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彼女は天才、彼は秀才  作者: 大和麻也
歩いて行くには遠すぎる
11/27

IV 「会いたい人」

「松嶋さんが会いたい人、解ったよ」

 テーブルの向こうの才華は本当に嬉しそうだ。歩いて行ったせいで時間を浪費してしまったため、買い物の先に駅ビルの洋食店でお昼を食べることにした。

 注文した品を待つ時間に、才華は推理を披露してくれるらしい。

「最初に解ったのは、松嶋さんが独身だってこと」

「そうなの? どこで解ったの?」

「服装。松嶋さんは、出かけられる恰好になってから臨時休業のチラシを貼った。これってつまり、きょうはお店を開いていないってことだよね」

「なるほど、そうか。着替えで店の奥に引っ込めないもんね、最初から開いていないっていう可能性もある」

「そう。で、そう考えると、今度は『急に人に会うことになった』とは言うけれど、少なくともきょう連絡を受けた、ということではない」

 首肯。

「要するに、身内の不幸とか、浮気とかっていうことはない」

 まだその可能性を信じていたんだ。

 それはそれとして、正直なところ続きが気になる。頷いて促す。

「次。店を開かないということで、松嶋さんははじめから外出向きの洋服を着ていた。すると、ひとつ気が付かない?」

「何に?」

 さっぱり思いつかない。お冷を飲んで次を待つ。

「指環だよ」

「そうか!」ぼくの頭が冴えた。「外出のための恰好を朝からしていたのに、指環をしていなかった……つまり、松嶋さんは未婚なんだね」

 才華が満足そうに頷く。

「でも、ちょっと足りない。松嶋さんは、未婚というよりも、独身というだけ。たぶん、松嶋さんは離婚したんじゃないかと思うの」

「どうしてさ?」

 今度は才華がお冷を口に含む。

「定休日が怪しいと思わない? 毎週日曜の午後は休み、月曜日も休みだっていうのに、どうして『毎月第一日曜日』だけは丸一日休みなのか?」

「才華が考えてるのって、まさか――」

「離婚調停なり、面会日なりが毎月の第一日曜日なのよ、きっと」

 自分の表情が渋い顔になっているのが自分で解る。

 じゃあ、きょう臨時で会うことになったのは、一体どういうことなのだろう? でも、ぼくの不安とは裏腹に、才華は穏やかな表情で続ける。

「……たぶん大丈夫、円満離婚だよ。だって、午後を待たずに臨時休業にして出かけるってことは、食事の約束をしたってことだもの。前々から決めて、ね」

「ああ、そうか……」正直他人事なのに、なぜかぼくは胸を撫で下ろしている。「じゃあ、誰に会うのかも自ずと見えてくるね」

「うん。松嶋さんの年齢と、四月っていう時期を考えると、息子さんか娘さんの入学祝いでもするんじゃないかな? 高校生だとしたら、土曜日には学校のある日が多いだろうし、夜に食事しようにも月曜日は学校だから早起きしないといけない。日曜日のお昼くらいしか時間が取れないもの」



 注文した料理が届く。ぼくがハヤシライス、才華はペペロンチーノ。この日ぼくが食べたハヤシライスは、いままでで一番おいしかったと思う。たぶん才華もそう思っているんじゃないかと思う。

 ふと、窓の外を眺める。ぼくたちのテーブルは脇がマジックミラーになっていて、店の外を歩く人々が見える。

 その中に、松嶋さんらしき人物がいた。隣に、制服を着た高校生らしき女の子もいる。

 松嶋さんは会いたい人に会えた。離婚することになり、上手くいかない中でも、松嶋さんは毎月のたった一日の幸せを嚙みしめて生きているのだと思う。きのうの江里口さんのように、会いたくても会えない日はいくらでもある。だからこそ、会える日を大切に、出会った人を大切に、自分を少しだけ投げ捨ててでも。

 前を向く。才華がほおばりながら首を傾げる。

 ぼくは家に帰れば才華に会える。その才華の好奇心に振り回される日常を過ごすことができる。そう思えば、ぼくの日常とはピンク色だなんて淡い色ではなく、鮮やかで華やかな薔薇色の生活だ。

 そんな日々を過ごしておきながら、上手くいかないなどと不平を漏らしている。ちょっとばかり、それは筋が違うのかもしれない。東京の学校に合格できたのも、東京で暮らすのが許されているのも、東京で幸せに暮らせているのも、どれも貴重な幸運の重なりだ。

 もし才華に会えない、才華と過ごせない日々になったならば、いま『上手くいかない』などと嘆いたことは馬鹿馬鹿しくなるだろう。

 もう少し、日々を大切にしないと。

「才華」

「うん?」

「きょうは思いきり遊んで帰らない?」

 才華は笑顔になる。

 幸せなぼくの日常。


「無駄遣いはダメ」

「…………」

 この子はまったく。どうしてこう人情ってものに疎いのかな?

「田中さんに迷惑かけられないでしょ。……まあ、ちょっとならいいよね。そうだ、パフェでも注文しようよ」

「ああ、うん。そうしようか」

 才華が渋い顔をする。

「どうしたの? 不満?」

「ううん、不満じゃないさ。全然」


 ぼくはそっぽを向いて、訊かれない程度に口の中で正直に呟く。

「ぼくかて才華とデートしたいのや」


『歩いて行くには遠すぎる』完結です。推理は当たっていたでしょうか?




おまけ タイトル・名前の由来

・歩いていくには遠すぎる:ハリイ.ケメルマン『九マイルは遠すぎる』より

・江里口穂波:エルキュール.ポアロより

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