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ジレルとスライム 完結編 

まさかの完結編。



 白紙委任の森の朝は早い。


 日の出と共に、ゴブリンが新鮮な山羊の乳と、真っ赤に熟した果物を持って来てくれた。お供え物みたいなモンだ。


 ゴブリンをお見送りした後、さて、ガキ共を起こそうかと振り向いて驚いた。

 ゲッソリとやつれたジレルが、這ったまま食べ物を口に押し込んでいた。


「おー、生きてたか」

 ジレルは口いっぱいに頬張った食べ物を山羊の乳で喉へ流し込む。

 なかなかやるじゃないか!


 顔の腫れもずいぶんましになっている。これ以上バイ菌が入らないよう、包帯を清潔にして巻いておけば何とかなるだろう。


 ……目が変な能力持ってなきゃいいんだが……。

   

 相変わらず変な鼾をかいているセトを優しく注射で起こした。強制覚醒作用のポーションを使った。オレ的に見ても劇物指定だが、お家存亡の緊急事態だから仕方ない。


 は虫類みたいな目をしたセトが「オレの命令で」朝飯を機械的に食ってるのを横目に見ながら、ジレルから話を聞き出す事にした。

「先ずはジレルの一族、ゼフの話を聞こうか」


「……我が一族ゼフはその昔、コア帝国に敵対していたゼクリオンに使えていた者の末裔です。ゼクリオンに忠誠を誓ったゼフ一族は、ゼクリオン消滅と共に定住の地を失ったのです」

「流浪の民か」

 ジレルはゆっくりと頷いた。特に感慨も無さそうだ。


 その話は知っている。数百年前、二大大国間で幾つかの戦があった。

 コア帝国が勝ったので、ゼクリオンが負けた。オレにとってはそれだけの事だが、関わった人にとって、それだけでは済まなかったという事だ。


「我ら一族の繋がりは強固です。各地に散りつつも、密接に連絡を取り合ったり、年に何度か会合を持ったりしながら細々と生きて参りました」

 ジレルは大きく息を吸い込んだ。

「でも、もう限界なんです!」


 子供が限界を感じるようでは、ほんとに駄目なんだろう。


「そこへ飛び込んできたのが、遊学に出ておいでのセト様護衛の任務! 世継ぎ争いの中、差し向けられた刺客の手をくぐり抜け、無事モゼル領までお送りする!」

 モゼル領は、ここよりほぼ真西。ここは森の東側。モゼル領へ行くには悪名高い白紙委任の森を横断しなければならないことになる。


 加えて――。


 政敵より派遣された刺客は、正規の武人だ。ゼフ一族が言えた義理ではないが、仲間を見捨ててでも任務を達成しようとする。それは忠誠心が無ければなせぬ行為。


「これが成功すれば、ゼフ一族を召し抱えていただけるというのです! 我らは命がけでこの仕事を引き受けました! この森へ入るまでに十五人の仲間が死んだんです! 後戻りはできません!」


 セトに正規の武人が回ってきてない。彼の立場は貧弱だと推測される。

 たとえ、任務が成功しても、約束を守ってもらえるかは疑問。

 セトは王の器ではない。跡目を継いだとしても、国は存続できるのか?

 おぼれる者、藁をも掴むとは、この事か。


「予定ではガバゴスからダッカーを抜けてモゼルへ入る西回りルートの予定でした。敵が都の西を押さえてしまいましたので、白紙委任の森へ入るしか道がありませんでした」

 なるほど。敵の情報収集能力と人数が上回ったのか。


「で、届け先の正確な場所は?」

「モゼルの南端、ドラン王国との境でモゼル領側のクリフ村」

 ふむふむふむ。

 そこはモゼル王国の裏側。半島最南端のドラン王国との境目か。このコースなら敵の裏をかけるな。


 オレはちょっと考えた。そして本体とも連絡を取り合った。

 結果はオレが考えたことと同じ。 


「いいだろう。森の端っこ、モゼル領まで連れて行ってやる」

 ジレルの顔が目に見えて明るくなる。

「有り難うございます! このご恩、ゼフ一族に成り代わり、このジレルが命に代えてお返しいたします!」


 土下座というものを初めて見た。

 この子、まだ子供なのに、どんだけ出来た子だよ! いじらしいじゃないか!


