9.夢の作戦会議室
気がつくと、あの場所に立っていた。
窓から柔らかな光が差し込んでいる。
オレンジ色がかった、夕方のような光。
空気の中には、細かなほこりがきらきらと漂っていた。
アンティークの机と椅子。
壁には革張りの本がずらりと並んでいる。
古い図書館のようで、けれど小さな喫茶店のようでもある。
——夢のカフェ。
私は小さく息を吐いた。
「よかった、また来ることができた」
そのとき。
向こうの席に立っている少女と目が合う。
金色の髪。
白いワンピース。
アマーリエだ。
「あ……」
アマーリエが小さく声を上げる。
「真理恵さん」
私は椅子に腰を下ろした。
「こんばんは」
アマーリエも慌てて席につく。
けれどすぐに、少し身を乗り出した。
「今日は……どうでしたか」
心配そうな顔。
私は少し肩をすくめた。
「いろいろあったよ」
アマーリエの目が不安そうに揺れる。
「え……」
「大丈夫だったのですか」
私は少し笑った。
「うん」
「…作戦会議ってやつしてきた」
アマーリエが目をぱちぱちさせる。
「…作戦…会議…ですか?」
私は今日の出来事を話し始めた。
朝、アマーリエの話を書き出した紙をリナに見せたこと。
学園でグレイスたちに会ったこと。
ベルンが現れたこと。
中庭で話したこと。
そして——
証拠を集めることになったこと。
話しているうちに、アマーリエの表情はだんだん固まっていった。
「……ベルン様が」
小さく言う。
「…怒ってくださったのですか」
私は頷いた。
「うん」
「かなり怒ってた」
アマーリエはぽつりと言った。
「……そのようなこと」
「今まで、怒った顔を見たことは一度もありませんでした。」
そして、ほんの少し顔が赤くなる。
「ベルン様は」
「いつも……とても真面目で」
「必要なことしか仰らない方なので」
私は思わずにやりと笑った。
「なるほど」
アマーリエは慌てて首を振る。
「い、いえ…その」
言葉が続かない。
少し黙ってから、小さく口を開いた。
「……あの」
「こんなことを言うのは」
「不謹慎かもしれないのですが」
私は頷く。
「うん」
アマーリエは少し迷ってから言った。
「……なんだか」
ほんの少し笑う。
「楽しくなってきました」
一瞬、沈黙。
次の瞬間。
私は吹き出した。
「ははっ」
思わず机に肘をつく。
「意外と私たち似てるかも。面白いことはいいことよ。」
アマーリエが少し驚いた顔をする。
私は笑いながら言った。
「それにめちゃくちゃいい変化だよ」
アマーリエは少し首を傾げる。
「……そうでしょうか」
私は頷いた。
「うん」
それから少し身を乗り出す。
「面白がれるとなんだって乗り越えられる。」
「それにさ」
「アマーリエは一人じゃないでしょ?」
アマーリエは少し驚いた顔をして、それから静かに笑った。
「……はい」
小さく頷く。
その笑顔は、最初に会ったときよりもずっと柔らかかった。
ふと、窓の外の光が少し揺れた気がした。
さっきまでオレンジ色だった光が、ゆっくりと薄くなっていく。
私はそれを見て、なんとなく分かった。
(……そろそろ目が覚めるのかも)
アマーリエも同じことに気づいたのか、少しだけ名残惜しそうに周りを見回す。
「……また、会えますよね」
小さな声だった。
私は肩をすくめる。
「多分ね」
それから少し笑う。
アマーリエも、くすっと笑った。
それから、少しだけ真剣な顔になる。
「真理恵さん」
「ん?」
「……ありがとうございました」
私は軽く手を振った。
「気にしなくていいよ」
少し考えてから言う。
「アマーリエが今まで頑張ってきたからみんなが協力してくれてるのよ」
アマーリエは少し驚いた顔をして、それから照れたように笑った。
その瞬間。
カフェの光が、ふっと揺らぐ。
窓から差し込んでいた夕方の光が、ゆっくりと白く溶けていく。
机も、本棚も、空気の中のほこりも、
少しずつぼやけていった。
アマーリエの姿も、光の中に溶けていく。
最後に、彼女が小さく言った。
「おやすみなさい」
私は少し笑って答える。
「おやすみ」
そして——
世界が白くなった。




