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ヲタクな姉と非ヲタな俺と  作者: 胡木稀有
ヲタクな姉と高校生活
2/4

春訪


薄紅色に色づいた桜の花が満開に咲く季節。

颯爽と自転車で駆け抜けていた仮世烈かりせれつは息を少し乱しながら、目前に迫った目的地に目を細めていた。

この春、高校生になり今日は入学式。

天気は晴れ渡るような空で、心地よい春の風が吹いている。


「受験に来た時は咲いてなかったもんな、桜…」

そう小さく呟いて、感慨深い表情を浮かべる。

小さな川沿いに桜並木の道。

これから3年間、この道を自転車で通学することになる。

辛かった受験戦争に見事打ち勝って、この真新しい制服を着れたことに喜びを感じながらも、これから始まる新しい世界に不安も募る。

そんな相反する気持ちを胸に烈は再び自転車を漕ぎ始めた。



「おい、烈!」

校内にある駐輪場に自転車を置いて校舎に向かっていた烈は不意に呼び止められて振り向いた。

あきら!!お前、もう着いてたのか!?」

「そういうお前こそ、もう着いてんじゃんか」

烈の肩に腕を乗せて苦笑しながら声を掛けてきたのは中学時代からの親友・斧和おのわ慧だった。


中性的で男っぽくない顔立ちの烈に比べて、男っぽくそれでいて整った顔立ちの慧は周囲の女子達をざわつかせている。


「…相変わらずモテるよな」

「そうか?でも、告られたりとかはしなかったけど??」

「ああ〜…それはまあ、俺のせいっていうかなんというか……」

烈と慧は中学時代からつるんでいるのだが、あまりに二人がいつも一緒にいることに加え、烈の中性的な容姿と慧の精悍な顔立ちのせいでいわゆるBLそういうふたりと見なされて一部の女子から大ウケ、大半の女子から諦められてしまっていた。


とある事情から色々そういう情報に詳しい烈はこの状況(誤解)にどうしたものかと頭を悩ませていた。

「正直…彼女欲しいんだよね…!」

「えっ、つくればいいじゃん」

あっけらかんとした顔で言う親友に烈は大きな溜息を吐いた。


そう簡単につくれるものならとっくにつくっているわ!と反論したかったが、グッと堪える。

何せ今日というこの晴れの日。この春、約15年の縛りからようやく烈は解き放たれるのだから。


「…やっと…やっとあの“呪縛”から逃れられたからな…!今日はお前の天然ナチュラルアイロニカルもそこそこ許せるくらい気分がいいっ!!」

「お前、色々と酷いな…。お前のほうが皮肉めいてると思うのは俺だけか?」

「フッ…長かったな、今まで…」

「話聞けよ」

親友のツッコミを総無視(スルー)し、遠い目で明後日の方向を見る烈は忌々しい中学時代の思い出を振り返っていた。



*****



それは烈が中学時代のこと。

ほんの1ヶ月前まで居た場所でのこと。


「お前の姉ちゃんってさ、かなり勿体無いよな〜」

同級生のそういう言葉は特に中2の時、多く耳にしてきた。そして、そういう言葉を耳にする度に烈は渋面を作っていた。


その言葉は正直、全てにおいて的を得ているので反論のしようがないのだが、だからと言って真正面から言われるとムッとしてしまうのは仕方ない。


勿体無い呼ばわりされたーつ上の学年にいらっしゃる実の姉。


本当は姉弟であることすら隠したい身内なのに、年子であるが故に義務教育(中学校)までは揃って同じ学び舎に属さなければならない。

烈は当時、正直嫌になるほど姉のことを言われない日はなかった。


「…悪いけど、りょうの話はしないでくれる?」

不貞腐れた声で同級生に呟くと、その同級生は悪びれることない詫びをいれて苦笑しながら離れていく。


そんな同級生の様子を横目で確認しながらはあ、と大きな溜息を吐いて烈は机の上に突っ伏した。

「なんだよ、烈。そんなわざとらしい溜息吐いちゃって〜」

それまでのやり取りを始終見ていた筈の親友・慧のそれこそわざとらしい声の掛け方に烈は更にその顔を歪ませていった。

何も口にしない烈に慧は畳み掛けるように追い打ちをかける。

「仕方ないと思うよ。烈の“お姉さん”のことは、さ…!!」



仮世涼。

頭脳明晰・運動神経抜群の烈の一つ違いの姉。

“中性的で男っぽくない雰囲気”の烈と比べ、“中性的で格好いい雰囲気”の姉はその爽やかな見た目(イケメン)さに反して気さくで人当たりがよく、中学で男女共に人気を博していた。

