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ヲタクな姉と非ヲタな俺と  作者: 胡木稀有
ヲタクな姉と高校生活
3/4

思惑


「な、なんでこんな事に…?」

烈は思わず心の言葉を吐露しながら冷や汗を流す。


あの後、校門へと向かった烈は親友の慧を巻き添えにして近くのファミレスへと連行されたのである。

ファミレスの四人席に(いざな)われると、片方にりょう一二三いろはが座り、その向かい側にれつあきらが座る形となった。


目の前に座る二人の少女。

片方はその爽やかな容姿を純粋な笑顔で緩ませながら、いそいそとファミレスのメニューを慧に見せ、もう片方はその可愛らしい容姿を計略の笑顔で歪ませながら、烈を高圧的なオーラで動けなくさせていた。


「せっかくのお祝いだし、好きなもの食べたらいいよ!今日は私が奢るから、慧くんも気にしないでじゃんじゃん食べてね」

「いいんですかっ!?ありがとうございます、涼さん!!」

「いやいや、待たんかいっ!!」

親友が思いっきり高そうなメニューに飛びつこうとしていたので、烈は思わず止めに入る。


「涼に出してもらうってことは我が家の経費から出すってことだろ!高いのは許さん」

「ええ〜…そんな殺生な…」

慧はブーブーと文句を言いながらパラパラと他のページを捲っていく。


烈は以前、慧に奢った際に“なんでもいい”と口を滑らせた結果、財布を思いっきり軽くさせられた経験がある。


「あら、別にいいじゃない。今日は晴れの日なんだし、好きなもの食べれば」

そう口添えをしたのは一二三。だが、その笑みには何だか不敵な予感が漂っている。

「涼だけじゃなく私も奢るわ。せっかくだし、コレなんて食べたらどう?」


そう言って指し示したメニューは鶏・豚・牛の3種の肉のステーキとソーセージ、ハンバーグまで乗った“メガ盛り3種プレート”なるメニューだった。


育ち盛りの男子高校生にとって(と、いうより肉好きにとって)こんなにも心踊るメニューはなかなか無い。


「ええっ!?いいんですかっ!!??」

「もちろん。ライススープ・ドリンクバーセットもつけたら?」

「マジですかっ!?ヒャッホォ〜!!」

テンションの上がっている親友をよそに烈は嫌な予感を感じ取っていた。


姉はともかく、“あの”一二三がこんなに勧めてくるなんて何かある。


「いや、俺はもうちょっと安いやつを…」

そう言って別のページへと捲ろうとした烈に姉が悪気なく外堀を埋めてくる。

「遠慮しないで、烈。お肉好きでしょう?それに烈だけ別のなんて慧くんが気を遣ってしまうだろうし…」

「いや、慧に“気遣い”なんて聞いたことねぇ」

「それに私のお小遣いからだから気にしなくていいよ?」


久々の姉弟での会話に嬉しそうな様子の涼に烈は思わずたじろいだ。

多分、涼は一二三の奸計に気がついてないし、純粋に烈の高校入学を喜んでくれているのだ。

“ヲタクになりたくない”から受験を理由に避け続けて、心配や迷惑を掛けてしまったことは否めない。


「いや、でも…」

そうは言っても目の前で嗤う一個上の幼馴染の悪巧みを何の対策も練らずに受けいれるのは大変危険だ。

すっかりその気の慧には悪いが自分は降りさせて貰おう、とメニューを捲ろうとした次の瞬間だった。


ピンポーン、という小気味いい音とそれに対する店員の応答がフロアに響き渡る。


