~第6話~
ところが、そんなペアには目もくれずにユウマは何かを考え込んでいた。そして、ペアに視線を戻して確認するように質問をした。
「衝撃の反動もそのまま受けるんだろ? 大丈夫なのか?」
「え……あ、あぁ。その点については、問題無い。素材にはオリハルコンが用いられているし、打撃力を上げるために剣身も肉厚にされている。多少のことでは壊れない」
ユウマが再び考え込みだした。
ペアはそんなユウマの真意を測りかねていたが、すぐに一切斬れない『特性』と『操身』を天秤にかけていると推測した。
使ってもらえるだけでもありがたいことだ、ペアはそう自分に言い聞かせてユウマの宣告を待った。
しかし、ユウマの口から発せられた言葉は、ペアの予想外のものであった。
「これからよろしく頼む。『特性』にはちょっと驚いたけど、助かるよ」
その発言にペアの目が丸くなった。
結果的に何も斬れないだけとなった『特性』。
ペアはその『特性』ゆえに、人界へ降りることが許されなかったのだから。
「主殿……私の話をちゃんと聞いていたか?」
ペアの金眼に今までとは違う感情が浮かんだ。
ユウマが急に問い詰めるような態度になったペアに、慌てて答える。
「あ、あぁ。次元以外何も斬れないっていうことだよな」
「そうだ、鈍以下の役立た――」
「そのほうが、危なくないだろ?」
「危なく、ない……?」
「あのな、俺、神器集めが終わったら帰るんだぞ?」
ユウマはジト目になりながら言った。
「元の世界に戻るってなった時に、もう何人も殺してますとか無理だ。絶対トラウマになる」
「し、しかし、それでは――」
「そりゃあ……自分を襲ってくる相手に対してそのままって訳にはいかなし、反撃は、する……。殺すのは勘弁だけど、殺されるのはもう勘弁だからな……。けど、危なくなった時はペアが俺の体を動かしてくれるんだろ? あんな力でペアを打ちつけるとか、手加減しないと峰打ちどころじゃないぞ。普通死ぬぞ、あれ」
ペアが呆気に取られている隙に、ユウマは脳内シミュレートしてみた。
『操身』による超人的な動きで、金属の塊であるペアを叩き込まれる一般人の末路を。
大体死んだ。
その結果に顔を歪ませたユウマに対して、どこか懇願するような口調でペアが言った。
「試し斬り……したそうにしていたのは?」
「え、いや、ほら、初めてじゃん? 異世界転移とか。それでいきなりあんなカッコいい剣、っていうかペアか。ペアを貰えたんだからさ、そりゃあ、興奮するよ。そりゃそうだろ。誰だって俺を責められないはずだ」
しどろもどろになりながらもユウマがウンウンと頷いた。
そして、未だ半信半疑な目で自分を見ているペアに対して、ユウマが語りかけた。
「これから先、殺すか殺されるかなんて事態に陥ることも、あるかもしれない。そんな状況になったとしてもさ、もしペアがあんな何でも斬れそうな剣だったら、相手を簡単に殺せると思う……。けどさ、そんなペアを使っていくうちに、安易に殺す選択肢を選ぶようになってしまうかもしれないだろ?」
問いかけられたものの、ペアは口を開こうとしない。
「こんな魔物とか野盗がいる世界を旅する以上、相手を殺せるっていう選択肢はさ……、そりゃあ手の届く範囲には在って欲しいけど、出来るだけ遠い場所に在って欲しい。だからペアの何も斬れないっていう『特性』は、ありがたいよ」
何も斬れない剣を振るう凄腕の剣士っていうのもカッコいいよな、とユウマが心の中で付け加えた。
またもウンウンと頷いているユウマに対して、ペアが呟くように答える。
「私の……何も斬れない、『特性』が……ありがたい……?」
「あぁ、だからこれからよろしく頼むよ」
答えは返ってこなかった。
しかし、ユウマはそんなことは気にも留めず続ける。
「ま、こんなシリアスなこと言っときながら、全然平和な旅になったりして、な……ど、どうした?」
ユウマが話していると、急にペアが背を向けたのだ。
しかも、ペアはその問いに答えない。
突然美少女に体ごとそっぽを向かれ、動揺するユウマ。
