雨が友達の距離感を教えてくれます。
前に一度だけ、二人きりの時に何気ない感じで、私らも教室で遊ばない?って誘ってみた事がある。
その時はなんやかやで曖昧になっちゃって、結局それからもユウは教室では一切私に近寄っても来なかった。
それは屋上でしか話さない私達の関係から言うと、おかしくも何ともないんだけど。
きっと二人だけで遊んでたってことがばれて、変に皆に勘違いされたくないんだと思う。友達だって言っても誤解する人はいるしね。
にしても苦手なタイプ、かぁ。知らなかったな。まぁ知ってたからどうこうって訳じゃないんだけど。もしかしてだから周囲に私と友達ってことがバレたくないとか?はは、さすがにそれはちょっとへこむ。
…うん、ま、いっか。教室でユウと遊ぶのは諦めよ。そっちの方が私も楽だしね。
別に四六時中一緒にいたいって訳じゃない。ただ、知ってるのに知らない振りするというのがちょっと歪な感じで嫌だっただけで。ま、屋上限定の友達ってのもそれはそれで。
そう納得した私は、教室では今まで以上にユウを視界から追い出し無関心を貫いた。
でもそう決めた途端に、逆に向こうから視界に入って来たりするからこういうのって不思議。
例えば放課後、後ろの席の彼に頼まれて一緒にクエストに行ってた時も。
「あ、あ、あ、あ、あ、やばい、やめて、死んじゃう、死んじゃうってば…あぁ!」
「大丈夫、全部俺に任せて」
バーーーーーーン!!!
「っ!?…なんだ悠か、びびったー、ドア壊す気か」
「…いや、今ちっちゃいおじさんが五列横隊でこの教室に」
「マジで!?ちっちゃいおじさん多っ!!」
他にも廊下で、また後ろの席の彼に頼まれて一緒にクエストに行ってた時も。
「あ、壁ドンしちゃった」
「わーほんと、見事な壁ドンだね」
「ははは、ごめーん、お詫びに俺がマジな壁ドンをプレゼンドブッホォ!…な、なんだ!?このボールどこから!?」
「わりー手が滑った」
「悠!んなとこでボール遊びすんなよ!ガキか」
「いや、なぜか宅内バレーが突発的大流行で」
…何してんだか。
ユウはメンバーが足りないとそのまま彼をずるずると引きずって行った。なんだかんだ仲良しだよね。
あ、こっち見た……また視線反らした。
友達にこんなこと言ったら重いってウザがられるんだろうけど…少し寂しい、かな。
久し振りに昼休みに呼び出しがかかった。
あれ?でも今って超難度クエストやってたっけ?
ユウは凄く上手だから、大体が自分のキャラだけでクリアしてしまう。私の手を…というかキャラを必要とするのは、もー無理、マジこのキャラがいないとどーしよーもない!って時だけなのに。
ちらと視線を向けると、ユウが素知らぬ顔で私の横を通り過ぎた。ツキンと胸の奥が痛む。
なんでここでは駄目なんだろうなー?皆男女混じってワイワイやってる。一緒にゲームしたからってからかう様な、そんな子供みたいな事言う人誰もいないのに。
教室のユウはクールキャラ演じるのが上手過ぎて、何考えてるのかよく分かんない。
ま、屋上に行けば分かるか。
いつもならちょっと時間差で行くけど、今日はもういいや。ユウの姿が見える内にとイスから立ち上がり、友達に野暮用を告げようとした。すると慌てた様子の後ろの彼に大声で引き留められた。
「あっ!中谷さん、ちょっとキャラ貸して!」
「あー…、えっと…」
どうしよう。思わずユウの方を見る。でもユウはとっくに私に背中を向けていて、振り返らないまま扉を抜けてさっさと教室を出て行ってしまった。
おーい。素無視かーい。
もーほんとあの男は。
普通に用事があるからって断ればいいんだけど、薄情かな…?この子、ユウの友達なんだよね。伝って上げてから屋上行く?普通自分の友達ならちょっとぐらい遅れても構わないよね?むしろ手伝ってやれよとか言われるかもだし…。
ただ問題が、この子話が無駄に長いんだよね!五分とかで終わる気がしないし下手したら昼休み終わっちゃう。さて、どうしよう。
そんな私の迷いを見てとったのか、彼が言った。
「あ、用事?いーよ、スマホ貸してくれたら」
あからさまだな!
