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彼女は天才、彼は秀才  作者: 大和麻也
天才は忘れない
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IV 「慣れすぎ」

「……ということで、梓から『相談に乗ってやれ』って言われてさ」

 平馬から話を聞いた数日後、今度は江里口さんと話していた。連休明けからの悩みだったのに、もう一学期中間テストの一週間前、五月の下旬だ。

 以前も呼び出された裏門に、また江里口さんのほうから呼び出された。何事かと思えば、この前の延長だ。

 同居の話は平馬から江里口さんに飛んだらしい。江里口さんや平馬のネットワークは閉鎖的だから、噂が広まることはないだろうけれど、事前にその旨を伝えてほしかった。いきなり『家入と一緒に住んでいるんだってね』で話がはじまったものだから、心臓が破裂するかと思ったよ。

「でもさ、相談に乗れるかな? 私も恋愛らしい恋愛はしていないし」

 思案げに上を向く江里口さんを、ちょっとからかってみる。

「ああ、相手が平馬だしね」

「黙れ、変なこと言うと梓が殺しに来るぞ。どこで監視して、どこで盗み聞きしているか私でも把握できないんだから」

 両手を上げて降参を示した。江里口さんの男っぽい口調は、こういう脅しのときに威力抜群だ。

 しかし、脅したかと思うと小動物的な江里口さんに戻り、照れながら続ける。

「まあ、『恋愛らしい恋愛をしていない』ってのは、梓のほうからアプローチがあったからだし。本当にしつこかったんだから」

 アイロニカルな言い方に、もはや正直腹が立つ。まったくこのふたりは、仲良くするならもう少し周囲に配慮してほしい。

 ぼくはのろけ話をかき消すように言う。

「ぼくの場合は、恋愛で片付く話じゃないから」

「……まあ、そうだね。家入は久米くんの、大事な『家族』なんでしょ?」

 頷く。

 一瞬江里口さんは笑ったが、すぐに引き締めた。

「だったら、先にそのイメージを壊せるように言っておくよ」

「どういうこと?」ぼくは少し強く言い返した。なぜ家族という認識がまずいような言い方をするのだろう。「江里口さんが平馬を好きなように、ぼくだって揺るがないさ」

「でも、久米くんは慣れすぎてしまっている。家入を信用しすぎるのは危ない」

「だから、どうして?」

 腹が立ってきた。

「反対に聞くけど、久米くんが家入を信用する理由って?」

「一緒に暮らしてきたんや。それが一番の証拠。協力して暮らしとるんやから、全部信じとる。ひとつも疑っておらへん」

「頭が切れるから、じゃない?」

 頭が切れる。

 推理力。

 何度も、才華の実力は間近で見つめてきた。そうでなくとも、日常の好奇心から知識量は豊富。才華の言動に信用をもたらしていたかもしれない。

「確かに……一因ではある」

「……私が家入を警戒している理由、話してなかったよね?」

 江里口さんが、『警戒』している? 才華を嫌っているものとばかり思っていた。思い違いだったならば、ちゃんと聞いておかなくてはならない。

 ぼくが黙ったのを見て、江里口さんは続ける。

「私と家入が中学三年間同じクラスだったのは知ってるよね? でも、別に中学一年のころは仲は良いほうだったと思う。変わったのは、二年の夏。すごく暑い日でね、家入と仲の良かった女子が、熱中症で救急搬送されたことがあるんだ」

「そんなことが……」

「放課後になって、落ち着いたって連絡があったから、荷物を病院に持って行ってあげようとしたんだけど、ロッカーには鍵がかけてあるでしょ? ダイヤル式の。だから、みんなロッカーの前で困っていたの」

 違和感。ロッカー。それって、いつかあったような……

「そのとき、家入は『大丈夫』って言って、周りの何人かに、搬送された子の誕生日なんかをいくつか聞いたの。そしたら、家入は一瞬でロッカーの鍵を開けたの……」

「ぼくも、開けてもらったことがある」

 素直に、事実を述べた。しかし、

「暢気に言うな!」江里口さんは声を荒げる。「よく考えろ。いくつか関係のありそうな数字を聞いただけなのに、一瞬で鍵を開けたんだぞ? 気持ち悪いよ! いつ自分の鍵が開けられるかわからない……そんなの嫌でしょ?」

「でも……それは才華の推理力であって……」

「家入はその推理力を使えば、犯罪だって容易いんだよ?」

「…………」

 不安が募ってくる。ぼくよりも長い間才華を見てきた江里口さんだ、才華を警戒するのも積み上げてきた時間がぼくを納得させる。

 才華が、推理力を悪用する――?

 ぼくが鍵を開けてもらったときも、もう少し感じるべきだった。才華の頭の回転が速いのは優れた才能だが、優れたものほど使いようによっては危険に違いない。いままでは才華の才能が危害をもたらすことがなかったとはいえ、敵に回して勝てるはずがない。今回だってその頭脳こそが、ぼくを真相へ近寄らせてくれない原因とも考えられる。

 いつだったか才華が言っていた。『応用力の勝負でしょ?』

 もし、応用の方向を誤ったとしたら――?

「……まさか、ね」

 江里口さんはまだまだ神妙な声だ。

「疑いたくないのは解るけれど、才華の実力は、傍から見ただけでは判断できない。もちろん、私の言っていることも傍から見た感想だけれど――」

「そうだよ」ぼくは江里口さんの言葉を遮った。「傍から見た感想なら、ぼくの信用も江里口さんの不安も対等だ。だったら、ぼくは信じるよ」

「久米くん……」

「才華のことは、ぼくが一番わかっとるのや」



 大きなため息をひとつ、江里口さんが吐き出した。

「まったく。それだけ信用しているなら、家入も下手なことはできないね」

「だといいよ」ぼくの信用に確たる証拠はない。江里口さんの言うような実例もないのだから、正直不安はまだ渦巻いていた。「それで、江里口さんは才華がいま、どうしていると思うんだい?」

「じゃあ、いくらか質問。家入は、出かけるときに荷物は持つ?」

「いいや。財布を持つくらいだと思うよ」

「でも鞄は使っている?」

「うん、使うね。才華が出かけるときは、基本鞄を持つんだ。別に、それ自体は不思議なことではないよ?」

 ぼくには理解できていないが、江里口さんは何かに納得して頷いている。考えてくれているようだ。質問は続く。

「時間はどれくらい?」

「ううん、移動手段もいろいろだから、一概には言えないね。二時間だったり、三十分だったり。時間が解らないから余計に考えるのが難しいんだ」

「……そうか、だんだん見えてきた」

 顔を上げた江里口さんの口角が、少しずつ上がっていき、

「何だ、こんなの簡単な話」

 よほど自信があるのか、才華の口真似をした。

「本当かい?」ぼくは待ちきれなくて促した。こんなにも短時間で真相に辿り着くものだから、才華の推理のようで懐かしく、楽しい気分になっていた。「教えてよ、才華はどうして帰ってこないと思う?」

「ああ、ちょっと待った」あまりにもぼくが喰いつくものだから、江里口さんを焦らせてしまった。ぼくを遮って手を振りながら、「それらしきこととは解ったけれど、まだ当たっているかは微妙なんだよ。だから、見分け方を教えるよ」

 何を言っているのかよく解らず、きょとんとしてしまうぼくをよそに、江里口さんは満面の笑みで、ちょっとふざけたような声で続けた。


「久米くん。家入に告白してみようか」

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