そんな一見優れた姉だが、弟である烈にとって隠蔽したい…むしろ姉の生活から抹消したい趣味があった。



「…だって涼さん、自他共に認める“ヲタク”だもんねー」


慧の真実だが、現実としたくない言葉に烈は突っ伏した机ごと穴があったら入りたい気持ちで一杯だった。


思春期であることを差し引いたとしても、姉がヲタクであるなんて烈にとってこれ程まで羞恥心を掻き立てられるものはない。


世間(同級生)は姉がヲタクなら弟もヲタクじゃね?と、思っているのだから。


「…っていうか、別によくない?ヲタクでも。お姉さん、誰にも迷惑掛けてないじゃん」

「俺に実害があんだろうがよぉ…!!」

簡単に言ってのける友人を横目で睨みながら烈は不満を口にする。

「…只でさえ、涼は目立つのに更なる追加要素はいらねぇっての!それにヲタクってモテないじゃん!彼女できないじゃん!」

「最後の10文字が一番の理由だろ」

少々、呆れた物言いで慧はツッコミを入れてきたが更に続けて苦言を呈す。

「……世の中にはヲタクでも普通に恋愛して結婚してる方もいると思うけど」


確かに慧の言う通り、“ヲタク=モテない”というのは安直過ぎるかもしれない。けれどヲタクでもモテる方っていうのはやっぱりそれなりに顔が整っている方な訳で、それはもうごく一部の限られた人種なのだ。


中性的な女々しい顔立ちの烈にはヲタクでもモテる法則はあまり通用しないだろう。


「俺は人よりもハンデが大きい分、彼女つくるには不利なんだよ!」

「ハンデ…?お前に足りないものとかあんの?」

そう言って慧は真剣マジな様子で烈の顔を覗き込む。

「…っ!!お前、嫌みか…?」

「…??」

「…な訳ないよなぁ〜…」


素でやっているとは分かっていてもちょっとムカついてしまうのは慧が顔が整っているいわゆる“限られた人種”様であるからだ。

とはいえ、慧は自分の容姿の良さに気づいてないのかモテていることに自覚が無い。


「てか、俺も彼女とかできたことないし。そもそも今は別にいなくてもいいかなって思うけど」

とか、平気で言ってのけてしまう鈍さの持ち主でもある。


「いや…お前に彼女できないのは別の理由もあるんだよ」

烈は半眼で精悍な顔立ちの親友を見ながら苦い顔をした。クエスチョンマークを浮かべながら顔を近づける慧をグイッと押しやる。

そんなやり取りを同級生クラスメイトの一部女子がニヤニヤした不敵な笑みをこちらに向けていた。


おそらくアレは腐女子と呼ばれるクリーチャーであろう。


中性的で女顔の烈は実姉や親友のお陰様でこういう女子たちの喰い物(ネタ)にされ続けてきたのである。

烈が“女子のヲタク”を苦手とする理由はそこにもあった。


「ああ〜…ますます独り身脱出から遠のいていくな……」

そう言いながらも慧と話しているのは居心地がいいので、しばらくこの状況から抜け出せそうもない。

「これ以上不要なスキルは要らない!絶対ヲタクには関わらないっ!!」



*****



「“絶対ヲタクには関わらないっ!!”って豪語してたよなぁ〜」

「関わりたくなかったけど、あのあと涼が卒業しても俺の色んな疑惑は晴れなかったからな…。だから、高校は中学の校区から離れたここにしたんだよ。大体の奴は校区内の学校に進学するから」


