第100話 独墺ソ不可侵条約
『たった今、ウィンザー城のゲートを3国の外相を乗せた車が通過していきます! まさに歴史的な瞬間です!』
BBCレポーターの興奮した声が電波となって木霊する。
ウィンザー城のヘンリー8世門前では、世紀の瞬間を一目見ようと物見高いロンドンっ子たちが押しかけていた。
1938年12月某日。
ドイツ外相コンスタンティン・フォン・ノイラート、二重帝国諸国連邦外相カール・レンナー、ソ連外相マクシム・マクシモーヴィッチ・リトヴィノフがウィンザー城にて一堂に会することになった。
3国共同の戦闘停止宣言が実施されて既に2ヵ月が経過していた。
ここに集った3人の思惑はそれぞれであったが、これ以上の戦争は続けるべきではないことでは一致していたのである。
『3国の外相はこれより国王陛下への謁見後、歓迎レセプションに参加する予定とのことです……』
ドーセット公爵邸の執務室。
ティータイム中のテッドも外相会談の様子をラジオで聴いていた。
「……あぁ、もう。全部外相会談絡みじゃないか」
ラジオの周波数を合わせながら、ぶちぶち文句を言うテッド。
彼とて好き好んで聴いてわけではない。BBCに限らず、ラジオドーセットまで同じ内容を流しているので選択肢が無かったのである。
「旦那さま、よろしいでしょうか?」
内容に飽きてラジオを切ったタイミングに合わせたようにドアがノックされる。
入室してきたのは、家令のセバスチャン・ウッズフォードであった。
「この時間に予定は入れてなかったはずだけど? 緊急案件かな?」
テッドの予定を完璧に把握しているセバスチャンが無意味に入室してくるなどあり得ない。あるとすれば、緊急事態以外に無いのである。
「緊急とまでは言いませんが、無視出来る案件でもありません。ロマノフ公がお会いしたいとのことです」
「あちらから会いたいって言ってくるのは珍しいなぁ」
ロマノフ公――元ロシア皇帝ニコライ2世は、ドーセット領にお忍びで来ることが多かった。ここ数年は本拠地のロンドンよりもドーセット領に居ることが多く、すっかり定住していたのである。
「どうなさいますか?」
「適当な理由でお茶を濁したいけど、このタイミングが気になるんだよなぁ……」
元が元だけに昔は今上天皇並みに畏れ多く遇していたのであるが、最近は軽い扱いをしていることは否定出来ない。実際、やっていることは家族ぐるみでオタク生活をエンジョイしているだけであるし。
度重なる表敬訪問を嫌がっている素振りがあったので、ここ数年はお忍びで来訪してもスルーすることが多くなった。頻繁に来訪しているので、いちいち対応していたらキリがないというのもある。
「では?」
「うん、直接出向こう。準備しといて」
「かしこまりました」
ここで無視をしようものなら、ロクでもない展開になることをテッドは直感していた。流石はチートオリ主というべきであろうが、最悪の展開を避けても自らが酷い目に遭わないとは限らない。所詮はポンコツであった。
「……ここを使うのは久しぶりだな」
10分後。
テッドとセバスチャンは公爵邸の離れに来ていた。
「そうですなぁ。かれこれ2年ほど使用しておりません」
そう言いながら、セバスチャンは扉の鍵を開錠していく。
ただの離れにしては、厳重過ぎるセキュリティである。
「うへぇ、そんなに使ってなかったのか」
「さようでございます」
扉を開けた先にあったのは下り階段であった。
二人は躊躇することなく、階段を下っていく。
階段を下った先は地下鉄のホームであった。
華美に過ぎない程度の装飾が全面に施されており、工事に関わった人間の趣味の良さが伺える。
「整備は怠ってはおりません。いつでも使えるようにしております」
「パーフェクトだセバスチャン」
「感謝の極み」
史実の某吸血鬼漫画のようなやり取りをしながら、二人は車両に乗り込む。
その見た目は路面電車のようであったが、パンタグラフは付いていなかった。
「それでは出発致します」
セバスチャンがマスコンを操作すると、車両はゆっくりと動き出す。
吊り掛け駆動を採用しているために唸るような騒音が発生するが、専用線であるので騒音に配慮する必要は無い。大出力モーターを搭載しているためか、グングンと速度を上げていく。
路線はドーチェスターハウスの地下から、新市街地にある高級娼館『ラスプーチン』まで直通である。3km程度の距離しかなく、単線で第3軌条方式が採用されていた。
この地下鉄は、お忍びでロマノフ公一家と会うために建設されたものであった。
当の本人たちは高級娼館『ラスプーチン』を定宿としており、テッドの立場で直接出向くのは色々と面倒があったからである。
実際、過去には娼館街に居たところを激写されて記者から強請られたこともある。もちろん、そのような不心得者には不幸な目に遭ってもらったのであるが。
かねてよりテッドは、ロマノフ公一家に対してドーセット領への来訪の際は公爵邸に宿泊して欲しいと要請していた。しかし、旧市街の外れにある公爵邸よりも娼館街のほうが便利であるために却下され続けていたのである。
こちらから出向くしか無くても顔バレはヤバイ。
そんなわけで、私費を投じて地下鉄を作るハメになったのである。
