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第3話「悪役?令嬢アヤレーヌ」

 

「なら決まりだね。善は急げだ」


 そう言いながら、ババアは帰り支度をし始めた。


 ちゃんと説明しろ。


「師匠? 一体何をするつもりですか?」


 ほら、バンブキンさんも困っているぞ。


 ババアの行動に振り回されるのは、弟子の宿命のようだ。


「乗り込むんだよ、フラワルソーズ工場に」


 ババアの眼は笑っていなかった。


 怖い。

 大企業に殴り込みをかける不良みたいなノリで言わないでほしい。


「師匠、くれぐれも無茶な真似はしないでくださいよ」

「まったく、アタシを誰だと思ってるんだい。まだまだ若い者に遅れをとるほど、呆けちゃいないさ」

「いえ、フラワルソーズ工場の方々が心配なだけです。師匠はなんだかんだで大丈夫ですし」


 そっちの心配なんだ……。

 そりゃあそうか。


「はー、アタシの弟子は薄情な奴らばかりだねぇ」


 デイチバンシーを後にした僕たちは、街の大広場に来ている。

 今日は何か催し物があるらしく、辺りが妙に騒がしい。


 広場の中央には人だかりができており、何かを配っているようだった。

 ババアも興味が湧いているらしい。

 そのまま、カチコミという名の工場見学のことも忘れてくれと願った。


「おーほっほっほ! 庶民の皆さんごきげんよう!」


 やけに甲高い、いかにも「悪役令嬢です」と言わんばかりの声が響き渡った。


「フラワルソーズ工場よりごめんあそばせ、わたくしアヤレーヌと申しますわ! 本日は皆様に、我が社自慢の新作スコーンを試食していただきたく、馳せ参じましたの!」


 アヤレーヌと名乗った女性は、なんかもう色々デカかった。


 まず、声と態度がデカい。

 次に髪がデカい。

 金色の長髪を巻き上げたドリルヘアーは、クロワッサンを通り越して建築物のようだった。

 胸もデカい。

 尻もデカい。

 そして何より存在感がデカい。

 人物のインパクトだけならババアを凌駕しそうだった。


 だが今気になるのは、本人よりも手に持っているスコーンの方だ。


「でもあれってスコーンなのか?」


 アヤレーヌが配っているスコーンは、先ほどバンブキンさんに見せてもらったものと別のお菓子に見える。

 サブレ、クッキー、ビスケットのように店ごとの変化なのだろうか。


「気付いたかい坊や、あれも一応スコーンさ」


 ババアが言うには、スコーンというお菓子は大きく二つの流派があるらしい。


 一つはバンブキンさんの新作のような、ほろほろと崩れる生地にクロテッドクリームを添えて食べるタイプ。

 もう一つは、アヤレーヌが配っているチョコチップ入りのものだ。

 見た目はビスケットやクッキーに近く、少し硬めに焼き上げられている。


「じゃあフラワルソーズ工場の新作スコーンは、盗まれたオリジナルシードを使ったものじゃなかったんだ」

「当てが外れたねぇ。もっとも、そんなバカな真似をしたらバンブキンのヤツが黙っちゃいないだろうさ」


 クッキー生地のこん棒を振り回すバンブキンさんの姿が脳裏をよぎり、背筋が寒くなった。


「つまり犯人探しは振り出しってことか……」


 ババアと考えを整理していると、ふと、アヤレーヌと眼が合った。


 アヤレーヌは、そのままこちらを凝視している。


「えっ、待ってくださいまし……!」


 突然、アヤレーヌが口元を押さえた。


「なんなのかしら、この胸の高鳴りは……! まるで運命の出会いですわ!」


 口を押えた意味がない。

 心の中だけで済ませておくやつだろそれは。


「おや、坊やも隅に置けないねぇ」


 案の定、ババアがからかってきた。


「あの憂いを帯びた黒い瞳……! 風に揺れる絹糸のような栗色の髪……! まるで物語から飛び出してきた主人公ではありませんの!?」


 だから、全部丸聞こえだって。

 なんだよその評価は。


 アップルパイの形をしたデバイス……正式には『パイフォン』と言うらしい道具のインカメラで確認した限り、今の僕がかなり可愛い部類なのは認める。

 だからといって主人公扱いされる理由はわからない。

