ガチャが当たり過ぎて将来が不安です。
「…よし、よし……うん、いいぞ、上手い…」
ユウが私の指先を食い入るように見つめている。
その熱い視線からユウの期待と高揚がダイレクトに伝わってきて、私は思わず唾を飲み込んだ。
誰もいない昼休みの屋上で二人きり、私達は隣り合わせになって座り込んでいた。服が汚れるのも厭わずに、ただそれに夢中だった。
奇妙な興奮と熱気が私達を包む。もう後には引けない。
「こう?」
「そう…あ、あー、待て、そこはもうちょっと強く……そう、そう、そんな感じ」
「わ、すっごい、今の…上手?」
「ああ、イイ、かなり…」
ユウのかすれた声がやけに甘く感じる。心臓がより鼓動を速めた。緊張のあまり二人とも声がどんどん密やかになっていく。ただぴったりとくっついたこの距離なら、どんな囁きだって十分に聞き取れる。
こんなところを誰かに見られたらなんと言われるか。でもしょうがない、私達はやっとここまでこれたのだ。
何度も失敗してはリトライした。何度私が泣き言を言おうと、ユウは全然聞き入れなかった。
今回だけだからと、こんな状態で見捨てるのかと、少し不貞腐れながら縋るような目で見つめられては、断るに断れなくて。
毎回そんな感じで、こうやってずるずると関係を続けてしまっていた。
やがて訪れた予兆に息を潜める。心臓がドクドクと鳴り興奮で目に涙が滲む、俯いていた顔を上げ二人熱い視線を交わして──
「ハル、行くぞ」
「ん!……っ、あ、あ、あーーー!」
ユウが艶やかなそこに指先を滑らせる──掌に乗せた、筐体の上に。
画面が光の渦に包まれた。
「よっしゃーーー、クリア!」
「やったー!やっとラスボスだーー!」
「きたきたきたきたー、HP満タン、位置取りも最高、これ絶対イケる!今度こそ絶対!」
「とか言ってもう七回目だけどね」
「うっせー、集中しろ集中!」
「はいはい」
数あるアプリの中の一つに、とあるゲームがある。
誰にでも出来るというのがウリで、キャラを選んでクエストに出たら後は画面に指を滑らせるだけ。丸いボタンも、十字キーもいらない、とってもシンプルなゲーム。
招待特典目的のバカ兄に勝手にインストールされたような、普段ゲームを全くしない私でもあっさり出来ちゃうくらいの簡単さ。
そんな仕様でも、クエストレベルはハイからローまで盛り沢山。ヘビーユーザーにも充分楽しめるように新しいクエストやイベントが次々に出て来ちゃう。
こんなのがタダで遊べるんだから、昨今の社会の仕組みってのは本当に凄いよね。
ゲームは一人でも出来るし、オンラインで友達と一緒にも出来る。皆で力を合わせて!ってやつね。
私とユウは、このゲームで知り合った友達──いわゆる『ゲームフレンド』、なのだ。
元々は、友達どころか知り合いですらなかった。
ひょんな事からお互いこのゲームのユーザーだって分かって、何となく言葉を交わすようになって、何となく二人でゲームをするようになった。
実はクラスメイトだったので、勿論私は最初からユウを知っていた。フルネームから席の場所から出席番号まで知っていた。ただユウの方は最初っから、腹立つくらいに全っ然気が付かなかった。
同じ教室という狭い空間で一か月以勉学を共にしている人に「そういえば名前は?何組?」と聞かれるあの虚しさ。
筆舌に尽くしがたい感情で震える声を何とか抑え笑顔できっちりとご説明差し上げて、ようやくご理解頂けた際には、しっかりと謝罪させた上でばっちりと報復行動にも出させてもらった。ま、当然よね?
今日も昼休み、友達とお弁当を食べてる最中に、スマホに「食べたらソッコー集合」という召集命令がかかった。
ユウが私を呼ぶ時は大抵決まってて、どーしてもクエストがクリア出来ない時。つまり直訳すると助けてって意味で、それでお安い御用ってなるぐらいには私たちは仲の良い友達だ。
「あっ、次私?私の番よね!?」
「お前以外誰がいるんだよ。さっさと打て。時間がない」
「ふんふん、はいはい?ちょっと待ってね、いいとこ見つけちゃった!見てなさいよ~」
必殺技、ポチッとな☆
「ちょ、は?馬鹿、まだ無理だって!今は先にアイテムを…っ、」
私のキャラが指し示す矢印を見て、ユウが慌てて止めに入る。それもそのはず、今は最終ステージの超重要なターン。超難度、一回のミスが命取りのこのクエストで、無駄打ちなどけして許されない。
しかーし、私には見えた!このキャラにこの位置!うん、いける、これが成功すれば回復稼ぎながらちまちまボスのHP削るなんて面倒なことしなくてもいい!ビッグチーャンス!
