【一三】
【一三】
宮崎県中学生新人サッカー大会。開催年度の新一年生のみが参加出来るこの大会は、一日目に県内数会場で行われるグループリーグがあり、そのグループリーグ一位のチームが二日目以降の決勝トーナメントへ進める。
その四チームで争うグループリーグで、第一中は早々に三連勝し、他チームに第一中と同じく三連勝したチームが居ないことから、グループリーグ突破を決めていた。
しかし、グループリーグ最終戦。第一中は苦戦を強いられていた。
前半が終わって後半、三試合フル出場の柊人を、李々香がキャプテン権限で下げた。その瞬間に、第一中の攻撃が鳴りを潜めた。
前半は柊人のドリブル突破とパスから、主にフォワード二人と柊人と左サイドハーフの四人を中心とした攻撃を展開していた。しかし柊人が抜けた途端に攻撃の勢いが落ちた。
これは他の試合で李々香が途中交替した後にも見られた現象だった。
失点数を減らすことを課題に取り組んできた弊害で、攻撃面の修正が間に合わなかった。
第一中一年のとっている四―二―二―二では、攻撃面でフォワード二人と両サイドの攻撃的ミッドフィルダーとサイドバックの計六人が主に動くことになる。
フォワードのポジション取りや抜け出しはもちろん、サイドバック二人のオーバーラップ等の攻撃参加も重要。そして、もっとも重要なのが攻撃ミッドフィルダーだ。
両サイドに開いた攻撃的ミッドフィルダーが、どれだけ攻撃を組み立てられるか、どれだけ運動量を増やして多くの場面に顔を出せるかで、攻撃の厚み、脅威度が決まる。そしてそれはイコールとして、チーム全体の守備にも繋がってくる。
練習試合の矢野のように、全く仕事が出来ない選手が攻撃的ミッドフィルダーに居れば、それだけでチームの攻撃は瓦解し、その崩れは守備にも侵食して行く。そんなレベルの高い選手が、運動量が多く攻撃を組み立てられる選手が、柊人しか居なかった。
柊人は四―二―二―二のフォーメーションを選んだ時、ミッドフィルダーが攻撃的ミッドフィルダーと守備的ミッドフィルダーに分かれているため、中盤の守備が分かり易く、守備を行う際の混乱が少ないと予測して、このフォーメーションをとった。だが実際は中盤どころか中盤より後ろのディフェンダー陣と守備的ミッドフィルダーの連携が上手く行かなかった。その想定外の問題修正に時間を取られ、攻撃陣の戦術理解度が進まなかった。
しかし、攻撃陣の理解度とは別に根本的な問題があった。
第一中一年には、負担の大きい攻撃的ミッドフィルダーを、機能出来るレベルでこなせる選手が柊人以外に木崎しか居なかった。
木崎はパスとドリブルの技術は一年の中では高い方で、何とかこなせては居た。だがそれは、試合中の攻撃を柊人が組み立て木崎がフォローに回る場面だけの話だった。柊人が抜けて、負担が急激に増えた攻撃的ミッドフィルダーは、木崎には荷が重かった。
結局、上手く機能していた守備陣の踏ん張りのお陰で失点を〇に抑えだが、第一中の得点も〇だった。
そして二日目の今日。準々決勝。柊人は二日目全試合にフル出場しながらもピッチの上に立っていた。しかしその準々決勝、李々香が前半に取った一点以降、第一中はまともなチャンスを作れていなかった。
攻撃を組み立てられる柊人が居るのに、何故得点が一点なのか、それは李々香が後半から下がったからだ。
前線では矢野が積極的にボールを追い回し、前線からの守備を行っている。ただ、矢野にはボールをエリア内に持ち込む力はない。左の間宮は身長が高く、ポストプレイもこなせる。だが、矢野にも間宮にも『シュートへ持っていく力』が欠如していた。
李々香には柊人が教えたファーストタッチコントロールやランウィズザボール等の、守備を抜け出すための技術がある。しかし、その技術以前に、李々香には才能があった。
前を向く気持ちの姿勢だ。
矢野も間宮も進路を相手ディフェンダーへ阻まれると、パックパスやサイドへ流して逃げる。突破出来る技術がないという自信のなさからくる消極的な動きだ。
