第四説 初めての魔族
前を見ても後ろを見ても、右を見ても左を見ても、何処を見ても木々が生い茂った光景だけが目に映り、しばらく歩いていた私は足を止めると、満足下に腰に手を当て、一息つく。
「うん。早速道に迷ったわ」
いわゆる、迷子状態だった。
「うーーん。変ねー」
辺りを見回す。ひたすら前だけを進んでいたつもりだったにも関わらず、気が付けば居場所を見失っていた。
「いや、当然よね~。だって町から一歩も出たことなんて無かったし…」
何事もポジティブに考えるべきなのだ、じゃなければ既に帰りたくなってやっていられない。それに意外に考えていれば、良い打開案が浮かぶものなのだ。
…こういう時ってどうするんだっけ。遭難した場合の一つの例として、何かあったけど気がしたけど…。
「…えーっと…あ、確か一度通ったという矢印をつけとくといいんだよね」
早速思い浮かべたことを実行に移す。丁度拳サイズの石を拾い上げ、地面に×型の印を掘る。
「うーん。ちょっとこれじゃ分かりずらいかな、視界が良好ってわけでもないし」
座った位置からならすぐに目印だと認識できそうだが、立っている状態になってしまうと中々見づらい。この調子で時間を費やして日が沈んでしまえば、暗くて地面に掘った目印を探しているどころじゃなくなってしまう。
そこで今度はてっとり早い方法として、トラゼウスから貰った『鴉魔』と呼ばれている剣を取り出す。再び戻ってきてもすぐ気がつけるようにと、今立っている位置とは反対方向を切り込んだ。切れ味がとても良く、周囲の木に深い切り傷を残す。
これなら例え戻ってきたとしても一目ですぐに気がつける。
「…ふぅ。これで、もうこれ以上道に迷う心配は無いわね」
そうと決まると即座に今居た場所を後にする。
急ぐ理由はまだLVが極端に低い状態のままな為。死角が多いこの森の中ではいきなり襲われる可能性に加え、夜になって視界が悪くなるという危険度がぐんと増す。
そうなれば一刻も早く森から抜け出すか、日が沈む前までには幾らかのLVを上げておく必要がある。
「こんな序盤で死に淵に立たされるなんて……とほほな話ね…」
ぶつぶつと文句を垂ながら、生い茂っている草根っ子を掻き分けて進む。
「ん?…何?…あ……れ…」
_その途中、視界にぶよぶよと奇妙な形をした水色の物体を発見した。
「…ぅ…わぁぁあああ…き、気持ち悪ぃぃいいいい……ッ!!」
その物体を見た途端、思わず血の気を引かして近くにある木陰に身を隠す。喉から出掛かる悲鳴を押さえ、私は木陰から小さく顔を出して覗き見た。
ぶよぶよと動くそれは、水分というよりはゼリー状だった。動きはもの凄く遅いが、粘着性が高いのか、水色の物体に触れた木の葉や草がべたべたと身体にくっ付いている。
「な…無い…あれは…ないわ…!」
あんな物体とは、一秒たりとも関わりたくない……。
その異様過ぎる光景に恐れ慄き、そぉっとつま先立ちをしてその場を立ち去ろうと試みる。が……
_ッパキ
最初の一歩で落ちていた小枝を踏んでしまった。
(なんでなのよぉおおおおおおお!!!)
それも最悪な事に想像以上に音が大きい。
き、気がついていませんように!
祈る思いで、恐る恐る振り返る。
「……コポ…」
もの凄いガン見されていた。
水色の物体には無かったはずの目玉が二個浮かび上がっており、その目玉が完全に私の姿を捉えている。
「~~~~~~ッ!!」
とにかく気持ち悪すぎて涙目になる。無駄につやつやとした光沢があり、それが余計に私が抱いていた嫌悪感を倍増させる。
「…オコポォオ……」
身を硬直させている私に向け、ズルズルと地面を這いずって近づいてくる水色の物体。せめてもの救いは動きが遅いことだが、じわじわと迫ってくる姿は私にとって恐怖でしかない。
「やっぱ帰るぅううううううう!!」
多分、この水色の物体は強くない。それどころか最弱クラスだと思える。
本来ならLV1という最弱な状態に置いて、初めにこの物体に出会えたのは幸運なのかもしれない。
「く、来るなぁ!来るなってばぁああああ!」
しかし、私は魔族の分野には非常に弱かった。そして非常に苦手だったことから魔族に関しての知識が甘い。
その為、本で見ていた絵と実物では全くの別物加減に、私はその気持ちの悪過ぎさに腰を抜かしてしまっていた。
そうしている間に水色の物体は次第に近づき、あと数歩のところまで迫る。それに恐怖心から錯乱にも似た状態に陥いった私は、手に持っていた『鴉魔』を我武者羅に振った。
_ッジュシャ
湿った音が鳴る。手にはやわらかい物を切ったような感触が『鴉魔』から伝わった。