現状ではドーセット領における唯一の地下鉄なのであるが、その存在は秘匿されていた。悪用されたら不法侵入されかねないので、セキュリティ上の観点からは当然と言える。
現状では公爵邸と高級娼館『ラスプーチン』との直通のみであるが、将来的には延伸されることになる。渋滞を避けて移動出来るメリットと、セキュリティ的な優位は捨て難かったのである。
地下鉄の拡張に伴い、ドーセット領の各地には秘密の出入り口が設置されることになる。テッドの趣味嗜好が反映された出入口は、普通の人間が見たらまず出入口と分からないシロモノであった。
「……到着でございます」
「ありがとう。多分、長い話になるだろうから先に帰ってて。また呼ぶから」
「かしこまりました」
地下3階の特設ホームに到着した路面電車は、元来た線路を引き返していく。
上へ上る階段を一瞬だけ見つめたテッドは、ため息をついて登っていくのであった。
「やぁ、よく来てくれたなドーセット公」
「ロマノフ公、ご無沙汰しております」
高級娼館『ラスプーチン』の最上階ロイヤルスイート。
事実上の部屋の主と化しているロマノフ公は、テッドを快く迎えてくれた。
「ところで、ご家族はどちらに?」
「重要な要件があるからと席を外してもらった。まぁ、いつも通り楽しんでいるだろう」
「左様ですか……」
娼館街で楽しんでいる様子を想像してしまい、ため息をつくテッド。
いくら治安が良いからといっても、高貴な身分の人間がお世辞にも品が良いとは言えない場所を好き勝手に歩くのは勘弁して欲しいものである。
「ところで、今回のご用件は? もう嫌な予感しかしないのですけど……」
いつもと違う展開にテッドの第6感が悲鳴をあげる。
しかし、危機を察知は出来ても避けられないのでは意味が無い。
「それについてはわたしから話すわ」
そう言って入室して来たのは、品の良い服装に身を包んだ老婆であった。
一見するとかなりの高齢ではあったが、矍鑠とした様子は只者とは思えない。もっとも、此処にいる時点で只者では無いのは確定なのであるが。
「こ、皇太后さま!?」
テッドは予想外過ぎる人物の登場に驚愕する。
目の前に現れたのは、ニコライ2世の母親である元皇太后マリア・フョードロヴナだったのである。
「ほほほ、今のわたしはただのマリア。それ以上でもそれ以外でもないわ」
満面の笑みを浮かべるマリア。
流石は元王族と言うべきか。その高貴さは年を重ねても隠しようが無かった。
ニコライ2世だけでなく、マリアにもテッドは頭が上がらない。
産婆として娘たちをとり上げてくれた大恩人なのである。
「わたしはもう長くない。そんな予感がするのよ」
「えっ!?」
唐突なマリアの告白に目を剥くテッド。
しかし、内心では納得もしていた。この世界の彼女は史実よりも10年以上長生きしていたからである。
「でも、その前に一つだけ叶えたい願いがあるのよ」
「……うかがいましょう」
この時点でテッドに拒否権は無くなった。
奇跡的に『お願い』が簡単なものであることを祈るしかない。
「それで、肝心のお願いなのだけど。生きているうちに会えるなら会っておきたい人がいるのよ」
「……それは誰なのです?」
ごくりと唾を呑む。
テッドは緊張してマリアの次の言葉を待つ。
「ヴィリーよ」
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
覚悟完了していたが、それでも絶叫してしまう。
マリアの血縁で『ヴィリー』と言えば該当する人物は一人しか存在しない。現ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世その人である。
「ヴィリーとは手紙のやり取りをしてるのだけど、極秘でイギリスに来たいって言ってるのよ」
テッドは知る由も無かったのであるが、ヴィルヘルム2世も健康上の不安を抱えていた。現在の英国にはマリアだけでなく従兄弟のジョージ5世とロマノフ公もいる。この際だから会っておこうという話になったのである。
「え、えーと。話が大きくなり過ぎて僕の手に余るのですが」
「「そこをなんとか!」」
土下座せんばかり――否、実際に土下座してマリアとロマノフ公が頼み込む。
二人して同じ行動をしているあたり、親子だというのがよく分かる光景である。
「そもそも、田舎貴族に過ぎない僕のところに国家元首を歓待する話なんて来ませんよ!?」
自らを卑下するが、周囲からはそう見られていないことにテッドは気付いていない。確かに家格と言う点では心もとないが、ドーセット公爵家の財力と発展ぶりは英国貴族の中でも群を抜いていたのである。
「……上から話が来れば引き受けてくれるのね?」
「えぇ、まぁ。そんなことあるはず無いでしょうけど」
マリアの本気度を推し量ることが出来なかった時点で、テッドの運命は確定していた。カイザーがドーセット領に来ることを望んでいなくても、手紙でどうとでも誘導出来る。
マリアはカイザーが興味を抱けるように、テッドのことを手紙で伝えていた。
息子と家族を救出するように強く働きかけたことや、快適に過ごせるように取り計らってくれたことなどを詳細に記していたのである。
『おいおいおいおい!? ヴィルヘルム2世が来訪したいだと!?』
