~第9話~
ユウマの間の抜けた声を最後に沈黙が続いた。
しばらくした後、ミラが口を開く。
「あの、消費される魔力量に応じて、上のランクが選ばれやすくなるんです」
「あぁ……対価に応じて出現率優遇ってことか。だから、俺の場合そんな辛い設定なのか」
「……いえ、仮に超級魔法を放てる魔力量を使っても、初級魔法が90パーセントぐらいの割合で選ばれます」
「……えっと、賭博神は何でそんな設定にしたんだ?」
「『分の悪い賭けは嫌いじゃない』って、言ってました……」
小さな村を吹き飛ばすほどの魔法を放てる魔力を使った結果、90%の割合で戦闘では使い物にならない初級魔法が放たれる。
もはや分の悪い賭けどころではない内容を、ミラが告げた。
「それ……本気で言ってるんだったら、賭博神ってミラクルバカだな……」
申し訳なさと恥ずかしさからミラの頬が赤らむ。
「その設定のキツさが、『降具』できなかった一番の原因か」
「……はい」
ミラはボソッと答えた。
返事を聞いたユウマが俯いてしまい、何も言わなくなった。
そんな『使用者』を直視することが出来ず、チラチラとしか見れないミラ。
2人の間に清々しい晴天すら恨めしく思える沈黙が訪れる中、ミラは『降具』の三者面談を思い出していた。
得意げに説明を終えた賭博神。
憐れむような表情を浮かべて、何も言えなくなっていた創造神。
そんな2人の姿が頭の中に浮かんだミラが、右手で被っていた帽子を掴み、そのまま体の前まで持ってきて、両手でギュッと握りしめた。
気を使わせちゃダメだ、とミラは努めて明るい口調で喋り出す。
「そういえば、他の神器の人たちにもよく言われてたんですよ」
ミラもペアと同様に人に使われるために創られた神器だ。
そして、ペアと同じように『降具』が叶わずに宝物庫に封印された。
「対価に対するリターンが不等価交換すぎて、逆に面白いなとか。どの魔法が選ばれるか分からないって、占いみたいで楽しそうとか」
他の神器達と一緒に楽しく暮らしていたミラは、あることに気づいた。
自分以外に『使用者』の魔力を必要とする神器がいないということに。
神の創った奇跡という存在でありながら、人の作った魔道具と変わらないという事実。
他の神器達と関わるにつれて味わうことになった疎外感。
「全魔力が必要って最終奥義みたいでカッコいいなとか……」
他の神器達はそんなことを全く気にしてはなかった。
むしろ羨望の眼差しを向ける者すらいたが、当の本人であるミラだけは思いこんだ。
自分だけが神器として出来損ないだと。
「ロマン神器だなとか……言われてたんです……」
そんなミラにとって、ユウマは初めて会った人であり、初めての『使用者』だった。
そのユウマとペアとの邂逅。
ペアの『特性』を知っていたミラは、2人のやり取りをハラハラしながら聞いていた。
だが、そんなミラの心配を余所に2人の話し合いはユウマがペアの『特性』を受け入れるという形で終わった。
最高の結果にホッとしたミラだったが、その胸中には一縷の望みが芽生えてしまっていた。
自分もひょっとしたら、と。
ミラは場を明るくしようと気を利かせ、喋り立てた。
しかし、矢継ぎ早に語った『特性』が、割り切っていたはずの自分の存在価値を突きつけた。
魔法に関しては言わずもがな。
『使用者』の体を操ることもできないため、近接武器としてもペアの足元にも及ばない。
短杖という形状である以上、他の用途に使うこともできない。
こんな道具を誰が使うんだろう、そんな思いがミラの心を蝕んでいく。
現実に押しつぶされるかのように、ミラの視線が地面へと落ちていった。
「すいません……『役立たず』で」
ユウマの顔を見ることすらできず、項垂れたまま呟いたミラ。
一体、自分は何を期待していたんだろう、そんな嘲りがミラの頭の中を巡り、一層惨めな気持ちにさせていた。
そんな状態だったからこそ、ミラはユウマのあっけらかんとした言葉に反応することができなかった。
「いや、そんなことはないよ。少なくとも俺にとっては」
ミラがピクッと体を震わせたが、その顔が上がることは無かった。
しかし、ユウマがそのまま事もなげに続ける。