李々香が居る場合、その消極的な動きさえ、李々香の前を向く、前へ抜け出す姿勢に引っ張られ、攻撃チャンスへ繋げていた。その攻撃を引き出す動きが出来る李々香が居ないから、柊人の出すパスはフォワード二人の消極的なバックパス等で脅威性を失い、果敢なドリブル突破も、前へ抜け出す選手が居ないことで徒労に終わる。それは柊人自身の精神的、肉体的な疲労にも大きく影響していた。もう、限界ギリギリだった。
試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、柊人は右サイドで崩れ落ちる。
「柊人!」
ラインの外で柊人の名前を叫んだ李々香は、今にも飛び出して来そうな体勢でいる。柊人は右手の平を向けて李々香を制すると、李々香はその場に踏み止まった。
試合終了の挨拶を終えた柊人は、ベンチに戻って来た瞬間にその場に座り込む。
何とか守り切ることが出来た。でも、それは極限の綱渡りのように危なっかしいものだった。あと少し、時間が残っていて柊人の足が止まってしまっていたら、右サイドから崩されてやられていた。
「柊人、飲んで」
「ありがとう、春海」
スポーツドリンクの入ったボトルを受け取り、柊人は視線を地面に落とす。それを見ていた李々香は、胸の奥が締め付けられる感覚を抱いた。
これまで、日々の練習でも練習試合でも、柊人が目に見えて体力切れを見せていたことはない。息が全く上がらないわけではない。でも、ホイッスルの直後に崩れ落ちる柊人を、李々香は初めて見た。
「雪村立て」
李々香の隣に隆輝が立ち、柊人の正面に立つ。そしてしゃがみ込んで柊人の目を覗き込んだ後、大きなため息を吐いた。そして柊人の体を引っ張り上げて立ち上がらせる。
「運動した後に座り込むな。しっかりとクールダウンしろ。部活が終わったら、直行で家に来い」
試合が終わり後片付けも終わった後、李々香に連れられ李々香の家を柊人は訪れた。明るい洋風の外観をした二階建ての一軒家。自分の家である昔ながらの、若干、いや相当古びた家よりお金持ちの香りを柊人は感じた。
「しゅ、柊人。は、入って!」
「お邪魔します」
柊人を連れて入る李々香は、好きな男の子が自分の家に来たというシチュエーションに緊張し、柊人は同級生の女の子の家に来たという状況に緊張していた。
「こんにちは。李々香の母です」
お淑やかで穏やかな笑顔を浮かべる、品のある女性が柊人にそう挨拶をした。柊人は頭を下げ、礼儀正しく挨拶を返す。
「春海さんと同じサッカー部の雪村柊人です。こんな時間にお邪魔して申し訳――」
「いいのよ。あの隆輝が、うちの部のエ――」
「母さん、余計なことは言わなくて良い。雪村すぐに風呂に入れ」
「…………は?」
母親の言葉を遮って出てきた隆輝は、柊人の荷物を引ったくると、近くにあった洗面所に繋がる扉を指差す。しかし、いきなり風呂に入れと言われた柊人は戸惑う。
「大丈夫よ、着替えは隆輝が昔使ってたのがあるから」
「いや、ですが……」
流石の柊人も、同級生の女の子の家で風呂に入るという状況には抵抗がある。その戸惑う柊人に苛立った隆輝は、語気を強めて上から睨み落とす。
「言っておくが李々香が入った後の風呂には入れてやらんぞ」
「お、お兄ちゃん! へっ、変なこと言わないでよ!」
「もちろんお前が入った後に湯を張り替えてから、俺が使ってその後の湯に李々香に入――」
「今日はシャワーだけにしよう」
「り、李々香! そんなに俺のことが嫌いか!」
一度取り乱して顔を真っ赤にした李々香も、隆輝の言葉に急に冷静さを取り戻す。そして、冷たい一言を投げて家の中に上がっていった。隆輝はその李々香を追い掛けて行ってしまい、玄関には柊人と李々香と隆輝の母親の二人が残されてしまう。
李々香の母親はニッコリと柊人に笑顔を向けると、優しい声を掛けた。
「さあ、ゆっくりお風呂に入ってきて」
風呂から上がった柊人は、すぐに隆輝に拉致されてダイニングに敷かれたマットの上にほぼ強制的に寝かされた。隆輝は柊人に疲労回復のためのマッサージを施すために家へ招いたのだ。
「お兄ちゃん、こう見えてもプロだから安心して。私もよくやってもらってるし」
