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宝物はあげない  作者: 白猫
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マスカラにリップにガールズトークは必須ですが何か。

 ユウとここで出会ったのは、高二の四月も終盤に入った頃、よく晴れた麗らかな春の日の事だった。 


 「このキャラ今日中に経験値マックスにしとけ」


 トイレからの帰りにふと兄の命令を思い出して、私は校庭に散る葉桜を横目に、人気のない場所を探して校舎の中を一人うろうろと彷徨っていた。


 人目を避けたかったのだ。私はクラスではごく普通の女子高生でやってたし、いきなりゲームやってますとか友達にバラすはちょっとハードルが高かった。

 いや、もっと可愛いのとかならいいんだけどさ、ちょっと何かこのゲームは男の子仕様のとこあって、キャラが妙にえっちぃかったりするし、前面に出すのは恥ずかしいっていうか、そもそも私がメインでやってるわけじゃないっていうか。

 とにかく、そんな微妙で繊細で説明し辛い理由により、私は一人の空間を欲していた。


 渡り廊下の先にあるのは、美術室や図書室などの特別教室ばかりをまとめた特別棟。確かに人気は少ないけどゼロではない。

 そのまま東階段を上って最上階まで、そして更に上には、屋上へと続く鈍色の重苦しい扉があった。

 多分無理だろうな、とか思いつつダメ元で銀色のノブを回してみる。やっぱりばっちり施錠済み。

 まぁでも、人気がないという意味では踊り場でも十分だった。


 私は行儀悪く一番上の階段に座り込んで、ポケットからスマホを取り出した。


「クソ兄貴め。勝手に人のスマホでゲーム始めといてレベルアップはお前がしろってほんと何様」


 未だ見慣れないアイコンをタップしてアプリを立ち上げる。

 ゲームの説明はいつも聞き流してる。隠れゲーオタのお兄は、面白そうなゲームには大抵手を出していて、私がそれに付き合わされるのはいつもの事だったから。


 ゲームに限らず、他人を招待して特典を貰うっていうキャンペーンはよくある。だから別に忌避はない。兄に言われるままゲームをインストールしてすぐにアンインストールすればいいだけ。それでちょっとした物を買ってもらったりする。兄も美味しい、私も美味しい、ウィンウィンだ。


 ただこのゲームだけは話が違った。


 特典を貰うには大抵チュートリアルを終わらせないと行けないのでちょっと面倒くさい。兄に買わせた雑誌をパラパラ捲りながら、スマホの画面を見もしないでひたすらタップしていく。


「あ、お兄終わったよー!もう消していー?」

「お、待て待て、お前にチケット入ってるからそれだけやらせて」

「はいはい、早くしてねー」

「お前もする?このゲーム凄い簡単だぞ。その割に結構面白いし」

「やらない、面倒くさい」

「あっそ、んじゃガチャ勝手に引くぞ?何当たるかな~って、お前ので当たっても意味ないんだけど」

「ガチャって何?」

「ガチャガチャだよ。ガキの頃やったろ?これ引いて強いキャラ出たらラッキー。弱かったらリセマラ」

「リセ…?」

「欲しいキャラが出るまで、インストールとアンインストールを繰り返すんだ。これがまた辛く、どんな熟練の猛者達も必ず一度は心折られるという言わば一番最初の試練だな。しかしその壁を乗り越えた者だけが辿りつける」

「えい」

「聞けよ!てかお前が引くのかよ…………って、はぁーー!?」


 それ欲しさに三十回もリセマラしたけど結局出なかったという、兄推しメンのキャラランキングナンバーワン堕天使様がそこにいた。




「あーめんどくさい、経験値稼ぎってどうやるんだっけ…?」



 あの後、雑誌をめくる私の横で兄は一人大騒ぎをしていた。よくわからないけど、とにかく私のスマホを取り上げなんやかや弄ってた。今なら分かる。どうにかしてそのキャラを自分のものにしようとしてたのだ。

 その試みは結局、上手く行かなかった。兄が引いても次のガチャが全然当たらないのだ。散々落ち込んで、ふと試しに妹に引かせてみたらこれがまたアホみたいにじゃかじゃか当たる。しかも強いキャラばかり。

 しばらくの試行錯誤といろいろな葛藤の末、兄は私にこのゲームの管理人を命じることにした。「あくまでも俺のアカウントだからな?お前に預けてるだけだかんな?」って、いや、いらないから。


 そんなわけで、不本意ながらも私のスマホに居候をすることになったこのゲーム様なのだが、もう三か月以上になるのに未だに遊び方がよく分からない。


「…ま、適当でいっか…と?あれ?これは…オンライン、かな?」


 画面を適当にタップしてたら、見たこともないアイコンが出てきた。厳つい男のキャラと知らない名前。そういえばお兄が言ってたな。近くにいる見ず知らずの他人と一緒にクエスト行けたりするって。コレの事?