「あ、でもちょっと今から使うから」
「ちょっと操作するだけ。いつもみたいにキャラだけ借してくれたら、すぐ抜けてくれて構わないから」
「…え?」
「遅い」
不機嫌な声にイラッとした。
「そこまで遅くないでしょ?キャラ貸してって頼まれたの」
「は?何で?俺が先約じゃねーの?」
そう言われると確かにその通りなので何も言えなくなるんだけどさ。
「ごめん、断り辛くて」
「普通に断わりゃいーだろ?約束あるって」
「だって困ってるって」
「困ってたら優先するんだ?へーやっさしー。てか困ってるってどーせあいつだろ?いつもの事じゃねぇか」
…何、この人何でこんなに機嫌悪いの?
「…だったらユウが変わりに手伝って上げれば良かったじゃない。友達なんだから」
「絶対嫌」
「なんで?」
「誰かさんがチヤホヤされて馬鹿みたいにヘラヘラ笑ってるから邪魔すんの悪いかと思って」
うわー、からかう奴なんていないと思ってたのに、まさかこんな身近にいたとか。
「チヤホヤって誰に?ヘラヘラなんてしてないし」
「してるだろ。大体、んな毎回毎回人頼るってどんなド下手くそだよ。それに困るって、たかがゲームだろ?わざわざお前が時間割いてまでする必要なんてどこにもないだろーが」
「かけてないよ?」
「かけてるだろ!放課後わざわざ残って、二人きりで向かい合って膝くっつけて、ヘラヘラ笑って!ばっかじゃねぇの?いいように使われてるだけなの分かれよ」
いやいや、それって私達もじゃないの?つまりユウは私の事そう思ってるって訳だ。超ブーメラン。
私はなんだか凄く情けなくなって、深くため息を吐いた。それにまたカチンと来たのかユウの表情が強張る。
「あれはあの時だけでしょ?今日は違うよ。ていうか自分の友達でしょー。言い過ぎ」
「は?んじゃ何でこんな遅かったんだよ。またいつもみたくあいつに乗せられてほいほい自分のスマホ使わせてたんだろ」
「あ!うん、そう、それですぐ抜けて来たの!ユウ知ってた?このゲーム、キャラだけ貸すことが出来るらしーよ!凄くない?私全然知らなかった!」
「……は?」
ユウのお手伝いをしてた時は、毎回二人で待ち合わせてゲームをしていた。二人には歴然とした実力の差があったけど、でもそれしかユウが私のキャラボックスを使う方法はないと思ってたから。
でも後ろの彼が言うには、キャラだけを貸したなら後は一人ででゲーム出来るんだって。つまりこっちが本当の『レンタル』。今までの私達のやり方は『共闘』って言うんだって。
その説明を受けて凄い衝撃を受けた。確かにそんなアイコンはあった。むしろでかでかとあった。
全然気付かなかった…それ知ってればもっとやりようあったのに。つまりそれってあれでしょ?私がユウにキャラだけ貸してればユウは一人でクエストが出来た訳だから…私が、無駄に邪魔だったってことでしょ?
だって今まで二人でやったクエストの敗因ってほぼ私だもん!超時間の無駄だったんじゃん!
「しかもラインですれば遠隔で出来るから私がその場にいる必要すらないって!」
そう、さらに恐ろしいことに、二人で集まる必要すら無かった。なんか今までユウに偉ぶってたのがかなり恥ずかしい。
「ユウも知らなかったでしょ?こんな便利な機能あったなんて。私達無駄に共闘ばっかしてたんだね。ごめんねー、ほんと」
前から教室でゲーム関連の男の子にスマホちょっと貸してって言われて二三分ですぐ返してもらうってのがよく有ったんだけど、それは全部レンタルされてたらしい。全然知らなかった、単にキャラボックス見てるのかなって思ってた。
他の子、もちろん後ろの彼もいつもそうやって上手に私のキャラボックスを使ってたみたいなのに、肝心のユウが一番不便してただなんて!ちょっとかなり申し訳ない気持ちになっちゃったよ私。
「……」
「ま、でもこれから楽に勝てるね。私がここに来れなくても大丈夫だし」
これなら昼休みだけに限らずお手伝いが出来る。屋上に来れない日でも、ユウが必要な時だけ私に連絡してくれればいいのだ。
そう思ってにししと笑ったら、ユウの方から地べたを這うようなものすっごい低く冷たい声が聞こえて来た。
「…一緒にすんな」
「え?」
「お前のボックス使わないとクリア出来ないようなド下手クソ共と一緒にすんなって言ってんだよ!馬鹿にすんな、俺はお前なんかいなくても一人で余裕でクリア出来るわ!」
ギロリと凄い顔で睨まれる。ヤバい、これはマジな奴だ。あと一ターンで大爆発ドーンって感じ!え、何で?いつのまに沸点突破したの?ユウ様ちょっと唐突過ぎません!?