『3国外相会談の最中にか!? 会談の結果に影響が出かねんぞ!?』
『そもそも、今のロンドンは厳戒態勢なんですよ!? 皇帝陛下の受け入れなど出来るはずがありませんよ!?』
外交ルートでカイザーの訪英の意思が伝えられたのは数日後のことであった。
急な話に円卓のメンバーたちがパニックを起こしたのは言うまでも無い。
『え? ロンドンに滞在されるのではないのか?』
『今回の来訪はお忍びで、あくまでも静養目的らしいです』
『お忍びで、しかもロンドンは避けてくれるのは有難いな』
国家元首の訪問とはいえ、お忍びであるなら難易度は下がる。
外交面でのアピールが出来なくなるが、3国外相会談を成功させれば良いだけである。
『ドーセットで静養したい?』
『あそこならロンドンからも適当な距離だし、観光地だから静養するには最適だな』
『ドーセット公もいるし、最悪丸投げしても大丈夫だろう』
『『『いやぁ、良かった良かった!』』』
カイザーのドーセット来訪が、マリアによって仕組まれていたことに円卓側は気付けなかった。ローマの休日ならぬ、ドーセットの休日が始まるのはさらに1週間後のことであった。
「こ、こんなことが許されて良いのか!? わ、わたしのこれまでの苦労が……!?」
バチカン宮殿の教皇の寝室。
新聞を読んでいたピオ11世は、新聞の1面に目を通した瞬間に絶叫していた。
「げ、猊下!? お体に障ります。ご自愛ください」
「えぇいっ!? 離せっ!? 離せぇぇぇぇぇぇっ!?」
隣室で控えていた枢機卿と担当医が飛び込んでくる。
枢機卿たちが暴れるピオ11世を抑えつけ、担当医が鎮静剤を注射すると直前の暴れっぷりが嘘のようにおとなしくなった。
「うっ……」
鎮静剤が効いてきたのか、ピオ11世はベッドで眠り始めた。
その様子を見届けてから枢機卿たちと担当医は退室する。
「日に日に痩せておられる。このままでは……」
「あれだけお元気だったというのに。あの卑劣な攻撃さえなければ!?」
「いや、さすがにあれは想定外にも程があるだろう。まさか、あのような精神攻撃があったとは」
教皇の容態は悪化の一途であった。
ここ最近はベッドに臥せる日々が続いていたのである。
「先生、猊下のご容態はどうなのです?」
枢機卿の一人が部屋の外で担当医にピオ11世の健康面について問い質す。
「精神と肉体の両面で衰弱が著しい。こういうことは言いたくないのですが、先は長くないですな」
担当医の答えは無情なものであった。
元々高齢で肉体的に弱っているのに加えて、精神的なダメージが加わったことで健康を損ねてしまったのである。
バチカンは1938年の4月と11月に何者かによるテロ攻撃を受けていた。
2度にわたるテロを受けたピオ11世は、公式行事をキャンセルせざるを得なくなるくらいに衰弱してしまったのである。
この事件はバチカン外部には徹底的に秘匿された。
バチカン内部の人間にも厳重な箝口令が敷かれたのであるが……。
『はぁはぁ……お姉さまとのガチレズもの……良いわぁ……』
『ロザリオにあんな使い道があったなんて。早速使ってみないと……』
『悪魔に快楽で堕とされる背徳感……くぅぅぅっ! 素晴らしい!』
『同性婚は創作だからこそ許される。そう、これは創作なんだ。リアルじゃないんだ。だからおかずにしても問題無いんだ……!』
箝口令を敷いてもテッド謹製の同人誌による信徒たちへの感染は避けられなかった。大多数が回収されて焚書されたものの、多大な影響を信徒たちに与えていたのである。
「……あの医者の言う通り最悪の事態を想定する必要があるな」
「貴様!? 猊下を見捨てるおつもりか!?」
「そうは言っていない! だが、選出される次の教皇次第で我らは冷や飯食いになるやもしれんのだぞ!?」
バチカン宮殿のすぐ北にあるバチカン秘密文書館。
その一角では、先ほどの枢機卿たちが集まって善後策を協議していた。
「猊下が亡くなられたら次に選出されるのは誰になるのだ?」
「最有力はパチェッリ枢機卿国務長官だろう」
「猊下とは真逆のお方ではないか!?」
パチェッリ枢機卿国務長官――エウジェニオ・マリア・ジュゼッペ・ジョヴァンニ・パチェッリ枢機卿は史実のピオ12世である。この世界においても、次代の教皇の最有力候補と見なされていた。
史実のパチェッリは、教皇庁の外交官として第1次大戦後の平和工作に関与している。この世界においても、多くの国々と政教条約を結ぶことに尽力していた。
パチェッリが政教条約を結ぶのに熱心なのは、各国のカトリック信徒の保護とカトリック系の学校や施設を政府の迫害から守るためであった。しかし、その姿勢はピオ11世を支持する枢機卿たちからは惰弱に映ったのである。
「他に候補はいないのか!? パチェッリ枢機卿だけは認められんぞ!?」
「いないわけじゃありませんが、彼に比べると実績や名声の点で劣りますね」
「ならば引きずりおろせばよい。何か弱みは無いのか?」
「名門出なうえに要職に付いている親族も多数いるんですよ? こっちが潰されるんでやめてください」
パチェッリ家は教皇領政府で要職を代々占めた名門である。
祖父は副内務大臣を務め、父も教皇庁の顧問弁護士、伯父はレオ12世の財政顧問という超エリート一家であった。そんじょそこらの枢機卿では、まともに対抗することすら難しい。