 近くの人ってことは…校内?もしかしてこの学校にもこのゲームしてる人がいるの?


「えっと、『“冒険王”と“熾天使”お願いします』…?このキャラで参加してってことかな?確かそんな名前のキャラがいたような…」


 私は俄然楽しくなってきた。だってこういうって何かわくわくしない?階下に人気はないから、相手はどこかの教室にいるのかも。なら身バレの心配もなさそうだし、やり方もなんとなくなら分かる。試しにちょっとだけ…。

 好奇心に負けた私は、もたもたと操作しながらもなんとかそのクエストに参加した。


 そしてあっけなく玉砕した。時間にして一分、いや三十秒?つまり秒殺。


「ぎゃーーー!死んだーーー!ちょっと、なにこれ?超難しくない!?こんなのクリアとか絶対無理でしょ!!」


 たかがゲームと侮った心が一瞬で打ちのめされる。相手と会話は出来ないからよくわかんないけど、多分…いや、確実に私のせいで負けたっぽい。


「うわーー、ごめんよーー見知らぬ人ーー!」


 私が激しい罪悪感で胸を痛めたまさにその時。

 背後にある施錠されていたはずの重厚な扉が、突然、バーンと大きな音を立てて勢いよく開いた。


「つーかマジありえねぇ、下手クソすぎんだろコイツ!せめて攻略方法ぐらい調べてから来いってんだクソボケが!!」

「っ!?」


 それはもう凄い音だった。きっと開けた人の内心がそのまま音として表現されたのだろう。どれくらい凄かったかというと、手に持っていたスマホをビビって落っことしちゃったくらい。


 私は怒気を放つその人に、その人は突然足元に飛び込んできたスマホに。

 お互い声もなく驚いて、間抜け顔で見詰め合って。それから暫くして、ようやく気まずい雰囲気をスルーするべく口を開いた。

「………悪い」

「………いえ」


 こちらこそという言葉は、私のスマホを拾おうと手を伸ばした時に画面を見てしまったその人が、盛大に上げた驚愕の声に掻き消された。


 それが私とユウの、この『フレンド』という関係の始まり。






「あの頃のお前、超絶にドヘタクソだったもんな。なのにそのボックスとか理不尽さに何回殺意湧いた事か」

「怖っ!たかがゲームで私殺されるの…?はっ、もしやコレ、か…?」



 ゆるゆるとした日常が酷く心地よかった。それはきっとユウもそうだったと思う。












 物語の変化はいつも突然やってくる。

 例えばそれは、授業の合間のごく短い休み時間の間にも。



「あれ?中谷さん、それ…」

「え?」


 後ろの席の男の子が、背後から突然何かを指さし話しかけてきた。指し示すのは私のスマホ画面、ブルーライトカットモードのディスプレイには、私がよく使うアプリのアイコンが並べてあった。


「ほら、やっぱり!そのゲーム、××だろ?」

「っ、あ」


 そのやたらデカい声に妙な反応を示したのは私だけじゃなかった。一瞬目があった私達は、何事もなかったようにそのまま視線を反らした。


 そう、私とユウは、あくまでゲームフレンド。あの場所でだけの限られた存在。

 どちらかが言い出したり、そうしようと決めた訳じゃない。でもなんとなく暗黙の了解で、お互い教室では知らん振りをしていた。私も友達にユウの事を話したりはしなかったし、ユウも多分そうなんだと思う。