「いけー!僕のネズミたちーー!!」
「アホーーーー!」
ユウの怒声が晴れやかな青空に響き渡った。
もう、煩いなーユウは。
ここの鍵持ってるの先生にバレたら即取り上げ&お説教だから、絶対誰にも言うなって言ったの自分なのにな。すーぐ忘れて怒鳴るんだから。
耳元で叫ばれて痛さに顔を顰めていたら、ユウが私のスマホ画面を見てポカンと大きな口を開けた。お?そういえばゲームはどうなったっけ。
「………勝った」
「あれ?嘘、マジで?わー、やった!すごーいHPゲージ丸々飛ばした?やったー、勝ったー、終わったー!」
「………はぁー?なんだこれマジありえねぇ…あの角度でどーやったら弱点嵌るんだよ…」
「ふふーん、反射角と入射角の鬼と呼んで」
「よく言うわ、ぜってーまぐれだろ。イレバン起こしまくってたじゃねぇか」
なぜばれたし。
そうかー、イレバン起こしまくってたか。いやー、失敗、失敗。イレバンってのはイレギュラーバウンドの略で、キャラが変に跳ねて思った通りに動かないことね。つまり私はさっきミスりまくったってこと。ははは!やっべーぞ!
ユウ様の麗しいお顔がプルプルと震え出す。まるでゲームのボスみたい。
あ、ボスの中にね、倒すのに時間がかかりすぎると、プルプル震え出すのがいるんだ。こう、怒ってるぞーってモーションね。
これが時間が経つほど震えが酷くなって、最終すっごい攻撃をしてくるのだ。アレはヤバい、プルプルでブルブルになってドーーン!って感じ、もうほんとすっごくて例えこっちのHP満タンであろうが関係なし、一瞬でゲームオーバー。
プルプルまじこわい。つまりユウ様もまじ怖い。よし、ごまかせごまかせ。
「失礼な。綿密な計算に基づいた渾身の一撃だってば。ここ上手く入れたら一発って攻略サイトにも書いてたよ?」
「はぁ?どこのサイトだよ、んな無茶苦茶なやり方」
「ふんふんふんふー♪」
「…おい、やっぱり嘘か!?嘘なんだな?てめー、ラスボスで何回死んだと思ってんだよ!よりによってあの場面でいつもの遊び始めるんじゃねーよ!しょぼクエとは訳が違うんだぞっ!」
でたー、お怒りモード。
ああ煩い。言われなくても難しさは充分分かってるっての。昼休み潰される勢いで同じクエストばっかり延々付き合って上げてたのは誰だと思ってるんだか、ほんとに。
ちまちまちまちまHPゲージ削りーの削られーのでその度に横からひっくい声でギャーとかワーとかボケーとかブツブツ一人言聞かされて、んで失敗する毎にイライラ度が増してってって、そりゃ悔しいのは分かるけどさー。付き合わされてる身としては、ちょーっとだけかるーくぷっつんしたくなっちゃっても仕方ないと思わない?
