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beloved ZONE  作者: 鶏の唐揚げ
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【八】

【八】


 週末、朝早くに学校へ集合した柊人はすぐにドリンクキーパーへスポーツドリンクの準備を始める。

 部活では、練習用具の準備片付け、ドリンクの準備等の雑務は一年の仕事だ。

 今日は新人戦に向けて始動した一年チーム最初の練習試合の日。この週末までになんとか攻撃が形になってきた。まだ不安要素も多々あるが、今日は他校の一年相手にどこまで出来るか確認するいい機会だ。

「お前が妹を毎晩連れ回してる男か」

 ドリンクを作り終えて重いドリンクキーパーを持って振り返った瞬間、柊人は目の前に居る、背の高い男性にそう言われる。そして、首を傾げて呟いた。

「毎晩連れ回す?」

「しらばっくれても騙されないからな。お前が俺の可愛い可愛い大切ないも――」

「お兄ちゃん!!」

 ほとんど悲鳴に近い怒鳴り声で駆け寄って来た李々香が、柊人に話し掛けてきた男性の首根っこを掴んで引っ張って行く。そして、柊人はその場に取り残された。

「そういえば、雪村は春海コーチに会うのは初めてだよな」

 一年ディフェンダーの入江(いりえが、遠くで男性を真っ赤な顔で叱り付ける李々香と、李々香に叱られる男性を見ながら言う。

「春海コーチ? 春海ってことは」

「ああ、春海隆輝(はるみりゅうきさん。うちのOBで、Bチームのコーチなんだ。平日は仕事があるから顔をあまり出せないけど、週末はほとんど来てくれてる。察しの通り、春海の兄貴だ」

「そうなのか」

「ああ、そして妹を溺愛してる」

「教えてくれてありがとう」

 入江の説明を聞いて、柊人は入江にお礼を言って重たいドリンクキーパーを持ちながら歩き出す。その柊人に隆輝への説教を済ませた李々香が駆け寄って来た。

「柊人、私も一緒に持つよ」

「いや、大丈夫だ」

「そう?」

「ああ」

 李々香の申し出を断って、柊人はそのまま歩き出そうとする。しかし、李々香の言葉に呼び止められた。

「その、ごめんね。お兄ちゃん、何かすごい勘違いをしてたみたいで、柊人に失礼なこと言っちゃって……」

「失礼? いや、別に失礼ではないと思うが」

 柊人が隆輝から言われたことは、柊人にとっては失礼というよりも訳の分からない話だった。わけが分からないのだから、失礼だったのかそうじゃなかったかさえ分からない。

「そ、そのお兄ちゃんね、てっきり私と柊人が――」

「すまん春海。これを持っていきたいんだ……」

 柊人は手に持ったドリンクキーパーを少し持ち上げてみせる。それを見た李々香は少し顔を赤くして焦りながら両手を振った。

「ご、ごめん! そうだよね! わ、私も準備に行かなきゃ!」

 走っていく李々香を見送り再び歩き出した柊人の足は、またすぐに止められる。今度は、目の前に両腕を組んだ男子が立っていたからだ。

 その男子は第一中のものではないジャージを着ていて、胸元には『大字(おおあざ中』と『横峯(よこみね』という文字が見える。それを見て、柊人は練習試合に来た他校生だろうと判断した。

「トイレはあの校舎の裏側に回って、一階の入り口を入ればすぐ右手にあります」

「トイレの場所を聞きたいわけじゃない!」

 ハキハキとした若干うるさ目な声で言われ、柊人は怪訝な顔で横峯を見返す。

「随分、春海さんと仲が良いようだな」

「春海はチームメ――」

「春海さんを呼び捨てにするな!」

 柊人は手に持ったドリンクキーパーを持ち直しながら思う。めんどくさい奴に絡まれたと。

 横峯は腕を組んだままふんぞり返り、視線を柊人に向ける。柊人よりも若干身長が高い横峯は、勝ち誇った表情で言い放つ。

「俺は大字中一年の横峯幸太郎(よこみねこうたろうだ! 今日は負けないからな!」

「第一中一年の雪村柊人だ。お手柔らかに頼む」

「ふん! 何を弱気な! そんな奴では可憐な春海さんに相応しくないな!」

 柊人は後ろを振り返り、もう一つのドリンクキーパーを持って走ってくる李々香を見て、可憐という横峯の言葉に疑問を持つ。そして柊人が視線を横峯に戻すと、横峯はもう一度鼻をフンッと鳴らした。

