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6



空気は寒いが、陽は暖かい。

ころん、と身を転がし、太陽に腹を向けると投げ出した手が見えた。



獣の手が、見えた。

肉球が付いた可愛らしいむくむくした手だ。


体に土が付くのも構わず、どでん、と大の字に寝転がると、すぐに五本の指が生えた人の手が両腕の付け根を捉え、持ち上げた。



「…うっ。見かけに増しても重いのね…」



獣が全力で人の手を拒否する。

ぐねぐね、と身をくねらせて手から逃れようとするが、手から獣の体が解放されることはなかった。



「何でこんなに嫌われているのかしら…あなたばっかり懐かれてずるいわね。何で買収したらこうなるのよ」



獣の目が手の持ち主を捉える。


黒髪の女だ、だが、髪は長くない。

恐らくそれほど身分の高い女性ではないのだろう。

歳は20代であろうか。


奥にいた『あなた』と呼ばれた男が女に歩み寄る。



「それは構われるのが好きではないのだよ、紫寿(しず)。それに明日、明後日、明々後日には蛇神の腹の中。可愛がってやる必要もない」



男の顔に見覚えがあった。

知っているその顔より幼さがあるものも、その男は蛇殿だった。

相変わらずその両の目は伏せられたままである。


獣はと言うと、その一瞬の隙をついて女の手を力ずくで逃れるとごろんごろん、と転がるように縁の下まで逃げていった。


何て横着な獣だ。

新種か珍種か。



「あっ…もう。そんなことばっかり言っているときっとその内、猫に呪われちゃうわ」



何だ、猫か。

紫寿と呼ばれた女は転がっていった猫を追うように縁の下を覗き込んだ。


喉から空気を裂くような威嚇する鳴き声が漏れる。

紫寿はそれを聞くと残念そうな顔をして、顔を引っ込めた。


行動の主導権がなくとも、今この猫の身体は私の身体だ。

垂れた耳の先に付いた砂が煩わしい。



「なに、もう呪われているさ」



縁の上から声が降る。

恐らくこれは己の髪色が黒ではなく、金色であることを言っているのだろう。



「それは呪われているんじゃなくて、そういう遺伝なんでしょ」


祖父上(おほぢうえ)も父上もこうではなかったぞ」


「そう、それは良かったじゃない。人と違うのは良いことだわ。それのおかげなんでしょ、毎日毎日、異常なほどお手紙を貰うのは」



皮肉交じりの紫寿の言葉に蛇殿は声を上げて笑った。



「違うぞ、それは。それは単に私が良い男だからだろうよ」


「良い男は自分のことを呪われている、とかそんな後ろ向きには捉えないわ」


「よく回る口だこと。それはお前が獣にばかり気をやって私を全く構ってくれないからではないか」


「あらあら。あなたこそよく回る口だこと!誰かしらね、昨晩またどこぞの未亡人の元に遊びに行った色男さんは」


「ああ、それは仕方あるまい。あの様に傷心の女性を かどわかすほど楽しいことはないのだからな。いや、本当にあれが死んでよかった。あんな艶やかな女だとは知らなんだ」



不謹慎なことを平然と言って退ける蛇殿だが、それを責める紫寿ではない。



「で、その時、正妻はほったらかし?あなたが一週間もここを空ければ、紫寿は病で死にました、って女中に言われるわよ、絶対。そしてきっとそこら辺に埋められているのよ!」



冗談で言っているのだろうか。

紫寿は笑い声を必死に抑えて全てを話し終えた。



「事実、ありそうで笑えぬな。やはり無理に正妻にすべきではなかったか…」


「またそうやって私を苛めて……本当に性格悪いんだから。今さら解消されたら、もっと酷いことになるわよ」


「冗談よ、冗談。お前は幾ら苛められても問題あるまいよ。何を言われても言い返せるほどの口八丁なのだからな」



そう蛇殿が言うと、二人は笑った。

猫の耳朶を笑い声が打つ。


とても、幸せそうだった。














目が覚めた。


腕を見ると、それは肌の色を持つ人の手。

獣の手ではない。


5,6年の空間を埋めるように見せられた過去。

そうか、ああいう人だったか。



夢で惚気られたのに嫌な気はしなかった。


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