あ、飽きたとか、いっそ死んでもいいからこの無限ループから抜け出したかったとか、時間切れ狙ってるとかそ、そんなんじゃないよ?…このクエ、ボス面入ってからがマジ長いんだよね…うん、勝てて良かった。
「いーじゃん上手く行ったんだから」
「ぜんっぜん分かってねぇ!いつも言ってんだろーが、ちゃんとターンの状況読んで…」
はいはい、次は攻略のコツね。
同じキャラ使ってても、やり方で全然威力が変わるんだって。だからユウはいっつも私に状況ちゃんと考えろって言う。この人これさえなければなーとか思いながら、いつものように聞き流しておいた。どうせ聞いてもよく分かんないしね。
このゲームにド嵌りしてるユウは、いわゆるガチの人、だ。
このキャラがどうのー、とか、このボスがどうのー、とか、幸運度がー、属性がー、必殺技がー、ターンがー、相性がー、とか、それはそれは細やかに把握してらっしゃって、まぁつまりぶっちゃけちょっと面倒くさい。
攻略サイトとかいつもチェックしてるし、自分でも戦略を色々考えてる。だからすっごく上手。レベルも私と全然違うし、クエストのクリア数も半端ない。呆れるほどの情熱っぷり。
これでいて練習が厳しい事で有名なサッカー部でレギャラーだし、成績も悪くないっていうんだから人って分からないよね。一体いつゲームしてるんだろ。
ただ内容はアレだけど、ゲームのことを話してるユウの表情はいつもとても楽しそうだ。生き生きしてて、このゲームのことがほんとに好きなんだなーってよく分かる。それを見てたらこっちも楽しくなってくるので、ちょっとぐらいのお小言癖は友情の範疇として甘んじて受け入れてる。
正直、私はこのゲームにそこまで思い入れは無い。
細かいことを語られてもちんぷんかんぷん。出来ることはただ目の前のキャラを指で適当に弾くだけ。
弾かれたキャラは直接体当たりしたりビームを出したりいろんな方法で敵を倒す。
その方法の一つに壁とか敵の隙間に挟まって倒すっていう方法があるんだけど、私はこれが一番のお気に入り。ちょっと難しいんだけど、上手に出来るとカンカンカーンって小気味いい音がして気持ちいいのだ。
だからいつでもどこでもカンカンカンカン。無理目な場所でもカンカンカンカン。途中で罠があろうが敵がいようが死にかけようがカンカンカンカン。
そしてプルプルユウ様に「遊ぶなっ!」ってプルプル怒られる。
細かいなー、ユウ様は。
つまり、はっきり言って超初心者。一人ではゲーム出来ないし、クエストに失敗しても別に何とも思わない、適当に当てて勝てたらラッキーみたいな?
そんなかーなーり温度差のある私達が、なぜいつも一緒にこのゲームをやっているかというと。
「……人のキャラ使わないと勝てないくせに。ばーかばーかばーか」
「ああ?んだと?お前今なんか、人として絶対言ってはいけないことを言わなかったか…?」
ガチなユウ曰く、私のキャラボックスは『神レベル』、らしい。
こういうアプリゲームにはありがちらしいんだけど、ゲームをするにあたって、「持ちキャラクター」ってのが必要なのね。
それはクエストで敵を倒して仲間にしたり、ガチャっていうのを回して手に入れたりする。ガチャってほら、子供の時に回したガチャガチャと同じ感じのさ、分かるかな?
基本的には前者よりも後者の方がキャラの性能は良い。
強いキャラがいるとそれだけ楽にゲームがクリアが出来る。クエストによってはそのキャラがいないとクリアはかなり厳しいってのもある。
だから皆ガチャを回すんだけど、強いキャラはなかなか出ない。
ガチャはいつでも回せる訳じゃなくて、クエストのクリア報酬を貯めるか、リアルでお金を払うか。
しかもあくまでも「ガチャ」だから、どのキャラが当たるかは運次第。
使えない外れキャラもわんさかいるから、もうほんと、欲しいキャラが手に入るってのはすっごいすっごいラッキーな事で。
人によってはそのキャラ欲しさに何万円もつぎ込んだりするんだって!金持ち怖!
そして私のボックスには、そんな人たちが欲しがるキャラが、もれなく全員ずらりと勢揃いしている、らしい。
ははは、凄い?凄いでしょー、あ、ちょ、石はやめて!
そう、確かにいた。ユウに見せて貰った攻略サイトの欲しいキャラランキング表一位からもれなく全部、むしろ二、三個被ってるのとかもあった。
熱く語るユウの横でへー私凄ーいとかへらへら笑ってたら、めちゃめちゃキレられて何故かお説教を食らった。ふんふん何々。オークションでアカウントを売れば確実にウン十万、いやもっと?とにかく確実に一儲け出来るレベル?まさにお宝?はぁ?何それ。これにウン十万?馬鹿じゃないのっ!?
それを聞いて結構マジでドン引いた私の感性はけして間違ってはいないと思う。…金持ち怖っ!