実際はお昼時ということもあって店内はザワザワとしていたけれど、その瞬間だけ朝の湖畔の静けさの中だったんじゃないかって感じてしまった。


「フフ…!もう決まってるも同然だし、押しちゃった☆」


紛うことなく押した犯人は言うまでもない。

右手の人差し指を唇に当ててウインクをする少女。

見た目だけならゆるふわ可愛い、若戸一二三だった。


「はっ!?俺はまだ…それに涼も!」

「涼はいつもので大丈夫でしょ?」

烈の反論を被せ気味に捩じ伏せて、オーダーを取りに来た店員さんに“メガ盛り3種プレート”含んだ四人分の注文内容を告げる。


この強引さに反撃できる筈の涼は「ありがとう」なんて言いながら、慧と満足気な顔で食後のデザートの話をし始める。


「あ、いや…ちょっと!」

「あら、烈…何か?」

「あっ…いえ、ナンデモアリマセン…」

思わずカタコトになりながら烈は身を震わせた。


「おい、烈!!飲み物取り行こうぜ!!」

「お前ホントに呑気だなっ!?」

いい性格をしている親友に思いっきりツッコミを入れながら、烈は慧に促されるように席を立つ。


既に脳内は3種のお肉でいっぱいの慧は今行われた烈と一二三の攻防を全く気にしてない…というより気づいてないようだった。


「ったく…」

小言を言ってはみるが、結局商品は変えられないのだ。いや…正しくは変えたくても変えられないのだが。


「私も行ってくるよ、一二三。飲み物、紅茶でいい?」

そう言って立ち上がったのは涼。

気品溢れる爽やか王子のような所作で一二三に目配せを送る。

「ありがとう、涼。助かるわ」

そしてそれを恥ずかし気もなく受け取って微笑み返す幼馴染。

そのたった数秒で周辺に座る他の客と店員をめくるめく世界へ旅立たせてしまった。


この二人と同じテーブルで食事をしなければいけないなんて最早試練でしかない。


「烈〜!早く来いよ!!」

そして男らしい精悍な顔立ちを満面の笑みでこちらに向ける親友はドリンクバーの周辺にいた女性客のハートを鷲掴みにしていた。


「はいはい…」

この“三人”と同じテーブルで食事をしなければいけないなんて最早罰ゲームでしかないの誤りだったようだ。



*******



ドリンクバーで飲み物を取ってきた後、商品が来るまでの間は高校の雰囲気についてだったり、勉強のことだったり終始穏やかなムードで会話を交わした。

そして、それぞれの商品がきてからは慧は食べることに夢中になり、涼と一二三も商品の味についての談笑で特段問題無く時が過ぎていった。


結局、慧と涼は追加でデザートを食べることになりデザートが来る前に二人が飲み物を取りに行っている間、烈は一二三と二人で席に着くことになった。

本当は自分で飲み物を取りに行きたいと思っていた烈だったが、先の二人が烈と一二三の分まで取ってくると言って行ってしまったのだ。


「一二三…一体、何を企んでる訳…?」

どうせ二人きりなのだからこれに乗じて牽制しておくのも一手と思い、烈は恐る恐る一二三に問う。

「あら…企むなんてとんでもない!」

にこやかに微笑みながら一二三は応じた。

「私が今まで無茶なことを貴方にしたかしら…?」

「いや、したでしょうがっ!!」

思いっきり(とぼ)けてくる幼馴染に烈は真っ向から反論する。


烈を上手いこと丸め込んで自身の部屋の掃除を押し付けたり、一緒に夕食を食べたこともあるのだがその際に急にアレが食べたいだの言って作らせたり、烈の買い物にいつの間にかついてきて最終的に荷物持ち(しかもアニメグッズ)をさせたりと散々だった。