「…ポォ…ルル……」
小さな鳴き声を上げる。それがその魔族の断末魔だったのか、水色の物体はぷるぷると小刻みに身体を揺らすと、一気に地面へと崩れ落ちた。
一つの固体として形を成していた水色の物体は、今では縮れ縮れとなって全体に広がっている。
「た、倒した…の…?」
剣先で平べったくなった残骸を突付く。液体状でもある為くっ付いて復活するという危険性を考慮したものの、それはどうやら無いようで、やっとの思いで一安心する。
「はぁ~……心臓に悪いわ…これ…」
ツンツンとゼリーを突付く。突付くたびにプルプルと振るえ、目玉が残っている時点で寒気が走る。
死んではいるものの、ジッと見られているようで気味が悪い。
「ぅぅう……」
脅威は去ったものの、急に怖くなってきてしまい、一歩も動かずその場で縮こまる。動かない方が魔族に出くわさないと、考える事を放棄した。
そのまま居座ろうと、死骸を成るべく見ないようにして顔を伏せる。しかし、安心したことで緊張の糸が切れたのか、『ぐぅ~』と腹の虫が鳴り響いた。
「ぅぅう~……」
気がつけばもうすぐ日が沈む頃になっている。時間からしてまだ食事を取るには早い時間帯だが、思い返せば余裕を持って早めに出ようと昼食を食べていなかった。
そのため、当然な事ながら昼食も食べていない私は、壮絶な戦闘を終えた後に襲ってくるのは凄まじい空腹感だった。
「……お腹…減ったなぁ…」
トラゼウスから金銭を支給された事で、ある程度何もしなくても暮らしていける額を持っている。しかし、手荷物は成るべく身軽がいいと考えた私は、荷物になるものを避けようと食料を持ってきてはいなかった。
金さえあれば隣町に着くだけで問題なく過ごせる。どうせすぐに到着出来るだろうという、そんな甘い考えでいた私が馬鹿だった。
「はぁ……」
刻々と日が沈み始め、辺りが暗くなっていく。もはや動く気力など残ってはおらず、だからといってこのまま立ち止まっている訳にもいかない。
どうしよう。もう暗くなってきたし、今夜はここで過ごすにしてもせめて食料か明かりくらいは欲しいなぁ……。
そこまで考えて、目前にある魔族の死骸に目がいく。この死体をどうにか利用できないものか。
「そういえば……まだ調べていなかったわね…」
心の中で『≪鑑定≫』と唱える。
すると、瞳に映り込んだ水色の物体の死骸から文字が浮かび上がる。
ドルドロジュエリ LV1
種族 : 魔族
スキル
体当たりLV1
吸収LV2
状態 : 死
表記からして、普通に最弱の魔族ようだ。持っているスキルが二つしか無く、LVも比較的に低い。
状態に『≪死≫』と書かれているのは、文字通り死んでいるからだろう。この状態というのは、魔族が今どんな状態になっているのかを表しているらしい。
「……最弱だったけど、見た目が最凶という恐ろしい相手だったわね……って、え?もしかしてこれ…食えるの?」
映し出された文字に良く目を通せば、『ドルドロジュエリ』の成分が記載されている。それも丁寧に説明文で書かれている。
(…えーっと……『身体に触れた物体から成分を吸収する特性を持つ『ドルドロジュエリ』は、そこから旨み成分だけを取り出し、余分な物はジェルと一緒に地面の方面に持っていくことで、そこから少しずつ排出していきます。その為殆どが旨みで詰まった成分の塊であり、栄養素が非常に高くて健康食としては最適です』…と………って、はぁ…?)
読み上げ終えると、頭を抱えたくなる思いでもう一度説明文に目を通す。
事細かに説明してくれるのはありがたいけど。
…しかし、私の目は曇っているのだろうか。勘違いでなければ、内容から察するにこの気味の悪い物体を食せといっていた。
テカテカでドロドロの謎の物体を食べるなんて、想像するだけでも吐き気を催す。……しかし、文句を言っても仕方が無いのがこの現状なのだ。
「ぅう……なんて…最悪な一日なの……」
地面に広がった『ドルドロジュエル』の一部の肉片を拾う。手の平に伝わる感触に顔を顰めつつも何とか堪え、しかし口に運ぶのを躊躇い、どうするか途中で手の動きが止まってしまう。
「……~~ッ!もう…どうにでもなれ…!」
しかし、常に襲い掛る空腹には勝てず、遂には意を決して『ドルドロジュエル』を口の中へと放り込んだ。
アルマ・レイラ LV2
種族 : 勇者
スキル
治癒魔法LV1
異常回復LV2
特殊効果付与(身体強化 スキル強化 属性付与)LV1
危機回避LV2
解明LV極
固有スキル
勇者の加護
能力補正(LV÷スキルLV-スキル+?)
称号 : 最弱の勇者 解き明かし