通りでお兄から、絶対にこのアプリだけは消すなって厳命されてたわけだ。ほら、元々自分で入れたアプリじゃないからさ。いらないアプリは即ポイするからね、私。
最初にボックスを見せ合いっこした時のユウの顔は忘れられない。
普段ちょっとクールキャラぶってる癖に、目も口もぱっかーんと開けてそれはもう酷い顔だった。指さして笑わなかった私を誰か褒めて欲しい。
その時はまだ仲良くなりたてで遠慮とかあったんだよねー。惜しかったー、今あのレベルの変顔してくれるなら指さす前に即激写で即アップだわ。あ、大丈夫、普段と違い過ぎてて絶対身バレしないから。
永久保存レベルの変顔からようやく戻ったかと思ったらどんだけ課金してるのってビビられて、課金ってシステムすら知らなかった私とは全然話が噛み合わなくて、そんな感じでギャーギャー騒いでるうちにお互い会話に遠慮がなくなってきて、それで今みたいな関係になったんだ。
それからも、私が強いキャラを当てるたびにユウは大騒ぎする。
私からすると、逆に何でユウはそんなに当たらないのかなぁと内心小首を傾げているのだが、たまにそれが顔に出てるのか親の仇を見るような目で見られる。マジだな。
不思議なことに、人のガチャを代わりに引いても全く出ないのよね、これが。逆もそう。そこらへんお兄にも散々検証させられたなぁ。
何でだって何回も何回も聞かれるけど、そんなの私に分かるわけない。普通にガチャを回してるだけだし。
なのにお兄もユウも、何か原因があるはずだとかなんとかいろいろ考えてるみたい。法則を割り出すとか絶対無駄だと思うんだけどな…。ほんっと男の人って変なとこに拘るよね。
でも最近、拗ねてるユウを見るのがちょっと面白…ん、やみつき…んん、ん、何でもないです。ふふふ。
ただ言いたいことが一つだけ。小心者の私は最近ちょーっと怖い。
だってそうでしょ?ガチの人がビビるくらいのガチャ運って何よ!?普通に怖いから!普通にいらないから!
私ってば今までの人生で、どれだけの幸運溜めてきてたんだろ?最近そればかりが気になって。
もしかしてあの時のアレ?それともアレとか、いやいやあの時のアレかな!?…心当たりがありすぎて辛い。
過去の消費ならともかく、未来の運を前借してるってことだけはありませんように!
「あっ、見て見てクエ制覇のクリア報酬!超豪華、さすが超難度だけあるね」
「うおっ、マジ?ラッキー、あ、玉まで。あ~、やったーついに完全制覇…本気で長かった…」
「良かったねぇ、ってことで。私もう行くねー」
「あ、ちょっとま…って、もうこんな時間か」
「そうそう、誰かさんが画面に夢中になってるもんだから」
「…お前だって人の事言えねーだろーが」
「にしし。ま、またいる時は連絡してよ、コレ」
手の中の「お宝」をひらひらと振って見せる。
「ああ、またな。てか時間大丈夫だったか?ちょっと熱中しすぎた…」
何回も引き留めた事を今更思い出したらしい。デカい図体でモニョモニョと気まずそうにした。まぁ可愛い。
「あー、大丈夫大丈夫、気にしないで。好きで来てるんだから」
「なっ、すっ、好きって」
「うん?ユウとゲームするの好きだよ?凄い楽しい」
じゃなきゃわざわざ来ない。少なくともお兄とするよりか全然楽しい。奴とは遠慮が無さ過ぎて一緒にやるたびに兄妹の絆というものがどんどん削られてってる気がするからね!いつかゲームのせいで縁が切れるかもしれない。ははは。
ユウはなんだかんだいろいろ教えてくれるし優しい。自分だけじゃなく、私の素材とか経験値とかも考えた上でいつも誘ってくれるのだ。
…ははは、キャラの管理がさ、い過ぎて私では追いつかないというかさ。むしろ私よりも率先して育ててくれてるというかさ。私が生みの親ならユウは育ての親?…いつもすみません、ユウ様!
「…、あのさ、ハル、俺」
「あっ、予鈴!やばっ、ごめん、もう行くね」
ユウが何か言いかけたのが分かったけど、すまん、時間がない。これを逃すと数十分後には乙女の尊厳が著しく傷つけられてしまう。
「またねー」
「…ああ」
少し不満そうなユウにひらひらと手を振り、私は昼休みの屋上を後にした。