「……ちなみに、危険な任務に、なんでお子様であるジレル君が同行してたんだね?」


 ジレルは顔を赤らめるという行為に出た。気のせいかモジモジしている。

「いえ、その……、わたしのお役目はセト様を屋敷から連れ出すための潜入要員だったのですが、敵の反応が予想以上に早く逃げ遅れてしまいまして……」

 ジレルの完璧でない部分を見て、親近感が湧いてしまった。


「コホン!」

 オレは気を引き締めるため、咳払い(無呼吸生物だけど)をした。


「問題は多い。ここは森の入り口に等しい場所だ。あと二日でこの森を横断しなければならない。オレの案内がつけば魔獣共に狙われることはない。とはいえ、まともな道なんか無い所だ。大人の足でも二日は厳しい。四日はかかるぞ?」


 ジレルが言葉に詰まった。

 贔屓の目で見て、ジレルでも走破は難しい。怪我の影響で大幅に体力を消耗している。


 セトはさらに問題だ。

 オレはチラリとセトの様子を伺う。


 瞳孔を開ききったまま、機械的に果物を噛み砕いていた。そろそろ止めないとお腹を壊していまう。


 大怪我した女子と、お坊ちゃまの足で、この森というか、山地を走破できると思えない。

 うーん……。


「ジレル君、君は命を捨てる覚悟があるか?」

「もちろんです!」

 よく言った!


「ならば一つ手がある。これだ!」

 オレは体から一本触手を伸ばした。先端が注射針になっている触手だ。

 針の先端から溢れる白い液体を見て、ビクリとジレルの体が震えた。


「試作中のスーパー覚醒……、えーと、栄養剤だ栄養剤。こいつを使うと疲れなくなる。……薬が切れるとすごい疲労感に襲われるけどね。痛みも感じなくなる。……薬が切れると激痛が走るけどね。人によって常用性が見られるが、たぶん大丈夫だ。使ってみるか?」