「え、でも…ユウだって」
「は?俺がいつお前にレンタルさせろって言ったよ」
「い、いつも、お呼び出しが…」
「あ”あ”?」
「なんでもないっす!!」
えーと、待ってよ、ちょっと頭が混乱中。確かにユウはいつも『集合』って呼び出すだけで『貸して』とは言ってなかった。私が勝手にそういう意味だって思い込んでただけで。つまり…
「レンタルのやり方なんて最初から知ってる」
「………」
「でもそしたらお前が全然上手くなんないだろ。ただでさえドヘタクソなのに」
私と、一緒にゲームしたかったって、事…?キャラとか…関係なく?
…どうしよう、嬉しい。
「…また、呼び出しあったら…私、自分でやるの…?」
「当然。何楽しようとしてんの?」
「で、でも…私がやったらいっぱい負けちゃうよ…?」
「だから?そんなの最初っから分かってることだろ、お前ド下手なんだから」
「…ユウがやった方が効率いいよ?」
「だーかーらー、俺はそーいうの、嫌いなの。人の借りるだけって、全然面白くねーし。お前のキャラなんだからお前が動かせ。分かった?」
「でも…じゃあ、ラインでとかは…?」
「お前遠隔でやって出来るの?一人で?」
「…無理」
「だろ?だから楽しようとするなって、ちゃんと呼んだらここに来い。」
「……まだスパルタ教室続くんだ?」
「当たり前だろ、そんなショッボイ腕のくせして。せめてそのボックス内のキャラ全部使いこなせるようになるまでは許さないからな」
「はぁーー?そ、そんなの絶対無理だし!キャラどれだけいると思ってるのよ!」
「自慢か!ああ、いや?そーでもないんじゃね?最近は上手いとかって皆に褒められて調子に乗ってたようだし?」
「んなの皆テキトーに言ってるだけって分かってるくせに!」
──ああ、いいな。やっぱりこの時間が、一番好き。
一月もすると流行りもすっかり廃れて、皆の興味はあっさりと次の遊びに移った。
今はクラス中にゃんこのクイズな豆知識で頭が一杯だ。もちろん私もやってる。ノリって大事だよね。
突発的流行だったバリボーは一部の男子生徒により強硬な反対を受け、厳然たる協議の結果、ちっちゃいおっさん隊の軍事練習用として寄付される事となった。しめやかに贈呈式が行われ、今は教室の隅に専用ブースが設置されている。たまに向きが変わってる様子をみるとおっさん達にも好評らしい。
そんなある日、珍しく放課後の教室でユウと二人きりになった。そうなると私達がすることなどたった一つ。
「えい!ギャー、ごめん、ミスった!ヤバい!死ぬ!」
「……ん」
あれ、ミスったのにユウが怒らない。
「どうしたの?なんか今日静かだね?」
「……ん」
いつもなら私よりも全然ユウの方が煩いのに。よく見るとなんだか心ここにあらずといった様子。妙に周りを気にしてるし全然ゲームに集中してないみたい。
「ここじゃ落ち着かなかった?」
「あ?え、いや、違う」
…やっぱ屋上じゃないと落ち着かないのかな?でも今日超雨降ってるしなー。
ガラス窓越しでも聞こえる容赦なく激しい雨音と、空一面にどんよりと立ち込める真黒な暗雲。ほとんどの生徒が帰宅済みなのか、まだそこまで遅い時間でもないのに校舎からは人の気配があまりしなかった。
今日はいつもみたくお呼びがかかったわけじゃない。
たまたま委員会で遅くなって教室に帰ってきたら、ユウが教室にひとり机に座ってぼーっとしていたのだ。ユウも雨で部活が早引けになって、忘れ物を取りに教室に寄ったところだったらしい。
ユウと教室で二人きりというのは初めての事だった。凄く変な感じがした。
おかしいな、二人きりなんて屋上ではしょっちゅうだし、そもそもクラスメイトだから教室でも一緒なのに。
もしかしたらこの大雨のせいかも知れない。音と色で隔絶された世界は、見慣れた教室であろうとも簡単に非日常に変えてしまう。
そんな天然マジックにあっさりと酔っぱらった私は、意味もなくテンションが上がってユウに犬みたく纏わりついた。
さすがにこの状況ではユウも知らん振りしたりしなくて、それにまた気を良くして、いつもしないような事まで喋りまくった。
委員会の事とか、ユウの部活の事とか、雨の事とか、昨日見たテレビの事とか何でも、ゲームには関係ない話ばかり。
一人で喋って一人で笑って、ユウの様子もお構いなしにバカみたいにはしゃぎまくって。
一頻り大騒ぎしてどうにか平常心を取り戻した私は、固まったユウの顔にやっと気付くことが出来て、急に恥ずかしさが込み上げた。
しまったドン引きされてる…うん、ちょっとこれはない。
どーしよう、なんか妙にテンション上がっちゃって。そういうときない?話盛り上がりすぎてすっごい馬鹿笑いしちゃったりする…うん、つまりユウが一番苦手にしてる会話だね。完璧やらかした。反省。
今更ながらに帰ろうかと告げた私に、ユウが突然ギッって感じで睨み付けてきて。そして、「付き合ってほしい」って言われて、それで私も…
「……なんでこーなる」
「ええ?何?なんか言った?あっ、あっ、ちょ、やばっ、やばいってユウ!これどーするの!?やって、やって!」
「あー、はいはい」
「おー!凄い!さすが!」
「……はぁ」
え、なにその溜息。わざとらし過ぎじゃないですか?
