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第10話「禁断のアップルパイ」

 

 ショコラに『ガトー・インビジブル』のオリジナルシードを没収された……いや、正確には、依頼の報酬として渡しただけなんだけど。


 元々の目的は、禁断の果実だ。名残惜しいが、仕方ない。


「オリスよ、後でわらわにアレを食べさせてくれるって話は……嘘じゃったのか?」


 なんか、勝手に約束したことになっている。

 ババアに頼んで、今度こそ完全に封印してもらおうかな。


「約束通り、禁断の果実を譲ってあげるわ」


 よかった、こっちはちゃんとした約束だ。

 アップルパイのレシピにあった禁断の果実とは、この森で採れるリンゴのことだろうか。確かにあのリンゴなら、とびっきりのアップルパイが作れそうだ。


 僕が期待に胸を膨らませていると、ショコラが静かに自身の胸に手を当てて、目を閉じた。


 ……何をしているんだ?


 次の瞬間――ふわり、と金色の光が彼女の身体から溢れ出した。


「ショコラ!?」

「大丈夫よ。ごめんなさい、驚かせてしまったわね」


 光はすぐに収束した。けれど、彼女の手の中には、先ほどまでなかった黄金のリンゴが握られていた。

 まるで、小さな太陽みたいに輝いている。


 ……まさか。


「もしかして、それが……禁断の果実?」

「ええ」


 ショコラは、穏やかに微笑んだ。


「禁断の果実は封印されているのよ――私の身体にね」


 人の身体に封印するなんて荒唐無稽な話だ。

 でも、ここはゲームの世界だ。そういうことがあっても、不思議じゃない。

 もしかすると、ショコラがババアみたいに老け込んでいないのも、その封印の影響なのかもしれない。


「詳しい原理は、私にもわからないわ」


 ショコラは、手の中の黄金のリンゴを見つめる。


「貴方たちが焼き菓子をオリジナルシードにする技……あれと同じようなものだと思ってくれればいいわ」

「つまり、禁断の果実そのものを量産できるってこと?」

「ええ。食べたい時だけ、こうして取り出せるの」


 やっぱり、オリジナルシードって反則だな。

 そういえば、ババアは生地種って呼んでたっけ。


「ショコラは生地種って言わないんだ?」

「あら、懐かしい呼び方ね」


 ショコラがくすりと笑い、目を細めながら禁断の果実を撫でている。


「あの人は、まだそう呼んでるのね。ほんと、頑固なんだから」

「ババアが呼び方変えない理由、知ってるの?」

「知ってるも何も――」


 ショコラが、呆れたように肩をすくめる。


「『オリジナルシード』って言い出したの、私だもの」

「えっ、そうなの!?」

「ええ。昔、『生地種の方が風情がある』『いや、今風の名前の方がわかりやすい』って、大喧嘩したこともあったわ」


 なにが最新モデルのババアだよ。自分も時代の波に取り残されてるじゃねぇか。


「約束の報酬、禁断の果実と秘密のシナモン――貴方に託すわ」


 ショコラから黄金に輝くリンゴと、それを三つほど入れられそうな小袋を渡された。


「取り扱いは十分に注意しなさい。昔、味見してしばらく味覚が戻らなかった人を知ってるんだから……」


 それが誰なのか、なんとなく想像はつく。

 けれど、それ以上は聞かないことにした。

 ここで踏み込むのは、たぶん野暮だ。


 ショコラに軽く礼を言い、僕たちは禁忌の森を後にする。


 入口付近で、ふとパイフォンを見ると、シュガースティック状のデジタル時計の数字が、ゆっくりと動き出しているのが目に入った。


 ――よかった、壊れてはいないらしい。


 正確には覚えていないが、禁忌の森に入った時と、ほぼ同じ時刻を示している。


 ……ショコラの言う通り、あの森の中では時間が止まっていたのだろうか。あるいは、止まっていたのは、世界そのものだったのかもしれない。


 不思議な気持ちに包まれながらも、手の中の材料を早く試したいという気持ちが勝り、帰路を急いだ。



    ◇ ◇ ◇



「坊や、あのじゃじゃ馬から禁断の果実はもぎ取って来れたかい?」


 ショコラのことをじゃじゃ馬呼ばわり、相変わらずだな、このババアは。


 僕が手元の果物と小袋を見せると、満足そうに微笑んだ。


「やるじゃないか。あの小娘は何か言ってたかい?」

「いつまでも呼び方にこだわる老害だって」

「嘘つくんじゃないよ。まったく、口の悪い弟子だねぇ……」


 あながち、嘘でもないんだが。


「坊やにひとつ、忠告だ」


 突然、ババアが真剣な表情でこちらを見つめ出した。


