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彼女は天才、彼は秀才  作者: 大和麻也
歩いて行くには遠すぎる
8/27

I 「あしたは」

...Who done it?

 人間そう簡単には上手くいかない。勉強も、人間関係も、何もかも。

「よし、久米。答えろ」

 数学の先生からのご指名、ぼくはしっかりと解答する。

「(2x+9y)(11x-6y)です」

「ううん……違う」

 ありゃ?

 教室のどこかからぼそりと答えが呟かれる。

「(11x-2y)(2x+27y)……じゃないですか?」

「お、正解……ここは問題ないよな」

 授業が再開される。

 そう、上手くいかないのさ。特に、ニアミスというものは気分が悪い。

 勉強はここのところ、精彩を欠いている。凡ミスというものはいままでなかったのに、学校のレベルが高くなったせいで、実力不足が顕著になってしまったようだ。周囲は理解している中、ひとりだけ理解していないぼく。授業後先生に質問しようにも、ほかのみんながえらくハイレベルな質問をしているときに、基本の質問は正直恥ずかしくてできない。

 気の置けない友達に訊けばいい、という問題でもない。なぜって、友達ができないのさ。中学から仲のいい人たちにとって、突然余所者が来たわけだから扱いが難しいようだ。何より、才華と行動しているせいで、「恋仲の邪魔はいけない」とでも思われてしまっているようでもある。

 高校生活って、こんなものなのかな? 中学のようにはいかないまでも、もう少し楽しい日常を期待していた。確かにぼくがここにいるのは場違いだ。外部であることからしても、学力からしても。ただしそれが不満なのではない、不安なのだ。

 このままぼくは、期待の星から地上の石ころへと堕落してしまうのだろうか。

 もちろんこの不安で騒いだりはできない。まだ結果を見ていないというのもあるけれど、人に不安を吐露したところで、相手に迷惑だ。不安だからって、苛立つのも落ち込むのも見苦しい。

 まあ、上手くいかない中でも、ピンク色の青春には慣れてきている。買い物のシフトもゴミ捨てのシフトも秩序ができて、しっかりと計画的に、協力して日常を送っている。田中のおじさんに迷惑をかけることもない。勉学の邪魔になっていることもない。順調なようでそうではないけれど、不調ということもない。

 まさに、ピンク色。どっちつかずの色味のない青春だ。



「あ、久米くんだ」

 土曜日。ホームルームのあと、少し教室で授業の勉強を続けていた。きょうはたまたま、紆余曲折云々かんぬんあって掃除がないのだ。そこに話しかけてきたのは江里口さん。

「ぼくが人やあらへんみたいな言い方やな」

「関西訛り?」油断していたぼくが大阪弁で返事をしたせいで、江里口さんをきょとんとさせてしまった。「無理に面白く言わなくてもいいでしょ」

 素なんだけどな。大阪弁って東京では面白さの象徴と思われているんだ。いや、どちらかというと『大阪』とか『大阪府民』とかに当てはまる括りかな。

「そういえば、江里口さん。文芸部には入部したの?」

 江里口さんは苦笑する。

「ううん、文芸部はやめた。勧誘のときには見に行かなかったけど、生物部にでも入ろうかなって思ってる」

 確かに、文芸部に入部する気にはなれないだろう。勧誘のときのことを考えると、正直あまり首を突っ込みたいとは思えない。

 部活の入部、退部の時期に決まりはない。まだ四月だし、いまから部活を探しても遅くはない。ちなみにぼくは、しっかり将棋部に入部した。

「ところで、江里口さんがどうしてこの教室に?」

 江里口さんの教室とぼくの教室は結構離れている。そうでなくとも、他のクラスなんて用事もなしにふらっと訪れる場所ではない。

 少しだけ頬を赤くして目を逸らしながら、

「ちょっと会いたい人がいたんだけど、もう帰っちゃってたんだよね」

「上手くいかないね」

 ふん、と江里口さんは口を尖らせた。正直少々言葉が汚い女の子だけれど、仕草ひとつひとつには小動物のような可愛らしさがある。

 そんな考えが伝わってしまったのだろうか? 江里口さんは訝しげな顔で、

「久米くんのほうは機嫌が良さそうだね。あしたは何かあるの?」

「ばれた?」

「それはもう分かりやすい。ああ、解った。家入とデートでしょ?」

 おしい。

「まあ、そんなところ。デートではないけれどね」

 正確には、日曜日の生活用品の買い出しだ。窪寺の隣町のそのまた隣町、平岡(ひらおか)市まで出かける。普段から買い物には行くけれど、ふたりで揃って出かける多めの買い物ははじめて。しかもあのケチな才華と外食。その平岡の街は、このあたりでは結構大きいと言うから楽しみだ。ただし才華がケチを言って自転車で出かけることになったのはマイナスだけれど。

 とにかく、楽しみな日曜日なのだ。

「いいねえ。こっちは会いたくても会えなかったっていうのに、暢気だこと」

 皮肉のつもりだろうけれど、ちょっと的を射ていないね。なぜって、ぼくは家に帰るだけで才華に会えるからさ。まあ、江里口さんは知らないのだから当たり前のこと。

 それはそれとして、皮肉を言われた仕返しをしておこう。ちょっとからかってやろうと思ったんだ。

「で、江里口さんは誰に会いに――」

「じゃあ、また月曜日」

 逃げ出した。満更でもなさそうな顔だったけど。


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