「ならば、我らの中から候補を立てればよい」
「正気か?」
「いやいや、コンクラーヴェで勝てんだろ」
「そもそも、我らでは候補にすらなれるかどうか……」
トンデモ意見に目を丸くする枢機卿たち。
トチ狂ったとしか思えないが、発案者は真面目も真面目。大真面目であった。
「我らは猊下の意思を継がなければならない。これは猊下の側近であった我らにしか出来ないことなのだ!」
「確かにそのとおりだ!」
「我らがバチカンを良き方向に導かねばならんな!」
心の中ではピオ11世を亡き者にしている枢機卿たち。
神をも恐れぬ不心得者とは、こいつらのことであろう。
「だが、具体的には何をすれば良いのだ?」
「それをこれから考えるんだよ!」
「なにはなくとも情報収集だな」
「猊下の名前で諜報部を動かそう。時間が無いぞ!」
かくして、教皇の意思が不在のままバチカンは動き出すことになった。
枢機卿たちの暴走がどういう結果を呼ぶことになるのかは、この時点では誰にも分からなかったのである。
「ニッキー! 久しぶりだな!」
「ヴィリー! おまえこそ。生きて会えるとは思ってもみなかったぞ!」
「おいおい、儂もいるぞ!」
「あぁ、まさか生きているうちに会うことが出来るなんて。長生きはするものだわぁ……」
1938年12月中旬。
ドーチェスターハウスの応接室では、歴史的な邂逅が実現していた。
「それにしても、ニッキーとジョージは瓜二つだわねぇ」
マリアはニコライ2世とジョージ5世を見比べる。
史実でも瓜二つの顔出しをしていたが、この世界でも双子と見間違う容貌であった。よほど近しい人間でも無い限り二人を見分けることは困難であろう。
「身体つきは似ても似つかんがな」
ヴィルヘルム2世は二人を見て呆れていた。
顔はともかく、首から下はまったく別物だったのである。
「ふんっ、筋肉は裏切らないのだ!」
マッスルポーズを決めるジョージ5世。
首から下はザン〇エフであった。
ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、英国王ジョージ5世、ロシア皇帝ニコライ2世とその妻アレクサンドラ。4人はヴィクトリア女王のひ孫であり、従兄弟どうしであった。それ故に史実の第1次大戦は従兄弟たちの戦争と呼ばれたのである。
血縁であるからと言って仲が良いとは限らない。
史実においては、ジョージ5世とヴィルヘルム2世には確執があったという。
確執の原因は第1次大戦が原因とされている。
しかし、この世界では早期に講和という形で終戦していたので良好な関係が維持されていた。
3国外相会談が開催中なことは今回の密会に好都合であった。
世間の目がロンドンに向いている間に、ヴィルヘルム2世、ロマノフ公、ジョージ5世、マリアの4人はドーセット領で合流を果たすことが出来たのである。
(胃が……胃が痛い……)
立ち会っているテッドは、胃壁が潰れる音を聞いたような気がした。
大国の国家元首と元皇族が勢ぞろいすればそうもなろう。庶民生まれの田舎貴族にはストレスフルな光景であった。
(これでドーセット公爵家の家格が上がるのは間違いない。今すぐ公表出来ないのが残念極まりないですな)
テッドの傍に控えているセバスチャンは感涙していた。
狂人――もとい、御家至上主義な彼にとって目の前の光景は歓迎すべきことであった。
「よし、儂の家に行こう。良い酒があるのだ。とことん呑もう!」
「えぇっ!?」
唐突なロマノフ公の宣言にテッドは絶句する。
事前にそんな話は一言も聞いてなかったのである。
「皆様方、こちらで御座います」
そんなテッドを放置してセバスチャンは4人を地下鉄へ案内する。
しばし放心状態だったテッドは、我に返ってから慌てて追いかけるハメになった。
「ほほぅ、屋敷の地下にこんなものを作るとは。卿は良い趣味をしているな!」
「あ、ありがとうございます……」
カイザーの激賞に引き攣った笑みを返すテッド。
こねくり回すような痛みが走り、無意識に胃の辺りを押さえてしまう。
地下鉄に案内されたカイザーはご機嫌であった。
なお、帰国後にベルリン王宮に同様の地下鉄を作ろうとしてひと騒動起こすことになる。
「こんなものを隠していたとは。何故言ってくれんかったのだ!?」
「いや、言う必要無いですし」
筋肉髭達磨――もとい、ジョージ5世は地下鉄の存在を知ってご立腹であった。
こちらはいつものことなので、適当にスルーする。
「こんなものを作ったときは正気を疑ったものだが。この時を想定していたのだな。流石だなドーセット公!」
『あんたのせいだ。あんたの!』と、ロマノフ公に叫びたいのを辛うじて自制するテッド。実際、役に立っているのは事実なのである。
「これからはミランダちゃんと美知恵ちゃんに会いにくるから地下鉄を使わせてもらうわよ?」
「アッ、ハイ。どうぞどうぞ……」
マリアは地下鉄を使って、テッドの娘たちに会いにくる気満々であった。
事あるごとに押しかけてくるようになってしまい、テッドの胃壁に定期的にダメージを与えることになる。
「こ、これはどういうことじゃドーセット公!?」
超VIPの来訪を知ったラスプーチンがすっ飛んでくる。