「その禁断の果実、味見は絶対にするんじゃないよ!」

「秘密のシナモンと一緒でも?」

「ああ、森で採れた普通の果物ならいいが、禁断の果実はちょっとやそっとの加減じゃ効かないのさ」

「ちょうどいい加減……つまり、黄金比を見つけるしかない?」

「洒落た言い方をするね。その通りさ。味見はそこの神様かサクットに任せるといい」


 味見役に神様を指名するあたり、迷いがない。

 すごいな、このババアは。良心のかけらもないのか……まあ、元・泥棒への扱いと考えたら仕方ないか。


「味見!? ビスケット以外の焼き菓子を食べられるのじゃ!?」


 都合の悪い部分だけ、きれいさっぱり聞き取れていないようだった。


 呑気すぎるだろ、この神様。実験台にされる予定なんだぞ!?


「改めて、お手並み拝見といこうかね」

「ああ、期待して待っててくれ」

「ふん、言うようになったじゃないか……」


 キッチンに向かい、最初に作ったアップルパイを再現していく。

 普通のリンゴの代わりに禁断の果実を使い、シナモンを振りかける。

 比率があっていれば、味覚が壊れない程度の甘さに抑えられるはずだが、果たして……。


 僕は不安なので、最初の味見はサクットにお願いすることにした。


「なんでわらわじゃないのじゃ!?」


 神様の抗議を無視し、サクットの口の内側へアップルパイの欠片を放り込む。

 焼き菓子の反応をキャッチしたサクットが、しばらく制止する。


 ……数秒も経たないうちにサクットの身体から煙が吹き上がった。


 これは失敗だな。多分、禁断の果実が多すぎたんだ。次は半分くらいにしてみよう。


「おぬし、わらわに何を食わせようとしておったのじゃ!?」


 サクットの様子を見て、神様がようやく警戒しはじめた。


 仕方ないだろ、適任は君たちしかいないみたいだし。


 果物の使用量を半分にしたアップルパイを作り、シナモンも同じ量をかけ、それをそのままサクット越しに神様の口へ放り込んだ。


「いやじゃあああ! 変なものを食わせようとするな――むぐっ!?」


 果たして、神様の味覚は破壊されるのだろうか。

 僕はアップルパイの黄金比を見つけるのと同じくらい、その反応が気になっていた。


「オリスよ、これは本当に焼き菓子なのか? 全然、甘くないのじゃ……」


 今度は少なすぎたらしい――結構、シビアだな。


 その後も、サクットと神様に交互に味見をしてもらった。

 幸い? と言っていいのかわからないが、神様の味覚が破壊されることはなかった。


 なぜなら――


「うまい……うまいのじゃ……こんなうまい焼き菓子は食べたことがない。いや、そうじゃない。何十年か前に食べた記憶があるのじゃ。うまい、これに比べるとこのビスケットはカスじゃ」


 どうやら成功したらしい。

 ビスケットへの評価は、君の自業自得だろ。


 意を決して、僕もアップルパイを一口頬張った。


 ……言葉が、出てこない。


 僕が作った『ガトー・インビジブル』をはるかに上回る甘さが舌を蹂躙する。

 かと思えば、すぐにすっきりとした清涼感がすべてを流し、再び甘みが襲いかかる。


 これが、禁断の果実の力、なのか。

 すごい、すごすぎる。

 こんな焼き菓子、存在しちゃ駄目だろ。

 そう思わざるを得ない、美味しさだった。


 僕は出来上がったアップルパイに手をかざし、オリジナルシードにした。


 バンブキンさん、アヤレーヌ、そしてババアにはコンテスト当日に食べてもらうことにしよう。


 乗り気でなかったコンテストだったが、すでに僕は当日を待ちきれなくなっていた。こんなに熱中したのは、久しぶりだな。

 なんだかんだで、焼き菓子を作るのって、意外と楽しいかもしれない。



    ◇ ◇ ◇



 レンブンの街は、かつてないほどの盛況だった。

 第三のスコーン試食会などは比ではない、街の通路すべてに人が敷き詰められているかのようだった。


「さあ今年もやってまいりました、焼き菓子コンテスト! 栄えある優勝を手にするのは一体誰なのか――」


 司会の人の張り切った声が、街中に響き渡る。


「今回の審査員はこちらの方々です!」


 審査員席には、ババア、バンブキンさん、アヤレーヌ、見知らぬ顔数名、そして街の長らしき人物が並んでいた。


「それぞれ実績のある方々でして、中でも――」

「能書きなんていらないよ。さっさとはじめな!」

「は、はいっ……! それでは選手の紹介です!」


 ババアの一声によって司会の人は萎縮し、段取りの変更を余儀なくされる。


 いつも思うが、ババアは勝手がすぎるだろ!