 その程度の距離感が丁度良かった。そんなのでも、確かに私たちは仲良しだったから。


「中谷さんもやってたんだ?なんか意外~、俺もやってるんだーほら!」

「ほんとだ。って言っても私のはほぼお兄ちゃんのなんだけど」

「へーお兄ちゃんいるんだ?確かにそんなイメージだね。見て見て、俺結構ガッツリやっててさー。レベルも…」


 屈託のない笑顔と言葉が妙に落ち着かない。出来ればもうちょっと声を潜めて欲しい。なんとなく、なんとなくだけど、ユウの方を見れない。


「中谷さんのは?ちょっと見せてよ」

「え?ああ、いいよーどうぞ」


 答えるより前に、既に私のスマホは彼の手の中だった。早っ!……まいっか、断るのも変な話だし。

 そしていつかの誰かさんと同じように、彼もすっごくすっごく驚いて。

 それはもう教室中に声が響くんじゃってくらいに大騒ぎして、あっという間に私のスマホは、実はクラス中に沢山いたらしい彼の『フレンド』達に次々に回されていった。


 それを呆然と見送っていたら、大騒ぎ中の集団の更に向こうから強烈な負のオーラが。


 ひっ!ユウ様がプルプル通り越してブルブルしてる!?うそん、やっぱりまずかった?ちょ、だってこれ不可抗力でしょ?ね?あ、あ、あーーー、そっちにも回しちゃいますよねー…はは。

 そんなアホなアイコンタクトをしてる間に、無情にも私のスマホはユウ様の手に。


 「へーすげー」って棒読みにも程がありますよユウ様。ちょ、それ!そんな強く握ったら壊れますからユウ様!!














 結果、なんか上手く行った。


「ハルちゃーん、見て見てレアキャラ!昨日当たったの」

「あっ!本当だぁ、良かったね」


 知らない男の子達に囲まれ、戦力戦力とか言われてゲーム用ライングループに入れられた時は一体どうなることかと思った。いや、男の子とは普通に話すけどさ、さすがにあんなデカいのにぐるりと囲まれたら怖いよ。暑苦しさが半端ない。


 でもそんなのも一瞬でどこかに飛んで行った。


 なぜかというと、それは女の子にもこのゲームをやってる子がいるって判明したからだ!


 私達が騒いでるのを聞いて、「私も」、「あ、私も!」ってなって、そしたら「何々~?」ってやってなかった子達もノリでゲームをやり出して、なんだかクラス中で大流行し出した。

 そして女の子同士で遊んでみると、これがまたすっごく楽しい。ゆるーい感じで無駄に騒いで超楽な上、教える立場だから失敗しても誰かさんみたいにガチで怒られない!天国かここは。


 男の子にも知り合いが増えた。一番よく話すのが後ろの席の彼。


「なっかたにさーん、素材集めたいからキャラ貸してー」

「あ、うんどうぞー」

「あ、ハルちゃん私も混ぜて~」

「おお、いいねぇ女の子に囲まれて逆ハー!どうしよう皆俺の妙技に惚れるかも」

「逆ハーは逆じゃない?」


 物凄く気安い、ぶっちゃけ軽い。誰にでもこういうノリで接する人で、顔もスタイルも性格も悪くないので皆から好かれている。とても話しやすい人だ。


「やってないっていう割に結構上手いよね、中谷さん」

「そう?」

「ハルちゃんは女子の中で一番上手いもんねー」

「いやー、そんなことは!ふはは!」


 褒められると嬉しい。まぁユウに常日頃鍛えられてるし?当然というか?


「ちょ、ゲージミスってるって」

「うわー!ごめーん!」

「なにこれ、…ぴよ?なんかいきなり出て来た…でも超かわいい!もっと出そうよ、ぴよ!」

「いや、これ駄目な奴だから!」


 …まぁちょっと爪は甘いけどさ。いいの、ぴよかわいいし。




 ユウとは、相変わらずの知らない振りが続いている。


 ユウは普通にゲームグループに入ってた。ていうか主力メンバーだった。まぁ普通にそうだよね。そりゃ私以外にも『フレンド』がいっぱいいてもおかしくない。ユウだって友達は沢山いるんだから。

 よく皆で輪っかになって遊んでたのは、もしかしなくてもこのゲームしてたのかな。


「仲谷君、ちょといい?」

「何?」


 後ろの方でユウが誰かと話してるのが視界の端に見えた。横顔だけでも綺麗と分かる女の子。いつものようにさっと視線を反らした。


 ああ気が付いた?へへ、なんと、実は私達は微妙に同姓同名なのだ。

 仲谷ユウ君と中谷ハルカ…ね、微妙でしょ?


