10.動き出す
目を開けると、朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
「アマーリエ様」
すぐ近くで声がする。
「お目覚めですか」
ベッドのそばに立っていたのはリナだった。
私はゆっくり体を起こす。
「……おはよう、リナ」
まだ少し眠い頭で、思い出す。
夢のカフェ。
アマーリエの笑顔。
——なんだか、楽しくなってきました。
思わず小さく笑った。
リナが少し不思議そうな顔をする。
「アマーリエ様?」
私はベッドの縁に腰掛けながら言った。
「今日は」
少し考えてから続ける。
「あの紋章のブローチをつけていきます」
リナの目が一瞬だけ鋭くなる。
すぐに理解した顔になった。
「……かしこまりました」
私は窓の外を見る。
青い空。
穏やかな朝。
でも今日は、昨日とは少し違う。
私は小さく息を吐いた。
(よし)
心の中でつぶやく。
(やるか)
支度は、いつものように静かに進んでいく。
メイドたちが水を運び、
リナが衣装を整える。
制服の袖に腕を通すと、
昨日よりも少しだけ身体が軽い気がした。
鏡の前に立つ。
金色の髪をリナが丁寧に整えていく。
ブラシの音が、静かな部屋に小さく響いた。
しばらくして、リナが言う。
「アマーリエ様」
「はい?」
「……本当に、よろしいのですか」
鏡越しにリナと目が合う。
私は少し首を傾げた。
「なにが?」
リナは少し言葉を選ぶ。
「本日、ブローチをお持ちになること」
「恐らく……狙われます」
私は小さく笑った。
「うん」
「それでいいの」
リナはしばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
「……承知いたしました」
そして机の上から、小さな箱を持ってくる。
箱を開けると、美しい石がはめ込まれた銀のブローチが光った。
フェルナ侯爵家の紋章。
リナはそれをそっと手に取り、私の胸元につける。
「……お似合いでございます」
私は鏡を見る。
ブローチが朝の光を受けて、静かに輝いていた。
そのとき、リナが少しだけ声を落とした。
「アマーリエ様」
「はい?」
「もし何かございましたら」
ほんの少しだけ微笑む。
「すぐにお呼びください」
私は少し笑った。
「ええ」
それから軽く頷く。
「頼りにしてる」
リナは一瞬だけ驚いた顔をした。
でもすぐに、落ち着いた表情に戻る。
「……光栄でございます」
部屋の外から馬車の準備の音が聞こえてきた。
私は手袋をはめる。
扉の方を見る。
そして、小さく息を吐いた。
(さて)
今日はきっと——
少し、面白い一日になる。