うつ伏せになって寝転ぶ柊人は、そう言って李々香が歩いて行くのを見送る。すると、後ろから隆輝が柊人の右足を持ち上げてマッサージを始める。
隆輝は高校卒業後、スポーツ医療学科のある大学へ進学し、現在はスポールジムのトレーナーとして働いている。アスレティックトレーナー認定資格を持っていて、怪我をしたときの応急処置や怪我の予防等の、スポーツ選手の体に対して重要な知識が豊富にある。その中にはもちろん、疲労回復マッサージの知識もあった。
「雪村、二度は言わんぞ」
「は、はい」
「ありがとう。李々香の負担を減らしてくれて」
何を言われるかと思っていた柊人は、思いも寄らない感謝の言葉に、何も言葉を返すことは出来なかった。
「李々香は同年代の女子に比べれば体力はあるほうだ。だが、李々香にはフル出場を四試合戦い抜ける体力はない。点差が開いたらすぐに下げられて、李々香は不満そうだったがな」
「勝つためです」
「その為に、ただでもハードワークを強いるポジションの雪村に負担が回った」
柊人の足をマッサージしながら、隆輝は少し沈黙を作り、そしてその沈黙を破った。
「雪村、あの急造チームで、しかも技術も乏しいタレント不足の面々でよくやってると思う。だが……このままだと負けるぞ」
「……分かっています」
「何でシュートが決まらなくなった。李々香には話したんだろ? 言っておくが俺は李々香の兄貴だから李々香のことは大抵分かる。雪村から理由を聞いたのも分かるし、その理由が人に話すことが出来ないことだってのも分かる。だから、李々香に無理矢理聞き出すんじゃなくて、お前から無理矢理聞き出す」
隆輝は何も目先の、新人戦の結果のために柊人にそう言ったのではなかった。隆輝は、柊人のこれからのために言ったのだ。
柊人の持っている技術は誰の目が見てもレベルが高い。どんな監督でもレギュラーとして使わない手はない人材だ。たとえそれが、シュートが全く決められなくても。だが、そのシュートが全く決められないという状態は、よりサッカー選手として高みを目指して行くためには重い足枷になってしまう。だから、隆輝は早く柊人を、シュートが決められない状態から脱させたいと思った。
「……少年団の時に、シュートミスをしたことがあったんです」
柊人は、隆輝に話した。自分が少年団でどんな経験をしたかを。しかし、李々香の時とは違い、敦の言動に冷静さを失ったことや、愛実に対して抱いていた想いについては話さなかった。その理由は柊人自身も分からない。
柊人の話を聞いた隆輝は、マッサージの手を止めずに口を開く。
「冷たい言葉に聞こえるだろうが、不運だったとしか俺には言えない」
「まあ、実際そうですからね」
「たまたまその時にシュートを外したことが不運だったという意味じゃない。その年代にそういう指導者と出会ったのが不運だったって話だ」
世の中の全ての指導者が悪い人とは限らない。しかし、全ての指導者が良い人だとも限らない。そして、その悪い指導者が全ての選手に対して悪い指導者だとも言えないし、良い指導者が全ての選手にとって良い指導者だとも言えない。全ては巡り合わせであり、運なのだ。
「その監督のせいでお前はシュートに苦手意識を持った。でもその監督の存在のおかげで、お前は貪欲に技術を身に付けるようになったという面もある。どっちが良いとは言えないな」
「監督のことを憎んではいません。感謝もしてませんけど」
「感謝することじゃない。技術を身に付けたのはお前の努力だろう。でも、サッカーはお前一人じゃ勝てない」
隆輝の言葉の意味を、柊人は分かっている。
今日、準々決勝まではなんとか勝ち抜くことが出来た。でも、それはギリギリで、何時負けてもおかしくなかった。そして明日の準決勝と決勝は、更に相手のレベルは高くなる。ディフェンス陣は機能していると言っても、高レベルで機能しているわけではなく、必要最低限の効果を発揮出来る程度に、辛うじて機能している状態だ。その状態では、よりレベルの高い相手に崩される。それでも勝つためには、失点を最小限に減らし、相手よりも得点するしかない。だが、その得点のための攻撃力に問題がある。
「明日の作戦を試しに言ってみろ」
