IV 「仲が良いものだね」
土曜日の放課後、早速平馬をつけてみることにした。
金曜日も平馬を追ったのだけれど、平馬は普通に帰宅してしまい、肩透かしを食らってしまった。きょうはリベンジなのだ。
尾行など江里口さんが快く思うはずもない手段なので、連日才華が江里口さんから話を聞くことでごまかしている。あとはぼくが上手くやればいいだけ。正直なところ、ぼくは少々心躍らせながらの尾行である。こんなこと滅多にできないからね。
平馬は駅の方へ歩く。普段は自転車通学で、窪寺市の南の街、菅野市から通っているという。駅の方ならば商店街を通るので、尾行はしやすいと思っていたが、捻くれ者の平馬はわざわざ商店街を通らず表の道を帰り道にしていた。
いきなり怪しいものだ。自転車通学をしているというのに、なぜわざわざ歩いて駅の方へ向かうのか。きのうは自転車で帰っていた。
身を隠すのに苦心しながら追っていく。平馬の噂が本当であれば、このまま駅には行かないだろう。ゲームセンターは駅とは同じ方角だから、こうして普通の帰り道を進んでいるに違いない。
しかし、女の子に会っている、という噂のほうはどうなのだろう? 人に会う、という噂ならどこで会っているかも分からないといけない。待ち合わせに便利な場所で、その上天保の生徒に目撃されて噂になってしまうような場所となると、やはり駅と考えるのが自然か。その何者かの女の子とゲームセンターにでも行っているのか知らないけれど、ぼくとしても正直腹立たしい話だね。後ろめたさもなしに堂々としちゃってさ。
平馬が駅の方向へ曲がった。猫まっしぐら、一切余所見もせずに歩いて行くなんて、平馬もこの行動に慣れてしまった、ということなのか?
平馬が曲がって十秒ほど見てから、ぼくも曲がった。
「へたくそ」
行く手を阻まれた。紛れもなく平馬だ。
「や、やあ平馬。偶然だねえ」
「何が偶然だ、お前の家はこっちじゃなくて北の住宅街だろうが。滅多に寄り道もせずにさっさと歩いて帰るお前が、こんなところをうろうろするものか。駅はもちろん商店街も使わないしな」
「ほら、お遣いを頼まれたんだよ」
「八百屋もスーパーもあったか、ここ」
確かに、さびれてしまったこの商店街には申し訳程度の飲食店が並ぶくらいだ。文具店はあるので天保の生徒が買い物に来るのは不思議ではないけれど、『お遣いを頼まれて』訪れるということはまずない。ぼくの失言だよ。
「まったく、平馬は妙なときに頭が良く回るね」ぼくは西部劇よろしく演技めかせて両手を上げた。「参りました、嘘をついていたよ」
「誰の差し金で誰の悪知恵か、おおよそ想像がつくな。あえてその誰かさんのことは訊かないが、面倒なことはするなよ、鬱陶しい」
「その誰かさんが心配しとるんや」
平馬は呆れたように頭を抱えた。
「……穂波もまったく」
「穂波って、ええと……」
「江里口穂波。解っていてボケているだろ」
平馬が眉をひそめる。あら、依頼人を本当に解っていたよ。
「ああ、悪いね。江里口さんって呼んできたから、すっかり穂波さんだと忘れていたよ」
「そうだな、穂波と軽々しく呼ぶ男はおれが殺しかねない」
「あはは、……仲が良いものだね」
ここのところしばしばデジャヴを感じるね。江里口さんと似たようなことを。
さて、こうして確認できたように、平馬はこれほどまでに江里口さんに傾倒していて、江里口さんも平馬の心配をして肩を持つ関係だ。今回のような騒動がそうそう起こるようには思えない。そもそも、いままでにそういうことがなかったから騒いでいるのか。
でも、そう考えれば不思議な点も浮かぶ。
「江里口さんが依頼主だと解っているなら、何をしているのさ」
「それを言ったら面白くないだろう」ほらきた、『面白い』のワードだ。「穂波だって頭は切れるほうだから、とうに気付いていると思ったんだがね」
「江里口さんに会わない理由に、かい?」
「そう。久米がどう考えているかなんぞ知らんが、難しい事情じゃないぜ」
「ぼくは正直何も解っていないさ。考えているのは才華のほう」
「才華……ああ、久米がいつも一緒にいるあの女の子か。そういえば、家入才華って名前だったか。……その才華ちゃんとは、きょうはいいのか?」
「ああ、大丈夫さ」
平馬がふと腕時計を見て、顔をしかめた。
「げ、バスの時間を一本逃したか。十五分は待たないと」
「ごめん、引き留めて。悪いことをしたね。そうだったなら言ってくれればよかったのに」それから、たったいま気が付いたように言う。「……あれ? 平馬って、自転車で通学していたよね?」
「む、妙なところで勘が良いな」
いつも間抜けですみまへん。
「バスって、駅前のロータリーから出ているやつだよね? どこへ行くんだい?」
「ううん……久米はここまで尾行してきたからな、教えるにも信用し難い」しまった、当然の返答だよ。しかし、話しているのはやはり平馬で、「まあ、教えないのも面白くないからヒントを寄越してやろう。……終着まで乗るよ。路線は教えん」
「ふうん。なるほどね」
ぼくが見栄を張ってなるほど、と口にしたのを悟られたのか、ふん、と鼻で笑って平馬は踵を返した。
「じゃあな、久米」
「最後にひとつ、平馬」
大儀そうに振り返る。
「どうして、事情を話さないんだい? 江里口さんなら解ってくれるだろうに」
「そんなの、簡単さ。……面白くないからだよ」
「もしもし、江里口さん?」
携帯電話で江里口さんに繫げていた。ぼくは自宅に向かって早足に移動している。
『あ、久米くん? 家入から平馬についていろいろ絞られたよ』
どうやら尾行しているとは聞かされていないらしい。
「ああ、うん、そうだろうね。それはそれとして、バス路線について教えてほしいんだ。江里口さんは通学、バスでしょ?」
『そうだけど……そこまで詳しくないよ? ネットとかは……』
「ごめん、ぼくの携帯でネットは見られないんだ。江里口さんのも見られないんだね。大丈夫だよ、簡単な情報でいいから」
『菅野方面しか詳しくないけど、いいね?』
そういえば、江里口さんの家も菅野だった。交通手段が違うから、平馬の家とは離れているのだろう。
「じゃあ、訊くよ。ちょうどいま、この時間に出発するバスって、どこ行き?」
『ええと、菅野駅行きと菅野総合医療センター行き、かな』
「どちらのバスも十五分おき?」
『いや、菅野駅行きは本数が多いから、十五分後なら医療センター行きだね』
「平馬の家って、菅野のどのあたり?」
『東の端のほうだよ。うちとは正反対。……自転車通学の梓がバスなんて使うはずないけれど、どうしたの?』
「いや、もう大丈夫。ありがとう。……そうだ、才華はそこにいる?」
『いないよ。もう帰った』
「ありがとう。助かったよ。あとは才華とぼくに任せて」
通話を切り、ぼくは次の連絡先へボタンを押した。