監視カメラで見ていたのであろう。
「ここは高級娼館であって、ホテルじゃないのじゃぞ!?」
ラスプーチンはテッドに猛抗議する。
大柄な髭面男が猛然と迫る様は迫力満点である。
「そうは言うけど、あの面子を僕が止められると思う? うぅっ、胃が……」
怒れるラスプーチン対して、テッドは平然としていた。
全力で匙を投げただけとも言えるが。
今のテッドが匙を投げたら、それはもう遠くまで飛んでいくことであろう。
地球の引力を振り切って月まで飛んでいくかもしれない。
「わはは、儂の娘たちを紹介するぞ!」
「ニッキー! 貴様、こんなに子供をこさえていたのか!?」
「あの、お父様? これはいったい……」
高級娼館『ラスプーチン』のロイヤルスイートは超豪華な面子で占領されることになった。ヴィルヘルム2世、ロマノフ公、ジョージ5世、マリアに加えて、ロマノフ公の娘たちと長男アレクセイ、元皇后アレクサンドラまで加わわることになったのである。
「ラスプーチン、酒だ! 酒を持ってくるのだ!」
「か、かしこまりました。なんで儂がこんなことを……」
ラスプーチンは逃げることに失敗した。
ルームサービス扱いされて、お酌までさせられているのは哀愁を誘う光景であった。
「どうした? 卿は飲まんのか?」
「えっ、いや……僕はお酒はちょっと……」
目の前の光景に呆然としていたテッドも逃げることが出来なかった。
赤ら顔のカイザーに迫られて対応に窮してしまう。
「余の酒が飲めぬと申すか?」
「あっ、はい。いただきます……ぐぉっ!?」
テッドに出来たことは、カイザー直々にお酌される酒を飲み干すことだけであった。度の強いアルコールが食道を焼いていく。
「酒だけじゃなくて、つまみも欲しいぞ」
「そういえばそうだな。ラスプーチン、急いで買ってこい!」
「は、はい。ただいま!」
宴会場と化したロイヤルスイートはカオス以外の何物でも無かった。
ストレスとアルコールでダメージを受けたテッドは、そのまま意識を手放したのであった。
「……おい、起きろ。いつまで寝ておるのだ?」
「う、うーん……」
眠っていたテッドは揺さぶられて目を覚した。
寝ぼけ眼のまま、声の主に振り返る。
「ほわぁ!?」
カイゼル髭のドアップを見て一瞬で覚醒する。
テッドを叩き起こしたのはカイザーだったのである。
「なんだ? 卿は失礼なやつだな」
「あ、いえ。ちょっと驚いてしまったもので……」
カイザーの圧に負けたテッドが思わず目を逸らすと、部屋の惨状が嫌でも目に入ってくる。ジョージ5世とロマノフ公、さらには娘たちとアレクセイ。全員が思い思いの場所で酔い潰れていたのである。
「よし、行くぞ」
「えっ、どちらにですか?」
唐突なカイザーの宣言。
いきなり過ぎて、テッドは戸惑うしかない。
「決まっておろう。朝餉を兼ねて下々の者を観察するのだ!」
「えええええええええ!?」
さらっと、とんでもないことを宣うカイザー。
面会だけしてとっとと帰ってもらう予定だったのが、酒盛りしたあげくに超VIPのエスコートとか無茶ぶりにも程がある。
「お、おやめください陛下!? 御身を大事にしてくださらないと」
「余はヴィルヘルム2世ではない。ただのヴィリーだ! だから問題無い!」
ゴーイングマイウェイなカイザーに説得の言葉は届かなかった。
口の中に鉄の味を感じながら、テッドは朝食を兼ねた娼館街の案内をすることになったのである。
『いらっしゃい、いらっしゃい!』
『今なら30分ぽっきりで10ポンド! お得ですよーっ!』
『あら、素敵なお兄さん。寄っていかない?』
朝5時だというのに、高級娼館『ラスプーチン』の周辺は騒がしかった。
基本的に娼館街の店舗は24時間営業なのである。
「……ほほぅ、朝も早いというのに活気があるな」
「ここは歓楽街ですからね。24時間休み無しですよ」
テッドは胃の辺りを押さつつ、カイザーを案内する。
当の本人は、こういった光景が珍しいのかあれこれ質問してくる。
ちなみに、本日のカイザーの御召物はチロリアンハットにローデンコートの組み合わせであった。これだけならば典型的なドイツ紳士と見られなくも無かったのであるが……。
「その、陛下? サングラスはともかくマスクは不要かと……」
「何故だ? 余の髭は隠さないとヤバイであろうが」
サングラスはともかく、マスクは違和感爆発であった。
マスクの端から立派なカイゼル髭がはみ出していたのである。
(うぅ、周辺からの視線が痛い。胃が痛い……)
周囲からの奇異の視線がテッドに突き刺さる。
胃が重いのを通り越して痛みを感じるのは、決して二日酔いのせいだけではないだろう。
「そもそも隠れて……いや、失礼しました。なんでもないです……」
「卿は変なヤツだな」
しかし、当のカイザーは全く意に介していなかった。
生来の傲岸不遜さは庶民の視線など、ものともしないのである。
(やばい、このままだと僕が死ぬ。主に精神面で死んでしまう。早く切り上げないと……)
精神的に追い詰められたテッドは、一刻も早くこの場を切り上げることを望んだ。そのためには、何が必要なのか必死になって頭を回転させる。
(朝餉と言ってたから、満足するメニューを出せばいけるか? カイザーの好物ってなんだっけ……?)
