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彼女は天才、彼は秀才  作者: 大和麻也
歩いて行くには遠すぎる
9/27

II 「退屈しないよ」

 日曜日。

 ぼくと才華は家を出た。目指すは平岡、自転車で二十分ほどの道のりだ。ぼくは江川のおばさんの自転車をおさがりとして使うことになった。才華はお気に入りであるアイボリーのアイビーキャップを被り、結構張り切っている。

 何だかんだ才華も楽しみだったのかもしれない。

 ……いや、才華に過度な期待をしてはあかんな。

 そんな淡い気持ちはさておき、信号に止まって並んだときに話しかけてみる。

「才華、あとどれくらい?」

「まだまだ半分も走っていないよ」

「噓でしょ? ……思ったより遠いね。道は狭いし人は多いし、疲れちゃうよ」

 走りにくくてたまらない道だ。大阪でもこういう道路はあるけれど、異郷の地で出くわすと気分が萎えてしまう。

「結構遠いよ。平岡に近くなればもっと人も多くなるから大変だと思うな」

「勘弁してくれ……」

「あ、信号変わったよ。ほら、先に行って」

 気分を切り替えて走り出す。しかし、急だったから焦ってしまってちょっとばかしハンドル操作が荒くなる。迷惑なのは後ろの才華で、

「ちょっと、危な――」

 ずるずる……背後で不穏な音が聞こえた。

 バランスを取り戻して走り出したが、今度はしゅるしゅるという音が後ろから聞こえてくる。これだけでだいたい予想がついた。才華の自転車から聞こえるこの音は――

「弥、側溝にはまってパンクした」

 ほらやっぱり。


 仕方なく自転車を押して、邪魔にならないところへ移動した。

「どうするの? 戻る?」

「それもそれで業腹ね」才華は機嫌悪そうに言う。「何かいい方法はないかな? 駅に行けないこともないけれど……」

「自転車をどこかの駐輪場に置いて、電車で行く?」

「でも、それだと修理を後回しにすることになっちゃう。となると、時間もお金ももったいないな」

 正直、ケチな女の子だと思う。つまり、ぼくの理解した才華の理想とは、

「才華としては、自転車屋さんを見つけて、預けて行きたいのね」

 こくりと才華が頷く。才華も何かとわがままだ。

「そうやけどなあ……」道の方に歩いて出て、きょろきょろと周囲を見回してみる。「自転車屋さんなんて見当たらないよ」

 ううん、と困ったふうに唸りながら、才華も道の方に歩いてきた。いくらかふたりで近くを見回すと、才華が、

「ねえ、あれってそうじゃない?」

 指差した先、三十メートルくらいのところに看板が見える。目を細めてよくよく見てみると、そこには、


松嶋(まつしま)サイクル

 ――営業時間・月~土9:00~17:00、第二~五日曜9:00~13:00――

 ――定休日・毎週月曜、毎月第一日曜――』


 渡りに船、というのはこういうことか。適当に探していたぼくに引き換え、才華は目敏い女の子だ。

 見つけたならば行くほかない。第三日曜のきょう、まだ午前だから営業は終わっていないはずだ。自転車をしゅるしゅる鳴らしながら押していき、その自転車店の前に着く。そこでは、白髪混じりの五十歳くらいのおじさんが、何やらガラスの扉の前で作業をしていた。

「すみません」才華が声をかけると、おじさんが振り返った。「パンクの修理、いまからお願いできますか?」

 振り返ったおじさんは、ああ、とバツが悪そうな声を出す。

「悪いね。ほら、この通り」

 そう言って示したのは、いままさに扉に貼った紙に書かれていた。


『本日店主の所要により、臨時休業いたします。ご用件の方はお手数をおかけしますが、次の営業日・火曜日にまたお越しください。以降は通常営業いたします。

 四月十八日、松嶋サイクル』


 マジックペンで走り書きされたそれを見た才華は、しょんぼりと肩を落とした。

「仕方がありませんね」

「ごめんよ。実はきょう、急に人に会う大事な用事ができて、いますぐ平岡に行くんだ」

「平岡ですか、わたしたちと同じです」

「へえ、奇遇だ」

 才華は世間話で粘っていると見えた。話が引き受けの方に転がってしまう前に、ぼくが割り込む。

「うん、しょうがない。帰ろうか?」電車で行けないかという少々の期待を込め、才華に言う。続いておじさんに、「じゃあ、またいずれお願いに来ます」

「ああ、ちょっと待った」

 踵を返しかけた才華とぼくに、おじさんが言う。

「きみたち見かけない顔だから、きょうが臨時休業だなんて知らないだろう? まあいいや。きょうは返せないけど、預けて行くなら見とくよ。どうする?」

「本当ですか!」才華の目が輝く。ぼくはちょっとがっかりする。「なら、お願いします。今週中に取りに来ますので。お金は……」

「三千円くらいかな。取りに来たらもらうから」

「ありがとうございます」本当に才華は人当りが良い。そのままの輝かしい笑顔で、ぼくの方を振り返る。「さあ、行こう」

 そう言っておじさんに会釈しながらすたすたと歩いていく。ぼくはおじさんに一礼してから慌てて追いかけ、才華と並ぶ。

 そして、ひとつ納得のできないことが。

「才華、そっちは駅じゃないよね?」

「え? 乗ってもあと一駅くらいだよ? 歩いて行けるって」

 才華は本気のようだった。というより、それ以外の発想はあり得ない、とでも思っていたらしい。どうにか、まっとうな理由で駅に向かうようにしないと。

「一駅分にしたって、結構歩くよね? タイムロスになって買い物できる時間が減っちゃうかもしれないし、退屈しないで歩いて行くには遠すぎるよ」

「大丈夫、退屈しないよ」

 自分で決めたことに関して、才華がすこぶる付きで頑固になるということを、ぼくは知っている。いい加減諦めよう。確かに、才華と歩いていたら退屈はしないだろうね。あれも気になる、これも気になる――そればっかりで、正直うんざりしてしまうくらいかも。

 うん? そうか……


「すごく気になるの。松嶋さん、臨時休業してまで誰に会うんだろう?」


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