2人の間に沈黙が訪れたが、すぐにその沈黙は破られた。
ユウマに背中を見せているペア。
その肩越しに聞こえ始めたすすり上げる声。耳を澄ませてようやく聞こえるぐらいの小さな声だ。
さらにその手は強く握りしめられ、肩は小刻みに震えている。
しかも、その声や震えはこらえきれないかのように、徐々に大きくなっている。
ユウマはそれが意味することを理解でき、それと同時に一気に血の気が引いていく感覚を味わう。
目の前の美少女を慰めるべきか、謝るべきか、それすらも分かっていなかったユウマがあたふたしていた、その時だった。
少し離れた場所に置いていたリュックが、いや、正確にはリュックに立てかけていた杖が光を放ち始め、その光は人型を取り始めた。
光が治まると、そこにはペアの時と同じように1人の女性が立っていた。
年のころはペアとユウマの間ぐらい。ふんわりとした明るい茶髪。ぱっちりとした黒眼。あどけなさが残る口元。ペアが綺麗と表現されるのに対し、こちらの少女は可愛いと表現される顔つきだ。
黒いケープに黒いローブという魔法使いのような服装に、頭にはベレー帽をちょこんと載せている。
その少女は慌てた様子でユウマに話しかける。
「初めまして、ユウマ様。私は杖の神器『妖精の悪戯=ミラクル・ショット』と言います。ちゃんとした挨拶もせずに人化してしまいすいません」
少女は挨拶をしつつも、ペアのほうが気になっている素振りを見せている。
「あ、あぁ、それはいいん……ですが」
ユウマが少女の意図を読み取り、頷いた。
すると、すぐに少女がペアに近づいていき、優しくあやし始めた。
ペアが人化するぐらいだから人化するよな、とユウマは納得しつつ、美少女が美少女をあやす光景を気まずそうに見守るのであった。
しばらくして落ち着いたペアは、ユウマに顔が見えないよう俯きつつ、一言断りを入れて剣の姿に戻っていった。
今はリュックに立てかけられており、今までペアが座っていた場所には少女が座っている。
たまにそよぐ風が心地いい陽気。周りには誰もいない平原の真っただ中。少し離れた場所に森が見え、その反対方向の遠くにうっすらと道のようなものが見える。
そんな場所で面談のように向かい合っているユウマと少女。
少女が口を開いた。
「驚かせてしまってすいません」
「いえ、助かりました。何て呼べばいいですか?」
「ミラって呼んでください。あと、ペアちゃんと同じように接してください」
「じゃあ、分かった。ミラ、早速だけど質問していいかな?」
ミラが頷いた。
「まず、俺はミラとも『契約』してるんだよな?」
「はい」
「じゃあ、ミラの『特性』……よりも、先にさっきのことを説明して欲しい」
泣き出したペアの原因がはっきりと分からなかったユウマは、これが異文化交流であることに思い至った。
人化したとはいえ神器だ。相手がどんな精神構造をし、どんな価値観を有しているか。円滑な異文化コミュニケーションを図る上で必須の事柄だ。
それを少しでも理解するためには先ほどのペアの件を聞いておかなければならない、ユウマはそう結論付けた。
「はい、分かりました。あと、すいませんでした」
ミラが頭を下げて謝罪をした。
その律義さのせいで、頭の上の帽子が今にもずり落ちそうになっている。
「いやいや、責めてるわけじゃないし、ミラが謝ることじゃないだろ……ないよな?」
「あの、酒麗神様からの説明で足りてなかった部分も一緒に説明しなきゃいけないので、そのことで先に謝っておこうかなと」
「……酒麗神様の説明不足は既に臨界点超えてるけどな」
「ホントすいません!」
ガバッと頭を下げたせいで、頭に載せたベレー帽が落ちそうになる。ミラが頭を下げたまま慌てて抑えた。
「ミラが悪いわけじゃないんだから、頭を上げてくれ」
「は、はい」
ミラが頭を上げ、気を取り直した様子で説明を始める。
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