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仁鬼 ~仁のある『鬼』~  作者: 雪ノ瀬たつも
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第一章 其ノ壱

第一章 其ノ壱


 時は現代―――

 とある町に、ひとつの伝説が語り継がれていた。



 鬼の話。

 どれくらい昔からだろうか。

 この国には鬼がいた。

 幾多といる鬼の中で、特に嫌われ者だった鬼の話。

 その鬼は、昔、人間だった。

 しかし、その人間は大きな罪を犯した。そして、そのせいで死んだ人間を生き返らせるために禁忌の術を使い、その人間は『鬼』なった。

 もとは人間だったのに、術を使い鬼となった、忌まわしき存在。

 やがてその体は滅んだが、『鬼』の意思は次の『鬼』へと受け継がれ、続いていった。

 いまでもどこかの地で、『鬼』はひっそりと暮らしているという。



「ひっそり、ねえ……」

 本をぱたんと閉じた輪太郎は、ごろんと横になった。

「あいつの暮らし方のどこが『ひっそり』なんだか」

 散歩へ行くと言って、もう二時間も帰ってこない。

 この間は、街で大道芸をしていた。

 輪太郎はため息をついた。

「あれでも二百八十年『鬼』のままなんだから、もう少ししっかりしてくれてもいいと思うんだがな……」

 そのとき。

「遅くなったでござんすー」

 引き戸が開いて、誰かが入ってきた。

 背は日本人の平均値より少しばかり高い。無造作に束ねられた焦げ茶の髪と、同じ色のよく動く瞳が印象的な青年。

 そして何よりも、頭に生えた二本の角が、彼を誰なのか語っていた。

「……噂をすれば、仁か……」

 輪太郎の顔を見て、仁が笑った。

「すまなかったでござんす。つい、市場に寄っていたら……」

「なにが、つい、だッ!」

 輪太郎が叫んだ。

「あんたはもっと、普通にできねぇのかッ、普通にッ!」

「普通って―――これが普通でござんすけど」

「だあああぁぁぁぁぁぁぁッ、もう!」

 輪太郎は頭を抱えた。

 ―――普通の妖怪は市場によって、二時間も暇潰せねえよ!

