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beloved ZONE  作者: 鶏の唐揚げ
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【二】

【二】


 体育の授業。本来ならキーパーに甘んじてボケッとやり過ごす柊人は、体育教師である釜田の鶴の一声でフィールドプレイヤーとしてプレイさせられることになった。

 慣れ親しんだ右サイドではなくセントラルミッドフィルダー。ただ、授業のサッカーだから、あまりポジションは関係ない。

 試合開始直後、ボールが回ってくるが適当に左にボールをパスしてすぐに足元からボールを離す。

「今日はキーパーじゃないの?」

 隣に並んできた李々香は、今日は柊人と同じチームだ。しかし、李々香の視線は一緒にプレイする仲間に向けるものというよりも、一定の疑いを含んだ視線だ。

「釜田先生がキーパーじゃないところをやれって言うから」

「そう」

 李々香はそう言って、前線に向かって走って行く。柊人は、遥か先に居る味方ディフェンダー四人の背中を見て、心の中で大きなため息を吐いた。

 相手チームには数人のサッカー部員が居て、その部員達を中心にパス回しをする。

「行けッ!」

 サッカー部員から左サイドを駆け上がった野球部員へ向かった、グラウンダーの鋭いパス。しかし、そのパスを李々香がインターセプトする。そして、李々香は前線に向かって、ではなく、遥か後方に居る柊人に向かって長いバックパスを出した。

 柊人は飛んできたボールに近寄って胸でトラップをし、足元にボールを保持して右サイドに居た選手へ長いパスを送った。

 その後、李々香がボールを持つ度に柊人へボールが回ってきて、そのボールを柊人が他の選手に回すという場面が何度も続いた。その場面が両手では数えられない数になった頃、パスを出した柊人の側に李々香が駆け寄ってくる。

「なんで持ち上がらないの?」

「なんで持ち上がらないといけないんだ」

「ラインを上げて人数を掛けないと攻撃に参加出来る選手が少ないでしょ?」

「俺は要らないだろ。ディフェンダーも全員上がってるんだし」

 柊人の言うとおり、本来ディフェンダーであるはずの選手達はミッドフィルダーかフォワードのような動きをしている。誰が見ても攻撃に参加している人数が少ないとは言えない。寧ろ人数を掛けすぎて守備が手薄になっている。

 実際、本来ミッドフィルダーである柊人が、最後尾に残っていなければ点を取られていた場面は多々あった。しかし、李々香はそれが分かった上で、柊人に攻撃参加を求めている。

「とにかく次はドリブルで持ち上がって」

「なんでだ」

「なんででも!」

 そう言って走り出す李々香の後ろ姿を見詰めて、柊人は視線を釜田の方に向ける。しかし、釜田は柊人の方は見ておらず、柊人の抗議の視線は届かなかった。

 その後、しばらくプレイをした後、今度はさっきより怒った様子で李々香がまた柊人に詰め寄ってくる。その李々香に視線を向けて、その怒った表情に柊人は眉をひそめる。

「ちょっと! 今のプレイはなに!?」

「何って、普通にサッカーしてるだけだが?」

「さっきと全然動きが違うじゃない!」

 完全にご立腹の李々香に、男子からも女子からも心配そうな視線が向けられる。そして、李々香に怒鳴られる柊人は、担当教師の釜田に視線を向ける。今度は柊人の視線に気付き、釜田は二人に駆け寄ってくる。

「春海、お前が大声を上げるなんて珍しいな。どうした?」

「先生! 雪村くんが真面目にプレイしないんです!」

 指を指され、不真面目だと指摘された柊人は、不本意だと息を吐く。しかし、その二人のやりとりを見ていた釜田は、両腕を組んで李々香に視線を向ける。

「春海、お前の気持ちは分かる」

 そう言った後、釜田は柊人に苦笑いを浮かべて言った。

「雪村お前、わざとパスコースのない場所に動いただろ」

「いえ、そんなつもりはありませんが」

 そう表情を崩さず答える柊人だったが、釜田の指摘は正しかった。

 何が何でも柊人にパスを出そうとする李々香に嫌気が差してきていた柊人は、李々香と自分の間に他の選手が入るように、あるいは明らかにパスを出せない狭いスペースに入るようにして、李々香がパスを出せないように動いていた。だからパス出来なくなった李々香は怒って柊人に詰め寄ったのだ。