「人聞きの悪いこと。最後の選択は烈にさせているわよ?(こた)えの強要なんてしてないわ」

「〜〜…っ、結局俺が折れただけだろ!?」

「あら、それダジャレか何か?全然面白くないんだけど」

「わざと言ったんじゃねぇよっ!!」

烈は半眼で睨みつけながら座っている席の背もたれに仰け反った。

「…頼むから、もうほっとけよ。涼のヲタク化は十中八九許すとしても、俺のヲタク化は諦めろ!」

「……話を聞いていたのかしら?私は『応えの強要』なんてしてないって言ったでしょ」

「……はっ?」

大きく息を()いた後、呆れたような表情で言葉を吐く一二三に烈は思わず、仰け反った背を正して聞き返した。


「選択は私じゃなくて烈がしているのよ。責任転嫁しないで」

「せ、責任転嫁って……」

今度は思わず声を上擦らせる。


「貴方は良くも悪くも頼まれごとにNOと言えないし、むしろ頼まれたら『自分って頼られてるな!』なんて感じて調子に乗るタイプ。私はそこに働きかけてるだけだから」


「なっ……」

「あら?気づいてなかったの?」

あっけらかんとした声で言い放つ幼馴染に烈は言葉を失う。


「因みに涼も貴方と似た所はあるわ。でも頼まれて調子に乗るタイプじゃないけど」

「最後の最後に強烈な落とし方はやめろよ…」

涼と比べられるなんて烈の心を抉る一打である。


「まあ、とにかく。私の思惑に抗いたいなら抗えばいいじゃない。思い通りになってもならなくても私は楽しいし…」

愛用する眼鏡のブリッジ部分を指で軽く触れながら意味深に言葉を締めくくる。


「ま、今回は私の勝ちみたいだけどね」

「なっ…」

一二三のドヤ顔の笑みに列は軽い悪寒で身震いする。


やはり今日の昼食会は何らかの策があって行われたようだ。

だが今日は烈だけでなく慧もいる。どういう意図があるのか分からない。


そう考えを巡らせながら、ふと思う。


姉である涼はともかく、この幼馴染と親友に接点なんてあったのだろうか、と。


「一二三……。お前と慧って…ど、どういう関係…?」

その言葉に一二三はフッと鼻で笑い、唇をニヤリとした。

「ま、まさか……」

戦慄きながら一二三に問おうとしたが、烈の言葉は帰ってきた二人に遮られてしまった。


「お待たせ!」

「烈!さっき涼さんに聞いてアレンジドリンクってのを作ったんだよ〜、お前も飲むだろ?」

爽やかな笑顔で戻ってきた二人にさっきまでの殺伐とした空気が変わる。


「あら、美味しそうね!私も貰いたいわ」

さっきまで烈を言葉攻めしていたとは思えないくらい、可愛らしい笑顔を浮かべる一二三に烈は苦々しい思いで睨みつけた。


一二三は涼の前では可愛い“女の子”へと変貌するのだ。これだから女は怖い。


「あ、でも少し席を立つわ。いい?涼」

そう言って一二三は席から離れていってしまう。


急にどうしたのだろうかと不審がっていたら、涼はさり気なく席を詰めて座り、持ってきたドリンクに口をつけながら呟く。

「女の子は色々あるんだよ」


その言葉から“詮索するな”と釘を刺されたような気分になって、男二人は押し黙るしかない。


「そういえば…二人は何か部活でも入るの?」

話題を変えるような涼からの質問にひとまずホッとしながら烈は答える。

「部活もなにも…家のことやらなきゃいけないんだから部活は無理だろ。涼だって入ってないんだろ?」

「ま、今はね。でも今後はどうなるか分からないし」

「“今後”って…。涼は二年生だから入る可能性の方が低いだろ…?」

そんな烈の疑問を涼は薄く笑いながら受け流す。


その様子は二年になって何か入る予定ができた、とでも含んでいるように取れた。


「俺も入る予定ないですよ!スポーツは好きだけど趣味で充分だし、文化部にも興味ないし…」

慧も呟くように涼の質問に答える。

「それに俺、バイトでも始めようかと思ってるし」

「えっ!?そうなのか!!??」

突然の親友の言葉に烈は思わず声を上げてしまう。

「ああ!…って言ってなかったっけ」

慧は苦笑しながら烈を宥めるように続けた。


「高校生だし色々と使うことも増えてくるとおもうからなぁ」

「慧くんはバイトでお金貯めて何か買う予定でも?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど今までは小遣いで遣り繰りしてて、今後はそれだけじゃ厳しいかなって思ってるんです」

そう言う慧の姿に烈は呆気にとられるしかない。


何も考えてなさそうな親友が意外と考えていたんだな、と新たな発見をした気分だ。


そんな話をしていたら席を離れていた一二三が戻ってくる。

「何の話…?」

「部活とかするか、っていう話だよ」

一二三の質問に答えたのは涼。その答えを聞いて一二三は烈と慧に視線を向ける。

「ふ~ん…」

何か考える素振りをするように顎に手を添えながら空席となっていた座席に座り直すと空気を入れ替えるように話題を変えた。


「…そういえば今月の新刊読んだ?」

「もしかして『破邪の調詠(しらべ)』のこと?」

そう答えた涼の表情はパァっと明るく華やいで、誰が見ても嬉しそうなのが手に取るように分かる。

「フフッ…!顕彰けんしょう…本当にカッコよかったわ!主人公は妖太ようたなのに、もうこれは完全に主人公食いをしてしまったわね」


完全にヲタトークを開始してしまった女子二人に烈は呆れたような視線を向けながら、グラスに残っているジュースをグビグビと飲み干して隣に座る親友に思わず溜息がてらの苦言を溢す。

