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魔王襲来


 オリュンポス山脈の南に開けるゼルビット地方。その南端部に巨大半島がある。

 その地の殆どを山岳地帯からなる魔の森が占めていた。

 人々は恐れと畏怖を込め、白紙委任の森と呼んでいる。


 申し遅れました。ワタシは白紙委任の森全土に繁殖する触手そのもの。触手の王・カムイと呼ばれる存在なのです。




「南西部より巨大飛行物体確認。反応から魔王と思われます。緊急迎撃態勢へ移行します!」

 白紙委任の森全域をカバーする超感応体が、魔王の進入予報を感知した。


 秘密の中央居住地にて、たまたまオペレーターの席に着いていたワタシの分身であり代理人であるスライムが、その情報を読み取り、手順通りの指示を出した。


 分身というか、ほぼワタシなんですけどね。


 南西部ってことは、海を渡ってきたか……。


「魔王の現在地、モゼル地方上空を通過中。間もなく第一防衛線に接触します!」

 モゼル地方とは、ドラン王国の北に位置する海沿いの地方。九年前までは独立国家だったのですが、お家騒動の隙につけ込まれ、南に国境を接する中堅国家・ドラン王国に併呑されてしまったのです。


「よし! 第一防衛戦で食い止めるぞ。フレイムアロー砲並びに爆裂火槍発射準備!」

 報告を受けた本体であるワタシは、迎撃準備を命じる。誰に命じたところで、結局ワタシが動くんですけどね。


 爆裂火槍とは、以前勇者に使用した「爆炎の飛翔体」を改良強化した対魔王用兵器です。


 大地を割り、百基を越える爆裂火槍がせり上がっていく。

 ここまで、全部ワタシ一人が運用しています。


「飛行物体、魔王と確認! 間もなく第一防衛ラインに進入します!」

 分身であるスライムが、声を張り上げている。激戦の予感に緊張している風を演出しているのだ。


「進入次第、第一種戦闘配備に移行!」

 自分自身であるスライムに命令した。


 とうぜん、ここまでの会話、実質一人である。


 魔王が射程に入るまで、しばし時間がある。

 ワタシはその時間を利用して、順次、防衛システムを立ち上げるよう命令を下す。

 命令を受理するのも自分なんだけどね。戦闘態勢に移行する設備とは、ワタシの体である触手の事だからね。


 さて、魔王とは何者か?


 所属的にはワタシと同じ魔族です。

 世には、ワタシを含め六つの災害魔獣と呼ばれる魔族が存在します。

 その筆頭が迷宮の黒霧、もしくは魔窟の魔王アンラ=マンユと人々が呼ぶ超絶生命体なのです。


「映像入りました」

 光学反映ジェル体が像を結ぶ。


 黒山羊の頭に蝙蝠の羽を被せたデザインのおどろおどろしい顔。筋肉質であろう体は、マントのようなボロボロの布状不思議物質で覆われている。

 身長五メットにも三十メットにも見える。おそらく光学的なナニかを魔法でかけていると思われるが、総じて巨体である。


「第一種防衛戦突破!」 

 スライムが叫んだ。


 それに呼応してワタシは命令を発令した。

「フレイムアロー砲斉射!」

「しかし、魔法は全てレジストされます!」

 スライムが発射を躊躇した。つっても、中身はワタシだから一人芝居なんだけどね。


「かまわん! もとより通じぬのは承知の上。目くらましの煙幕だ!」

「了解、発射します」

 雰囲気ですよ、雰囲気!


 スライムの操作により……実質はワタシが打ち出す魔法なんだが……フレイムアロー砲塔群が火を噴いた!


 予想通り、炎の矢は魔王のマントを通すことが出来なかった。蟻を踏みつぶすかのように平然とレジストしてくれている。


 真っ赤な火球だけが空に花開く。

 だが、本命である爆裂火槍がフレイムアローに混じっている。


「ウゴァ!」

 魔王の悲鳴を初めて聞いた。


 彼の者は魔法攻撃に対しチートなまでの耐性を誇る。だが、物理攻撃は通るのだ。

 要は殴れば通るのだ。


 爆裂火槍の弾倉に仕組まれたのは、長い時間をかけて抽出した可燃物質と高濃度酸素である。

 物理的な爆発が、魔王の表面で立て続けに起こった。


「魔王、コース変更!」

 魔王はたまらず回避行動を取った。


 後退せず、速度を上げて前進するあたりが憎いところだ。

 一気に止めが欲しいところ。

   

「グランドキャノンの用意はどうか?」

 ワタシは密かに開発中の対魔王最終決戦兵器の進捗具合が気になった。


「だめです。残念ながら肝心の動力部分が70%の出来です。火が入りません!」

 スライムが申し訳なさそうに答える。

 ――しつこいようだが、中身はワタシなので、最初から知ってる話だが、雰囲気を重視したいのである――。


「緊急回避措置を執ろう。『アダマントの槍』は射出できるか?」

 できますが……。

「できます。既にスタンバイ完了しています」

 一人芝居がなんだか板についてきたぞ!