「まったく、せっかくの技術を真反対の目的で使うなんてもったいないぞ。真面目にやれ」

「いや、俺は真面目に――」

「分かった、言い方を変える。まともにやれ」

「……分かりました」

 釜田の指摘にそれ以上口答えするのは良くないと引き下がると、隣で李々香は勝ち誇ったような顔で微笑んでいた。

 そして、更に後、また問題が起こる。

 ボールを持った李々香が柊人にパスを出す。そのパスを、柊人はダイレクトで李々香に返した。李々香は怪訝な表情を浮かべる。再び柊人にパスを出すと、さっきと同じようにワンタッチで李々香へパスが帰ってくる。

「なんで返すのよ!」

「返してはいない。パスを受けてパスを出しただけだ。それがたまたま、パスを俺に出した春海だっただけだ」

「じゃあ、私に返さないでよ!」

 そう言って強めに蹴られたボールを、柊人は右足のアウトサイドで弾いて、右サイドに居る選手にパスを出した。それを見て、李々香は真っ赤な顔をして柊人に詰め寄る。

「なんでパス出すの! ドリブルは!?」

「俺は真面目に、いやまともにプレイした結果パスをしただけだ。春海も囲まれて突破できないわけでも、パスのコースがないわけでもないのに、何で俺にバックパスをするんだ。まともにプレイをしてくれないか?」

「な、なんですって!」

 ムキーっと柊人に詰め寄ろうとした李々香の前に、疲れた顔をした釜田が割って入る。

「待て待て、お前等。いつからそんなに仲良くなった」

「仲なんて良くありませんっ!」

 キッパリとした李々香の拒否に苦笑いを浮かべる釜田は、視線を柊人に向ける。そして、柊人はその釜田に向かって肩をすくめた。

 釜田は両手を腰に置いて、大きなため息を吐いて李々香を見る。

「春海、今回は雪村の言うとおりだ。お前がこだわって雪村ばかりに出してるバックパスは、俺から見てもまともなプレイには見えんぞ。お前は大会でもあんなパスを出すつもりか」

 その釜田の言葉に、李々香はうな垂れる。しかし、気持ちを持ち直して顔を上げて声を荒らげる。

「でも、雪村くんはッ――」

 李々香が何かを言おうとした時、授業終了のチャイムが鳴り、釜田は生徒を集めて授業を終了した。


 昼休み、柊人は釜田に呼び出されていた。そして、柊人の隣には李々香が俯いて立っている。職員室の端だが、他の先生や、時々職員室に入ってくる生徒に視線を向けられるが、柊人は特に気にするわけでもなく、何時も通り気怠そうに立っている。しかし李々香の方は、居心地の悪さを感じていた。

「二人とも、何故体育の授業で揉めた」

 釜田に問われる柊人と李々香。柊人の方は全くもって身に覚えがないのだから、肩をすくめるしかない。そして、李々香の方は俯いて何も話そうとしない。それを見て、釜田は大きなため息を吐いた。