 まあ、ゲームの世界に転生しているので主人公なのは間違いないのだろうが。


 次の瞬間、アヤレーヌは民衆をかき分け、ずかずかとこちらへ歩いてきた。

 気付いた時には、アヤレーヌのドリルヘアーが視界を埋め尽くしていた。


「貴方、お名前は!? きっと由緒ある家柄に違いありませんわ!」

「近い近い近い! ていうか髪で周りが見えない!」

「ははは、愉快だねぇ」


 笑い事じゃないだろ、ババア。


「僕はオリス。主人公でもなんでもないよ」


 僕は距離を取って、自己紹介をする。

 少し突き放すような言い方をしてしまったが、大丈夫だろうか。


「まあ……! なんて謙虚ですの!? 本物の主人公は一味違いますのね!」


 逆効果だった。

 さっきからババアが爆笑している。


 見世物じゃないんだぞ!


「それにその出で立ち! かのおとぎ話に出てくる伝説の焼き菓子職人様と同じ衣装ですわ……! まさか、伝説の意思を継ぐ後継者ですの!?」


 話が飛躍しすぎている。こいつの頭は大丈夫なのだろうか。

 伝説の焼き菓子職人って……まさか勇者的な存在?


「ご存じありませんの……!?」


 ここの住人は僕の思考回路を読むのが好きだな。そんなに顔に出やすかっただろうか。


「どんな失敗作でも一口食べれば完璧な焼き加減を見抜き、どんなに美味しいお菓子でもさらに上を行くものを作ってしまうのですわ! しかも悪事を働く神との一騎打ちの末、焼き菓子の力で世界を救ったとも言われていますの!」


 そんな奴がいてたまるか。

 ……いや、この世界なら本当にいそうなのが困る。


「ありゃ一騎打ちなんて立派なもんじゃなかったけどねぇ」


 ババアはさも見てきたかのように反論する。


 本当にいたのかよ!

 ということは、僕はその伝説の焼き菓子職人様の子孫辺りに転生してしまったのだろうか。

 いや……それはないな。

 菓子作りの腕はババアの足元にも及ばないし、使える能力もビスケット硬貨を増やすことくらいだ。


 そう、ビスケット硬貨……待てよ、何か大事なことを忘れている気がする。


「あーっ!」


 僕の大声にアヤレーヌの身体がビクッとなった。

 そうだよ、元々、街に出た目的は無限に溜まっていく硬貨を消費することだった。

 サクットのおかげで解決できそうだからって、すっかり安心しきっていた。


「ババア、はやく家に帰るぞ! このままじゃ家が硬貨の雪崩に巻き込まれる!」

「おや、ようやく気付いたのかい。サクットも首を長くして待っているよ」


 わかってるなら早く言え。

 半分は工場に乗り込むとか言ってたお前のせいだろ。


 僕たちは、足早に広場を後にしようとした。


「お、お待ちくださいましーっ!」


 背後から切羽詰まった声が飛んできた。

 思わず振り返ると、アヤレーヌがドレスの裾を押さえながら、こちらへドタドタと走ってくる姿が見えた。


「わたくしもご一緒しますわ!」

「え、なんで?」

「わたくし気付きましたの! 貴方様は、わたくしが敬愛する伝説の焼き菓子職人の後を継ぐお方……」


 絶対違うと思う。

 アヤレーヌの熱弁はさらに勢いを増した。


「いわば、運命に他なりませんわ! なればその生き様を見届けることこそがわたくしの生きがい! いいえ、わたくしの使命ですわ!」


 すごい、一人で盛り上がっている。

 隣でババアが笑いをこらえていた。


 いい加減にしろよ。


「悪いけど、これからただ家に帰るだけなんだ。見ていてもあんまり面白くないと思うよ」

「でしたらなおさらですわ!」

「なおさら?」

「伝説の焼き菓子職人様も、まずは日々の積み重ねから始まったと本に――」


 だめだこりゃ。

 やんわり断っても意味がなさそうだ。


「いいじゃないか、坊や。こんなに慕われる機会なんてそうそうないよ」

「ババアは面白がってるだけだろ!」

「は……! そちらのお婆様も、なんて威厳あるお姿……!」

「見る目があるねぇお嬢ちゃん」

「もしや、貴方様は伝説の焼き菓子職人を導く賢者のお方では……?」

「いかにも、アタシはこのポンコツの師匠、マスターベイクドさ」

「マスターベイクド様……!」


 なんだよその二つ名は!