「あのなあ!むぎゅ」

 説教モードに入ろうとした輪太郎の口を押さえて、仁は彼の持っている物へと目をつけた。

「その本はなんでござんすか?」

「ん?あぁ、これはな、図書館で借りたんだ。うん」

「そうでござんすか」

 仁は言った。

「人には見えないその姿で、どうやって本を借りたんでござんすか?」

「えっと……」

 輪太郎は仁に摘み上げられ、おそらく三十センチもないであろう自分の体を呪った。

 ―――くそっ。

 輪太郎は仁によって作り出された、使い魔的存在である。彼は普通、人には見えないし、その姿は小さい。ときどき、神社の近くに住んでいる猫にじゃれられる。

 輪太郎は小さい自分の体が嫌いだった。

 ―――この体のせいで、本も自由に読めないんだよな。

 今話題に上がった本、また盗んだものだとバレたらまずい。

 輪太郎は話題を変えることにした。

「ところで仁。あんた、また角隠さずに歩いてたろ。昔、『鬼』だとばれて封印されそうになったのを忘れたわけじゃあねえよな」

「忘れてないでござんすよ。いやぁ、あのときは本気でやばかったでござんす。でも、封印されなくて良かったぁ……」

 よしッ、話題を変えた。このまま……。

「ところでお輪、その本は?」

「だあああぁぁぁぁぁ!」

輪太郎はちゃぶ台から転げ落ちた。

「なんであんたは話題を変えさせてくれないんだッ!」

「盗みはいけないでござんすよ。持ってきたときと同じ手段で返しにいくでござんす」

「しかもばれてたッ」

「当たり前でござんす」

仁が笑った。

「オレは『鬼』でござんすよ?」

 ―――チッ。

 輪太郎は心の中で舌打ちした。

 ―――やっぱり『鬼』は『鬼』、か……。

「わかったよ。返しにいきゃいいんだろ?」

「それでいいんでござんす」

「ったく……」

 盗んだ本を器用に紐で縛り、輪太郎はふわりと浮き上がった。

「そういや仁、俺が帰ってきたら、また行くのか?」

「どこへ?」

「アレを探しに、どっかへ」

 仁はうなずいた。

「お輪が帰ってきたら、すぐに出発でござんす」

「そうか」

 輪太郎は引き戸を開け、飛んでいった。



大切な何かを守るため、自らが孤独を手にする。

 それは宿命。

 『鬼』の宿命。

 今も彼は、『鬼』だった。

 守るべき約束を果たすため、彼は『鬼』として、この世に存在していた。


     ***


 一ヵ月後―――。


 ―――日本のとある街にて。



「いらっしゃい、いらっしゃい。安い!うまい!焼肉やでぇッ。そこの姉ちゃん!カップルさん!どうです?うちで一杯やっていかへんか?」

 時刻は午後七時。焼肉屋えらいこっちゃ(店名)の忙しさは、ピークへと達していた。

「ねぇ、店長」

 店の前に立って、客の呼び込みをしていた店長―――伊織は、振り向きざま、声を掛けた副店長へと怒鳴った。

「なんやっ、平段堂拓正!」

「怒鳴ることは無いだろ?店長」

 まったく臆することなく肩をすくめた拓正に、伊織かまた怒鳴った。

「うちのこと店長て言うなって、何回言うたらわかんねや!」

「だって、伊織って名前、江戸時代の男性に多かっただろ?もしお客さんに、男と間違えられたら―――」

「どこの世界に、こんなでっかい胸した男がおるんや!言うてみぃッ」

「その言葉とそんなことを平気で口にできるその思考が男みた―――」

「なんやと!」

「……」

 言い合いでは伊織に勝てないと判断した拓正は、じとっとした目で伊織を見ると、店の中へ戻っていった。

「まったく」

 つぶやいて伊織は、また客の呼び込みを始めた。

「いらっしゃい、いらっしゃい!安い!うまい!」

「ねぇ、伊織」

またしても客の呼び込みを邪魔された伊織は、戻ってきた拓正に怒鳴った。

「なんやッ、平段堂拓正!」

「えっと……話していい?」

 鼻息荒く構える伊織を見て、さすがの拓正も少し引いた。

「勝手にしや!」

「じゃあ話すけど……」

 拓正が頭をかいた。

「店の裏に、人が落ちてて―――その、野菜の積み込みが、できない…っていうか」

「なんやて!」

 血相変えて叫んだのは、伊織だった。

「どうしてそんな面白そうなこと、はよ言ってくれんかったんや!」

 ―――面白そうなこと?今面白そうなことって言わなかったか、こいつ。

 つっこみたかったが、とりあえずやめておく。

「言おうとしたのに、伊織が聞いてくれなかったんだよ」

「そういう細かいことは後や!」

 まったく人の話をきかない。

「あっ、伊織、その人のことなんだけど……」

「ほな、さよならっ」

 言いかけた拓正を完全に無視して、伊織は店の裏へと走って行ってしまった。



「……あー」

 拓正は、空を仰いだ。

「うー」

 うめいてから、地面とにらめっこをする。

「しまったなあ……」

 つぶやいて、拓正は店の裏へと歩き出した。



 裏口を開けると、伊織はそこに立っていた。

「伊織?」

 声を掛けると、伊織は振り向いた。

「なあ、平段堂拓正」

