VI 「傑作揃いだったのに」
「それにしても残念だね」
佐々木さんが呟いた。返事をしたのは山口さんだ。
「そうですね、傑作揃いだったのに」
しばらく黙っていた江里口さんが口を挟む。
「そんなにすごい文集だったんですか?」
「うん、本当に傑作だった」山口さんが懐かしそうに言う。「三年の先輩たちが原稿を書くのは五月が最後でね、それはもうすごいのが揃うんだ」
「今年は私の番だから頑張ろうと思ってる」と佐々木さんも乗っかる。「でもそれだけじゃなくて、一年生の初陣でもあるから、文化祭の次くらいに楽しいかな。去年は一年生が山口くんと瑞希ちゃんしかいなかったけど、すごく面白かったから、引退しても安心だね」
江里口さんがなるほど、と頷く。こっちも考えているのかな? まあ、最初に考えてほしいと言われたのは江里口さんなのだろうけど。
山口さんと佐々木さんが賑やかにやっている中、ぼくは苦笑している瑞希さんに話しかけてみる。
「ファイル、見てもいいですか?」
「うん、もちろん。ああ、でも、青いのは見世物じゃないからね」
返事の代わりに笑って、イラストの入っている緑のファイルを開く。高校生が描いたとは思えない、美しいキャラクターやら高校生やらの絵がたくさん入っていた。どこをめくっても輝かんばかりだ。
「すごいですね、手で描いているんですか?」
「パソコンを使ったのも混ざってるよ」
「へえ。このファイルに入っているのは、ここにいる三人の絵ですか?」
「そうだよ。先輩達のを見せても良かったけど、新入生はどうせ会えないから、いまは出してないんだ。……でも、そこにあるのは、ほとんど佐々木先輩と私の絵だね。私は絵ばっかり描いているけど、山口は文章を書くほうが好きだから」
なるほどね。
見蕩れつつファイルを眺めていると、それを才華がぼくの肩口から覗きこんでくる。
「わあ、綺麗」
「才華、顔が近いよ……それで? 才華は部誌を読んでいるの?」
冊子を一冊手にしている。その後ろのほうのページを読んでいた。
「うん。七月発行のやつだよ。……それにしても弥の見てる絵、すごい。小説も面白いですね、どれも」
才華が瑞希さんにそう声をかけると、瑞希さんは恥ずかしそうに笑った。すると、才華はぼくに耳打ちする。
「この絵のサインと、わたしの読んでいる文章の作者の名前は一緒。でも、小説は全然面白くないね。表現とか文法とか、くだらないミスが多い」
「……おいおい」
素人の小説にケチをつけるのは、正直気分がよくない。しかめ面を見せてやった。それを見て不思議そうな顔をする瑞希さんに、才華は笑顔を向けた。
でも、その笑顔をすぐに引っ込め、思い出したように尋ねる。
「そういえば、図書室にひとりでいるあいだ、誰か来ました?」
「ふたり組の女の子が来ただけだよ」
「その二人組は、どれくらい見ていましたか?」
「みんなが捜しに行って、戻ってからも見ていたから、結構長かったよ。ふたり組がいなくなってから、一分くらいであなたたちが来たもの」
「そうですか、解りました。ありがとうございます」
妙な質問をしただけで才華は満足したらしい。
瑞希さんと目が合う。一緒に『不思議だ』という顔をした。
新たに来客があり、文芸部の三人が対応を始めた。
佐々木さんや山口さんと話していた江里口さんは、ぼくと才華のもとへ来た。
「ねえ、家入、久米くん。私、少し想像できてきた」
「何を?」と才華は訊かなくてもいいような質問を返した。
「犯人だよ、犯人。当然だろ」江里口さんはやっぱりそう答えた。
しかし才華は、はあ? と首を傾げた。江里口さんはそれを無視して、ぼくとも才華ともつかない感じに話しはじめた。
「やっぱり、最初の十分が怪しくないか?」
「うん。だってそうでしょ?」不思議そうな顔をしていたくせに、才華は同意した。話が嚙み合っていないかもしれない。
「家入の言ってる意味が解らん。とにかく、最初にトイレに出かけたときのことで、誰かが噓をついたってこと」
「ええ、噓だって?」
少し声が大きくなって、文芸部の三人がこっちを見た。手で「何でもない」と示すと、来客の対応に戻った。
「で、どういうこと? 正直、三人とも噓を言っているとは思えなかったけど?」
「よく考えてみろよ」江里口さんは言葉遣いが少しだけ荒いようだ。語尾が男っぽいせいだと思う。「証拠を出してきたのは? 佐々木先輩だけだったぞ」
「詳しく教えて」
「佐々木先輩は通話履歴を見せてきたから、間違いなく通話していた。瑞希先輩は私が図書室に来たとき、確かに寝ていた。でも、山口先輩だけは、何も証拠を持っていない。飲み物を一階まで買いに行ったなら、ペットボトルも缶もないのは変。もし飲んで捨ててきたなら、さっきみたいに飲み物を『買いに行った』とは言わないで、『飲みに行った』と言うほうがしっくりくるでしょ?」
ははあ、目から鱗。すごく鋭い。
「だから、犯人は……」
山口先輩のほうを見る。
「間違いないんじゃない?」
「うん。間違いなく間違いだね」
割り込んだのは才華だ。
「おい、家入。どういうことだよ?」
「ゆっくり説明するから」と才華は言って、文芸部の三人のところへ挨拶に行った。「すみません、なくなった理由も解らず長居しちゃって。入部届の紙、一応もらえますか?」
瑞希さんが青いファイルをごそごそと探り、入部届を三枚手渡した。
ぼくは唖然としていた。江里口さんの言っている、いわゆる推理というものに、誤解があったようには思えないからだ。
「ありがとうございます。入部するか、少し考えておきます」
愛想よく振舞って戻って来ると、才華はちょっぴりむすっとしながら、「行くよ」とぼくと江里口さんを促した。
江里口さんと顔を合わせる。
才華流の推理が、さっぱり解らなかった。
次回解決編。
皆様の推理、感想にて披露してくださると嬉しいです。