「とにかく、今日は勝たせてもらう」

「そうか。でも、うちも負けるつもりはない」

「試合が楽しみだな!」

 そう言って去っていく横峯を見送ると、隣に並んだ李々香も横峯の後ろ姿を見る。

「横峯くんと何か話してたの?」

「ああ、今日は勝たせてもらう、と言っていた」

「そっか! 私達も負けられないね!」

 ニコッと笑って歩き出す李々香の後ろ姿を見て、柊人は横峯の言った可憐という言葉に再び首を傾げた。


 大字中との練習試合は、結果だけ見れば二対ニの引き分けだった。

 柊人は結果では引き分けだが、内容は引き分けではなく負けていたと感じた。

 第一中の得点は二点とも李々香が挙げた得点で、その二点は前半に右サイドの柊人がパスとドリブル突破によって崩した事によるチャンスでの二点だった。左サイドはまだ上手く連携が取れておらず効果的な攻撃が出来なかった。

 そして致命的だったのが中央。守備的ミッドフィルダーとディフェンス陣の連携が上手く行かず、守備的ミッドフィルダーとディフェンス陣の間、バイタルエリアにぽっかりとスペースを空けてしまい、そこを使われて二失点した。

 柊人はすぐにディフェンス陣と守備的ミッドフィルダー二人に話し合わせ、声の掛け合いやラインの上げ下げについて意見を交換させた。

 対する大字中は、左サイド、第一中から見れば右サイドを完全に崩され、手も足も出ていなかった。試合には負けなかったものの、横峯は試合終了後も呆然と立ち尽くし、チームメイトに腕を引かれてピッチから下がった。

 練習試合は前後半二五分ハーフタイム五分の計五五分で行われた。実際にピッチに立っていた五〇分が全て、横峯にとって悪夢のような一時だった。左サイドバックとしてプレイしていた横峯は、柊人とのマッチアップで一度も勝てなかったのだ。

 横峯は、柊人を自分よりも背が低く、少しボーッとした頼りない奴だと思っていた。しかし試合が始まってみれば、そんな印象なんて消え失せた。

 スピードでも勝てない、足元の技術でも勝てない、フィジカルコンタクトもサラリとかわされて仕掛けることすら出来なかった。そして取られた二点は、全て横峯が抜かれて左サイドを崩されたからだ。

 チームメイトからは「相手が悪かった」と慰めを受けたが、そんな言葉は横峯の耳に届かなかった。

 同年代だとは思えない飛び抜けた技術。そんな技術を持った選手なんて、以前練習試合をした時には居なかった。

 ベンチに戻って顧問から話を聞いている間も、何度も何度もあっさりと柊人に抜かれた光景が思い浮かび、まともに話なんて入って来なかった。


 柊人は給水をして空き時間にリフティングをしていた。その柊人の元に、隆輝が現れた。

「お前、どっかで見たことある顔だと思ったら、日向のペテン師だったのか」

 隆輝の言葉にリフティングを止め、柊人は隆輝に頭を下げた。

「第一中一年の雪村柊人です」

「俺は春海隆輝、李々香の兄だ」

「それで、春海コーチ。俺に何かありましたか?」

 隆輝は腕を組んでニヤリと笑い、言い放った。

「お前、次の試合ベンチ外な」

 隆輝の言葉に何も返さず、柊人は黙って視線を返す。

「お兄ちゃん、釜田先生が探し――お兄ちゃん! 柊人に何言ったの!?」

 相対する柊人と隆輝の雰囲気を察し、李々香は隆輝に詰め寄る。しかし、隆輝は李々香の方を向かずに手で押し退けると、一歩柊人に近付いた。

「あれだけシュートを外してチャンスを台無しにされたら、チームメイトの士気が下がる。下手くそはベンチ外で指咥えて見てろ」

「お兄ちゃん! 柊人に今すぐ謝って!」

「春海、大丈夫だ」

「でも!」

「だそうだ李々香、下がってろ」

 柊人に制され、隆輝に命令され、李々香は俯いて一歩下がる。隆輝を見ている柊人は、両腕を組んだ隆輝の後ろに影が立つのを見ていた。

「こら春海兄、こんな所で何油を売ってるんだ!」

「あまに油となたね油を」

「ふざけるな」

「イッテ! 体罰っすよ!」

「お前はもううちの生徒じゃないだろ」

 釜田からゲンコツを落とされた隆輝は、釜田に腕を掴まれて引っ張られていく。それを見送った李々香は、柊人の目の前に立って頭を下げた。

「柊人、本当にごめんなさい」

「なんで春海が謝る」

 柊人の言葉に頭を上げた李々香は、唇を噛み締めてグッと拳を握る。

「お兄ちゃんが、柊人に酷いことを言ったから……」

「酷いことは言われてない。事実を言われただけだ。俺がさっきの試合で打ったシュートは三本。その全てが相手を抜いてフリーの状態だった。でも、決まらないどころか一本も枠に飛んでない。あんなものを見たら、誰だってスタメンから落とす。春海コーチの判断は正しい」