「お前等二人、今日の放課後から毎日日直しろ」

「なんでですか」

 釜田の言葉に、すぐさま柊人は異議を唱える。柊人自身は全く悪いことをしてないという自信がある。それなのに罰を与えられるのは納得できることではない。

「春海さんが俺の何が気に食わないかは分かりませんが、春海さんが一方的に突っかかってきているだけで、俺は何も悪くありません」

「喧嘩両成敗だ。それに、わざと春海がパスを出しにくいように動いただろうが。それは流石に悪趣味だ」

「ですが――」

「とにかく、これは決定事項だ。問題を解決するまで二人で協力して、コミュニケーションを取れ。話は以上だ」

 そう言って話を切り上げられ、仕方なく柊人は一礼して職員室を出る。その柊人の後から出てきた李々香は、職員室の中に一礼して柊人の数歩後ろを歩いてくる。

「春海さん、俺が何かやったか?」

 柊人は振り返ること無く、後ろを歩いてきている李々香に尋ねる。

 柊人にとって、李々香は別に印象の悪い女子ではない。それにそもそも、自分が何か嫌われたり突っかかられたりする程の関わりを李々香と持った覚えもない。李々香はクラスメイトではあるが、頻繁に会話を交わす間柄ではないからだ。

 その柊人の問い掛けに、李々香は歯切れの悪い声を出す。

「何も、してない、けど……」

「じゃあ、なんで体育の時にあんなに俺にパスしたんだ。それに持ち上がれな――。……櫻井先輩に聞いたのか?」

 李々香がドリブル突破を強く求める理由に柊人は思い当たった。柊人が小六の頃にサッカーをやっていた。そして全国まで行ったことを李々香は恋から聞いたのだろうと。

「違う! 先輩は関係ないっ!」

 李々香はすぐに否定する。それに嘘偽りはなかったが、柊人が李々香に向けた疑念は消えない。

「じゃあ、なんでいきなり俺にサッカーをさせようとするんだよ。めんどくさいな」

「め、めんどくさいって酷い!」

 そう言った李々香の方を振り向いて、柊人は冷たく言う。

「やりたくないことを無理矢理やらせようとするのは酷くないのか?」

「そ、それは……」

 柊人に対して李々香がやっていたのは、どうしても柊人にサッカーをプレイさせたいという意図が感じられた。しかし、柊人はそれを拒否して、プレイをしないように動いた。それでも尚、プレイを無理強いしてきたからぶつかったのだ。そう柊人は李々香に言った。

「確かに俺は春海さんの先輩に、サッカー部の部員と揉めた。だからってああいうやり方を……」

 先日の恋とのやりとりをサッカー部全員が見ていたことから、李々香が柊人に悪意を持っているのかと柊人は思った。しかし、唇を噛んで首を振っている李々香を見て、柊人はすぐにその可能性を否定した。なんとなくだが、柊人にはその時の李々香が本当のことを言っているように、悪意なんて無いように見えたのだ。

「私と雪村くん、小学校の頃に会ってるの。覚えてないかもしれないけど」

「会ってる? 何度か試合しただけだろ」

「覚えてるの!?」

 ガッと詰め寄る李々香から二歩後ろに離れ、視線の先で戸惑った表情を浮かべている李々香を警戒するように見る。

 柊人と李々香は小学生の頃、練習試合や大会等で何度か試合をしたことがある。最後に試合をしたのは小学六年の大会での一試合だったが、背が低い女の子がちょこまかと動いているのを見ていた覚えがある。ただその当時、柊人は李々香よりも技術が高く、マッチアップした時もすぐに抜き去ったのだが。

「まさか、あの時抜いたのを根に持ってるのか?」

「そんなわけない!」

 一瞬、柊人は李々香が抜かれたことを根に持って怒っているのかと思ったが、李々香にすぐ否定される。そうなると、いよいよもって柊人には何故李々香が自分に突っかかっていて、それで小学生の頃に会っていたことを持ち出したのか分からなかった。しかし、その答えはすぐに李々香の口から出た。

「私、雪村くんのドリブルが凄く格好良くて、雪村くんのドリブルに憧れてたの。細かいボールタッチに速いフェイント、切り返しも上手くて、誰も予想しないような抜き方で相手を置き去りにして、私……雪村くんのドリブルを真似して練習してた」