因みに烈が調べまわった結果、この高校に通い始める同中の同級生は親友の慧以外いないようだし、一個上の学年も2〜3人しかいない。

疑惑の原因その1である姉・涼は中学校区内でしかも近隣の学校じゃあ偏差値の一番高い高校へ進学している。


相変わらずそこでも無双しているという噂は聞いていたが、ここ約一年間の受験戦争で殆ど会話をしてない。


「…ったく、疑惑の原因その2が一緒とは予定外だったけど、枷一つ外れるだけでも上等だと思わなきゃなっ!」

「疑惑の原因その2って…?」

隣を歩く親友の疑問符を無視して烈は昇降口へ歩みを速める。

「まあ…さすがにまた同じクラスにはなんねぇだろ…」

烈のその呟きは数分後に覆されることになる。



*******



入学式後のオリエンテーションが終わり、放課後となった教室で何人かの同級生と挨拶を交わしながら、烈は今日貰った教材などを鞄に片付けていた。


「お前、全部持って帰んの?律儀だね〜」

烈の前方の席に座っている慧が感嘆の声を上げる。


クラス発表で結局、烈と慧はまた同じクラスだった。中1の時からなので通算四年目である。もうこうなったら、何か因縁めいたものを感じてしまうとしか思えない。


「お前は置いてく気かよ…。早速、違反じゃねえか!」

「明日までには持って帰るよ、多分」

「…持って帰る気、ねぇだろ」

ジト目で親友を睨んでいると廊下から何やらザワザワとした声が聞こえてきた。

「…ねえねえ!アレって超有名進学校の制服だよね!?」

「…ここから大分だいぶ遠い筈なのになんでここに…?」

「…二人共レベル高くない!?付き合ってる人でもいるのかなっ!?」

同級生たちの騒めきに烈と慧は顔を見合わせる。徐ろに二人は立ち上がって廊下へと向かい、窓から声が指し示す方へと顔を向けた。


そこに居た人物を確認した烈は思いっきり顔を顰めて青くなる。


「な、なんでアイツらがここに…」

そこに居た人物は容姿端麗(イケメン)でヲタクな烈の実姉とその親友だったのだ。


烈は青ざめきった顔で廊下から身を翻して教室に駆け込んだ。

追いかけるように慧も教室へと戻ってくる。

「…烈、お姉さんと約束してたの?」

「するかっ!…そもそもここ一年くらい会話もしてねぇよ!!」


仮世家は両親共仕事で忙しく殆ど家に帰らない。

料理、洗濯、掃除も各々で行う超個人主義家庭。

お陰で去年一年間の受験勉強はかなり大変だったが、好きな高校を選んで受験できた為、それはそれで有り難かった。


つまり何が言いたいかと言うと、校区外の高校を受験したことを烈は家族に内緒にしていた筈なのだ。


「な、なんでバレてる訳…??」

烈は青ざめた頭を両手で抱えてフラフラと自分の席に座り込む。

「そ、その上…涼よりももっとヤバいのがいたし…!」


姉はキャラクター的にはかなり濃いが性格上はそこまで問題はない。


だが姉の隣にいた人物。

この人物こそ烈にとっての鬼門であり、そして姉をヲタクの世界へと引き込んだ張本人でもある。

幼い頃から家が近所ということもあって付き合いも長いが、この人のせいで烈は性格を歪められてしまった。


「烈、お姉さんの隣に居たのって…」

「言うなっ!!その名を口にしたら、引きずり込まれるぞ…!!」

その名を口にしようとした親友の言葉を遮って口元を覆う。

「と、とにかく…一刻も早く見つからないように出るぞ!」


こっそり学校から抜け出そうと思っていたその矢先、烈の携帯が着信の合図を鳴った。


ビクリと肩を震わせながら着信を見ると表記されているのは姉の名前。


「出ないの?」

「で、出るよ…」


着信を拒否することもできるが、なんだか嫌な予感が烈の脳内を駆け巡っていく。


これが本当に“姉”からの連絡であれば、そこまで重要視することもないが、もし万が一姉ではなく”あの人”だった場合、出ない又は着拒したらどんな報復が返ってくるか分からない。