結局は、カイザーが満足する朝餉を出すことが最短かつ最適解であろう。
史実のヴィルヘルム2世の好みを必死になって思い出そうとするテッド。
「……そ、そういえば、陛下はじゃがいも料理がお好きでしたよね?」
「うむ! ジャガイモは皮を付けて食べるべきだ!」
「それなら理想のメニューがありますよ!」
「本当か!?」
テッドはカイザーを引っ張って屋台へ連れていく。
その屋台は平成会の元過激派が経営している屋台であった。
「なんだこれは!? ジャガイモの形が面白いな!」
テッドの思惑通り、カイザーは強い興味を示した。
屋台で揚げられていたのは史実のトルネードポテトだったのである。
トルネードポテトは皮付きジャガイモを螺旋状にカットし、その螺旋の中心に串を差して油で揚げている。史実の日本では祭りの屋台で提供されることが多いが、東京の原宿には専門店もある。
「むむっ、これは刺激的なにおいがするな。店主、こいつを一つもらおうか!」
「あっ、はい……」
怪しさ爆発な恰好と居丈高な態度に元過激派モブは気圧されたものの、すぐに調理に取り掛かる。奇人変人に事欠かない娼館街では、この程度のことで驚いていてはやっていけないのである。
「こ、これは……うーーまーーいーーぞーーっ!」
どこぞ味〇さまのようなリアクションをするカイザー。
さすがに目や口から光線は出さなかったが。
激戦の屋台街で生き抜くには、日々の研鑽とメニューの工夫が要求される。
元過激派モブは、新メニューとしてスパイシーなカレーパウダーを自ら調合して売り出していたのである。
意外なことであるが、史実のドイツ人とカレー粉は切っても切れない関係がある。国民的料理のカリーブルストがその典型例であろう。
「気に入ったぞ! メニューを全部……いや、屋台ごと買い取ってやろう!」
「はぁっ!? ちょっ!? ドーセット公、この人何なんですか!?」
札束を放り投げる不審者にモブ店主は困惑する。
口から血を滲ませたテッドが、カイザーを必死に説得してなんとか事なきを得たのである。
その後もカイザーは、わざとやっているのではないかというくらいに騒ぎを引き起こした。その都度、テッドが事態の収拾に追われることになったのは言うまでも無い。
『……お戻りになりましたか。あちらはいかがでしたか?』
『もう会えないだろうと思った者たちと会えて、気分良く過ごせた。最高だったぞ』
『それはようございましたな』
『それに、ドーセット公は只者ではない。それが分かっただけでも収穫であったぞ』
『……ひょっとして、お試しになったのですか?』
『ふふふ、あの顔は見物であった。おまえにも見せたいくらいにはな』
後にベルリン王宮でこのような会話が有ったとか無かったとか。
カイザーを満足させるのと引き換えに、テッドの胃は壊滅的なダメージを受けることになったのである。
「くっ、殺すなら殺せ!」
「邪教の分際で生意気な!?」
「我らは信教に殉ずる覚悟。貴様らに決して屈しない!」
高級娼館『ラスプーチン』の地下1階。
コンクリート打ち放しの殺風景な空間には、複数の男女が磔にされていた。
彼(彼女)らはバチカンのエージェントであった。
娼館街で破壊工作を仕掛けようとしたところを捕らえられたのである。
『ヴィルヘルム2世がお忍びで訪英しているだと!?』
『あぁ、間違いない情報だ』
『このタイミングで訪英する意味が分からないのだが。あるとすれば3国外相会談か?』
カイザーの極秘訪英をバチカンの諜報機関はキャッチしていた。
圧倒的な数の信徒たちによるヒューミントは馬鹿に出来ない。史実では最も有能な諜報機関と言われていただけのことはある。
『だが、これはチャンスだ! 会談の妨害は不可能だが、こちらの妨害は不可能ではないだろう』
『会談のホスト国である英国の面子を潰せるというわけだな!』
『何も殺す必要はない。ヴィルヘルム2世にはちょっと不幸になってもらえばよい。それが世界に公開されれば確実にドイツは態度を硬化させるだろう』
ピオ11世に心酔する枢機卿たちはカイザーにちょっかいをかけることを考えた。ロンドンで開催中の3国外相会談は、あまりにも警備が厳重過ぎて手が出せなかったからである。
かくして、バチカン諜報部の精鋭たちがドーセット領に送り込まれた。
その結果は、無理ゲーとしか言えないものであったが。
テッドの指示によって、娼館街を巡回する制服警官は普段の5倍にまで増員されていた。怪しい人間は片っ端から職質していたので、バチカンのエージェントたちが満足に動くことすら不可能であった。
その警備の厳重さは、3国外相会談が開催されているロンドンすら凌駕していたといっても過言では無い。ドーセット公爵家のメイド部隊と私服SP部隊、さらには家令セバスチャンの一族の者まで動員されていたのである。何も知らずに飛び込んで来たバチカンのエージェントたちには同情するしかない。
「……で、こいつらどうするの?」
「ご当主様からは拷問は禁じられてるのよねぇ」
尋問係も困惑していた。
どうせ死んでも良い奴らを相手にするのが常なのであるが、今回はいろいろと制約が課せられていたのである。
「指1本くらいならバレないんじゃない?」
「そんなわけないでしょうが!?」
「薬はダメなの? 以前押収した高純度のヘロインがあるんだけど?」
「自白を取れても廃人になるやつじゃないのそれは!? 五体満足で返せって言われてるのよ!?」
ナイスバディなボンデージ姿の女たちが物騒なセリフを口走る。
バチカン市国で純粋培養された者たちには刺激の強い光景であった。
「……相変わらず騒々しいのぅ」
「「「あ、オーナー!」」」
ラスプーチンが呆れた様子で入室してくる。
殺風景な部屋に磔にされた男女、女王様なボンデージ女、そしてラスボス面した髭の大男。わけわかめな光景ではある。
「既に聞いているだろうが、こやつらに危害を加えたらいろいろと煩いことになる」
「じゃあ、どうするんですー?」
「しばらく軟禁じゃな。空いてる部屋に押し込んでおけ。ドーセット公からの差し入れも忘れるなよ?」