「……お願いします」

 本人は即答したつもりだろうが、実際は半呼吸分開いていた。


「よーしよしよしプスリ」

「はう!」

 ジレルの虚をついて針を腕に刺す。


 お尻に刺す方が効果的なんだが、スライムとしての絵面を鑑み、腕をチョイスしたオレは紳士である。


「体が熱いです」 

 みるみるジレルの体に気力が溢れてきた。 


「ではセト様、ジレルのお背中に」

 ジレルがしゃがみ込んでセトに背を向けた。負ぶっていこうというのだ。


「待ち給えジレル君。君がそんな事する必要はない。ここは俺に任せたまえ! きりり!」

 紳士たるオレは少女に肉体労働などさせるつもりはない。


「しかし、カムイ様にそのようなことをさせては……」

 ジレルの抗議をオレはやんわりと断った。

「オレも負ぶるつもりはない。プスリ」

「ハゥッ!」 


 遠い目をしたままのセトの首筋に、注射針が突き刺さった。

 ビクンビクンと体が痙攣している。

 基礎体力が少なそうだから10%増量サービスをしておいた。


「はうっ! みなぎるぞチカラ! 溢れるぞ体力!」

 セトの眠れる能力が覚醒した。


「行くぞ者共! スライムよ、案内(あない)いたせ!」

 セトが先頭に立って走り出す。

 やる気に満ち溢れた若者は、いつ見ても清々しいものである。たとえクスリ由来であったとしても。


「セト君、そっちは反対だ。それと言い忘れていたが、精神がハイに、もとい……気分が爽やかになる成分が含まれている。さあ、行こうか」

 オレたちは、一丸となって白紙委任の森に突っ込んでいった。


 二日間の昼夜に渡る強行軍(マラソン)を終え、オレ達は白紙委任の森を抜けた。


 そのころには薬の効果も切れ――何回か打ったけど、最後は効かなくなっていた――セトとジレルは、息も絶え絶えだった。

 特にセト。可哀想に、涎が止まらない程消耗しきっていた。


 約束の地には約束の人が待っていた。


 おや? ゼフの者がいない。

 いるのは完全武装の騎士が十人以上。


 オレは森の中で様子見だ。

 ジレルとセトだけで近づいていく。


 騎士の一人が前に出てきた。

「ご苦労だったなゼフの者よ。報酬だ、受け取れ」

 黒ずんだ銀貨を十枚ばかりジレルの前に放り投げた。


「これではお話しが――」

「話は済んだ。我らに意見するか? 者共、この子供を斬れ!」

 僅かばかりの銀貨が涼しい音を立て舞い踊る中、ジレルは呆然と立ちつくしていた。


 約束は破られた。ゼフの未来が無くなった。

 動かないジレルの代わりに騎士が動いた。

 両手持ちの剣を抜いて、構え無しに斬りつけてきた。


「危ない!」

 オレは触手を伸ばした。

「ゴムゴムになったロープ!」

 ジレルを触手で巻き取って回収。


 危なかった。いろんな意味で危機一髪のギリギリセーフだった。


「禍根を逃すな! 追え!」

 国内で世継ぎ騒動があることを対外的に知らしめしたくないのだろう。口封じの行動に出た。


 ジレルを追って騎士が森の中に進入する。 

 しかし、彼らが入った森は白紙委任の森。

 木々をかき分け、ぬっと何かが立ち上がった。


 白い肉の壁。巨人サイクロプロス先生が現れ、木々の上から一つ目で騎士を見下ろしていた。


「先生、お願いします!」

「ドーレー!」

 サイクロプロス先生が雄叫びを上げた。


「な、なぜこんな所に――」

「ドーレー!」

 サイクロプロスがその巨体に似合う棍棒をフルスイング。

 三人の騎士がひしゃげて空を飛んだ。


「引けっ! 引けっ!」

 残った騎士は、セトを守りながら撤退していった。


 ラージシールドを持つ騎士を後衛にした引きっぷりは見事。なんだ、セト君、ちゃんとしたバックがついてるんじゃないか。

 オレが見たのはそこまで。

 ジレルのぐったりした体を頭の上に担ぎ、全速力で森の中を走っていた。


「ログさん、クルトさん、みんな、……ごめん……なさい……」

 ジレルよ、そこは泣いていいところなんだよ。


 人間の進入不可能な絶対領域まで走った。一休みしよう。

「ジレル、ここまで来たら物のついでだ。好きなところまで送っていこう」  

 彼女はしばらく黙っていた。


 歩き出して程なく――。


「……東の海へ。オトリッチのセワ川河口まで」

「そこにゼフ一族がいるんだな」

 ジレルは頷いた。


「東の海は海賊が暴れ回ってるって話だ。気をつけろよ」

 森の中を抜ける風が、顔の包帯を揺らして吹き抜ける。


「もう一度、あの薬を打ってくれませんか?」

 ジレルの背中が丸い。

「だめだ。心が弱ってる時に使っちゃいけない。死を招く薬だ。だからダメ。ゼッタイ!」


「私は死ぬのですか?」 

 心が折れるってやつか?


「野菜や魚や穀物や果物とかいろんな種類を食べて、いっぱい運動して、たくさん寝て、一生懸命勉強してればすぐ元通りになるさ」


「勉強ですか?」

「そうだ、今際の際までが勉強だ。自分が勉強すれば、それは仲間も勉強した事になる。自分が強くなれば、仲間も強くなる」


 ジレルは、一緒に走った大人達の事を思い出しているのだろう。


 オレは比較的歩きやすいルートを選んだ。

 そして彼女から外の情報をいっぱい聞き取った。

 オレたちは七日掛けて、白紙委任の森を東の海岸地帯へと抜けた。

 

 広大な川幅を誇るセワ川。ここまで来れば人の領域まであと少し。ジレルが先に歩いている。


 唐突にジレルが振り返った。

「カムイ様、少しお話を聞いてもよろしいですか?」

 彼女の右目は生命感に溢れていた。


「なんだね?」

 思えばジレルはよく立ち直ったものだった。


「失礼ですが、カムイ様はあまりにも人間臭い。人間と接触がないはずなのに、人間の事をよく知っておられる。冷静な物の考え方をしておられる。カムイ様の代理人と仰ってましたが、ただの魔獣ではありませんね?」

 冷静な物の考え方? ただの魔獣ではない? うむ! 見事にオレの本質を見抜いておる。


「ジレル君、君は『異世界』という言葉を知っているかね?」

「別の……世界ですか? おとぎ話に出てくる?」

 この世界、この辺のお話しは成熟してないのか。なら、話は無理か。


「これ以上は話せぬ。ジレルも聞くな。……さあ、お別れだ」

 左目に包帯を巻いた十才の少女。彼女の冒険はここでお終いだ。

 ジレルもそれを悟った。だから何も言い返さなかった。


「……カムイ様、このご恩、どうやってお返しすればいいのか想像もできません」

 彼女の挨拶は湿っぽかった。

 しかし、最後まで涙は見せなかった。


「まあね、この恩はいつか返してもらうよ。それと、一回だけなら遊びに来ても良いよ。じゃあね」

 これが伏線になれば良いな。


 ――超高速移動――。

 オレは文字通り消えるようにして、ジレルの前からいなくなった。



 

 ――そして十年後。


 ワタシは中天にさしかかった満月を見上げ、感慨にふけっていた。

 ……まあ、そんなお話しがあったんですよ。





 今宵の後、まもなく――。


 成長したジレルと再会したのだが、それはまた別のお話。 


これにて、ジレルとスライム編終了!



いよいよアイツがやってくる。

次話「魔王来襲」にご期待ください!

今度は誰がやってくるんだ? わかんねー!

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