみました。スペック的にはSU-5-1、砲の搭載方法は史実のアーチャーをパクってます。
砲弾が8発しか搭載出来ないので、継戦能力に欠けるのが難点です。
弾薬運搬車が無かったころはどうしたかって?後ろに補給トラックを置いて人力で補給したのですよ。ゲー〇ボーイウォーズア〇バンス状態ですな(爆
本編なのに珍しく主役不在回となりました。
主に某国王の崩御で振り回されているせいだったりしますけどw
>トイレットペーパーなどの日常用品の買い占め
日本のオイルショックで見られた光景です。
この世界のアメリカでは省エネルックが流行るかも?w
>資源が有ると言う情報だけでも外交材料になり得る。
『分厚い財布をちらつかせて勝負のテーブルに座れりゃいい』
『大量に産出しなくても満州に石油が出たという情報だけで米国の対日戦略は根底から崩れる!』
某ジパングの人の発言より。
そういえば、この世界では今何をしてるんでしょうねぇ。
>教会からの情報
相変わらずのアメリカ正教会。
でもまぁ、懺悔室でそんな情報を吐くほうが悪いですよね?w
>M1戦車
この世界のアメリカは第1次大戦に参戦していなかったので戦車に重要性を理解していなかったのですが、海軍を再建する際に海兵隊を陸上戦力の中核に据える必要が出て来たので急遽開発されました。中身は史実のM2軽戦車なのですが、初っ端から完成度が高いのはお手本にしたこの世界のヴィッカース6t戦車出来が良かったからです。
>支援砲撃は海軍に頼るので問題視されていなかった。
そのための戦艦、そのためのサウスダコタ級ですし。
支援が届かない場所は機械化部隊の機動力で突っ切ればよいというシンプルな考えだったりします。
>史実のティーガーはリッター1km程度しか走れない。
それでもティーガーは燃料タンクも大型で200km程度の航続力があるからマシなほうだったり。実際は履帯壊れるから走れないし。歴代戦車で最も劣悪な燃費を誇るのはティーガー2でリッター162m(!)だったり。MBT(第3世代)でさえリッター400mは走れるというのに、ぶっちぎりでワーストです。
>ガソリンスタンドの地下タンクは常に満タンであった。
日本のガソリンスタンドはタンクは地下に埋設されていますが、海外はどうなんでしょうねぇ?ぱっと見じゃ分からないから、やっぱり地下なのかな?
>民衆の支持を常に気にしているカルデナス
どれくらい支持率を気にしてるかというと、支持基盤を固めて確実に当選出来る大統領選挙だったのにガチ選挙をしてたんですよこの人。
>ティフアナには日本の映画会社の現地法人があり
本編第94話『アメリカ内戦勃発』参照
アメリカのトーキー映画を積極的に輸入していた東宝と松竹は、アメリカ本土が危険と判断して現地法人をメキシコに疎開させています。
>パンアメリカンハイウェイ
正確には北米から南米に至るルートを勝手に呼んでいるだけだったりします。
現地ではパンアメリカンハイウェイなんて言われてなくて、普通に国道扱いされています。アジアハイウェイと同じですね。
>中〇派モブ
最近は完全にトロツキーの外付けバフと化している気がしますがw
テッド君に喧嘩を売って潰された革マ〇派とは違って、中〇派モブは未だに平成会に巣食っています。
>およそ2週間、正確には18日後
平均航海速力は20ノットです。
あきらかに普通の貨物船じゃありませんが、きっと彼らが密輸とか封鎖突破用に建造したのでしょうw
>プラヤ・レオナ
パナマ市近くのビーチリゾートです。
上陸用舟艇も港も無いので、船からボートでえっちらおっちら上陸していましたw
>ジョン・H・ラッセル・ジュニア海兵隊大将
この世界では何故かレスラーになってしまいましたw
でもまぁ、海兵だからそれなりに鍛えているはずだから問題ナッシング(オイ
>保健教育福祉省
現在のアメリカ合衆国保健福祉省の前身です。
日本の厚労省に相当する組織ですが、カーター政権が組織を分離するまでは保健教育福祉省の名前で呼ばれていました。
>国内の油田の再稼働の目途は付きつつあります。
主だった油田(カリフォルニアとかテキサスとかメキシコ湾岸とか)は大概が革命軍の支配領域にあるのですが、中部油田やアパラチア油田があるので解放軍も石油に困ることは無かったりします。
>ヘンリー・モーゲンソウ
史実だとモーゲンソープランで有名な人。
ユダヤ人で晩年はイスラエルで過ごしたので、案外この世界のイスラエル行きそうな気がします。
>「あーっ!? 思い出したぞ! クズどもを拉致した奴らじゃないか!? 絶対に許せんぞ!」
難民として引き取ったテッド君からすれば、被害妄想ここ極まれりな発言だったりします。