「そんな良いものじゃないだろ。俺のやってたドリブルなんて。それに、フォワードの春海さんには今のドリブルの方が合ってる」

 柊人がやっていたドリブルは、テクニックタイプのドリブルと言える。ボールに触る回数が多く、多種多様なフェイントを駆使して相手を抜くタイプのドリブル。ボールキープをしなければならないセンタープレイヤーに適したドリブルタイプだと言える。

 それに対して、李々香が得意としているドリブルは、タッチ数が少なく、スピードに乗った素早いフェイントや切り返しから相手を置き去りにするスピードタイプのドリブル。フォワードである李々香には適したドリブルタイプだと言える。

 テクニックタイプのドリブルが得意な柊人だが、本来、柊人は右サイドか左サイドハーフというサイドプレイヤーとして試合に出ていた。サイドプレイヤーにもスピードタイプのドリブルが適していると言えるが、柊人はチームでボールをキープし落ち着かせる役割も担っていた。それでいてサイドからの突破も求められていたため、タッチ数の多いドリブルでキープをしながらも、全ての動作のスピードや精度を高めてサイドから切り崩せる能力を身に付けていた。

 そのレベルの高いドリブルを李々香は目指していたが、必要に迫られやっていた柊人と違い、李々香は必要に迫られていない。わざわざ真似をしてまで身に付ける必要があるとは柊人には思えなかった。

「雪村くんの試合はもちろん見てた。決勝でも雪村くんのドリブルは凄くて、全国でも、あのジュニアチームの子達にも全然負けてなかった。ううん、ジュニアチームの子でも雪村くんのドリブルには手も足も出てなかった。それで、入学式の日に雪村くんを見て、一緒にサッカーが出来るって思ってたの。でも、雪村くんはサッカー部に入らなかった」

「サッカーは辞めたからな」

「辞めてない」

 何気なく柊人が言った言葉を否定され、柊人は深く息を吐く。

「毎日ボールに触ってなかったら、ワンタッチであんなに正確に返したり、ピンポイントでサイドに展開出来たりしない」

「触ってるって言っても遊びでやるくらいだ。サッカーを続けてるとは言わない」

「一緒に、サッカーやろうよ」

「断る」

「なんで?」

「やりたくないからだ」

 柊人はサッカーを辞めたつもりでいる。でも、李々香の指摘通り、完全に辞めたとは言えない。

 家に帰ってから何もやることがないからという言い訳を抱え、近所の河川敷でドリブルの練習を毎日続けているし、寝る前はプロサッカーの試合を見てドリブルの技を盗もうと目を光らせている。

 サッカーに未練がある。それは柊人の行動を客観的に見れば、十人が十人、口を揃えて言うだろう。だが、それを柊人は認めようとしない。自分はサッカーを辞めたのだと、もうサッカーには興味が無いのだと、自分に言い聞かせるように。

「とにかくこれで問題は解決した。戻って先生に言いに行こう。毎日日直なんてめんどくさい」

「解決してない」

「は?」

 李々香が何を思って柊人に突っかかってきていたのかを知り、自分のドリブルを真似る必要はないと伝え、そしてサッカーもやらないと答えた。言いたいことを言って十分コミュニケーションは取ったし、問題も完結したから解決した。そう判断した柊人は釜田の元に戻って、日直の件を撤回してもらおうとした。しかし、李々香は解決してないと言い張る。

 元々、柊人にサッカー部に入ってもらって一緒にサッカーをしたいと思っていた李々香だから、一度柊人に断られたからと言って「分かった」と引き下がれる問題ではない。それに、もう伝えてしまったのだ。ここで引き下がれば、二度とこの話題を持ち出して柊人にサッカーをやらせることことは出来ない。

「雪村くんがサッカーをやるまで、この問題は解決しないから!」

 昼休み真っ只中、職員室前の廊下。その廊下には生徒は柊人と李々香の二人しか居ない。そんな人気のない廊下に響いた声を見て、柊人は怪訝な表情で李々香を見返す。そして、窓の外に見える空には厚い雲が覆っていた。

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