I 「退屈」
...Why done it?
好奇心は日々を彩る。
何かしらの『奇』を見つけ、それを追求し、真実を突き止める。そんな一連のイベントが、同居人家入才華には欠かせないようで、
「……退屈」
ここのところ才華はそんなことばかり言っている。ぼくはできるだけ好奇心を刺激しないよう、テレビでバラエティ番組の再放送を見ていた。
四月二十九日。世は昭和の日、祝日だ。家にいるのではアクションそのものが少ないから、『奇』に巡り会う確率だって自ずと低くなる。
「そうだね。タイガーズの野球中継もないし。祝日だから視聴率だって取れるのに」
「あのね、野球がないと退屈なのは弥であって、わたしではないの」才華は諭すような口調になる。「ほかに何か面白いことはない?」
「そんな簡単に面白いことだなんて言わないでよ」面白いこと、ねえ。大阪では話のオチに点数を付けられることもあったな、などと思い出しつつ応じる。「才華はいつも自分で何かを見つけるじゃない。鋭い感性でさ」
「その鋭い感性が鈍っているの」
あらま、この子は自分に褒め言葉を使ったよ。
「じゃあさ、四月二十九日はどうして『昭和の日』なのかな? ちょっと前まで、『みどりの日』って名前じゃなかった?」
我ながら良い話題を提供した、そう思った。
しかし才華はえらく大きなため息をついて、
「そんなの簡単な話。昭和天皇の誕生日が四月二十九日だったけど、時代が平成になって『天皇誕生日』の名は使えなくなった。かといって、ゴールデンウィークの連休を潰すと国民生活に影響が出るから、みどりの日にしたの。で、その日を昭和にまつわる祝日にしようっていう案は元々あって、その案が反対されてきたんだけど、ついに成立。2006年からみどりの日は五月四日、四月二十九日は昭和の日」
「……その情報、いつ知った?」
「今朝」
うう、と猫が嫌がるように喉の奥で唸っている。
なんてこった、これはひどい。知りたい情報はもう知っている、そのせいで退屈、ゆえに気になりもしない些細な雑学を調べ新たに情報を得る、知りたいことが減る――才華にとって最悪の循環じゃないか。
一方でぼくのほうは平穏なのだけれど、才華の機嫌が悪いのでは針のむしろに座るようなもの。適度にかまってあげる塩梅が、少しずつ理解できてきたきょうこのごろ。
「そんなに退屈そうにしているけれど、さっきからずっと本を読んでいるじゃない。何を読んでいるんだい?」
才華は台所のテーブルに座って本を開いていた。
ソファを立って歩み寄り、本を覗いてみると、
「わお、珍しいね。料理の本だなんて」
「うん、いまさら増やすレパートリーなんてそんなにないけれど」
才華の言うとおり、才華は料理に関して多芸だ。
「でも、いま見てるのはお菓子のページだね。そういえば、才華がお菓子を作っているところは見たことがないな」
「……だって、生活に関わるものではないでしょ」
自信に満ち満ちた顔できっぱりと言い放つ。寂しい気分になる言われ方だ。
「そうだけど、作ってみようという気はないの?」
「作れって言うの?」
「いや、そういうわけじゃあ……」
「ならいいでしょ……ああもう、何かないかな」
いつもの怜悧な才華はどこにもいない。興味の対象が見つからなければ生気を失う、この子はもはや好奇心の化身だ。
才華は退屈に耐え兼ねてテーブルに突っ伏した。才華が退屈してしまえばぼくが退屈になるのは自明のことで、完全に持て余してしまった。さて、どうしたものか。
しかし、この程度の退屈はまだマシなのかもしれない。これからゴールデンウィークがやって来るわけであって、ぼくたちに出かける予定もない。数日間続けて家にいる日々……才華には耐えがたい日々になるかもしれない。
高校生ふたりの生活だ。いつまでも色鮮やかな日々が続かないことは解っている。とはいえ、こうして生活の限界のようなものを見ると、気分が沈む。結局は親戚どうし生活第一の前提で同じ屋根の下にいるのだから、一緒にいるだけでは何も心躍ることがないのだ。
破綻はしない。鮮やかな桜色が鈍り、濁っていく。鮮やかな色を最も破壊するのは黒でも白でもない、灰色なのだ。紙に乗らないわがまま白色と、ひたすら場面を暗くする黒、その両方をもち、滅茶苦茶にする。
ぼくを彩るピンク色にも、灰色が邪魔をはじめているのか。
ひょっとすると、ホームシックのようなものも始まったのかもしれない。いままでの実力が相対的に落とされる世界・天保高校に生きているのだから。才華の英知や技能を羨ましく思うこともある。
いいや、ホームシックだとしても、ぼくは誰かに会いたいということはない。毎日才華に会うことに、慣れすぎてしまっているのだろう。もちろん、才華と別れたくはない。でも、才華とばかり過ごすのもそれはそれで満たされない。
日々を彩る好奇心だが、ぱったりと好奇心がくすぐられなくなってしまった。
そんな日々の過ごし方も、また面白いと思えるような生活ができればいいのにな。自分の個性を見出して、天保にいても不安に駆られない余裕を持って。
突っ伏す頭をつつく。
「才華、あしたは何か面白いことがあるよ」