~第5話~
しかし、ペアの断言がどうしても腑に落ちない様子のユウマが口を開く。
「……すまんが、もう少し質問させてもらってもいいか?」
ペアがコクリと頷いた。
「何で空間神はそんな『特性』をつけたんだ? それに、何で他の物を斬れないようにしたんだ?」
「……長くなるがよいか?」
「頼む」
少し考え込んだ後、ペアが話し出す。
「神界におわす神々は元々、人を救うのは人であるべきという創造神様の意向のもと、人界へは不干渉を貫いていた。だが、それは結果的に、人間たちに居もしない神々を信仰させることとなったそうだ」
「……は、はあ」
急な話に戸惑っているユウマを尻目に、ペアがどんどん説明を続ける。
「それだけならばまだよかったらしい。だが、居もしない神を統治に利用する者が現れたり、異なる信仰を持つ者同士の争いが起こり始めた。そのような事態を憂いた創造神様は、自分達の存在を知らしめるため、人界への不干渉を限定的に解いた。そのうちの1つが、神器だ」
「眷属神って、あの酒麗神様とかのことか?」
酒を司る者。
ユウマは酒麗神が言っていた言葉を思い出した。
「そうだ。眷属神様は百柱いらっしゃることから、人界の者達は神々を指すときは百源神と呼ぶ。そして、『アレヴィエル』における神に仕える者、いわゆる聖職者は皆、百源神派と呼ばれる組織に所属している」
「ってことは、この世界の人達からすれば神様は居るものっていう認識なのか。その神器のお蔭で」
ペアが頷いた。
「うむ。神器による干渉が解禁された時、眷属神様達は信仰を集めるチャンスだと張り切ったらしいからな」
「……へ?」
気の抜けたユウマの返事に、ペアが怪訝な表情を浮かべた。
「どうした?」
「えっと、何で張り切ったんだ? 別に信仰集めなきゃ死ぬとかでもないんだろ?」
「眷属神様達は、酒麗神様なら酒という形でそれぞれが何かを司っている。その自分が司っているものの素晴らしさを広めたかったらしい。そして、その素晴らしさを実感することにより、司っている自分への信仰に繋がるという訳だ」
「あー……自分の好きなものを人に勧めたくなるアレか」
好きなアニメや漫画を他人に勧める自分の姿が脳裏に浮かび、ユウマは納得してしまった。
そして、ペアに感想を伝えた。
「何というか、えらい俗物的な神様なんだな」
「勘違いしてはダメだ。眷属神様達は、あくまで人を善幸に導きたいという考えがあってのことだ。導く手段にそれぞれが司っているものという違いがあるだけだ」
「な、なるほど」
ユウマが納得した態度を出したため、ペアが説明を続けようとする。
「話がそれたな。私が創られたのは大体500年ほど前なのだが――」
「はぁ⁉」
「っ⁉」
突然の大声にビックリしたペアの説明が止まった。しかし、何度も脱線させては悪いと思ったユウマが、すぐに続きを促す。
「す、すまん、続けてくれ」
「う、うむ。人界で謳われていた英雄譚の中の英雄騎士『ユリウス』の詩の1節に『次元すらも斬り裂き』というフレーズがある。空間神様は、そのフレーズ通りの剣を創れば、多くの信仰心を得れると考えて私をお創りに――」
「ちょ、ちょっと待って」
流石に流せなかったユウマがストップをかけた。ペアが嫌な素振り一つ見せずに応じる。
「何だ?」
「いやいや、だってさ、普通逆だろ? 神器を持った人の活躍を英雄譚とかにするんじゃないのか? それって、要は流行に乗っかったことだよな……神様がそんなのでいいのか?」
「そういうものではないのか?」
意外そうな顔でペアが尋ねる。
「こっちの世界ではそういうものなのか……いや、何かそんな気はしてたけど」
そして、もう1つの質問にペアが答える。
「次元以外の何も斬れないようにお創りになられた意図は……すまない、聞いても教えてくれなかったし、私にもよく分からない」
「そうか……。けど、今の説明おかしくないか? 人に使いこなせないんだったら、信仰心なんか得られないだろう」
「……神器を人界に降ろすことを、『降具』という。眷属神様達が創った神器を『降具』するためには、創造神様から許可を得る必要がある。そして許可を得る際、創った眷属神様と創られた神器が、創造神様に対して神器の説明をしなければならないのだが……」
ペアがそこで言いよどむ。
そして、今までで一番気まずそうな表情を浮かべてペアは説明を続けた。
「私の『降具』の許可を得ようとしたとき、空間神様は創造神様から説明を受けて初めて知ったのだ。下位次元世界の者は次元の壁を認識できず、上位次元世界へ渡ることはできないことを」
「えっ⁉」
「創造神様も初めて説明したと言っていた。元々干渉を許されていなかったうえ、それまで次元の壁をどうこうする神器が創られたことはなかったから、その機会もなかったのだろう。その事実が知れ渡った後もそんな神器は創られていないらしい……当然、だがな……」
ペアが言い終えると、何とも言いがたい沈黙が2人の間に訪れた。
もっとも、頭を押さえているユウマに対して、ペアは沈んではいるものの、胸のつっかえが取れたような清々しさを感じさせる表情をしていた。
ふと、ユウマの表情が変わった。
「斬れなくても、枝を折ったりはできるんだよな?」
「あ、あぁ、私の『特性』は斬れないだけだ。剣がぶつかった衝撃はそのまま伝わる」
「次元以外は何も斬れないのか?」
「……そうだ。一切……斬れない」
剣。言うまでもなく刃物だ。もちろん、その質量を生かしての打撃自体も、剣として期待される攻撃方法の1つだ。
しかし、それは斬撃という手段を完全に捨て去っているわけではない。
それではただの鈍器だ。
次元を、いや、次元しか斬り裂けない剣。
確かに『特性』自体は凄まじいが、こと人界の者が振るえば、単に何も斬れない剣に早変わりする。
改めて剣としての自分の性能を口にしたことで、ペアの胸中にざらついた自嘲の思いが沸き起こった。
とんでもない鈍、いや鈍以下だ、と。
その胸の内がつい言葉となって出てしまった。それはまるで、先にユウマに言われることを恐れ、避けようとしたかのようでもあった。
「すまない……私は、『役立たず』なんだ」
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