日記
湯船に浮かぶ発展途上のくるぶし。上がる体温。先刻洗ったばかりの仄かに柑橘の様な香りの黒く艶のある髪の先から滴る雫。晴れて今年、高校生になった泉康太の茶色強い目に映るのは、風呂の天井ではなく、右と左の檸檬がつくるかすかに濁った浴室でもない。彼の目には炎が燃えている。否、草木生い茂る春のそよ風の様な穏やかさの様だ。はたまた遠い昔の風景を思い懐かしんでいる様でもある。
この物語の主人公は、ごくごく普通の学生である。友人と昼の休みに昨日見たテレビ番組の話で盛り上がる様な普通の学生である。どうも影響されやすい彼はまた、友人の日記癖に感化され、とくにあてもなく貯めていたお金を崩し、黒い革製の日記帳を買ったのである。
彼は湯船の上(湯気が映す彼の世界を湯船での航海と表す。筆者なりのユーモアだと思ってもらって構わない。)での出来事を描くのを楽しみに、いいや、脚もない手帳がどうか無事であることを思い、美術部で描いている油絵を早めに切り上げてそそくさと帰ってきたのである。以下の話は、彼の入浴後の日記となり、この作品の本題となる。
最も心身ともに揺れ動く思春期。そんな激動の中の彼の考えをどうか暖かい目で見守って貰いたい。筆者の考えと重ね合わせ展開される物語を懐かしみ、楽しみ、また、共感して欲しい。また、これは普通の学生一人ひとりの考えの一つでもあることを意識して欲しい。少しでも皆様の限られた時間の為になるよう、努めたいと思う。どうか、長い前書きをお詫び致す。