 光学反映ジェル体に鈍く光を放つ(やじり)がアップで映っている。

 こういう事もあろうかと、事前に準備しておいた。……なんか凄く忙しい気がするんだが、なぜでしょうか?


「その前に軽くジャブを打っておこう。禁呪『獄卒の門』発動!」

「危険です! あれは……あれは異世界の扉!」

 注意するのもワタシなんですけどね。


 空中に立体魔法陣が現れた。一つだけではない。四つの積層立体魔法陣が複雑にリンクさせた魔法陣である。

 四つの魔法陣の中央に、どす黒い巨大な扉が現れた

 おどろおどろしい正気を放つ扉は、赤茶けた鎖でがんじがらめに封ぜられている。


「封印開封! 出でよ地獄の亡者共!」

 鎖が音を立て千切れていく。

 魂が凍るようなきしみ音を立て地獄門が開く!


「ゆけ! チェグロゥュッヶブ=ブレリッヶデョル!」

 トリガー・スペルを唱えると、門の中より表現するもおぞましき黒のエネルギーが飛び出した。

 前面より、ドクロっぽいデザインで全てを腐食させる負の力が吹き出している。


 漆黒の弾丸が魔王の横っ腹に直撃……するかと思われたが、直前で激しく発光。そのまま消えてしまった。

 魔王のオリジナルユニークスキル「絶対抵抗」である。

 

「いまだ! 全弾発射!」

「てーっ!」

 もう命令しているのか命令されているのかよく解らない状況の中、文字通りの実弾が空に向かって打ち上げられた。


 その数十二本。

 音速の数倍を超える速度で、アダマントの穂先が魔王のマントを貫いた。


「オンギャース!」

 小気味よい音を立て、魔王の体に突き刺さっていく。


 十二本中九本が命中。

 これにはさすがの魔王もたまらず、飛行コースを大きく西に切った。

 アダマントの穂先を体に突き刺したまま、魔王が撤退を開始したのだ。


「やったぞ! これで白紙委任の森は救われた!」

 スライムが小躍りして喜んでいます。そうするように命じたのはワタシです。……なんか一人芝居が空しくなってきました。


 こうして、対魔王第十七回会戦はワタシの勝利に終わりました。


 だが、魔王は死んだわけではない。生きている以上、戦いに勝ったと言えるのでしょうか? 魔王が侵略の野望を捨てることはないでしょうし。  




 後日談ですが、魔王の体に突き刺さったアダマントの穂先は、魔王撤退中に地上へ抜け落ちたようです。

 それを拾ったのが運悪く、ワタシの同僚である深海の超獣・クラーケンさん退治に命をかける、とある船長でした。その災厄は、クラーケンさんに降りかかる事になってしまいましたが、まあ大したこと無いでしょう。


 また、アダマントの穂先が、有名な聖騎士の手に渡り、聖都防衛戦に使われたとも聞き及びます。







「触手さん、触手さん、今回は連続攻撃がすばらしかったね。一度も反撃できずに敗退しちゃったよ」

「魔王さん、魔王さん、それは魔王さんがここしばらく同じコースで進入してくるからだよ」


「あ、そうか。じゃ今度からランダムに進入地点を変えてみるね」

「うわー怖いなー。戦力分散が怖いなー」


「それはそうと触手さん、アダマントはまずいよ」

「え? 痛かった? ごめんよぅ」


「いやいや、そうじゃなくて、魔族設定でアダマントは加工できないって事になってるんだよ。私の巣穴にある盾と、人面岩下に埋められた剣の二つしかないことになってるんだ」

「いや、それは知らなかった事とはいえ、申し訳ない」


「いいよいいよ、こっちも言ってなかったし。不具合が生じたら、こっちで何とかするよ」

「悪いね。じゃ、お詫びに今度エーテル酒の350年物をご馳走するよ」

「なに! 幻の350年物が現存するのか!? 350年と言えば良質のエーテルが豊作で有名な年だ。これは楽しみだな!」


「じゃ、またね、魔王さん」

「はい、お疲れ様でした、触手さん」



次話「青い犬さんとエルフの里」

お楽しみに!

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