「「「はーい!」」」
この時点で、バチカンのエージェントたちは己の勝利を確信していた。
このまま無罪放免されるものと思っていたのであるが……。
「おいっ!? あれはっ!? あれは無いのか!?」
「早く続きを読ませて!? もうあれが無いと生きていけないのよぉーっ!?」
「俺のアニキは何処だぁーっ!?」
1週間ほど軟禁されたエージェントたちには露骨な変化が生じていた。
以前のような聡明なイメージはどこへやら。血走った目と落ち着きのない様子は麻薬中毒者の如しであった。
軟禁中のエージェントたちに差し入れられたのは、麻薬の類ではなく大量の同人誌であった。それもバチカンをネタにした危ないやつである。当然ながら、テッドがそのようなものを好き好んで描くはずがない。
バチカンの介入を知ったテッドは激怒していた。
自分から先にちょっかいをかけておいて身勝手極まりないが、それはそれ。これはこれ。というやつである。
胃痛によるストレスが合わさったことにより、テッドの報復は過激なものとなった。過去に押収した平成会元過激派謹製のガチムチおホモだち同人誌を差し入れたのである。
「ありがとうございます。わたしは本当の信教というものを知りました」
「バチカンには適当に報告しておきますのでご心配なく」
「俺、もっと筋肉を愛でます! 筋肉だけを愛します!」
「同性愛は正しいんだ! 同性愛が認められるまで俺は戦うっ!」
バチカン市国という象牙の塔で育った人間には、平成会元過激派謹製の同人誌は麻薬以上の効果があった。純粋な信徒たちは、ホモと腐女子と貴腐人にクラスチェンジを余儀なくされたのである。
ほとぼりが冷めたころ、釈放されたエージェントたちは何食わぬ顔でバチカンに帰還した。そして、目覚めた――というより、強制的に目覚めさせられた教えを布教していったのである。
彼らは洗脳されてはいたが、理性は失っていなかった。
教えを一気に広めると鎮圧されてしまうリスクも理解していた。
『(同人誌を買うために)もっと外出の許可を!』
『(同人誌を買うために)信徒の外部への居住を認めるべきだ!』
『(同人誌を作るために)信徒の表現の自由を拡大するために印刷所の個人的使用を認めるべきだ!』
彼らはバチカン内部で少しずつ同志を見出し、慎重に勢力を拡大していった。
表向きは信徒たちの権利を拡大するために、実際は同志たちと同人誌を作るために戦っていくことになるのである。
「……あー、これは酷いですな。間違いなく穴が空いてます」
「そっ、そんなに酷いんですか……うぅ、痛てて……」
ドーセット領のとある病院。
検査を受けたテッドは医師から説明を受けているところであった。
テッドが受けた検査は胃X線検査であった。
胃がんや胃潰瘍、胃ポリープなどの早期発見を目的とした検査であり、バリウムと発泡剤を飲んでからレントゲン撮影する流れとなる。
「医師としてはすぐに入院をお勧めします。ここまで重度な胃潰瘍は自然治癒しませんから」
シャウカステンに撮影したX線フィルムを貼り付けて病状説明をする医師。
白く染まったテッドの胃には、ところどころ穴が空いているように見受けられた。
「お言葉はありがたいのだけど多忙なんでね。後で時間を作ってから入院するよ」
そう言いながら、テッドはジャケットに袖を通す。
どことなく顔が青白いのは気のせいでは無いだろう。
「いや、これはもうそういった段階では無いんですよ!?」
その様子を見た医師は本気で心配して止めにかかる。
口元に滲んでいる血に気付いたのであろう。
「ならば、せめて鎮痛剤は持って行ってください。それと1ヵ月以内に絶対に入院してださい」
「分かった、分かったから……」
医師に根負けしたテッドは、薬を受け取ると病院を出て行った。
それだけならば、ここで話は終わったはずなのである。
テッドが受診した病院は大病院というわけではない。
個人経営の小さな病院ではあったが、医師の腕は保証付きな地元の名医的な病院であった。
「もしもし? うちの病院にご当主さまが来たのですが……」
しかし、医師はセバスチャンの一族に連なる者であった。
当然ながらテッドの顔も知っていたわけで、通報したことで事の次第が露見してしまったのである。
(どこで時間を潰そうかなぁ?)
そんなことが起きていることなど露知らずなテッドは、チートスキルを使える場所を探していた。スキルを発動さえ出来れば、副作用でショタ化して肉体の状態はリセットされる。後は大人に戻れば良いだけである。
変装はしていたが、大きなホテルでは身バレするリスクがある。
モーテルのような管理がおざなりな場所が理想なのであるが、本日のテッドは車を持ってきていなかった。
(とすると、此処かなぁ? あまり気は進まないけど)
テッドが足を止めたのはラブホテルであった。
意外なようであるが、ラブホは予約無しで一人でも泊まることが出来る。
昭和の世では飲み会で終電を逃してしまったり、日帰り出張だったはずが急に宿泊する必要に迫られたときに活用されていた。そんなわけで、今のテッドの状況には好都合だったのである。
「さて、やるか……」
自分でも何故知っているのか分からない、どこの世界の言葉かすら分からない呪文を唱え始める。詠唱が進むとともに、床に魔法陣の光芒が浮かび上がる。
魔法陣から光と共に物体がせり上がり、やがて完全に実体化した。
同時に部屋が光に包まれる。
「……」
光が収まった室内には、召喚されたハンカチが置かれていた。
凝ったデザインではないただの無地。どこにでも売っているようなシロモノである。
召喚スキルの副作用から戻れる時間は、召喚した物体のコストに比例する。
つまりは、ローコストなモノを召喚すれば手っ取り早く大人体形に戻れることになる。
「さて、寝るか」
ショタ体形では着る服が無いので、真っ裸でベッドに潜り込む。
2時間もあれば元の体形に戻れるはずなので問題無い。否、問題無かったはずなのである。
『うわー!? な、なんでここが!?』
