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「分からない!兄上が分からない!!何で?バカなの!?死ぬの!??信じられません!!」
憤然と怒鳴る妹に兄はその声から逃れるように屋台の端に寄る。
狭い牛車の中で責められては敵わない。
しかし、この結果…本来の目的は真逆になってしまった。
「あっ、兄に向かってバカは…」
暴言について注意する舞雪だが、吹雪はそんな事なんて耳に入っていない。
思わず故郷の方言が飛び出す。
「はぁ?知ってるべ、分からねほど呆けたのなら仕方がなァ!おれが教えてけるか!」
「やめ……吹雪!!」
舞雪がかつてない程の剣幕と怒気を持って声を張り上げた。
よく回っていた舌が途端に止まる。
吹雪は初めての兄の剣幕にびっくりして、身動きすらできない。
「あちらに行ったら……そのように故郷の言葉は一切使わぬ、と約束しろ」
「…な、何でですか?」
分かっていて聞いた。
離れて暮らしていたとは言え、兄妹である。
この兄、舞雪は……。
「都に染まれ、吹雪」
……都かぶれだった。
この言い方がまた一層、彼女にとっては腹立たしい。
吹雪はその一瞬、本気で兄を殺したくなった。
それはもう、現実不可能ではあるだろうが…願わくは撲殺がいいと心密かに思った。
「父上が今の兄上を見たら…ハハ……逆に喜ばれるか」
独り言のつもりであったが、舞雪はそれをしっかり聞き取っていた。
「あぁ、父上もやっとこのように件家から陰陽師が輩出されることをきっと草場の影で喜んでいらっしゃるだろうよ!」
しかも、この都かぶれ。
2,3世代前から続くものだったりするのだ。
それも例の文章博士の家と大きく関わっている。
吹雪はもはや何も返せなかった。
ただ元々陰陽寮に属していた文章博士に家の馴染みを餌にして行った猛烈アピールがやっと届いたことを理解した。
「ほら、お前も言っていたではないか。これは酷い落ちぶれ方だ、と。陰陽師になれれば従七位上だぞ?今より上がるのだぞ??」
今より上がったところで結局は地下人である。
「いいですよ、こんな立派な牛車を持てるまでになったと言うなら、兄上の都暮らしも成功なさっているのでしょう。これ以上何も望まないですよ」
吹雪は屋台の中をぐるりと見渡した。
陸奥で暮らしていた頃はこんな立派で綺麗な牛車など見たことがなかった。
常時、蜘蛛の巣とお友達状態だった。
「この牛車のことか…これは先程言った、大白蛇様が貸してくださったのだ。勿論、これを引く式神もな」
牛が一段と勇ましく唸る。
明るい兄と比べ、妹はふと静かに回想した。
振り返った過去にいた蛇殿は決して竹を割ったような真っ直ぐな男ではなかった。
どちらかと言うと、蛇の様に執念深く、何事につけても算段しているような人だった気がした…。
何か裏があるのだろうか…。
そう思うと、また巨大な空気の塊が喉から溢れた。