~第4話~
この金のオーラは、ペアが『操身』を発動させる際に出るもので、いわばユウマの体を操ろうとしている意思表示みたいなものでもあった。
もっとも、『使用者』であるユウマが拒絶をすれば、自分で体を動かすことはできるし、体の特定の部分だけを自分が動かすこともできる。
そのときの動きは普段のユウマの動きそのものとなるが、ユウマが拒絶してもペアが『操身』を発動させている限り、金のオーラは消えない。
つまり、やろうと思えばユウマは、無駄に金のオーラを漂わせながら普段の生活を送ることもできてしまう。
楽しそう。
その説明を聞いた時のユウマの感想だった。
『何とか慣れてきたな』
『うむ、そうだな』
ペアがユウマに『念話』を使ってやり取りすることを提案すると、すぐに採用され、2人は早速『念話』でやり取りし始めた。
『念話』自体は『契約』や『使用者』は関係無い。自分と至近距離にいる者なら、誰とでもこなせるペアにとっての意思疎通の手段だ。
『だが、主殿。大丈夫か?』
『あぁ、大丈夫だ』
ペアに気遣われたユウマの恰好は、所々が土で汚れていた。
自分の体をロボットのように操られる。
初めて味わうその感覚にユウマの体がつい強張ってしまい、その動きを止めてしまっていた。
しかも、その動きは尋常じゃない素早さ。
ユウマの服の汚れは、何度もバランスを崩して転倒してしまった結果だった。
『それより、そろそろ何か試し斬りをしてみてもいいんじゃないか? ほら、普通に動くのはもう大丈夫っぽいし』
『……うむ』
最初に何か試し斬りをしようとしていたユウマを危険だとペアがストップをかけたため、2人は鞘に納めた状態からの訓練を始めていた。
そんなペアからの許可を貰えて森の方へと向かったユウマが、すぐに見つけた試し斬りに手頃な枝。
森の入り口で見つけた背が低めの木であり、狙いは木から生えている、腕よりも細い枝だ。
その前に立ったユウマの脳内では既に、達人のように枝を斬り落とす自分の姿が浮かんでいた。
ひとしきりイメージトレーニングをこなしたユウマが、ペアに念話で話しかける。
『よし、いけるぞ』
ユウマの声を合図に、大上段にペアが構えられた。金のオーラを纏うその姿は、神々しさすら感じさせるほどに様になっている。
そして、少しだけペアを握る手に力が入れられた。
ブォンッ!
わずかな間を置き、枝目がけて鋭い太刀筋が描かれた。風を斬る豪快な音をたてながら振り下ろされたペアは、その勢いのまま枝を斬――
バキィッ!
「へっ……⁉」
気の抜けた声を出したユウマ。
枝の先は地面に落とされている。
しかし、それは『斬られた』ではなく、『叩き折られた』と表現するのが正しかった。
『ひょっとして、俺、何か余計なことした?』
その問いかけに答えるように、ユウマの手に握られているペアが光り始めた。
「は……?」
光を放ち始めたペアはユウマの手を離れ、人の形を取り始めた。光が治まると、そこには一人の女の子が立っていた。
年のころは16、7歳ぐらいの外見。キラキラと輝く金髪を動きやすそうにまとめた髪型。鼻筋の通った綺麗な顔立ち。意思の強さを感じさせる切れ長の金眼。
金に縁取りされた白を基調とした金属の軽鎧は、その美少女のために作られたといえるほどに似合っていた。
剣が人の姿となる。そんな目の前の出来事に呆然としながら、何とかユウマが言葉を捻り出した。
「まさか……ペアか?」
「うむ……」
そう答えた目の前の美少女――ペアの顔には気まずさしか浮かんでいなかった。
「主殿、我の『特性』について説明させてもらってよいか?」
「あ、あぁ」
有無を言わせない雰囲気のペアに、ユウマはそう答えるしかなかった。
少し森から離れた場所にある手頃な岩に腰を落ち着けた2人だったが、沈んだままのペアに対してユウマも負けじと死にそうな表情を浮かべていた。
自分の目の前にいる年端もいかない美少女。
その美少女を剣の姿をとっていたとはいえブンブン振り回し、試し斬りのために枝へ唐竹割をかました。
しかも自分の好奇心を満たすために。
それら事実が、ユウマの心のいろんな部分にグサグサと突き刺さっていた。さらに先ほどからのペアの纏う雰囲気が、ユウマの罪悪感をどんどん加速させていた。
これは卑怯だろ、先に言ってくれ、俺は悪くない、生きててすいません、そんな言葉がユウマの頭の中をぐるぐる回っていた。
そんな中、ペアが重い口を開いた。
「主殿、私は空間神様によって創られた。『次元を斬り裂く剣』として」
ペアが話し始めてくれたことでホッとしたユウマ。しかし、ペアの刃は枝程度であれば難なく斬り落とすことができそうな程に研ぎ澄まされていた。
「あぁ、それは聞いたから知っているけど」
「次元すらも斬り裂ける剣ではない。次元しか斬り裂けない剣として、だ……。先程のはそのせいだ」
「次元……しか?」
「……私は、次元しか斬れない剣なのだ」
絞り出すように告げたペアはユウマの反応を待っているのか、それ以上は語らなかった。
しかし、ユウマはそのペアの言葉を聞いてもいまいちピンときていない雰囲気だ。
しばらく何かを考える様子を見せた後、意を決したように問いかけた。
「すまん、ペアのいう次元ってそもそも何だ?」
「……そうか……主殿は異世界から来たのであったな。この『アレヴィエル』には、神界と人界という次元が異なる2つの世界がある。その2つの世界は、存在そのものが壁1枚隔てて隣り合っているのだ。その隔てている壁が、次元の壁と言われている。私の『特性』は、その次元の壁を斬り裂けることができるというものだ」
「えっと、それって、凄いことなんじゃないのか?」
よく分かっていないユウマの感想に対して、ペアが首を横に振った。まとめられた金髪が、動きに合わせてかすかに揺れる。
ペアが視線を上げ、その先の何もない宙を指さして言った。
「見えるか? 主殿」
「へ?」
「次元の壁だ」
「は?」
ペアが指し示した辺りを見ても、ユウマの目には何も映っていない。その遥か先にある綺麗な青空が目に入るだけだった。
腕を降ろしてペアが続けた。
「次元の壁を斬り裂くこと自体は確かに凄まじい『特性』だ。だが、次元の壁は魂で感じ取るものであり、裂け目を通るにしても魂が鍵のような役割となっている。いわば、魂が門にして鍵となるのだが……下位次元世界である人界に存在する者の魂はその役目を果たせないため、上位次元世界である神界へ行くことはおろか、たとえ次元の壁を斬り裂いたとしても、認識することすらできない」
ペアが一呼吸置くように一旦話すのを止めると、じっとりとした空気が2人を包んだ。
見える風景は同じだが、ペアには視えていた。人界の空間上に在る次元の壁を認識できている。
だが、ユウマには認識できない。それが何を意味しているか。
気付き始めたユウマに向かって、ペアが結論を伝えた。
「そうだ。私の次元を斬り裂くという『特性』は、人界の者が、主殿が使う以上……何の意味もない『特性』なのだ」
そう言い切ったペアの声には、何の感情も込められていなかった。
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