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彼女は天才、彼は秀才  作者: 大和麻也
桜色の習作
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III 「どうしても気になるんだもん」

「ああ、もう! 気になる」

 どたばたと才華は居間を出て、自分の部屋へ階段を駆けて行った。

 才華との共同生活が始まって四日。お葬式も終わって生活も落ち着きを取り戻し始め、いよいよ入学式前日だ。おかげで、少しずつ生活に余裕を持てるようになった。その余裕を有効活用し、才華の観察をしてみた。人物理解のためであって、もちろん下心はないよ?

 観察の結果、才華の一番の特徴は、『放っておけない』性格……といえばとてもいい人に聞こえるだろうね。どちらかといえば才華は、些細なことも、『見逃さない』のだ。どうやら口癖は「気になる」らしい。

 えらく細かなことでも気になって、結論を欲しがる。ときには電子辞書を開き、ときには百科事典を開くべく自室へ飛び込む。そうして気にしているあいだ、才華の行動の一切はストップしてしまう。

 結論を求めるのはとてもいいことだろう。学習には大切だ。けれども、それは必ずしも学校の勉学には関係がなく、そのせいで内部進学も失敗するほど成績は悪いらしい。江川のおばさんが『変な子』と言っていたのも解らなくはない。

 たとえばいまだって、

「あ、答えは何だった?」

 戻ってきた才華に問う。するととても素敵な笑顔で才華は応えるんだ。

「Washington, District of Columbia.ワシントン・コロンビア特別行政区だって」

 そう、才華はアメリカの首都・ワシントンD.C.の『D.C.』が何の略なのか気になって仕方がなかったらしいんだ。ニュースから聞こえてきた、たった一単語をここまで掘り下げてしまうほど、才華は見逃さない。いや、今回は聞き逃さなかったのか。

 この前なんか『しゃもじ』の発音で議論になった。どう考えたって『も』にアクセントがあるのに、才華は『しゃ』にあると言うんだ。それで語り合った挙句、インターネットで調べると、『方言の違い』とあった。『も』を強く発音するのは西日本が多いのだとか。東北なんかじゃ『杓』というらしく、才華はその理由すらも探求しようとしていたが、ぼくは疲れきっていて、それ以上は相手をしていられなかった。

「才華は本当に何でも気になるよね」

 からかう口調で質問をしてみると、

「だってさ、どうしても気になるんだもん。というか、弥は気にならないの? ワシントンD.C.の『D.C.』は何が略されていて、何で単に『ワシントン』じゃないのかって」

 ああ、ぼくが把握していた以上のことも調べていたんだね。単に『ワシントン』じゃないのはワシントン州との区別のためってことは、結構有名だと思うけどな。

 ちなみに才華は、語尾が「だもん」になるのも口癖らしい。まあ、自覚していないだろう口癖のことはあまり言っちゃいけないね。ぼくだっていざ口癖を指摘されたら、正直参っちゃうと思うんだ。

 才華との会話を続ける。

「正直、全然気にならないよ。まあ、ものによるけど」

「ええ? 気になるって。だって、知らないって気持ちのいいことじゃないでしょ?」

「ううん、壮絶な受験をしたぼくは頷けるところもあるけれど、普通は、あんまり共感してもらえないと思うよ」

 言うと、才華は口を尖らせて家事に戻った。ぼくの同居人って、案外可愛いんだよ。

 内部進学が危ぶまれる原因となった成績に関しても、入学前の宿題がたっぷりと出ていたので、それらを通して知ることができた。才華はおおよそにして、


 数学の知識、なし。

 物理の知識、なし。

 化学の知識、なし。

 生物の知識、なし。

 英語の知識、比較的優秀。

 国語の知識、非常に豊富。辞書をよく使うおかげか。

 歴史の知識、近現代の世界史について優れる。日本史は壊滅。

 現代社会の知識、なかなかに優れている。特に、法律について興味があるらしい。


 文系という括りで見れば、そこまでひどい成績とも思えない。とはいえ、中学校の教科の括りで見れば、国語と英語だけ秀でて、社会科は微妙、理数で大きなマイナス。進学審査にかけられ、落とされても無理はない。一方で天保の高校入試は国、数、英の三教科だから、数学さえ頑張れば簡単に点を稼げてしまう。それなら入試に合格できるよ。

 そもそも、天保に通っているという時点で、世間一般から見ればかなり賢い。天保ほどの学校で落ちこぼれてしまうのは、無理もないことだったのかもしれない。何せ自分の興味にばかり突っ走ってしまうのだから。

 また、生活能力は高い。悪いところを言えば少しケチなところはあるが、家事全般をこなし、何より料理が上手だ。ぼくも両親が家にいないことがしばしばあったから、料理の心得はある。でも、才華の料理を食べたら、あんまり披露したくなくなってしまった。本人は、天保中学入学のときから江川のおばさんとふたり暮らしをしていたから身についた、と言っている。部活もしていないらしいから、料理に触れる機会はぼくより多かったのだろう。

 要するに才華は、とても個性的なのだ。

 得意な分野があり、特技がある。意欲的に取り組む、興味のあることもある。ちょうどぼくと正反対なんだ。正直羨ましい。

 包丁でとんとんと何やら切っている才華を眺め、ふと息が漏れる。

「……ぼくも努力せんと」

「どうしたの?」

「いいや、独り言だよ」


 でもぼくは、まだ才華の本質を知ってはいなかったんだ。


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