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リングランドのパステル工房  作者: 黒猫屋
第1章 星の降る丘
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2 画材屋マテリ

 大小様々な国がひしめき合う大陸。その南西部に位置するリングランド王国。


 王国の中央部の比較的暖かい地域に位置する王都フェリパ。ニコの暮らす都だ。


 中心地には国王の居城グラングリーン城。それを囲うように中央広場があり、そこから外に向かって放射状に八本の大通りがある。


 真北を向く通りより、一から八番通りといった具合に配置された大道りを、環状型に計十五本の通りが走り街を区画していた。


 広場から数えて一番街から十六番街までが綺麗に区画整理され王都を形成していた。その形のために他国はもとより自国の者までが王都フェリパを車輪に見立てホイールランドなどと呼んでいた。




五番通り七番街


 ここには若き芸術家が集中して暮らす地区『ラビンアトリエ区』がある。五番通りの中程に士官美術学校、王立芸術アカデミーなど、芸事に関わる施設が集中しているためだ。


 暖かい陽気の昼下がり、荷馬車の荷台に揺られながらニコがラビンアトリエ区の外れにやってきた。ニコがここへ来た目的はジャスの素材屋だ。最近市場に出回り始めた合成顔料を買い求めに来たのだ。


 ニコは、相乗りしてきた荷馬車の、親切な農夫に礼を言って穴あき銅貨を二枚渡すと、荷馬車を止めることなく飛び降りそのままジャスの店を目指し走った。



ジャスの店『マテリ画材店』


 大きめな煉瓦造りの建物の一階にマテリはあった。縦長の奥行きある店内はこじんまりとし、ところ狭しと画材や道具などが陳列されている。


 昼間なのに薄暗い店内を照らす照明は、錆が剥き出しの古くさいシャンデリア一基がぶら下がるのみ。暗すぎる店内がここに通う画家の悩みの種の一つでもあるが、ジャスはそれを改善させる気はないようだ。


 また、商品は商品棚の上にあるわけではなく、売れ残った品の上に新しい商品がどんどん積み重ねられたようで、それが何層にもなりいたるところで地崩れを起こしていた。ジャスの掃除嫌いと豪快さが如実に現れる店内であった。


 カウンター台の上にはいつものように、太った白猫が生意気そうな顔をしながら堂々と鎮座している。入り口をじっと眺める白猫が首をスーと伸ばし、目を細めたときニコが入店してきた。


「やあ、ジャスこんにちは」


「ああ、なんだいニコかい?昼に来るなんて珍しいじゃないか」


「ね、猫が喋った!?」


「なーに馬鹿なこと言ってんだい、あたしゃここだよ」


 カウンターの奥から、丸まった背中の大柄の中年女性がのそりと姿を現した。マテリの女店主ジャスだ。頭に巻いた赤いバンダナは彼女のトレードマーク。バンダナからはみ出すカールした赤髪は顔のサイズを二倍にも三倍にも見せる。ニコはその容姿を見て常々思っていた。熊のようだと。


「カウンターが狭くてね、後ろ向くのも容易じゃないのよ、まったくヘボ大工になんか頼んじまって損したわブツブツ」


 ニコは、それはジャスが太りすぎなだけじゃ…と思ったが口には出さずに、いや、出せずに懸命に作った笑顔で相づちをうった。


「で、今日は何の用なんだい?っとなんだいその頭は。寝癖が酷いじゃないか、ああ、それにシャツのボタンもかけ違えているし。身だしなみぐらいはちゃんとおしよ!」


 そんな風にいつものジャスの身だしなみチェックから昼下がりの会話がはじまった。


 店の中はごちゃごちゃで、何処に何があるのかわからないのはさておき、ジャスは身だしなみや言葉遣いなどには少々煩かった。


 ニコは苦笑しながら言い訳をはじめた。そんなときに頭を掻くのはいつもの癖だった。


「ここへ来る途中にね、帽子が風に飛ばされて……」


「はあ、あんた確かこの間も同じこと言ってなかったかい?まったく、先がおもいやられるねえ」


 そう言って呆れた顔をしながら眉をあげたジャスは、両手を広げため息を一つ。直後に今一度、ニコの今日の用件を聞いてきた。


「で、今日は何の用だって言ったっけ?」


 身なりを整えながらニコが言う。


「今日はね、インディゴを貰いに来たの。ほら、天然素材の青い顔料はみんな高価じゃない 。最近出回り始めた合成顔料がどれだけ発色がいいのか試してみたいんだ」


「ふーん、確かに仕入れてはあるけどあんまり出来は良くないねえ。合成品は天然物にゃ敵わないよ。でもまあ試しにってんなら使ってみりゃいいさ。でも、あんたの所に出入りしてるジジイの画家連中にゃ誤魔化しなんか効かないとおもうけどねぇ」


