III 「つまらない」
「それで?」
ぼくの説明を聞いた才華の返事は、わずかに三音だった。
「それで? と言われても、いま説明した通りなんだけれど。江里口さんが協力してほしいって……」
「それだけ?」
「それだけ。まさか、江里口さんだから嫌だ、なんてことを言いはしないだろうね?」
「流石にそんなことは言わないよ。お互い毛嫌いはしているけど、恨んではいないし、実力を認めていないわけでもないし。江里口、どの科目も学年で五本の指に入るような成績なんだから」
実力を認める、ね。ぼくには『才能』を認めているように見えるよ。
「それなら、何が気に入らないのさ」
「だって、その話が難しい話に聞こえないんだもん。調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、つまらない結論に至りそうで」
「ううん……確かにその可能性は否めない、か。でもさ、ヒマだって苦しんでいるよりも、よっぽどいいと思わない?」
才華は思案顔で腕を組んだ。
数秒後、頷いて、
「じゃあ、弥。平馬くんって人について教えて」
「考えてくれるんだね」ぼくには直接の関係はないはずなのに、なぜか嬉しくなった。「それで、平馬といえば、『面白さ』を追求する男だよ。勉強は、実技以外の教科なら優秀」
「ううん、もう少し、人間性のほうで」
平馬の人間性か。そう言われてもぼくだって知り合ってからの期間が短いからなあ。
「そうだね……たとえば?」
「几帳面なほう? 大雑把なほう?」
「……どちらともいえるね。机の上とか鞄の中とかは整理されているけれど、傘とか体育着とかを畳む手は荒いかも」
「計画的なほう? 行き当たりばったりなほう?」
「奴の気分だね。同じ五分でも、次の授業が実技なら焦るし、得意科目ならのんびりさ。でも、行き当たりばったりのほうが面白いと思ったら、ルーズになるよね」
「……社交的なほう? 排他的なほう?」
「気に入った人には優しい奴だけど、そうでない人には結構冷たいかな。そうそう、理由もなしに話しかけたりすると怒るね。特に理由がないなら自分ひとりが良いみたいだ」
「ううん……」
才華はすっかり困り果ててしまったようだ。ぼくの説明は本当に正直なもので、これ以上に説明のしようがないのだ。平馬というその人が、そもそも難しい。
「その、さっぱり理解できないのだけれど、『面白い』の線引きって?」
「ああ、正直ぼくにも説明が付けられない。独自の観点で、感覚的に面白いか否かを判断しているようだよ。客観的に平馬の性格は言い表しにくいなあ……」
困ったなあ、と才華はついに頭を抱えてしまった。考えようにも第一の手がかりが得られない、という状態か。確かに、人間関係の話題だから、平馬の人間性を中心に考えていくのが本来、一番の近道になる。
平馬とは、どんな人間なのだろう? いまさらに抱かなくなってしまう感情だ。人間誰しも、その人間を知ろうと仲を深めるのに、そういった興味をないものとしてしまう。恋愛感情と混同させないためだろうか? 知りたいと思うだけで恋愛感情と混乱するようなら、ぼくは才華をどう見たらいいのかね?
人を知るのも、人を知るべく考えるのも、何かと面白い。
「よし、弥」
「はい、才華」
「平馬って人と同じクラスなんでしょ? あした以降、放課後の動向について、調べてくれない? 尾行でも聞き取りでも方法は問わないからさ」
「解った、任せてよ。ぼくもそうしたいと思っていたのさ」
ありがとう、と微笑む。ぼくが才華の一方的な頼みで動かされるのは不平等なのかもしれないが、なぜかぼくはそれが心地よい。才華の興味に応えることこそ、ぼくの役目だ。日常を彩るひとつのピースだ。
それに、ぼくはぼくで才華の推理の一部になれるとあれば、乗ってみたいじゃないか。いままでのように傍観するだけよりも楽しそうに思う。
「才華はそのあいだ、何をしているんだい?」
「考えたり、江里口から話を聞いたりするつもり。弥とは違った方向からアプローチするよ。……でも、長くなりそうだね。簡単そうな割には」
「それはまずいよ、短期決戦にしないと」
長期戦となってしまえば目的が一部果たされない。江里口さんの願いを完璧に叶え、江里口さんと平馬を連休中に会わせるなら、連休前に平馬の尻尾を摑む必要があるのだから。しかし、登校日はあさってまでで、連休はしあさっての日曜からはじまる。厳しい戦いになってしまいそうだ。
まったく、平馬の気が知れないよ。
その知れない気を探る。いままで才華がその推理力を以って見抜いてきたものとは、かなり方向性が違う。小さな可能性を否定していく、これまでの推理は通用しない。
本人も、それを感じているのかもしれない。退屈しのぎにもってこいの刺激だ。
「ところで、弥」
「うん?」
「きのう言ってた、『あしたは面白いことがある』って、このこと?」
わお、よく憶えているものだね。正直嬉しいな。
「いいや、今回は偶然だよ」
「なんだ、そんなものか」
と才華は面白くなさそうに呟き、自分の部屋に戻って行った。
やっぱり、才華の好奇心は満たされていないのかな?