~第1話~
第1部完結まで毎日投稿予定で、年内には終わると思います。よろしくお願いしますm(_ _)m
そこは不思議な部屋だった。
扉や窓は一切無い。真っ白な天井、壁、床。
そのどこにも光源が無いにもかかわらず、部屋の隅々まで明るさが保たれており、家具といえそうなのは中央に置かれている手術台のような台座だけ。
その台座の上に、男性が体を横たえていた。
20歳前後の黒髪の青年だ。
目を閉じていても愛想の良さが分かる顔立ちをしており、体には白い布をバスローブのようにして着ている。
台座の傍には2人の女性が立ち、青年を見下ろしていた。女性は2人とも20代前半ほどの見た目をしている。
さらには全くの同じ衣装、細部に金銀のきらびやかな刺繍が施された、シルクのような滑らかさを持つ薄手のドレスに身を包んでいたが、両者の顔には正反対の表情が浮かんでいた。
そのうちの1人。
肩にかかるぐらいの赤髪、目鼻立ちのきりっとした気の強そうな女性が、腕組みをしたままもう1人に問いかけた。
「まだ目覚めぬのか?」
「もうすぐのはずよ」
声をかけられた人物。腰まで届く流れるような金髪、端正な顔立ちをしている女性が、表情通りの穏やかな声で答えた。
ふと、金髪の女性が手を前にかざした。
その途端、赤髪の女性の目の前に出現した1枚の羊皮紙。
赤髪の女性は、驚くことなく羊皮紙を手に取り目を通し始めた。
「ユウマ=コウヅキ、19歳。年はこちらの要望通り、か」
「流石に申し訳ないと思ってくれたんじゃない?」
「ふん。両親は死別、兄弟姉妹もおらず。もっと生き汚い奴のほうがよかったのじゃが……ん? 無職じゃと?」
「問題は中身でしょ。ほら、子供をかばったって――」
「結果的にと書いておるではないか」
「結果的にでも――」
2人がわちゃわちゃとやり取りをしていると、自分の名前を呼ばれたことに反応したのか、青年――ユウマの瞼が開かれた。
「む、起きたようじゃの」
ユウマは目をパチパチとさせた後、勢いよく体を起こした。そして、すぐに自分のお腹の部分を見て怪訝な顔色を浮かべている。
「ユウマ=コウヅキ、19歳。ここまではよいか」
声をかけられたユウマが、ビクッとして声の主のほうを向いた。その表情には戸惑いの色が浮かんでいる。
「よいとするぞ。わしは『アレヴィエル』が神々の1柱、酒麗神じゃ。酒を司っておる」
「私は外神よ。まあ、転移神って覚えておいて」
「単刀直入にいう。そなたはこのままだと死ぬ。じゃが、我らの頼みを聞いてくれればその命を救ってやる。そのためにそなたの魂をこちらの世界に呼び寄せた」
そこまで聞いたところで、ユウマが何かに気づいたような顔をした。
「へ……異世界、転移……⁉ いや、そんな、ある、わけ……けど、傷……無くな、ってる……よな…………なんだ、夢か」
そう言いながら、ユウマは酒麗神達に背を向けて、ぽてっと寝っ転がってしまった。
「起きんかぁぁぁ!」
カコォォッン!!
いつの間にか酒麗神の右手に握られていたひしゃくが、寝転んだユウマの側頭部に垂直に叩きつけられた。
「痛ったぁぁぁ⁉ って、あれ?」
頭を押さえながら飛び起きたユウマが痛みに気付く。
酒麗神がひしゃくを突きつけながらがなり立てた。
「これは夢ではない! わしらの頼みをきかなかったらお主はそのまま死ぬ! よいな! では話を続け……ん?」
そこまで話した酒麗神の目に映ったのは、両手で顔を覆って嘆くユウマの姿だった。
「俺……死んだ、のか……? 嘘、だろ……死んじゃっ――」
「わしの話を聞けと言っておろうがぁぁぁ!」
カコォォッン!!