 なので、入学したての生徒名簿を見た頃から私はユウの事を知ってた。悲しいことに完全なる一方通行だったけどね!

 接点なかった一年の時ならともかく、同じクラスになって出席番号まで前後なのに、あの屋上で会うまで存在すら知られてなかったって、まー失礼にも程があるよね!?

 そりゃー悲しみの余りにユウのガチャ勝手に回して、見たこともないくらいのしょぼキャラを当ててしまうってものだ。ざまぁ!


 ユウに話しかけてる子は違うクラスの女の子だった。ショートボブのすらりとした美人で、多分サッカー部のマネージャーさん。ユウはそんな美人に話しかけられてデレデレしてるのが丸わかり、フッてかっこつけちゃってまー嬉しそうだ事!


「…気になる?」


 真横からの突然の声に意識を戻せば、後ろの席の彼がじっと私を覗き込んでいた。


「何が?」

「あの子」

「あの子って?」


 何が言いたいのかな、君は。にっこりと笑って見せる。


「あっ、知ってる!六組の子でしょー?サッカー部のマネさんだっけ。めっちゃ美人だよねぇ」

「ああ、あの子の事?本当だ、すっごい美人。いいなぁ羨ましい」


 友達のノリに合わせて私も会話に混じった。


「そうそう、性格も明るくてさっぱりしててさー、仕事も早いし気が利くし、部員皆に好かれてる。もろ悠の好みのタイプだな、あれは」

「悠って…あの子と一緒に話してる子?確か仲谷君だっけ?ハルちゃんと同じ苗字の」

「そう、俺同中なんだー」

「へー、あのふたり付き合ってるの?」

「さー?でもそのうちくっつくかもね。少なくとも悠は満更でもないんじゃない?中学の時の元カノもあんな感じの子だったし」

「へぇ」


 それ以外私にどう言えと。友達の恋バナを人伝に聞くって凄い微妙。しまったな、大した理由もないのにに無関係装ってるからこういう時に居たたまれなくなる。まぁ、二人で盛り上がってくれてるので私は大人しく聞き役に徹しておいた。


「逆に集団で群れてキャーキャー言って化粧とか髪型とか弄って作り込んでるような子は苦手らしい」


 私は友達と顔を見合わせた。


「それって…」

「私らの事ね」


 ……もしかしてだから私の事覚えて無かったのー?全く好みじゃないから?信じらんない!ユウめ、許すまじ!!


「ブッ、はははは!はは、ご、ごめんごめん、そういう意味じゃなくてさ」

「じゃあどういう意味ですかー?」

「好みは人それぞれって意味だよ。因みに俺は女の子のおしゃれ大歓迎だけど!」

「フォローが微妙…」

「いやいやいやマジで。二人とも超かわいいよ、それにメイクも髪も校則の範囲内だろ?そんなんで作り込んでるとか言わないよ。あいつはそこらへん区別付かないガキなだけ。むしろ俺は大好きだなー、なんなら二人まとめて面倒見るよ?」

「わー凄い、ナチュラルに二股宣言来たよ」

「クズだね!」


 好きがペラッペラだなおい。ここまで軽いといっそ気持ちいい。


「冗談だってば、安心して!本命はハルちゃんだから」

「ははは、不安しかない!」

「本気だってばー」

「はいはいありがとーね!ま、いいの、いいの、私みたいな弄った偽物でも好きになってくれる人がいつか現れるもんねー!」

「ねー?」


 実際彼氏がいる友達はにこにこと余裕の表情を崩さない。愛されている子は笑顔の輝きが違うわー。いつかは私もこんな風に笑ってみたい。…いつになることやら。はぁ一人身って虚しい。


「だからそれ俺だってば、俺俺ー」

「その軽ーい声にうっかり騙されたら愛人まっしぐらか…これも一種のオレオレ詐欺…」

「ハルちゃん!騙されないで!」



 業とらしく拗ねた顔する彼を友達と二人で弄り倒しながら、私は馬鹿みたいにキャーキャーと大騒ぎしていつまでも笑い転げた。



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