幼少期からその報復に烈は何度も地獄を見てきたのだ。

恐る恐る通話ボタンを押す。

そして、烈の嫌な予感は見事に的中した。


『お久しぶりね、烈』

「ヒッ…!?ま、まさか…」

『あら…私の名前が分からないのかしら?すっとぼけるつもりなら貴方と貴方の隣にいるだろう人物が恋仲であるとこの場所で暴露するわよ?』


高圧的な物言いで烈を脅しているこの声の主は間違いなく姉の親友で仮世姉弟の幼馴染である若戸(わかと)一二三いろはのものだった。



若戸一二三。

ゆるふわ天パの髪をいつもツインテールで纏め、ウエリントン型の眼鏡を着用している。

その性格は腹黒ドSな策略家。

涼や周囲に対してはお嬢様風を装っているが、烈からすれば史上最悪のラスボスである。



「は、はあ…!?暴露も何もそういう関係じゃないわっ!!そ、それにそんな脅しが通用すると思ってる訳…?ど、何処にいるか知んないけどさ…」

『さっき2階の廊下から貴方と慧がこっちを見たの、見えてたわよ?そんなに公表されたいなら…』

「す、すいませんでした…って、だからそんな関係じゃないって言ってんだろっ!?」


眼鏡女子の癖になんて視野の広さだろうか。矯正3.0にでもしているのではないかと思う程だ。


それに慧とそんな関係じゃないと何度も言っているのにそんな脅しをかけてくるとはとんだ暴君である。

と、いうより“そうだと面白いのに…”という見え見えな魂胆が電話越しからも伝わってくるのはきっと気のせいではないだろう。


「な、なんで一二三が涼の携帯持ってんだよ…って、ハッ!?」

心の苦言の声を心の中で響かせたつもりが、うっかり烈は声に出してしまった。


『……口の聞き方が生意気ね。でも、いいわ…その問いに答えてあげる。涼は今、ここの生徒に囲まれて手が離せないから私が代わりに電話しているのよ、Understand?』

「あ、はい…。理解しました…」


相変わらずどこに行ってもモテる姉である。そのモテ度を生まれる前に少しでも残して弟に分けてくれたらよかったのに、と烈は何度も思っていた。


「…と、いうか何でこの高校に…?家族・親族には一切言ってない筈…」

『愚問ね。貴方は色々と策を巡らせてバレないようにしてたんでしょうけど、私には通用しないわよ』

「くっ…!!」

『全く…涼の心を煩わせないで頂戴。ずっと心配していたわよ?』

「……っ!!」


そう言われてしまったらぐうの音も出てこない。


約一年間、姉を避けるように生活していたし、高校と中学では生活のタイミングも変わる。

姉と関わらないようにしていたが、決して姉を嫌いになった訳ではない。


でも、結果的に姉に心配を掛けてしまったのだ。


「だ、大体っ!!一二三が涼をヲタクにしたから、俺が涼を避けなきゃいけなくなったんだろ…!」

『ヲタクの何がいけないの?』

「なっ…」

『人生において自分の好きなものに人は夢中になるに決まっているじゃない。車、スポーツ、ファッション、音楽…物に違いはあるけれどその好きを公言している人は多いわ。アニメや漫画に特化している人がヲタクと呼ばれているだけで、その他大勢と何ら大差はないでしょ?』

「ぐっ…!」


烈はここまでの一二三の論破に押し黙る。


長年、近くにいるけれど一二三に討論で勝てた覚えは一度もない。相変わらず口がよく回るようだ。


「と、とにかく!!俺はヲタクになりたくないんだから、俺に関わんないでくれ」


見えてないだろうが、烈は教室の床で正座し電話口で必死に懇願した。


『フッ…!ヲタクに関わったからってヲタクになるとは限らないと思うけれど、まあいいわ。貴方に強要するのは抑えてあげる』

「は、はあ…」

『とにかく、早く降りて来なさい。じゃないと貴方たち二人がCP(カップリング)であることを…』

「今すぐそちらへお伺いしますので、少々お待ちくださいっ!!!!」


こうして烈は慧を共だって急いでラスボスとその参謀が待ち受ける校門へ向かったのであった。


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