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彼女は天才、彼は秀才  作者: 大和麻也
天才は忘れない
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III 「考えすぎ」

 何日も何日も、才華は帰りが遅かったり、帰ってすぐに出かけたり。

 いくら考えても理由は思い当たらない。家にいても安心できない日々が続き、ぼくは意を決することにした。

「それで、おれに相談をしてみた、と」

「そうなんだよ、平馬。ぼくもろくな友達がいないものだね」

「ああ、ろくでなしだ」

 意を決して、平馬に相談を持ちかけた。ぼくらの他に誰もいない、放課後の教室だ。

 平馬はさほど驚いたふうもなく、だからといってぼくを疑いもしなかった。少々空回りした気分で、ぼくは訊いてみた。

「別段驚いた様子もないね」

「まあ、みんなカップルだと思っているようだったから、何かしら特別な関係だろうとは思うさ。久米と家入ちゃんは、『邪魔しちゃならん』となかなか有名だ」

 平馬は最近才華を『家入ちゃん』と呼んでいる。

「……毎日一緒に登校して、毎日一緒に下校していたからな、自然といえば自然な話だ」

「そうかな?」隠してはいなかったとはいえ、同居まで予知されていたとなると、不思議と微妙な心境になる。驚かせたかったわけではないけれどさ。

「しかし、世の男子高校生諸君が聞いたら、さぞ羨むだろうな」

「どうしてさ?」

「『どうしてさ?』って、その疑問こそ『どうしてさ?』だ。女子高校生と同じ屋根の下、だからな。デリカシーのない連中は喜ぶさ。好みによっては家入ちゃん、結構顔もいいし」

「喜べないよ、家事も楽じゃない。……それに、自慢じゃないけど才華はかわいいさ。だからって、才華とやましいことなんてない、というか無理だね。遠かれども親戚だもの」

 ふうん、と平馬はにやにやしながら微笑む。江里口さんとの関係を疑いたくなるけれど、面白がっているだけだと信じよう。

「とにかく、すんなりと理解してもらったならありがたい。それで、平馬はどういうことだと思う?」

「家入ちゃんが帰ってこない理由だろう? まあ、だいたい想像がつくよな」

「本当に?」ぼくが身を乗り出すと、平馬は大げさにのけぞって続ける。

「家入ちゃんだって花の女子高校生だ、色恋沙汰の二、三があってもいいんじゃないか?」

 ……正直、期待外れだった。ため息が漏れる。

「才華に限ってそうとは思えないなあ」

「随分な言い方だが、かといって久米が正しいとも言い切れないから、おれに相談しているんだろう?」

「そうだけど、あの才華が恋愛? ないない、絶対にありえへん」

「家入ちゃんが男に興味を持っていないからこそ、解りやすい兆候もあるんじゃないか?」

「兆候があるようには思えないから否定しているのさ。その兆候って、たとえば?」

「最近お洒落をはじめた」

 お気に入りのアイビーキャップを被るね。

「最近携帯電話をよくいじる」

 少しだけ、多いかな?

「最近そわそわしている」

 近頃の才華はそんなふうに見えないでもない。

「最近行き先を教えてくれない」

 全然教えてくれない……

 今度は平馬がため息をついた。

「ダメだな。焦っているようにしか見えん」

「見える? そのつもりはないけれど」

 言いつつ、少々焦ってはいた。それは『才華を取られる』という恋愛感情のような嫉妬でないことは確かだ。けれども、なぜ焦っているのかが解らなかった。

 平馬もそれを見破ったらしく、

「とりあえず訊くが、久米は家入ちゃんが好きなのか?」

「もちろん」

「女の子として?」

「それはちゃうな」

「じゃあ、どうして家入ちゃんが好きなんだ?」

「…………」

 ぼくは黙ってしまった。

 一緒に暮らしてきた才華を恋愛対象にはできない。でも、ならばなぜ才華が恋愛に目覚めたという平馬の意見に、ぼくはざわついているのだろう? ぼくは才華に対して、どういった思い入れがあるのか? ひょっとすると、才華の存在こそが、ぼくの日常の基準だったのかもしれない。

 痛いところを突かれたのは事実だ。けれど、平馬はそこからどう言いたいのだろう? そう思っていると、顔に出てしまったのか平馬は自ら話を再開した。

「久米。お前は推理小説を読んだことはあるか?」

「ほとんどないね。推理小説だと解らずに読んだことはあるかもしれないけれど」

「要するに、知識はないんだな。まあいい、簡単に話そう。

 たとえば、久米。高校生が殺人事件を解決しようとする話をどう思う?」

「都合のいい話だよね。警察だって、子供の介入をそう簡単に許しはしないよ」

「警察とは関係なく、犯人を追い込んだとする。どう思う?」

「返り討ちにされそう。逮捕もできないんだから」

「それだ、久米」

 突然、平馬がぼくを指差す。ぼくはつい、「はあ?」と漏らしてしまった。何が『それ』なのかさっぱりわからない。

「探偵小説の限界、というものが最近論争になっているんだ。

 警察でもない人間が、警察の取り扱う事件の真相を見抜いたとしても、実社会なら介入などできやしない。トリックやアリバイを論理的に解いていく推理小説が、根本的なリアリティを欠いていてもいいのか、ということさ」

「それがどうしたって言うのさ。ぼくの話をしているのかい?」

「ああ、そうだ。久米、お前は家入ちゃんが外出する理由を見抜いたとして、家入ちゃんに何を言う? 法とか道徳とかに触れる沙汰なら、問いただしても正義ってものさ。でも、普通の、真っ当な用事だったらどうする? ごく一般的なデートだったら、止められるか? 止めさせられるか?」

「…………」

「別に久米が探りを入れるのを悪いとは言わない。ただし、結果によっては、ただ久米がショックを受けるだけだぜ。……考えすぎは良くない、おれは単純に、家入ちゃんに彼氏ができたってだけだと思うぞ」

 そう言って、平馬は自分で照れくさくなったのか、わざとらしくあくびをした。

 探偵小説の限界、か。才華がいつも推理してきたのが犯罪捜査ではないから、考えたこともなかった。まさか自分に降りかかるとはね。ぼくが才華を止められるのか……まだ色恋沙汰なのか、アルバイトなのかは判らない。

 でも、ぼくがそわそわしているのは、『ただ才華がいないから』だろう。

 ……だったら、簡単な話。

「平馬、ようやく解ったよ。ぼくがどうして、才華のことで悩んでいたのか、どうして恋愛沙汰じゃないと思うのか」

 平馬は目を瞑って待っている。

 ぼくは自信を持って言った。

「大切な大切な、家族だからや」

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