「それならちゃんと話をしてから売るよ。値段だってうんと抑えられるようになるわけだし」


「ああそうかい。わかってるならいいんだよ。まあ老婆心からだからアドバイスだと思って聞いておくれよ」


「うん、なんだい?」


「あたしもね、商人としての目に自信が有るから言うけどね、安い物なんかにゃやっぱりそれだけの値打ちしかないんだわ。無駄に高いものも世の中にゃ沢山あるけれど、それだけ人の手間暇がかかってんだね。それをきちんと踏まえとくんだよニコ」


「うん、ありがとうジャス」


「いい返事だ。それじゃあちょいと待ってなね 」


 ジャスは大きな体を座ったまま捩り、背中越しの棚から大人の手のひら程の中瓶を二つカウンターにドスンと置いた。


 ニコはカウンターに手を着き、瓶に穴が開くのではというほど目を力強く見開いたり凝らしたりして、その真っ青な粉末を観察した。


「ねえジャス、これ少し指に付けてもいい?」


「ああ、どうぞ。あんたのお眼鏡にかなうかしらね」


 ニコは瓶の蓋を開けると、左手で粉末をつまみ右手の手のひらをカンバス代わりにするように擦り付ける。そして陽の当たる窓際まで移動し、右手のひらを光に当てながら、様々な角度から観察しながらジャスに向かって質問した。


「これ、原料なに?」


 ジャスは天井を見上げながら返す。


「さぁ。なんだろうね、知らない方がいいんじゃないの?前の黄色の顔料の時の事を覚えてるかい。ほら、あれだよアレ」


「「牛のおしっこ」」


 二人は声を合わせてそう言うと同時に大笑いし出した。


 ジャスの豪快な笑い声はニコの笑い声を打ち消し、薄い窓ガラスを小刻みに振動させた。


「ガハハハハ!あれは可笑しかったねえ、あんたが臭い臭い言うから調べたら、原料は牛のおしっこだもの、そりゃ臭くて敵わないよ」


「僕も常連の人達に散々怒られたんだからね。どうしてくれるんだ!大切な壁画が臭くてまらん!ってアハハ」


「ま、そう言うことだから原料は知らない方がいいね。知らない方が良いことだって沢山あるんだよニコ」


「そうだね、じゃ、インディゴを二瓶買わせて貰うよ」


「あいよ、毎度」


 ジャスと談笑しながら他にも何かないかと店内をうろつき顔料を物色していると、ジャスが何かを思い出したらしくカウンターにニコを呼び戻した。


「あ、そういやさ、あんたに遣いの伝言が入ってたんだよ、うっかり忘れてたわ」


 なぜ僕に?とニコは疑問符を浮かべ、ジャスの指差す方に目をやる。と、同時に思い浮かべた一人の人物。ニコはこの時、「またか」と心の中でぼやいた。


注文を書き込む黒板には確かにニコ宛の伝言が記されていた。


『昼課の鐘の頃に指定の場所まで配達を頼む。日にちの指定は特に要らず。早いに越したことはない。必要な道具は~』


 もはや見慣れた、達筆な文字で書かれた伝言。


 ぶすくれた表情で黒板を見つめるニコに、ジャスは哀れみの言葉を送る。


「まるで弟子だか助手みたいに使われてるねぇ。んま、あのじいさんの頼みなら仕方ないかねぇ」


「で、でも僕は本来配達なんてやらないし、第一それはお弟子さんがやることなんじゃ……」


 腕組みをしながらニコはそこで言葉をつっかえた。


 その様子を見たジャスは察しておやりよ、と言いたげな視線をニコに送り、一枚の紙切れを手渡した。


「配達先の地図だよ。それから必要な道具は

そこにまとめてあるからね」


 ニコはその紙切れを確認すると目を真ん丸にさせた。


「ここって僕、入れないじゃない」


「ん? ああ、そうそう」


  そう言ってジャスは二枚目の紙のような物をニコに手渡した。先程よりも分厚いそれは紙ではなく、牛だか羊だかのしっかりとした革製のものだった。そこに通し番号と、『商人/職人』と身分が刻印されていた。


「そんなものまで用意されてるなんて、あんた随分と信用されてんだねぇ。通し番号までしっかり焼きごてで打ってあるんだ。そりゃあんた専用さね」


 ニコはどこか腑に落ちない気がしたが、仕方なしに配達を了承するのであった。


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