「これからよろしく頼むよ」
その声にやっとミラの顔が上がり、ユウマに笑顔を向けた。
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
「……絶対誤解してるだろ。何も気を使ってないよ」
神器の説明をしていた時には、輝いていたミラの顔。
今のミラの笑顔には、その輝きのかけらもなかった。
ペアのことを聞いておいて良かった、とユウマは心の中でしみじみ思った。
「さっきミラが言ったじゃないか。ミラがいないと俺は魔法が使えないって」
「けど……他の神器を使えば、魔法を使えます」
「いやいや、だって他の神器って魔力使わないんだろ? それは魔法を使ったとはいえないって、ミラが言ったんじゃないか」
「え?」
そのミラの反応にユウマの目線が左を向いた。しばらく沈黙が流れた後、目線がミラに戻る。
「言ってなかったな。まぁ、俺の中では魔法を使うっていうことは、魔力を使うことが必要条件だし十分条件なんだ。この世界での魔法の概念は、申し訳ないけどどうでもいい。どうせ使えないんだし」
その言葉に唖然としていたミラであったが、すぐに我に返ってユウマに食い下がる。
「け、けど、ほとんど初級魔法なんですよ? 戦闘じゃ――」
「初級だろうが魔法は魔法。立派な魔法じゃないか」
「……何でそこまで魔法を使いたいんですか?」
「剣と魔法のファンタジー世界で魔法が使えないって、精神的生殺しすぎるだろ。心の中に墓が建つぞ。想像してみろよ。ずっと心の中に、『魔法之墓』って書かれた墓が建ちっぱなしなんだぞ? 嫌だろ?」
想像してみろと言われたミラが、素直にその光景を頭の中で思い描く。ユウマも自分で言っておきながら、その光景を想像してみた。
2人の脳裏にそれぞれ、『魔法之墓』と書かれた墓石に向かって悲しげな表情を浮かべながら手を合わすユウマと、その墓石の前で手を組んで神妙な面持ちで祈りを捧げるミラの姿が浮かんだ。
ご丁寧に花まで供えられていた。
その光景にミラがクスっと笑った。
「よく分かりませんけど、心の中で墓が建ちっぱなしは嫌です」
少し明るい表情になるミラ。
ユウマはそんなミラの眼を見ながら、言い聞かすように話す。
「俺の魔力は少なすぎて他に使い道が無いんだから、全魔力が必要っていう『特性』は気にならない。どの魔法が選ばれるか分からないっていう『特性』も、ミラクルバカのおかげでだいぶ使いやすくなっている。確かにさ、ミラを戦闘とかではあんまり使ってやれないかもしれないけど」
ミラはユウマの言葉を嚙みしめるように、ただ聞いていた。
「俺が魔法を使うためにはミラの力が必要なんだ。だから、これからよろしく頼む」
ユウマがミラに言葉をかけ終えると、その言葉を逃がさないかのようにミラの瞼がゆっくりと閉じられた。
黙ってしまったミラだが、その表情は先ほどの取り繕ったような笑顔ではなく、凄く自然な笑顔、ただただ陽だまりの温かさに身を委ねているような穏やかな笑顔だった。
やがて、その頬が自然と緩んでいき、感情の雫が次々と頬を伝っていく。
ペアのときと異なり、ミラはユウマに向き合ったままだった。
自分の気持ちを伝えようとしているかのように、ミラの体は真正面にユウマを捉えていた。
だが、一方のユウマの体はジッとしていなかった。
ミラの気持ちに気付いていない訳ではない。
ミラ自身から神器の説明を聞かされたのだから、ユウマには理由が分かっていた。
が、いくら分かっていようが、ユウマには対処できるほどのスキルの持ち合わせが無かった。
美少女をどうやって慰めようかとあたふたしていたユウマ。
その視界の端に、剣の姿になっていたペアが光を放ち始めたのが映った。
人型となった光の輝きがおさまるや否や、ミラの元へ駆け寄るペアの姿を見て、ユウマが安堵の表情を浮かべる。
こうして、またもや美少女が美少女をあやす光景を見ることになったユウマだが、先ほどとは立場が逆転している不思議な状況に、その表情が自然と綻ぶのであった。
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