序章
――0――
――頭に銃弾を撃ち込まれたのは初めての経験だ――
自分の体から力が抜け去るのを感じながらも、レイル・ヘルクティアの穴の開いた脳内には、そんな呑気な考えが浮かんでいた。
指先を数センチ、まばたきすらも意識的に行えない。些細な動きの指示を完全に無視するレイルの肉体は、ただ重力に引かれ地面に崩れ落ちる。
言うことを聞かないその体が受け身を取ることなど出来るはずもなく、頭部から堅い土の地面に激突。堅いもの同士がぶつかる音が脳内に反響する。レイルの薄れてゆく意識の中では、その音はどこか遠くから聞こえてくるようだった。
微動だにしない、する事が出来ない体から、少しずつ温度が逃げていく。出血位置は頭部だけではなく、腹部や胸部などからも大量の血液が流れ出していた。
どうしようもないほどに、致命傷。後数分もしない内に、彼の人生に幕が下ろされるだろうことは、誰から見ても明らかだろう。実際、第三者からみれば、そこいらの死体と何ら変わらない様に見える。
それだからこそ、そんな半死状態の彼が、朦朧としていようとも意識を保っているのは、奇跡的な事だった。
その働き続けている思考力で彼は、人生を終わりを嘆く事はしていなかった。
ただ、彼の頭には、
(――ごめんなさい)
――謝罪の言葉しかなかった。詫びの思いをその一言に込めた、全力の謝罪表明。
ここまで心から謝罪したことなど、レイルの十二年間の人生を思い返しても、初めての経験かもしれない。それほどまでに、彼の心は申し訳無い気持ちで埋め尽くされていた。
何度かの謝罪を繰り返す間に、とうとう奇跡の時間を終えることになる。
さすがに死を撤回出来るほどの幸運などそうそう起こることはなく、死への片道を静かに、けれど確実に進んでいく。
大量出血のせいか、脳に風穴を空けられ影響か、死にかけているせいか、それ以外の要因か……。兎に角、レイルは何かを思い浮かべることすら苦痛だった。
体など既に、九割を超えて死人同然。
思考も、もう自分がなにを考えているのか判明できないぐらいに混濁している。
その状況下にあって、とうとう、ようやく、いい加減に、レイルは自分の死の瞬間を感じた。感じられたのだ。
「――少年。私と取り引きしねぇか? つーか、しろ。命令だ」
――だから、その機能が弱まった耳が聞き取った女の声は、死ぬ間際の幻聴だったのかもしれない。
死ぬ刹那前、そう思いながら、――レイル・ヘルクティアは死んだ。