いつもはこうやって褒めるとちょーっとだけドヤ顔するのにな。そういうとこが面白くて憎めないんだけど…。
機嫌が悪いのともちょっと違う。もう帰った方がいい?ゲームに付き合って欲しいって言ったはユウだけど、別に今日じゃなくても良さそうだし。でも大振りの雨はまだ止みそうにもない。
どうしたものかと悩んでいると、物憂げに画面を弄ってたユウが突然驚愕の表情を浮かべた。
「……おまっ、これ新しい限定キャラ!?」
「ああ、気付いたー?夕べガチャ引いたら出たの。へへ、凄い?」
「凄いとか凄くないとかの話じゃねーわ!これ出る確率1パー余裕で切ってるって、全然出ないから排出率上げろってサイトで大騒ぎになってんだぞ!」
「えーそうなの?一回で出たけど」
あ、やばい、来たぞープルプル。もっと大げさに言うべきだったか。でも一回で出たってのは本当だしな。
というか本気で今まで気付かなかったんだ。そっちの方に吃驚。だってあのユウだよ?私のキャラボックス内を誰よりも熟知して、強化やアイテムまで管理してるあのユウが。
…本当に何かあったのかな?
私の心配をよそに、ユウは自分のガチャ運の無さや理不尽さにブちぎれてギャーギャー大騒ぎ出した。おーい、いいの?ここ教室だよ?まぁ誰もいないけどね。
普段のクールキャラなんて余裕でぶった切った壊れ具合に私も指さして笑う。
良かった、落ち込んでるより、こうして怒って大騒ぎしてる方が全然いい。
「無欲の勝利なんじゃない?誰でも欲しいものは手に入らないってねー」
「…欲しいものあるのか?」
「へ?」
「だから欲しいもの!今お前自分で手に入らないって」
「ああ」
よく聞いてたね。
「そりゃーね、ていうかそんなのいっぱいありすぎて」
「…ろーか?」
「え?」
「だから、か、買ってやろーか?俺が!お前にはいつも世話になってるし!」
「世話になってるって…一緒に遊んでるだけじゃない。別にいーよそんなの」
ふふーん、キャラ目的じゃないって言ったのユウだもんねー。て、お?そうするとむしろ世話になってるのは私の方?いやいやそんな……はっはー、どんまい☆
「いや、でも!なんなら一緒に、ぶらぶら歩いて店見ながら選んでもいーし…今度の休みとか」
「なにそれ?何かデートみたい。ユウがそんなこと言うなんて変なの」
それってまるきり彼氏が彼女にプレゼント買って上げる図、じゃない?私達はカレカノじゃないし、ただの友達でそれって、ちょっとやり過ぎだよね?
そういやプレゼントで思い出したけど、私もーちょっとで誕生日だ。
「何だよ、俺だっていつでもゲームばっかやってる訳じゃねーぞ」
「知ってるって、土日は部活にバイトでしょ?うわー超多忙」
そう、ユウは最近バイトまで始めた。凄いなー、私より遥かに充実した日々をお過ごしで。私?毎日家のソファやベッドの寝心地を確かめるという重要な使命がありますが何か。
「別に時間ぐらい何とかするし」
「いいいよいいよ、そんな」
「でも」
「だって私達、ただのゲーム友達でしょ?プレゼントとかそんなのカレカノみたいだよ」
「…そ、っか…」
「うん」
雨音が一層激しさを増す。教室内にゲーム音楽が冷たく響いた。
「あ」
──ゲームオーバー。
「失敗しちゃった、へへへ」
「…帰るか」
「うん!」
だってそんなの、カレカノ、みたいじゃない。
雨が激しくて良かった。大きく開いた二つの傘が、私達の距離をしっかりと思い知らせてくれる。




