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青い犬さんとエルフの里 前編

 オリュンポス山脈の南。ゼルビット地方に巨大半島がある。

 その殆どを魔の森が占めている。

 正確には山脈の集合体なのだが、人々は、そこを白紙委任の森と呼んでいる。

 ここは、野獣や魔獣や魔族の楽園である。


 そう書けば、人外の者しか住んでないように思われるが、実はエルフの皆さんも小さいながら集落を作って住んでいる。


 ワタシの分身であるスライムが、丘の上より村の様子を伺っておりますと……。


 家々から炊事の煙が上がっています。

 今日もエルフの村は平和です。よきかなよきかな。


 ここはワタシの本体があると仮設定されている小高い丘の上。

 白紙委任の森のほぼ中央。エルフの里が見下ろせる場所にあります。


 ……ただ、エルフにとって迷惑この上ない立地条件でしょうね。


 さらに、ワタシの本体が有ると設定されている北側に、直径2キロメットルの大穴が空いています。ベスギア=ガノザの大穴と呼ばれ、めっさ深い。

 エルフの方々からは、地獄へ続く穴と恐れられています。


 危ないのと、防衛上の機密保持のため、近づく事を厳に禁じていますので、余計怖がられています。


 現に、彼らはワタシに貢ぎ物を捧げています。少ない作物の取れ高から推測するに、馬鹿にならない痛手だろうに。

 一度はスライムを介し、貢ぎ物を控えるよう申し出た事があるのですが……。


 果たして、彼らの反応は過剰でした。

「お願いですから我らを見捨てないでください!」「何でもします! 殺さないでください!」 と。

 ワタシに取って食われると思ってるのでしょう。とても心外です。


 そんな事もあって、元通り貢ぎ物を認めざるを得ませんでした。

 ……そのうち生け贄を捧げてくるかもしれない。


 怖いので、これ以上考えるのは止めましょう。

 さて――。


 彼らの保護者はワタシです。

 人類に迫害され、その数を減らし、また分散していたのを希少生物保護の観点から一まとめに集め保護してきました。


 各地に散ったエルフをどうやって集めたのか?

 強大な力を持っていながら、その保守的な身体特性のため、移動を規制される身としては大変歯がゆい思いをしておりました。

 各地に散ったエルフ達を集めたのは、魔王さんをはじめとした、我が仲間・魔族の面々です。持つべきものは仲間ですね。


 そんなこんなで専守防衛に徹しているワタシは、見た目引きこもりですが、これが意外と社交的なんです。

 こう見えて、けっこうな数の魔族達が、ここ白紙の森を訪れてくれるのです。


 ここは、癒しの地、魔の森・白紙委任の森公園!

 山あり谷あり絶景あり温泉ありと、観光施設が整っているからでしょう。


 今回、ぶらりと訪れてくれたのも、仕事に疲れ、この森に癒しを求める、とある魔族だったのです。


「おう、いつものように世話ンなるぜ!」

 アポ無しで現れたのは、青白い毛並みを持った巨大な狼。お得意様の青い犬さんだ。


「青い犬さん、こんにちは。温泉にはもう入られましたか?」

 対応に出てきたのはワタシの分身であるスライムだ。


 ワタシ自体、この広大な森そのものですので、特定の体を持っていません。それでは何かとコミニュケーションが取りづらいので、こうやって分身を立てているのです。

 本体は対魔王決戦兵器完成にかかりきりになりたいので、ここからはスライムに全てを任せることに致します。


「温泉はまだだ。その前に、ちょいとくつろがせてもらうぜ」

 青い犬さんは、お気に入りの真綿入り巨大枕に大きな顔を乗っけてくつろいでいた。


「狂信者どもの事後処理でよ、色々と肩凝るような細けぇ雑用が多くってよ。大変なんだよ。疲れた疲れた!」

 へろへろと長い舌をだしつつ、耳を垂れている。彼特有の「疲れましたよ」宣言だ。


「ほうほう、そりゃ大変でしたね」

 おしゃべりな青い犬さんは応対が楽で良い。オレとしては相槌を打つだけで済む。


「あの後、ツレの古里に戻ったんだが、案の定、何人か生き残りがいてね。村を立て直すことにしたらしい。いわゆる村おこしだな」

「ほうほう」

 相槌を打ちながら、周辺の環境を青い犬さん好みに変えていく。


「となると当面の資金が必要だ、ってんで、ツレは外貨を稼ぐことにしたらしい」


「外貨って……なんですか?」

「人間の金だな。手っ取り早く冒険者ギルドに入会したんだ」


「ほー。で職業は何で登録したんですか?」

「職業は魔獣使いでレベル1だってよ! 大笑いだぜ!」

 青い犬さんはバフバフと大声で笑った。オレもつられて笑っていた。

 彼らの真の戦力を知っているから、なおさら可笑しい。


「レベル1だからよククククッ、薬草採取くらいしか仕事無くってさ、そんなショボイ仕事できますかってんだ、べらんめぇ!


 でもよ、お子様に混じってチマチマと草刈りしてる野郎がいるんだよ。でっかい図体してるくせに、これが意外と器用なんで驚いたぜ!


 でよ、実入りが欲しいから、効率の良い危険地帯で採取するんだよ。危険地帯ってくらいだから、AクラスやBクラス魔獣がわんさかいるんだな。


 オイラと先生がさ、寄ってたかってそいつらを食料用と使役用に狩っていくと思いねぇ!