 そこに落ちているそれを指して、伊織は訊く。

「これ、人じゃないんちゃう?」

 拓正は目を閉じた。

 ―――そうだな。人そっくりだけど、なんか違うな。

 拓正も、それには気づいていた。伊織に言おうかどうか迷っていただけで。

 まるで間違い探し。

 人とそれの、小さくて、それでも決定的な違い。

 伊織が訊いた。

「なんでこれ、角生えとるん?」

 拓正も答えることができない。

 しゃがんで近くで見てみる。

 その角は明らか過ぎるほど明らかに、茶色がかった髪の、その間の地肌から生えていた。見た目も硬そうで、とても人工的なものには見えない。

「……」

 考え込んでしまった拓正の頭の片隅に、とある単語が浮かんできた。

 ―――鬼。

 拓正は、伊織に尋ねた。

「伊織の霊感は、何を感じる?」

「ウチの霊感?」

 伊織は右手をひらひらと振った。

「確かにウチには霊が見える。けどあんなもん、力の副産物にしか過ぎへん」

 口では笑っている。でも目が笑っていない。

「ウチに備わった力は、霊感?ウチには霊が見える?違うやろ」

 地面に落ちている、角の生えた人のようなもの。

 それを睨みつけながら、伊織は笑っていた。

「違うやろ。ウチに見えるのは、妖の気や」

 たまに見る、伊織のこういう表情。

 幼いときから彼女とは一緒にいたが、この表情だけは、どうにも慣れることができなかった。

 拓正は、眼を背ける。そんな伊織から。

 自分に、ため息をつく。

 そして、いつもの調子で尋ねた。

「こいつは何者なんだ?」

「ん?」

 伊織は首をかしげた。

「一言で言えば、妖怪やな。見ればわかると思うけど、種類は鬼」

 その瞬間、伊織を包んでいた鋭い空気が、いっきに消え失せる。

 ―――いつもの、伊織、だ。

 拓正は、安心したように息を吐いた。

「なあ伊織、こいつはどうすればいい?」

「なに言っとるん。なんかようわからんけど倒れとるし、顔とか青いし、このまま放っとくわけにもいかへんやろ?」

「助ける―――のか?」

「助けるっちゅうか、このままにしとると、野菜の積み込みできへんようになるし、一番困るの平段堂拓正なんちゃう?」

 確かにそうだ。

 しかし、と拓正は地面に落ちている妖怪を見た。

「……でも、こいつ、妖怪なんだろ?」

「で?」

 拓正の言葉を一言で切り捨てた伊織は、その鬼を片腕で担いだ。

 小柄な伊織のどこにそんな力があるのかといつも不思議に思う拓正だったが、そのあたりは敢えて気にしないことにする。

 そのときだった。

「おい、仁をどこに持ってく気だ!」

 声が聞こえた。

 拓正はキョロキョロと辺りを見渡すが、誰も、何もいない。

 ―――聞き間違いか?

 そう思って、伊織が担ぎ上げている鬼を見る。鬼はぐったりとして動く気配が全く無い。

「こっちだ馬鹿!」

 再び声が聞こえた。しかし、やはりというか、姿は見えない。

 だが。

「あっ、なんやこれ」

 伊織は違った。

 むぐっと空中に手を伸ばし何かを掴むと、ぐにぐにと押したり引っ張ったりする。

「なんかようわからんけど、気持ちいいな、これ」

 ―――……伊織には見えるのか?

「ちょっ……やめろ!ってかなんであんた俺が見えるんだよッ。しかも声まで聞こえてるしっ」

 伊織の手の中から、『声』が叫ぶ。

「……」

 拓正は少し考えて。

 ―――ああ、普通の人間には見えないのか。

 納得した。

「……?」

 しかし何か引っかかる。

 普通の人間なら見えない。

 普通の人間なら、視界に入ることはまずない。

 普通の人間なら、その存在にすら気が付くことはない。

 普通の人間なら―――


 ――――声が聞こえることもない。


「……あれ?」

 拓正はつぶやいていた。

「どうして……」

「あー、それは多分、伊織って子が原因だと思うんでござんすがー」

 聞こえたのは、伊織に握られている『声』ではない。

 もっと、別の声。

 その声の主は、すぐに見つかった。

 なぜならそれが、伊織に担がれていたからだ。

「気を感じられる人間の近くに常にいたら、自分も気を感じられるようになったというのは、たまに聞く話でござんすよー」

 伊織に担がれながら、その鬼は右手をひらひらさせた。だがどうにも、神話などに出てくる一般的な鬼とイメージが合わない。

 理由はすぐにわかった。

 何か覇気がない。元気もない。

「……ん?起きてたんか」

 伊織は鬼を肩から降ろした。

 降ろされた鬼は、壁にもたれかかると、笑った。

「いやいや、すまぬでござんす。もうかれこれ一ヶ月近く、何も口にしなかったもので」

 鬼は笑っている。

 しかし。

 笑いながら彼は、ずるずると壁から落ちていった。

「おいッ、大丈夫か?」

 拓正があわてて声を掛けたが、鬼はへらへらと笑って手を振るだけ。

 そして、鬼はぽすんと倒れ、気を失った。


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