プロローグ
「テッド様、また散歩ですか?」
「そう言わないでよマルヴィナさん。僕の数少ない趣味なんだし」
「そうではなくて、あなた様を狙う輩がいるかもしれないのですよ? 身代金目当てで誘拐される可能性だってあります!」
ハーグリーヴス家のメイド・オブ・オール・ワーク(Maid of All Work)であるマルヴィナ・ハーディングはため息をついた。この奇妙な当主様は、やたらと一人で出歩きたがるのだ。
最初のうちは強引についていったのであるが、当人が嫌がってあの手この手で密かに外出しようとしたので、あきらめた。如何なる理由であろうとも、メイドとして雇い主に嫌われるのは論外であった。
「まぁまぁ、夕方には戻るから」
「……しょうがないですね。なるべく早くお戻りください」
片手をひらひらさせながら遠ざかっていく小柄な青年紳士を見送ったマルヴィナは、掃除の途中であった書斎へ急いで引き返す。ただし、掃除が目的では無かったが。
書斎へ引き返したマルヴィナは、本棚の隠しスイッチを操作する。カチリと音が鳴り書架がスライドする。中から現れたのは無線電信機であった。
無線電信機は、新しもの好きなテッドが大枚をはたいて購入したものであったが、当の本人はすぐに飽きて使わずにほったらかしにしていた。これ幸いとマルヴィラは本来の雇い主との連絡用に使用していたのである。手慣れた様子で電鍵を叩く彼女は、どうみても普通のメイドでは無かった。
『ターゲット ハ イツモドオリ コウエン へ ムカウ ケイカイ サレタシ』
既にお分かりであろうが、マルヴィナはどこぞのエージェントである。目的はテッドの監視と護衛。彼女が直接護衛出来ない場合は無線電信で援軍を要請していた。今頃はバックアップ部隊が彼の散歩コースであるハイドパークに殺到していることであろう。
テッド・ハーグリーヴスは、今ロンドンで最も有名な紳士である。
彼は、これまで誰も考えつかなかった新しい事業を次々に展開し、その全てを成功させていた。新進気鋭の若き実業家としてその手腕は高く評価されていたのである。
そんなテッド・ハーグリーヴスには誰にも言えない秘密があった。
彼は21世紀の日本からの転生者だったのである。
同名で提督たちの憂鬱で支援SSを投稿していた者です。
憂鬱本編の連載が終了してからは小説を書くのを止めていたのですが、創作意欲が湧いたので再び筆を執ることにしました。拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
※この作品は英国面です。耐性の無い方はご注意下さい。