 で、いくら狩っても依頼された仕事じゃねぇから、レベルアップに繋がらねぇんだ。

 ギルドの連中は連中で、魔獣の姿が消えちまったって大騒ぎさ。

 大爆笑だぜ!」


 オレ達はひとしきり馬鹿笑いをしていた。


「で、なんか外の世界で面白い事とかありませんか?」

 森の外からやってくる魔族は、唯一の情報源。情報と引き替えに各種リラクゼーション設備を提供している様なもの。


「うーん、そうだな。五年前に遡る話だけどさ……」

 青い犬さんが斜め上を見ながら、記憶をまさぐっている。


「東の海沿いでよ、変わった女がいるってさ。そいつは殺し以外の仕事なら何でも引き受けるって話だ。確か、赤目のジレルとか百里眼のジレルって呼ばれてたなぁ」

 ほほう、ジレル君も頑張っておるのう。


 ……赤目? 百里眼? ひょっとして後遺症?

 目の能力が飛躍的に向上したとか? 赤外線視力や望遠や超近接視力の能力とかついちゃった?

 まさか、耳の方も? 10キロメットル先に落ちた針の音聞けるとか? 可聴範囲外の音域に対応できるとか?


 いやいや、これはアレだよ。契約は後腐れ無いものだったから。オレに関係無い話だよ。

 むしろ仕事に役立ってるじゃないか! 超能力使ってウハウハだよ!


「そ、そうそう。東の海は異国の海賊に荒らされてるっって聞いてますけど?」

「まあね、海岸沿いのオトリッチ王国の海軍が善戦してたんだけど、海賊共が集団戦を取るようになってな、押され気味だったんだ。また悪いことに、ここ数年、海賊の規模がでかくなってね。まさに艦隊規模だ。オトリッチ海軍の壊滅も間近だって話だぜ」


 ゼフ一族は根無し草が故に自由な民。正義に味方する理由がない。

 国家に酷い目に会わされたジレル。国家権力に耐性を持っていることだろう。

 乱あるところに金儲けの種あり。これはジレル君、相当儲けておるな!


「じゃ、ジレルさんは、当然、有利な海賊側に立った働きをしてるんでしょうね?」

「いやそれがよ、落ち目のオトリッチ側についた活動ばかり目立つんだよ。生き方下手だな」

 ……ジレル、君って子はどこまで不器用なんだ……。


「この枕、気持ちいいな?」

 青い犬さんがさっきの話を蒸し返した。

 自慢の枕を褒められて悪い気はしない。


「そいつはこの森で取れた綿をゴブリン達に加工させた一品だ。ゴブリンだからその程度だけどね」

 それを聞いて、青い犬さんは斜め上を見ながらちょっとの間、考え込んでいた。


「……じゃあ、エルフさんの手を借りりゃ、もっと良いのができるだろ?」

「いやそれが、……エルフさんに嫌われてるんで、話すらできない状態で……」

 なんか落ち込むよなぁ。


「そういやよ……」

 青い犬さんが真面目な顔をした。

「エルフの里って、ここの下だろ?」

「そうっすね」

 小首をかしげ、青い犬さんがなにやら思案をしている。


「オイラ思うんだけどよ……、触手さんの本体って、この広大な森全体だろ?」

「はあ、そうですがそれが何か?」

 また少し考えている。


「オイラと話するのにスライムの姿を借りている。それは何故なんだい?」

 何故と言われても、便利だからなんだけど……。そういや深く考えたこと無いなあ。

「話というか、……象徴となる個体があった方がコミニュケーションをはかりやすいでしょう? だからですよ」


「だったらよ――」

 青い犬さんが、口を引き裂いたような笑顔を浮かべた。

「エルフの皆さんも、象徴が無くって困ってんじゃねぇかな? いや、保護者というか、そう、守護者としてシンボル的な物があった方が、エルフの皆さんも心強かねぇか?」

 そうかな?


「ちなみに、エルフの方々は触手さんをどんな目で見てる? コミニュケーションは取れているのかい?」

「いや、全く。それどころか、魔物の王として恐れられているのが実情です」


 これはマズイよね?

 いや、いやいやいや、魔物としちゃ、これが正しい姿なんじゃないかな?


「だいたいよぉ、自然崇拝なんてもんも、歴史が下ると偶像崇拝になっちまうんだよ。人間の心の弱さが目に見えるモノを求めたがるからだ。それはエルフといえど同んなじだと思うぜ。エルフの保護者、いや守護者として、人道的に……もとい、魔道的にまずかねぇか?」

 そう言われると、なんだかそんな気がしてきたぞ!


「ちなみに貢ぎ物とかされてないか?」

「なっ、なぜそれを!」

 相変わらず青い犬さんの洞察力はすごい。


「そのうち、生け贄を捧げてくるかもしれないぜ! そうなりゃ最悪の事態だ。もう何をやっても後戻りできねぇぜ! おい、どうする?」

「はっはうううっ!」

 オレは頭を(スライムに頭無いけど)抱えてうずくまった。


「ど、どうにかして最悪の事態を回避する方法はないですか!」

 焦る焦る! オレは今まで何をしてきたんだろう? 焦燥感が甚だしい。

 庭に建てられた石塔を見る。おい、何とかしてくれよ!


「作ってやればいいじゃねぇか、偶像を」


 青い犬さんが小粋に片目をつぶった。




次話「青い犬さんとエルフの里 後編」

お楽しみに!

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