 話をややこしくしないでほしい。


 ふと、僕のポケットが小刻みに触れ始める。

 振動を巻き起こしていたのは、さっきから妙に大人しかったサクットだった。

 ひょこっと顔を出したサクットが、アヤレーヌを見上げる。


「まあ! なんて可愛らしい生き物ですの!」


 アヤレーヌがサクットに近づいた次の瞬間。


「きゃあああああっ!?」


 アヤレーヌの巨大ドリルヘアーの先端がなくなっていた。

 もちろん、サクットの仕業だ。


「わたくしの大事なクロワッサンドリルがぁぁぁ!!」


 本当にクロワッサンを意識していたのかよ。


「サクット、やめろ!」


 サクットをアヤレーヌの髪から強引に引き剝がす。

 先端を食われたはずなのに、アヤレーヌの金髪は不思議と気品を失っていなかった。


「こ、この程度でくじけませんわ……!」


 気丈に振舞っているが、アヤレーヌの瞳に涙がにじんでいた。


 可哀想に。


 奮起したお嬢様の頭の上で、サクットは我が物顔でふんぞり返っていた。


 こいつ本当になんなんだよ。


「まあよろしいですわ。以後はわたくしが責任を持って面倒を見て差し上げます!」


 打たれ強すぎるだろ。

 この街の住人はどうなっているんだ。


「一応、所有者は僕だからね」

「なに言ってんだい、弟子の物は師匠の物だよ」


 横暴すぎるぞババア……。

 これ以上付き合っていたら頭がおかしくなりそうだ。


「サクットちゃん……なんて愛らしいんですの」

「にぎやかになってきたねぇ、坊や」


 もう突っ込む気力もない。

 僕は逃げるように街を後にした。



    ◇ ◇ ◇



 僕たちが家に帰ると、中はビスケット硬貨で埋め尽くされていた……わけではなかった。


 どうやら、無人の家だと硬貨は増えていかないらしい。ゲームの世界の仕様に救われたようだ。


 助かった……。

 本気で終わったかと思ったよ。


「それじゃあ、頼んだぞ」


 サクットを持ち上げて、数千枚はあるであろうビスケット硬貨の山に近づける。


 ……サクッ……サクッ……。


 小気味よい音とともに、硬貨が次々とサクットの身体へ吸い込まれていく。

 あっという間に、家の中は最初に来た時と変わらない姿に戻っていた。


「す、すごいですわ! 一体どんな技術ですの!?」

「何十年も生きてきたが、こんな芸当は初めて見るねぇ」


 この世界の人でも知らないのかよ。

 じゃあ、こいつは一体なんなんだよ本当に。


「ここが伝説の後継者様のお住まい……いわゆる庶民の方のお家なのですね」


 アヤレーヌがせわしなく動き回り、家のあちこちを観察している。


「ですが、質素な暮らしを愛するところも伝説通り……!」


 突如、ジュージューと何かを焼いている音が鳴り響く。

 アヤレーヌがパイフォンを取り出し、ボタンを押すと音は鳴り止んだ。


 着信音かよ!

 っていうか、パイフォンって世界共通のデバイスだったんだ。


「どうしましたのセバタスチャン? 今はお取込み中で忙しいんですの。簡単な用事なら後にしてくださる?」

「お、お嬢様、大変です!」


 パイフォン越しから初老の男性の悲鳴が響く。

 セバタスチャン……名前からしてアヤレーヌの執事だろうか?


「わ、我が社のスコーンのオリジナルシードが……何者かに盗まれました!」

「そんな……嘘でしょう……?」


 アヤレーヌの顔から血の気が引いていく。


「場所は!?」

「工場長室です! 厳重に保管していたはずなのですが……!」

「すぐ戻りますわ!」


 パイフォンを握る手が震えていた。

 ついさっきまで「伝説の後継者様!」と目を輝かせていたお嬢様の姿はない。

 そこにいたのは、会社の一大事に直面した一人の少女だった。


「……ババア」

「どうやら、向こうさんも被害者だったみたいだねぇ」


 ババアが面白そうに口元を歪める。


「ますます面倒なことになってきたじゃないか」

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