「痛ったぁぁぁ⁉ ってさっきから――」
「おい」
後頭部を抑えるユウマに、酒麗神が刺し殺せそうな視線を向けた。
「は、はい」
「2度は言わん。話を聞け、殺すぞ」
「はい!」
「お主はこのままじゃと死ぬ。が、わしらの依頼を受けてくれれば助けてやろう。お主の世界の神には話をつけておるから心配するな。ここまでは良いな? うむ。で、じゃ。『アレヴィエル』には、我ら神々が住む神界と人間達が住む人界がある。頼みというのは、人界へ降りてしまった神器を集めて、神界へ送ってほしいのじゃ。やってくれるか?」
イライラした様子を隠さない酒麗神の話を聞き、ようやく事態を把握できたユウマの顔が、更に困惑したものへと変わっていく。
「えっと……」
そう言いながら台座から降りたユウマは必死に自分の記憶をたどる。
ユウマは無職といわれたものの、日本ではコンビニのアルバイトはしていた。
この部屋で起きる前、ユウマは夜勤を終わらせ、帰り道にある公園のベンチに座って缶コーヒーを飲んでいたところだった。
楽しそうに砂場で遊ぶ子供たちと、離れた場所で話している母親たち。
だが、そんなユウマにとって見慣れた風景にまぎれ込んだ異物がいた。
ショルダーバッグを肩にかけ、ジッと砂場の方を見つめていた挙動不審な男性。
盗撮かも、と考えたユウマは、男性の近くにあるゴミ箱へ缶を捨てに行こうとした。
怖かったから声をかける気は無く、ただ近寄ったら逃げるかもとかあわよくば携帯でとか考えながら、目線を外しながら近寄っていっただけだった。
バッとユウマに振り向いた男性。目を逸らしていたユウマには、男性の血走った目は見えていなかった。
そのまま、男性がバッグから包丁を取り出して、気が狂ったように大声を出しながら、ユウマへ突進してきたのだ。
ユウマのそれ以降の記憶は曖昧だった。
覚えているのは、腹に何かをねじ込まれた感触、男の満足げな高笑い、遠くから聞こえる母親たちの悲鳴、体から温度が流れ出ていく感覚、遠くなっていく自分の意識。
そして、目を覚ませば自分がいるのは不思議な部屋、目の前には矢継ぎ早に話す美女。
それでも何とかユウマは、このままじゃ死ぬ、言うことを聞けば助かるということは理解できた。
しかし、それ以外のことは分からない。
だが、ユウマは尋ねたい気持ちを抑え、先に不機嫌そうな雰囲気を出している酒麗神の機嫌を取っておこうと考えた。
「あの、色々とお聞きしたいことがあるんですが……」
「なんじゃ?」
「お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「名前?」
「はい、何とお呼びすればよろしいかと」
「ふむ。殊勝な態度じゃな。じゃが、不遜な行いでもあることを知るがよい」
多少溜飲が下がったのか、酒麗神の態度が柔らかくなった。
「我らに名は無い。名とは、その対象を認識、把握、理解、すなわち自己の知の一部へと変換するためのもの。全知全能にして人に畏れられ、敬われる存在である我々神には不要なものじゃ」
「は、はぁ」
「ゆえにただ、酒麗神、と呼ぶがよい」
「わ、分かりました。では、酒麗神様、その神器というものは何で人界に降りて? しまったんですか?」
「うむ。そもそも人界に降りた神器は、元々創造神様の宝物庫に封印されていたものなのじゃが」
神妙そうな面持ちになる酒麗神。
ああ、封印が魔王的な何かに破られてしまったのか、とユウマが思っていると。
「その近くで宴会をしていた神々が、凝縮した『神力』を爆発させる、お主らの世界でいう打ち上げ花火みたいなものをしようと盛り上がってな」
「ん?」
「あのバカ者どもが……。止めたのじゃが、全く止まらずじゃった。結局、『神力』が集まりすぎたせいで、打ち上げ役を任されておったものの手元が狂ってしまい、宝物庫に直撃してしまった」
酒麗神が嘆かわしいと言わんばかりに大きなため息を吐く。
「えっと、まさか、そのせいで?」
「うむ。宝物庫が壊れてしまい、神器が人界へ降りてしまった」
ぽかーんとしながら、信じられないようなものを見る目でユウマは酒麗神を見た。
死ぬ運命にあった自分が呼ばれた理由は、酔っぱらい達の尻ぬぐいのためであり、しかもその酔っぱらいは自称全知全能の神だという。
激しい脱力感に襲われたユウマは、嘘だと言ってくれと横に立つ転移神に視線をやった。しかし、転移神はその視線を避ける様に、酒麗神と反対側のシミ一つない壁を、穏やかな表情のまま見つめている。
「はあぁぁ」
どんな理由であろうと、ユウマにとっては助かるチャンスをくれた相手だ。文句を言うのはお門違いだと言い聞かせるユウマだったが、それでも溜息をつかずにはいられなかった。
「力を貸してくれぬか」
「あの……封印を壊した神様とか力を送った他の神様はどうされたんですか? なぜ、酒麗神様がわざわざこんな役割を?」
「その宴会はわしが幹事をしておったのでな……管理責任、というやつじゃ」
沈痛な面持ちを浮かべている酒麗神を見たユウマには、それ以上の追及は無理だった。
宴会の幹事って大変なんだな、と酒麗神の痛ましい姿に同情を寄せたユウマが、別の話題を切り出す。
「事情は、分かりました。あの、頂けるスキルはどのようなものなのでしょうか? あ、全属性適正とか人外レベルの魔力のほうでしょうか? あんまり物騒なものはちょっと――」
「残念じゃが、そのスキルというものは与えられぬ。代わりに、お主には神器を授けようと思っておる。それも2つ」
酒麗神が被せ気味に答え、それに応じるように転移神が手を前にかざした。すると突然、ユウマの前に2つの物体が現れた。
「うわっ⁉」
ビックリして目を丸くしたユウマが、その物体を食い入るように見つめた。
「受け取るがよい」
そう告げられたユウマが恐る恐るその2つを手に取った。
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