「でも、今日は練習試合だし――」

「練習試合で出来ないことが、実際の試合で出来るわけがない。済まない、少し一人で練習させてくれ」

「でっ――…………分かった」

 李々香はそれでも何かを言おうとした。でも、柊人の真っ直ぐ向けられた視線を見て、途中で言葉を切り、そう言って背中を向けて去って行った。

 柊人は足元に置いたボールをちょんと前に出し、そのボールをBチームで使うハンドボールのゴールへ蹴った。しかし、そのボールは枠を捉えることが出来ず、ゴールの後ろへ飛んで行った。


 夜、隆輝が風呂から上がると、ダイニングに般若のような恐ろしい顔で仁王立ちする李々香が居た。そして、テーブル脇の床を指さし、一言。

「正座」

 その言葉に隆輝は苦笑いを浮かべ、李々香に言葉を返す。

「李々香? そこフローリングなん――」

「正座」

「せめて絨毯の上に――」

「せ・い・ざっ!!」

「分かりました!」

 隆輝は硬く冷たいフローリングの上に正座し、自分を見下ろす李々香を見上げる。隆輝を見下ろす李々香は仁王立ちしたまま、怒った様子で言葉を落とす。

「なんで柊人にあんなこと言ったの! あの後、お兄ちゃんが口出したせいで柊人一試合も出なかったんだよ! それで試合以外の時はずっとシュートの練習をしてた! あれじゃサッカー部に入る前と何も変わらない!」

「なんだ。部活に入る前もずっとやってたのか。無駄だったな」

 隆輝は柊人が何をやって来たのか知らない。だから、李々香の言葉を聞いて素直に驚いた。

 隆輝には、柊人が何故シュートを外すのか、その大まかな原因と理由に予想が付いていた。それを自分自身でシュートについて考えさせるために時間を掛けさせたが、どうやら無駄だったらしいと気付いた。

「無駄だったなってお兄ちゃんがやらせたんでしょ!」

「李々香、怒鳴らないでくれ。お兄ちゃんは悲しいぞ」

「お兄ちゃんなんて大嫌い!」

「な、なにぃ!? ゆ、許してくれ李々香! あいつが外す理由を教えるからッ!」

 その隆輝の言葉に、李々香は訝しげな表情と視線を隆輝に返す。

「お兄ちゃん、分かるの?」

「まあ、分かるって言っても、俺の経験から導き出された予測だが」

「で? お兄ちゃんが思う、柊人がシュートを外す理由って?」

 李々香の問い掛けに、足を崩して胡座をかいた隆輝は一言言う。

「トラウマだ」

 その隆輝の言葉に李々香は眉をひそめて疑いの色を強めた。

「なんでお兄ちゃんにそんなことが分かるの。柊人に会ったのは初めてじゃん」

「李々香、あんだけドリブル上手くてパスも上手い、それに周りを見る視野も広くて、戦術を見破るのも考えるのも得意。そんな一年としては規格外の天才が、なんでシュートだけド下手か分かるか?」

「それは……」

「シュートに関してトラウマがあるからに決まってるだろうが。だから、あれだけ上手いのにシュートだけ外す」

 李々香は隆輝の指摘を受けて、確かにそうだと思った。ドリブルが飛び抜けてすごい柊人だが、隆輝の言う通りパスや戦術に関する事も一年とは思えない。でも、シュートだけは上手くない。それはアンバランスで違和感がある。

「で、でも、トラウマって?」

「それは分からん。俺はあいつに今日初めて会ったからな。あいつがどんなサッカー人生を送ってきたのか分かるわけがない。それにあいつのあの様子じゃ、自分がトラウマを持ってることにすら気付いてないんじゃないか? 単純に自分の技術が劣っているとしか思ってないように見える。んなわけないのにな。どこの世界に、パスは正確に蹴れるのにシュートになった瞬間、コントロール乱す奴が居るんだよ。そんな器用な人間、あいつくらいだ」

「トラウマ……」

 隆輝の言葉を口にした李々香は考えた。そのトラウマが何なのか分かれば、柊人の決定力不足が克服出来るかもしれない。

 目の前で考え込む李々香に、立ち上がった隆輝は頭をよしよしと撫でる。

「男のことを考えてるのは気に食わないが、チームメイトについて悩んでやるとは流石李々香だ」

「こ、子供扱いしないで!」

 李々香は顔を赤くして隆輝の手を払い除け、自分の部屋に走って行く。その李々香の背中を見送った隆輝はハッとして力無く声を出した。

「大嫌いを、撤回されてない……」

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