「…これだから羞恥を知らないヲタクは困るんだよ。一体、なんの話をしているかも訳分からんし…!」

「『破邪の調詠』知らないの!?」

「えっ……何、結構有名なの…?」

いい具合に驚きを隠せない表情で返してくる親友に冷や汗を頬から流しながら烈は慧に聞き直す。

「有名っていうか最近Jコミで人気の少年マンガだよ。夏にアニメ化も決まってノリに乗ってて、登場人物がビジュアルも個性も豊かでハマってる人もかなり多いよ!」

「へ、へぇ〜……」

「男キャラの人気も高いから女子のファンも多いし。どうせなら烈も読んで話題作りのネタにでもすれば…?」

そう言って無邪気に微笑む親友を烈はピシャリと否定する。

「…そういう女子はお呼びじゃないの!ヲタク女子じゃなくて、俺は“普通の女子”がいいんだから!!」


そんな烈の言葉に反論するように声が前方から浴びせかけられる。


「“普通の女子”って何よ。私たちが“普通”じゃないとでも言いたいのかしら…?」

反論の声を上げたのは一二三であった。

いつもの如く、口角を上げて微笑みを絶やさない(嘲笑の場合もあるが)お嬢様を装っているが、眼鏡のガラス越しに睨む彼女のその目は上から引っ張られているのかと思うくらいつり上がり、こめかみがピクピクと動いていてその様子は怒りが優っているとしか思えない。


「大体…普通の基準が私たちには分からないわ!この世にはアイドル好きな女の子も鉄道好きな女の子もいるのよ…?何を定義として普通と思うのか、その考察を述べて貰いたいものだわ」

「ま、まあまあ…落ち着いて…!!」

少々困った顔で焦燥を浮かべる涼は怒れる幼馴染且つ親友を宥めるように言葉をかける。


「烈も…少し言い過ぎじゃない…?もし自分が好きな子がそういう子だったら、そういうのは傷ついちゃうから…」

「俺はそういう子は彼女にしないって決まってるの!!」

涼の言葉を遮るように烈はバッサリと断言する。


「俺はヲタク女子とは付き合わない!!コレだけは断言する!!」

「ハッ…!!見ものね、烈。貴方がそんな選り好みできる立場なのかしら?」

「くっ…!」

クイッと眼鏡を上げて嘲笑う一二三の言葉に思わず烈は言葉を詰まらせる。


「それに“恋愛”がそんな浅いものと思っているのなら、貴方には一生彼女なんてできないわよ」

「なっ…」

「人を好きになることがそんなもんだと思っているなんて笑止千万だわ」

格言とも思える一二三の言葉に横に座る涼はもちろん、烈の隣の慧も思わず食い入るように一二三を見つめていた。

「す、凄い名言…」

「一二三さんって恋愛上級者(マスター)なんですか…?」


そんな二人に一二三はフッと含み笑いを向けるので、烈も思わずゴクリと喉を鳴らす。

だがそんな期待も裏腹に一二三は自嘲するかの笑みを浮かべながらこう答えた。


「マスターも何も私はパートナーいない歴=年齢よ。因みにさっきの言葉は最近ハマった私の好きなラブコメ青年マンガの名台詞の一つ」


その言葉に烈は思わずガクリと肩を落としてしまった。

「ま、紛らわしい…!」

「でも、一二三もラブコメ系なんて読むんだ?てっきり、SFとかアクションだけかと思ってたのに…」

親友の知らなかった一面に涼は感心するかのような様子だ。


「ま、まあね…。最近、時たま読むのよ…」

そんな涼の言葉に一二三は何故か歯切れの悪い返答をする。

「と、ともかく!“普通”の定義も分からない無知な少年に恋愛のとやかくを説く資格なんてないわ!!」

「いや、未経験者のお前にも言われたくないわっ!?」

無知な少年呼ばわりされた烈は半眼して反論のツッコミを幼馴染に返すのだった。

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