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彼女は天才、彼は秀才  作者: 大和麻也
天才は忘れない
23/27

II 「攻めすぎ」

「不安そうな顔だねえ」

 僕はいままさに指そうとした歩を手からこぼした。

「ばれました?」

「ふふん」杉内先輩はいつもの薄ら笑いをして、「とても解りやすい」

「そうですか、守りすぎですかね」

「いいや、攻めすぎ。後先考えない捨て身の戦法。いつもの悪い癖」

 ははあ、攻めすぎ。しかも捨て身というからには、駒たちが身を粉にしただけの代償がないと言われてしまったのか。ぼくはこと将棋になると、こうも好戦的になってしまうのだから、困ったものだね。

 歩を手駒に戻し、守備的な違う手を選んだ。

「ふふん」杉内先輩はまた笑った。「違うよ、久米くん。久米くんの手が攻撃的になるのは、何も僕との戦いに勝機を見出せないときじゃあない」

 勝機を見いだせない、ね。少々癇に障ったが、黙って続きを聞く。

「まず、久米くんには将棋の知識は根付いている。守備的な僕に対して、そうそう迂闊に攻めてきたりはしない。粘って、僕が出てくるのを、しっかりと待つ」

「まあ、ぼくが一度でも勝っていればそう言われないんですけどね」

「人の話は最後まで話は聞くものだよ、久米くん。久米くんが攻撃的になるときは、理性が揺らぐようなことがあったとき。久米くんの場合、たとえば……小テストのあとだとか、模擬テストのあとだとか」

 ……参ったな、否定できない。

「そんなとき、久米くんはハイリスクな手をほいほいと指してくる。

 ……何か、あったのかい?」


 見抜かれている。杉内先輩は一度もぼくに負けていないけれど、ただそれだけじゃない。ぼくをしっかりと観察していたのだ。ただ負けるだけのぼくとは対照的に。

 しかし、ぼくの読み取られた不安が才華のものとは解るまい。もとより、才華の様子について、ぼくはそこまで悲観していないんだ。悲観は、ね。

「先輩、勘弁してくださいよ。ぼくがそんなに不安そうですか? 別にテストがあったわけでもあるまいに」

「そうかい? なら考えてみようかあ」

 眼鏡の奥がらんらんと輝いている。しまった、この人も才華に近い性分なのか。

「最初に、久米くんが攻撃的な手を指していて、不安を抱えているのは事実。しかし、久米くんを最も悩ませるテストがあったわけではない。ということは、短期的な不安ではないということ」

 しっかりと的を射ている。思えば常々ぼくは、杉内先輩がのんびりした口調とは違った性格の持ち主ではないかと感じていた。それは、この鋭さだったのかもしれない。

「では、中長期的な久米くんの不安とは何か。たとえば、苦手科目は?」

「数学……」

「なら、その不安が今回の不安ではなさそうだ」

「え? なぜ? 省かないでくださいよ」

 杉内先輩は一手指す余裕を見せながら答える。

「数学なら、連休中にさんざん課題を解いてきているはず。久米くんは数学のテストに不安があるのなら、それは応用力に難があるということ。基礎ができていなければ、そもそも授業に興味を持たないか、毎日不安か、そのいずれかだからねえ」

 言われてみればそうだ。ぼくは授業で基礎は理解できても、問題となると解けないのだ。少しばかり、連休中に自信をつけていたのも事実。

「となれば、問題は久米くんの性格や体格、家庭での不安ということになる」

「なるほど」と冷静を装いつつも、三つに絞られて正直震えている。『家庭での不安』という正解もあるしね。

「久米くんの性格の問題、ということはなさそうだね。むしろ自信家のようだから」

 そうかな?

「体格……背は低いようだけれど、別段それを嘆いてはいないねえ。

 さあ、残るはひとつ。家庭内での不安。ただし、それは親との関係のような根本的な不安ではない。なにせ、将棋の癖に出るほどしか隠せていない。最近始まったばかりの、中期的な不安のようだからね」

 ……えらいこった。全部当てられている。

 ぼくは観念して、簡単に相談してみることにした。

「そうなんですよ、最近、姉の帰りが遅くて」はとことしての才華の存在は伏せた。かといって、妹だと中学生以下という計算だから、問題が変わる。「別に、ぼくが心配することではないんですけれどね」

「ふふん」簡単には動じない杉内先輩だ。「何か、理由があるようだねえ。その理由、探ってみる?」

「いえ、そこまでは結構です」

 手をかざして遠慮した。ついでにその手で次の一手を指す。

「まあ、理由もなしにうろうろするのは嫌いな姉なので、遊んでいるということはないでしょうね。よほどの友人でもいない限り」

「そうだねえ。なら、欠かせない何か、という場合はどう? 行かないとペナルティがあるようなもの」

 杉内先輩は人差し指を立てた。

「どういうことですか?」

「用事が学校でないとすれば、一番ありそうなのは、アルバイト」

「ええ? 家計が潤ったということは感じませんが?」

「高校一年の久米くんのお姉さんの歳となれば、大学生くらいだろう? 自分のお小遣いにしていると考えても不思議じゃあない」

 なるほど……でも、何か釈然としない。ぼくに黙って才華だけお金を持っているのが不平等だから? 才華が抜け駆けするとは思えないから? ……いや、そうじゃない。

「あまりピンと来ない?」

「そうですね。他の人たちにも聞いてみます。ありがとうございました」

「いいえ。……ところで、たまには手元を見てみたら?」

 下を見る。相談中も手を進めてはいたが、

「五十二手、詰み」

「……参りました」

 一体杉内先輩は、同時にいくつのことへ注意を払えるのだろう?

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