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彼女は天才、彼は秀才  作者: 大和麻也
テレビの向こうの少年は
13/27

II 「たかがファウル」

 序盤から大量ビハインド。きょうは地元球場で一方的にやられている。

 ぼくには爪を噛む癖はないけれど、悔しくて爪を嚙みつつ、ソファから身を乗り出して画面を注視してしまう。今季初登板の先発投手が予想外に打ち込まれ、救援陣も消火しきれず。今年はなかなかに順調に勝ちを重ねてきたから、もどかしくてならない。

 それでも、いまはチャンスを作っている。正直手に汗握る展開とは言えないけれど、ピンチヒッターがついこのあいだまでの四番打者となれば話は別だ。

「頼む! ホームランで三点返せ!」

 しかし結果はゴロ。一点返すことはできたけれど、これではまだまだ。

 ついつい、ため息が漏れる。

 背後でも、ため息が漏れる。

 ぼくの同居人が買い物から帰ってきたのだ。背後でドアを開けて呆れ顔。

「おかえり、才華。どうしたの? ため息なんて」

「いや、弥。もう少し静かにテレビ見られないのかなって。それに、またタイガーズ?」

「そら、選んで野球をつけとるんやから当然や。毎日でも見たいわ」

 才華はさらに呆れる。

「あのさ、弥の両親って東京の人なんだよね? 訛るのって変じゃない?」

「ううん、向こうは標準語がカタコトの奴もおるような世界やったから、似非の大阪弁でもこのほうが浮かなくて正直楽なんよ。下手な大阪弁を使われるのが嫌な人もおったけど、ぼくの周りの連中はむしろ面白がってくれたから」

 冷蔵庫に食品を移しながら、才華は「はいはい」と呆れきった返事をする。

「どうや? ちと羨ましいやろ?」

「全然」突き放すように言ってこちらに歩いてきて、ソファに座った。「まあ、少し見てみようかな。大阪府民が大好きなタイガーズの野球を」

「あれ? 珍しいね。才華、野球のルールは知らないんじゃなかったの?」

「知らないよ。だって興味ないんだもん」

 どうでもいいと思ったらとことんどうでもいい、これも才華だ。

 同居人のお姫様にとっては気分が悪いようなので、標準語で説明する。

「試合はまだ五回表、八対一。あと半分残っているけれど、消化試合、つまり捨て試合だろうね。いろんな選手を試したうえで、何点返せて、何点取られないかの勝負だよ」

「ふうん。トーナメントとかじゃないってことね」

「リーグ戦だよ。毎日のように見てるじゃない」

 言い方が気に入らなかったのか、むすりと睨みつけてくる。『知らない』ことが嫌いなところを逆撫でしてしまったようだ。話を少し逸らして続ける。

「まあ、とにかくリーグ戦だから、きょう負けてもそれほど悲観しないよ。去年主力が怪我で引退したり、今年も四番打者が怪我でスタメンから落ちたりしているけど、今年のタイガーズは強いんだ。何せメジャー帰りのキャッチャーが守備の要になってピッチャーを支えているし、攻撃では新外国人がそれはもうたくさん打つしね。ホームランだって何人もの選手が絶賛量産中さ」

「へえ、そうなんだ」

 ぼくの熱弁も適当な返事をされる。才華にはやはり興味がなさそうだ。隣に座ってまで見ているのだから、ぼくを落胆させないでほしい。しばらくは黙って観戦していた。

 しかし才華にも次第に興味が芽生えたのか、小さく頷いたり首を傾げたりしながら見るようになりはじめた。

「ねえ、弥」

 久しぶりに才華が話しかけてきた。試合は五回裏、タイガーズの攻撃中だ。

「さっきからさ、打っても試合が進まないときがあるけど、何?」

「うん? ああ、ファウルのことだね。守備をする人たちは、流石にグラウンドを全部守れるわけじゃないでしょ? だから、決められた範囲の外に打ってもそれはノーカウントになるんだ」

「ふうん、なるほどね」

 本当はストライクになるけれど、才華に何かを教えるのはちょっと怖い。語彙の指摘をされたり機嫌を悪くされたりしそうだ。

 ちょうどテレビ画面の中で、タイガーズの三番打者の背番号1、鳥崎(とりさき)が一塁側スタンド方向へファウルの打球を飛ばした。ふわりと上がったボールがそのままスタンドの真ん中の方へ飛び、観客の何人かが手を伸ばすも、大きく跳ねて前列の方へ消えて行った。

「打ってくれないかなあ……」

 次の投球は、溜めに溜めた渾身の一球だった。それでも打球は同じ所へのファウル。その数秒間、才華は熱心に画面を注目していた。

「どうしたの才華? たかがファウルが、何か気になった?」

 と言って勘付いた。そうだよ、才華はきっとまた『気になった』んだよ。

「弥。いまの見た?」

「鳥崎のファウルボールだね。……よし、ボールだ。よく見たぞ」

 才華が眉間に皺を寄せる。

「ちゃんと聞いてよ、弥。いまね、二球目のファウルのとき、スタンドの同じ所にビール売りの女の人がいたの。二球もファウルになって、どうして同じ所にいたのかな? 注文があったにしても、ちょっと長いと思うの。それに、何か小さな男の子を気にしていたようにも見えたけれど……」

「迷子の子じゃない? お姉さんが相手をしているんでしょ」

「球場に来て、五、六歳の男の子をひとりにするかな? 自分でふらふらするような歳でもないと思うけれど」

「ふうん……」

 正直それどころではない。いままさに、ピッチャーが腕を振り上げ――


「弥、ちょっと考えてよ。すごく気に――」

「ああ! ショートゴロかいな!」


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