「……準決勝は前半に出来るだけ得点して、春海を出来るだけ早く交替させて決勝に備えさせます。そして――」
「お前がボールキープして時間を使う。今日の準々決勝と同じ作戦じゃないか。準決勝まで残っている相手にそんな作戦が通用するわけないだろ」
「分かってます。でも、下手に渡したら、攻撃も守備も崩れる」
「言ってる意味は理解してる。そして、お前が自分の力におごってそう言ってるわけでもないってこともな」
今日の準々決勝、李々香を下げた後に時間を使うため、柊人は深い位置でボールを回させて時間を使う作戦に出た。しかし、パスミスであわや失点という場面があった。リードが一点しか無く、得点が期待できない状況で失点をしていたら、スコアでは同点だが、第一中にとっては致命的だった。だから、自分に渡ったら出来るだけキープして時間を使うしかなかった。でも、それも危ない作戦ではあった。
柊人にチェックを掛けてくる選手が最初は一人でも、柊人にキープ力があり、そして柊人がキープして時間を使っていればその人数は二人、三人と増えていく。
後半の終わりには、柊人は四人の選手に囲まれても尚、ボールを出来るだけキープする様に動いていた。スタミナ豊富な柊人が、後半終了後に倒れ込んだのも、四人を抱えながらのボールキープにスタミナを消費したからだった。でもそれは、まだ柊人一人でもキープ出来る相手だったからだ。それが準決勝、そして決勝まで残ってくるチームのディフェンダーだったら、四人も抱えて時間を使うなんてプレイは不可能だ。
「選手を指導するコーチとして言うことじゃない。でも敢えて言う、別に新人戦で負け――」
「ダメです」
「雪村、お前が勝ちに固執して自分を削って怪我をしたら意味がない。将来を考えるなら――」
「勝ちを諦めた瞬間、もうその選手に未来はない。諦めることは、絶対にやってはいけません」
「……俺も同じだ。でも、それで雪村が怪我をしたら、李々香が悲しむ」
「……春海には関係のない話です」
「じゃあ、なんでお前は李々香に負担を掛けないように交代枠を使った。それは仲間だからだろう。李々香だって同じだ」
「でも、方法はそれしかありません」
「いや、ある」
その言葉に腰を上げた柊人の背中を押さえてマットの上に戻す。
「今のフォーメーションを少しいじるだけでいい」
「それは」
「今のサイド攻撃、両サイドの攻撃ミッドフィルダーに負担が大きい攻め方から、ポストプレイ主体のセンター攻撃に切り替える」
「ポストプレイ……間宮をセンターフォワードにして、春海をセカンドトップにすれば。でも、中央には、ロングフィードが出せるボランチは――」
「俺の足元でへばってる奴が居るだろうが。雪村、お前がボランチに入るんだ」
今日までの第一中一年チームの攻め方は、両サイドの選手が主体のサイド攻撃。そして、それで中心に居たのは右サイドハーフの柊人だった。攻めに動きながらもフォアチェックやリトリートもきっちりこなしていた柊人は、体力的にも精神的にも負担が大きかった。しかし、隆輝の提案したポストプレイ主体のセンター攻撃にはその負担を減らす秘策があった。
「まず、間宮も矢野も悪い意味でポストプレイに終始してた。それを逆手にとって攻めに使うんだ。幸か不幸か、スタメンで使う間宮は身長も高いし体付きも大きい。矢野も間宮までは行かなくても身長は高いし体も大きい方だ。二人ともボールキープ力が低いから溜めを作るタイプのポストプレイは難しい。でも、ハイボールを頭で落とすタイプのポストプレイなら適性がある。それとボールキープの必要が無い早めに横や後ろに落とすタイプなら尚更」
「確かに、横の選手への負担が格段に減りますし、極端に中央に絞らせて四トップ気味にすればパワープレイに出来る。センターフォワードを主なターゲットにしてそこから直接、あるいは左右の選手に落としてセカンドボールを押し込む。その二つがダメでもこぼれ球を」
「李々香は昔から俺がフォワードとして育ててきた。前を向くように教えてきたのも俺だ。李々香はお前が教えた前へ抜け出す技術のおかげでストライカータイプの動きも出来るようになってる。でも李々香はセカンドトップの動きが出来る」