『人が心配してたというのに、ずいぶんな言い草ねぇ』
『セバスさんがテッドさんの身を案じて全力で探してくれたんですよ?』
しかし、テッドは二人の淫魔に襲撃されてしまった。
せっかく肉体をリフレッシュしたというのに、今度は搾精死の危機である。
部屋の窓は自らが施錠済み。
唯一の出口は二人に塞がれている。
『明日には元の姿に戻ってるんだから、もう放っておいてよ!?』
『そうなる前に楽しむ必要があるのよ!』
『お姉さまの言う通りです。その天使のような身体を隅から隅まで堪能する義務があるんです!』
おまけにショタ体形なので身体能力で端から勝ち目が無い。
しかも2対1。完全に詰みであった。
1939年1月某日。
ドイツ帝国、二重帝国諸国連邦、ソ連の3か国で不可侵条約が調印された。
不可侵条約の概要は以下の点に集約される。
・ウクライナ国境をソ連との暫定国境とする。
・暫定国境の幅50kmは非武装地帯とすること。
・3年ごとの自動更新とすること。
・条約を脱退する際には、最低でも1年前から申告すること。
不可侵条約は現状を追認する形となった。
ウクライナを獲られた形なのでスターリンとしては大いに不満であったが、リトヴィノフを筆頭にした外交団が必死に説得したのである。
実際、ここでゴネたら戦争が終わらないのは確実であった。
そうなれば、空の魔王を筆頭としたルフトヴァッフェによる被害がシャレにならないことになったであろう。
足掛け10年以上続いた戦争はここに終了することになった。
ソ連は戦力の回復に努め、ドイツ帝国と二重帝国諸国連邦はウクライナの同化政策を強力に推進していくことになる。
欧州での戦争は終わったが、戦争の火種が無くなったわけではない。
南米でのボヤ騒ぎが大火になるのは時間の問題だったのである。
ようやく独ソ戦が終わりました。
しばらくは平和な日々が続くと良いですねぇ(他人事
記念すべき100話となりました。
まだまだ折り返しすら到達していない気がしますが、気長に連載していきますので今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m
>ドイツ外相コンスタンティン・フォン・ノイラート
時期的にはリッペントロップを出しても良かったのですが、能力的にも性格的にも尖り過ぎなのでボツにしています。ヒトラーもいないですし。
>二重帝国諸国連邦外相カール・レンナー
史実では戦後にオーストリアの臨時首相・初代大統領を務めたことから『祖国の父』と称されています。オットー・バウアーを出しても良かったのですが、同じ社会主義者でもあっちはタカ派で協調性が無いのでボツに。レンナーが『ドナウ連邦』構想を練っていたことも採用した理由です。
>ソ連外相マクシム・マクシモーヴィッチ・リトヴィノフ
モロトフにしても良かったのですが、この世界のスターリンは権力闘争で人事刷新の余裕が無かったので続投となりました。決して忘れてたとか、設定作るのが面倒だったとかそんなことは無いのです。
>セバスチャンがマスコンを操作すると、車両はゆっくりと動き出す。
イメージ的には古い路面電車で運転手がガチャコンってやってるアレです。
正確にはマスコンじゃなくてダイレクトコントローラーなんですけど、略したらダイコンだし分かりづらいのでマスコン表記にしています。
>第3軌条方式
線路の横に電線を設置して電気を取る方式。
トンネル直系を小さく出来るので地下鉄で採用されてましたが、最近は相互乗り入れとかもあるので採用例は少ないです。英国だと160km/h運転かましてたりしますが、基本的に高速運転に適さないという問題もあります。
>元皇太后マリア・フョードロヴナ
この世界では息子のロマノフ公といっしょに英国で暮らしています。
産婆として娘たちを取り上げたので、テッド君は彼女に頭が上がりません。
>バチカンは1938年の4月と11月に何者かによるテロ攻撃を受けていた。
本編第98話『同人爆撃(物理)』、第99話『魔王降臨』参照
テロ呼ばわりされていますが、バチカン市国にエロ同人をばら撒いただけです。
>バチカン秘密文書館
御大層な名前が付いていますが、教皇が作成した公文書を保管する場所です。
>コンクラーヴェ
教皇選挙を意味する言葉です。
決して根競べではありませんw
>4人はヴィクトリア女王のひ孫であり、従兄弟どうしであった
ヨーロッパの王家と貴族は大概が親戚同士だったりするんですけどね(暴論
でも、血友病やらO脚やらその他諸々の疾患が王族に多いのは血が濃ゆいせいなんじゃないかなぁと思ってみたり。
>「……そういえば、陛下はじゃがいも料理がお好きでしたよね?」
史実のヴィルヘルム2世は、ジャガイモを皮つきのまま食べるよう勅令を出しています。
>トルネードポテト
らせん状にカットした皮付きのジャガイモを揚げるのでカイザーがお気に召すこと間違いなし。じつは欧州の古くからの料理でそれっぽいのがあったりします。
>どこぞ味〇さまのようなリアクションをするカイザー。
あれくらい突き抜けた料理漫画は最近は見ませんよねぇ。
描写そのものは変態的に進化してますけど。某衛宮さんちのチャーハンのコンテは頭おかしいと思う。
>カリーブルスト
昔から根強い人気がある焼いたソーセージの上にスパイシーなケチャップとカレー粉をまぶした料理。最近はファーストフードやケパブに押されてはいるものの、ドイツのどこでも食べることのできる大衆食としての地位は不変みたいです。
>史実では最も有能な諜報機関と言われているだけのことはある。
バチカンには『サンタ・アリアンザ』という情報機関があります。
史実ではCIAやKGBよりも優れているという評価ですが、この世界のMI6には勝てません。
>シャウカステン
医者がレントゲン撮影の結果を患者に説明するときに、X線フィルムを貼り付ける蛍光板。最近はパソコンに取り込んでいるので、あまり見なくなったとか。
>独墺ソ不可侵条約
独はドイツ、墺はオーストリアを意味しています。




