~第3話~
「うわ⁉」
慌てて剣を取り落としてしまったユウマだが、そんなことに気を配る余裕すらないのか必死に声の主を見つけようと周囲を見渡す。
しかし、周りには誰もいない。
幻聴の可能性を考えたユウマだったが、すぐに会話になっていたことに気づく。
そして、1つの答えに辿り着いた。
まさかという表情を浮かべながら、ユウマがおそるおそる剣を手に取る。
剣をジッと見つめるが、何の反応もないのでユウマが首をひねった時。
『何か用か、主殿』
再度、頭に声が響いた。その声に息を飲むユウマだったが、剣を取り落とすことはなかった。
「えーと、剣さん? が喋ってるんですよね?」
『うむ、私が念話で話しかけている』
やっぱりそうか、と納得すると同時にユウマは安堵した。
ユウマが放り込まれたのは異世界であり、自分がいた日本とはそもそも世界が違う。大した説明もされていないため地理、歴史、文化、制度、常識、あらゆる点で未知だ。加えて場所がどことも知れない森の中。
人でなかろうが心細くなっていたユウマにとってはありがたい存在だった。
ほんのちょっとだけ神達を見直していたユウマの頭に、再度声が響く。
『私の名前は『金色の超越=ペア・ワールド』という。よろしく頼む』
「こ、金色の超越……」
『うむ、あと敬語は止めていただきたい。主君が臣下に敬語で接していては示しが――』
頭の中で続いている声、だがユウマは反応することができなかった。
それどころではなかった。
頭の中をぐるぐる回っている、その単語。
金色の超越。金色の超越。
油断した時にそんな名前を聞かされたユウマの口が、自然とにやけてしまう。
相手の名前を笑う。それが失礼な行為であることを知っているユウマは、頑張って止めようとしていた。
『どうした、主殿? 金色の超越という名がどうかしたのか?』
安否確認のような追撃を受けつつ、ユウマが何とか平静を取り戻して答える。
「すいません。ちょっと、心が受け止めきれない事態が発生してました」
『何⁉ 敵か⁉』
「いえ、大丈夫です。むしろ敵は自分というか、何というか」
『むぅ、なるほど……常に今の自分自身を乗り越えようとしているということか。騎士の鑑、さすがだ主殿』
心の底から感心しているような剣の声。
この剣大丈夫かな、とユウマは不安になったが、贅沢は言ってられないと自分に言い聞かせた。
そして、ひっそりとした森の中に、剣に向かって話しかけるユウマの声だけが響く。
「あの、金色さん? 超越さん? 何て呼んだらいいですか?」
『主殿の好きに呼んでくれて構わぬが、他の者からはペアと呼ばれておったな。まぁ、私としては金色の超越と呼――』
「ペアでお願いします。ペアで、お願いします」
「う、うむ」
「あと、タメ口もわかった。けど、『主殿』って何で?」
『私の今の『使用者』は主殿である。神器にとって自分の『特性』を発動させる『使用者』は主君みたいなもの。それゆえだ』
さらに疑問が増えたユウマは、一気にペアに質問を投げかけた。
「その『使用者』って何だ? あと『特性』を発動? そもそも神器って何なんだ?」
『神器とは神界の素材を用い、神々が『特性』を与えて創る道具だ。人が神器の『特性』を発動させるためには、神器との間で『使用者』となる『契約』を結ぶ必要がある。そして――』
「待って。いつ『契約』したっけ? サインとかしてないし、全く身に覚えがないんだけど」
『酒麗神様の前で私を手に取った時、私を心の底から使いたいと思ったであろう? あれで『契約』が結ばれた』
身に覚え有ったな、とユウマは納得してしまった。
ユウマは超一流の剣士、次元を斬り裂くという単語を聞いた時には既に、必殺技の名前すら考え始めていた。
ちょっと恥ずかしい気持ちになりながらユウマが続ける。
「『特性』って超一流の剣士とか次元を斬り裂くって言ってたやつか?」
『そうだ。と言っても両者は扱いが少し異なる。神器たる自分のパフォーマンスを最大限発揮させるために、『使用者』の体を操ることを『操身』という。『操身』は神器が発動させるのに対して、次元を斬り裂くという『特性』は、『使用者』自身が発動させる』
「操る……? って、じゃあ、自分で体を動かせないってこ――」
話が違うと思ったユウマの脳裏に、酒麗神の言葉が蘇る。
――『使用者』に超一流の技量を授ける――
「え? 授けるって、そういうこと……? いやいやいや⁉ だって、話の流れ的に……」
声のトーンがどんどん落ちていく。文句を言うべき相手は、ここにはいなかった。
「しょうがない……か。戦闘はペアに任せるよ」
『うむ。では、主殿。早速だが、体を操られる訓練をしておいたほうがいいと思う。近くの集落に移動する間に、魔物や野盗に襲われる可能性がある』
「はぁ、やっぱりそういう世界なのか」
『操られることに慣れているのであれば大丈夫であるが』
「体を操られることに慣れてるってどういうことだよ……」
『ならば森を出よう。主殿のちょうど後ろに向かって進めば、平原に出ることができる』
その言葉を聞き、ユウマはげんなりしながら残りの荷物を持ってペアに言われた方向に足を向けた。
「ちなみに、ここはどこなんだ?」
『ここはルーベル王国のフリクセル子爵領内にあるポッタ村の近くの森らしいぞ』
「全然わからん。ナビも頼む」
大きな溜め息をつき、ユウマはガサガサと草木をかき分けつつ進んでいった。
見上げたくなるような気持ちの良い青空を、我が物顔で昇りきろうとしている太陽。その光が遮られることなく燦々と降り注いでいる。
そんな暑苦しさを感じる陽気の下、風が緩やかに通り過ぎている平原の一角にユウマの姿があった。
ユウマは今、抜き身のペアを手にして様々な体勢から鋭い斬撃を繰り出している。
普段のユウマでは決して出せない、俊敏さと力強さを兼ね備えた動き。暴風のように動き回る自分の四肢を完璧にコントロールしていた。
しかし、動きよりも目を引くものがあった。
ユウマの体の周りを揺らめいている、うっすらとした鱗粉のような何か。その何かはユウマの体から発せられており、キラキラと金色に輝いている。
ユウマは今、金のオーラを放ちながらペアを振り回していた。
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