「まずは、前回の優勝者であるバンブキンさんに惜しくも敗れたスウィーテ選手!」


 バンブキンさん……前回の優勝者だったんだ。

 なんで教えてくれなかったんだろう。


「次にフラワルソーズ工場より、セバタスチャン選手!」


 アヤレーヌの執事だ。フラワルソーズ工場の新作の宣伝も兼ねてるのかな?

 すごい勢いでアヤレーヌが目配せをしている……。


「そして、謎多き仮面のガトー選手。全身が鎧に包まれており、正体不明です!」


 そんな奴呼ぶなよ! 怪しすぎるだろ!

 正体不明なら、どうやってエントリーしたんだよ!!


「最後に、この街に最近住み始めたという期待の新人、オリス選手!」


 突っ込む間もなく僕が紹介される。

 よかった、普通の説明だ。


「ちょっと、どういうことですの?」

「そうですよ、師匠。なんで、伝説の焼き菓子職人の弟子だって教えてあげないんですか?」

「バカだね、アンタたちは。それじゃ、坊やのためにならないだろ?」


 確かにババアの言う通り、ネームバリューで優勝しても何もうれしくない。けど、有名であるからこそ、信頼された実績という見えない力が働いているのも事実だ。


 ババアから事前に聞かされたルールでは、このコンテストは結構、残酷な評価制度らしい。

 審査員による評価のあと、街の住人による試食が行われる。


 ただし――選ばれるのは半分だけ。


 つまり、四人のうち二人の焼き菓子は、食べてもらえない。


 肩書きは実力と同じくらい重要になる。

 でも、今の僕にはそれがない。

 優勝するには、審査員全員を満足させるしかないのだ。


「それでは、まずはスウィーテ選手の焼き菓子――『紫芋のスイートポテト』です」

「バンブキン、アナタに勝つ!」


 バンブキンさんは今回、審査員だよ……。


 鮮やかな紫色のスイートポテトが運ばれてくると、甘い香りがたちまち会場に広がり、鼻腔をくすぐった。


 さすがは前回の優勝候補だ。


「駄目だね」

「駄目ですね」

「駄目ですわ」


 ババア、バンブキンさん、アヤレーヌが同時に切り捨てる。


 はやすぎる。


 一口食べたと思ったら、もう結論が出ていた。


「そ、そんな……」


 優勝候補が落ち込んでいるぞ。容赦ないな、三人とも。


「あーっと、いきなりの大波乱! 前回の優勝候補の焼き菓子が、まさかの大不評!」

「おいおい、マジかよ……」

「今回の大会、どうなっちまうんだ?」

「凄ェ、半端ねェ!」


 街の人々も戦々恐々といった具合だ。

 最後の人、第三のスコーン試食会の時にもいたな。


「お次は、フラワルソーズ工場が誇るセバタスチャン選手の焼き菓子。『想い出のマドレーヌ』です」

「お嬢様のために焼き上げました」


 みんなのために焼いてよ……。


 やはり、フラワルソーズ工場の宣伝も兼ねているのだろう。素人目で見ても、レベルの高いマドレーヌが運ばれてきた。


「悪くないが、アタシは×だね」

「私は逆に〇ですね。私の好みに近い味です」

「わたくしは×ですわ。セバタスチャン、もっと改良できますわよね?」


 意外にもアヤレーヌからの評価はよくなかった。

 日頃から味にはうるさいと豪語していたが、どうやら本当のようだ。


「皆さん気になっているであろう、このお方。謎の仮面の職人ガトー選手!」


 出た……どう見てもイロモノだろ、こいつは。


「彼の焼き菓子は『ガトー・インビジブル』です」


 ――え? 嘘だろ……。


 ショコラに渡したはずの、あのケーキがそこにあった。


 確かに、オリジナルシードから量産品は作れるよ。けれど、あんな得体の知れない仮面に僕の作品を売るなんて、どうかしている……! 一体、何と取引したっていうんだ!?


「なるほどねぇ」

「これは……文句のつけようがありませんね」

「わたくし、嘘はつけませんの。これは、わたくしが食べた中でもっとも美味しい焼き菓子ですわ!」


 満場一致で○が並ぶ――かと思われた。

 だが、ババアだけが×の札を上げていた。


「なんだ、あの焼き菓子は!?」

「俺、絶対、あれを試食する!」

「凄ェ、半端ねェ!」


 会場の盛り上がりも最高潮に達しつつあった。


 ――僕は、僕を超えられるだろうか?


「それでは、最後はオリス選手の『禁断のアップルパイ』です」

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