12.いよいよ、
馬車がゆっくりと止まった。
リナが先に扉を開ける。
「到着いたしました」
私は一度深く息を吸ってから、外へ降りた。
朝の学園はすでに賑やかだった。
制服姿の令嬢たちが談笑しながら歩き、
遠くでは噴水の水音が聞こえる。
(……いつも通り、か)
私は軽くブローチに触れた。
リナが小さく囁く。
「……ご無理はなさらないでください」
私は小さく笑う。
「大丈夫」
「今日は、味方が多いから」
リナは少し驚いた顔をしたが、すぐに静かに頷いた。
私は校舎へ向かって歩き出す。
そのとき。
後ろから、くすくすと笑う声が聞こえた。
「まあ」
聞き覚えのある声。
「今日はずいぶんご機嫌のようですわね」
振り返る。
そこに立っていたのは、グレイスだった。
完璧に整えられた金髪。
高慢そうな微笑み。
その後ろには、ベラとディアナ。
三人とも、こちらを楽しそうに見ている。
グレイスはゆっくり歩み寄ってくる。
視線が私の胸元で止まった。
「……あら」
少し目を細める。
「素敵なブローチですこと」
私は穏やかに答える。
「ありがとうございます」
グレイスはくすっと笑った。
「侯爵家の紋章ですわね」
「大事な物なのでしょう?」
私は小さく頷く。
「ええ」
「大事な物です」
一瞬だけ沈黙が落ちる。
それからグレイスは肩をすくめた。
「それはよろしいことですわ」
振り返りながら言う。
「なくさないようにお気をつけて」
ベラとディアナがくすくす笑う。
三人はそのまま校舎へ入っていった。
私はその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「分かりやすすぎない…?」
隣でリナが小さく呟いた。
「……本当に」
私たちは顔を見合わせて少し笑う。
「ね」
それから校舎へ入る。
廊下を歩き、教室へ向かう。
教室の中にはすでに何人かの生徒がいた。
私は自分の席へ行く。
窓際の席。
机に手を置く。
そしてゆっくりと座った。
リナは入口の近くで軽く一礼してから、侍女控えの方へ向かっていく。
私は机の中を開けた。
ノート。
筆記具。
そして。
わざと見える位置に、ブローチを置く。
胸元から外して、机の中へ。
ふっと息を吐いた。
(さあ)
窓の外を見る。
青い空。
穏やかな朝。
でも今日は少し違う。
(来るなら、どうぞ)
授業が終わると、教室の空気が一気に緩んだ。
椅子が引かれる音。
令嬢たちの話し声。
「次の講義、少し時間がありますわね」
「中庭に行きませんこと?」
生徒たちは次々と教室を出ていく。
私も立ち上がった。
机の中は、あえて閉めずにそのままにしておく。
(さて)
私は教室を出た。
廊下にはもう誰もいない。
少し歩いて、角を曲がる。
そこで立ち止まった。
……少しして。
静かな足音が近づいてきた。
ベルンだった。
「……順調か」
小さく言う。
私は頷く。
「多分…」
ベルンは教室の方をちらりと見る。
「見張りは?」
私は軽く顎で示す。
「リナが」
ベルンは小さく頷いた。
「よろしい」
それから、壁にもたれる。
「少し待とうか」
廊下には静かな時間が流れた。
遠くから笑い声が聞こえる。
そのとき。
——教室の扉が開く音。
私はベルンと目を合わせる。
二人で静かに教室の入口へ近づく。
そっと中を覗く。
そこには、グレイスが立っていた。
ベラとディアナも一緒だ。
三人は私の机の前にいる。
グレイスが机の中を覗き込む。
そして。
「あら」
小さく声を上げた。
指先で、ブローチをつまみ上げる。
銀の紋章が光を受けてきらりと光った。
ベラがくすくす笑う。
「本当に置いていくなんて」
ディアナも笑う。
「おめでたい方ですわね」
グレイスはブローチをしばらく眺めていた。
それから小さく肩をすくめる。
「まあ」
「なくしてしまうよりは」
ベラが言う。
「預かって差し上げます?」
三人が笑う。
グレイスはくすっと笑った。
「そうですわね」
そして。
何の躊躇もなく、
ブローチを自分の小さなポーチの中へ入れた。
ぱちん、と金具が閉まる音。
その瞬間。
「——何をしている」
低い声が教室に響いた。
三人が一斉に振り向く。
ベルンが扉のところに立っていた。
その表情は、氷のように冷たい。
グレイスの顔から笑みが消える。
「べ、ベルン様……」
ベルンはゆっくり教室の中へ入る。
視線はグレイスの手。
そして、そのポーチ。
「説明してもらおう」
教室の空気が凍りついた。