隆輝の言葉を聞いて、柊人は李々香の動きを思い出していた。
男子と比べてフィジカルで劣る部分を補うために身に付けたドリブル突破は、センターフォワードから少し引いた位置にポジションを取るセカンドトップに必要な能力だ。それに柊人は見ていた。李々香が間宮と相手ディフェンダーで溢れたボールに反応し、シュートを打つ場面を何度か。それが柊人の印象に残らなかったのは、そもそも柊人が、李々香が居る場面で、こぼれ球を狙う必要のある形にゲームメイクをしなかったからだ。そういう展開になるのは、いつもボランチの二人か木崎からのロングボールを間宮が競って溢れた数回だけだった。
もし、その、パワープレイ気味の攻撃方法でこぼれ球が出る機会が増えれば、確実に李々香はそれに詰めて得点を挙げていただろう。
「アドバイスはダメらしいからな。先生には黙っててくれ」
「はい。でも、春海コーチの作戦は、かなり大きな賭けですね」
「ああ、攻め方が根本的に変わる。ある程度適性のあるメンバーが揃ってると言っても、急造のチームでぶっつけ本番でやるようなことじゃない。ただ、上手くいけば雪村一人に掛かっていた負担が減る。それにお前のドリブル、別にサイド攻撃じゃなくても中央突破で十分効果的だ。ロングボールで攻めてくると思えば、自然と相手は引いてくる。そこをお前のドリブル突破を起点にこっちのラインを押し上げて人数掛けて攻める。そういうやり方も出来る」
柊人の考えたものより、隆輝の考えたものの方が現実的だった。でも、やはり準決勝と決勝の相手にその日に伝えた作戦が通じる可能性は低い。それに、準決勝の相手について柊人は何も知らない。
「お兄ちゃんの作戦で行こう」
「り、李々香! なんつー格好で出てきてんだ!」
李々香の声が聞こえ、隆輝の取り乱す声も聞こえ、首を後ろに向けた柊人は体の動きを止めた。
ゆったりとしたキャミソールに短パン。キャミソールからは綺麗な肌の肩から先の腕がさらけ出され、濡れた髪をタオルで拭いているせいで脇も見えている。さらに短めの短パンからは細くしなやかなな太ももから足の先までのラインが柊人の目に映っていた。
「雪村、李々香の体を見るなんざ一億年早い」
頭を強引に押し戻され、柊人の目にはフローリングの板が映った。
「別に酷い格好じゃないし」
「ダメだ、こんなケダモノに李々香のそんな姿は見せられん!」
「と、とにかく、私の格好よりも作戦の話! お兄ちゃんが言った作戦で明日は行こう。ううん、行く。私がキャプテンだからそう決めた」
「春海、ポストプレイで攻める時のフォワードにはかなりの負担が掛かる。それはフィジカルコンタクトが増えるというのもそうだが、セカンドトップは運動量を増やして他の選手が動けるスペースを作らないといけない。オフザボールの動きが重要になってくる」
「分かってる。ちゃんと動き回ってみんなが攻め込めるスペースを作る」
「分かってない」
柊人はフローリングを見ながら落ち着いた声を出す。しかし、その言葉に続いたのは隆輝の言葉だった。
「もし、雪村が前に出られない、ドリブル突破が出来ない状況が続いたら、李々香が先週の練習試合でやってたフォアチェックと同等の運動量は必要だろうな」
「それでもやる」
「そういうことみたいだ。終わったぞ雪村」
隆輝の手が柊人の体から離れると、柊人は体を起こして隆輝に頭を下げた。
「春海コーチ、マッサージとアドバイスありがとうございました」
「いや、チームのためだ」
柊人は自分の荷物を持ち、李々香に目を向けた。しかし、李々香の宣言に何も答えを出さず口を開く。
「春海、試合終わりでゆっくりしたいときに押しかけてごめん。俺はこれで帰る」
「柊人! 私、ちゃんとやるから。ちゃんと出来る! ちゃんとやる! だから、明日は――」
柊人は立ち上がって李々香を振り返る。そして、柊人の行動に、李々香は驚き言葉を止めた。
いつもボーッとした無表情の柊人が、不安、悩み、苦渋そんな表情を浮かべて唇を噛み、そして、深々と頭を下げたのだ。
「明日は、よろしく頼む」