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「舞雪」


未来を視る件は文字通り何か、と言わんばかりの面を上げた。


「お前、今回について予知夢を視たか」

「…いいえ、視てません」


狭い牛車の中だ。

舞雪のド下手な嘘など聞こえる息遣いだけで十分に分かる。


そもそも件の予言は詠だった。

しかし、そこに人の血や鬼の血、その他諸々の血が混じり予言の形は詠から夢へと変わり、短命だった寿命は延命された。

予知夢は日常的に視るものとなり、その量は膨大なものになった。

視たいものが視られるわけではないことは確かだが、間違いなく今回について何かしら知っているはずだ。


「そうか、視ていないか」


前回のことから舞雪が自分に関わるみらいを口にしたがらないことは知っている。

だからと言ってそこを配慮するつもりもない。


「人が折角、師事してやっていると言うのにお前という奴は…不孝ものだな。帰るか?」

「か、帰るんですか?そんなまさか、ここまで来て」

「嫌かよ。我儘な奴だな」


言い放つと、舞雪は宙に目を向け、結構な時間考えた挙句に口ごもりながら返す。


「…い……え、あーー…あまり綺麗ではないお宅に行きますよね、これから…」


件の家も十二分綺麗な邸宅とは言えないが、そこは耳に入らなかったことにしよう。


「視ていたのだな。そうだ、式神使いの若い陰陽師のもとへ行く。それで?」


式神使いの陰陽師とは狐を母に持つ下級貴族のことだ。

最近になって梨花と言う女を娶ったのだが、どうやらそれ以降尻に敷かれっぱなしのようだ。

まぁ、仕方があるまい。

式神以外のこととなると、まるでダメな男となるの代わりにいもである梨花がしっかりしなければいけなくなるのは定石だ。

それはついつい尻にでも敷いてしまうだろう。


「うっ…その後には僧侶の格好をされた男のもとに…」

「ほほう、名前も分かっておろう。言え」

「…名前は分かりませんが。あー…結構…はは、仲が悪いと見える方でした」


仲が良いわけがない。

そもそも私は女が好きで、男が嫌いなのだ。

それにあいつ、知徳法師、いや……法師などと付けるのすら躊躇われる。

むしろ痴涜法師で良いだろう。

別に何を取られたわけでもないから恨みに思うほどではないが、しかしそれでも面白くないものだ。


「何時ぞや、その知徳が海賊を捕え、奪われた積荷も船主に返したのだがな…」


思い出したくもないが、あれの話をすると光のない暗闇の中に知徳の姿が浮かぶ。

早く死なぬかな、こいつ。


「へぇ。いい話じゃないですか」

「は!阿呆め、無償で返したのだぞ?無償で。信じられるか?」

「返したのなら…返したのでしょう。信じますけど……もしかしてその一件で不仲になられたんですか!?」


大げさに舞雪が驚きの声を上げる。


「気に喰わんではないか、善人ぶりおって。そもそも最初から気に喰わんかった」

「…きっと一時期、知徳法師がその件で話題を攫ったんだろうな。で、多分その時にその話で女人ともめたに違いな……」

「おい。一字一句洩らさず全て私の耳に入っているぞ」


揺れていた牛車が静止した。

物見から除けば何とも下級貴族らしいこじんまりとした邸宅が見えるのだろう。


「…あまり綺麗ではないと言いましたが、実際夢で視るのと現実で見るのは違いますね」


感慨深そうにため息をついて舞雪が小声で言うのが聞こえた。

なんと。

件の家はこれ以上に酷いと言うのか。





















「まさか蛇殿様、自らお出でになられるとは思っていなかったので、何にもご用意できませんが…」


男、安倍春明あべのはるあきらは人の良さそうな笑みを浮かべて、部屋へと導いた。

が、しかしその笑み、よくよく見れば明らかに引きつっている。

それはそうだ、何だかよく分からないが、文章博士が前兆になしにやってきたのだ。

それもただの文章博士ではない。


元来陰陽師であり功績が認められ、主上がお礼を、と仰った折、いけしゃあしゃあと位が高く自由の利く文章博士の位を要求したのだ。

……もちろん、弟子の私がそんなことを声に出しては言えないが。


導かれた一室は必要最低限の物すらない実に質素な部屋だった。


「相も変わらず、うようよいるものだな」


部屋に満ちているのは式神のみである。

うっかりすれば妖と間違いそうな角の生えたあれやこれ、光る何かがあちらやこちら。

大白蛇様は鬱陶しそうに、手で払いのけると蜘蛛の子を散らすように散り散りになった。


「どうも、すみません。梨花が、いや私のいもが式神を怖がるものでこのように一室に閉じ込めていまして…」

「やはり女人は式神を怖がるのでしょうか」


そうなると私も妹を娶る場合、式神やら何やらはあまり表に出さないほうが良いのだろうか。


「その話は後々個人的にすると良い。それと、お前が女に興味を持っていることを聞いて少々安心したぞ」

「ちょっ!」


少々気になる話題だったので食いついてしまったが、誰よりも先に座した大白蛇様は話を中断させた。


「それより、だ。春明ぁ……お前、しばらく暇にしていろ」

「暇…とはまた何かあったのでしょうか……?依頼を受けているのですが」

「依頼…」


まさか、いや、しかし。

もしそれが本当であり、実際この狐の子と呼ばれる陰陽師が陽炎と対峙していたら……きっと陽炎はまともな姿で発見されなかったであろう。

正真正銘の本家本元の血筋を引く陽炎は、完璧な血筋とは裏腹、遺伝を強く受け継いだわけではなかった。


「荒三位か」

「…はい、ご存じのようで。なんでも、邸宅に忍び込む不届きな妖がいると。この褒賞で妹に新しい袴やら櫛やらを買ってやろうと……」


妹のことを思い出したのだろう、春明は照れたように頬をかいた。

幸せムード全開である。

大白蛇様の元にいるとこういう話題は皆無である。

全部、年齢制限を設けられそうな内容なのだ、久しぶりにこういう話題で和んだ。

それも一瞬。


「まぁいい、依頼を受けたのなら断れ」


大白蛇様の傍若無人なその一言が若い夫婦に打撃を与えた。

しかしこれが土となり水となり、きっといつか芽を出して、小さくも美しい花を咲かせるのだ。

何が言いたいかというと、この障害も夫婦の絆を深める一因になるだろう、ということだ。






















都外れの破れ寺には数匹の猫が集会とばかりに集まり、にゃーにゃー鳴いていた。


それぞれが暇そうにのんびりと横たわっている猫たち。

ゆっくりとした時が流れる中、法衣の袖の下の猫とじゃれ付く男がいた。


綺麗に剃髪した男の名は知徳。

民間陰陽師である知徳は日々の糧のためにその術と仏の心を持って人を助ける。

と、同時に日々の糧のためにその術と話術で人を騙す。

酷く気まぐれな男である、それが知徳に好意ではないものを持つ者の認識だそうだ。


「…おい、何やら獣の鳴き声が聞こえるぞ。舞雪、足元にいる猫どもを払え」


聞き覚えのある声に知徳は手を止め、面を上げた。

知徳が思った通り、そこには毛唐の陰陽師がいた。

めくらでもあるその男は後ろから来た背の高い男に道端に自由気ままに転がる猫を退けさせ、こちらに向かってくる。

目は見えずとも何やら他の感覚で、様々なものを認識しているようだ。


みぎゃぁぁぁあ、とふわふわした尻尾を踏まれた黒猫は怒り心頭で畏れ多くも毛唐の陰陽師に戦いを挑んだ。

しかし、猫に対し愛護の念が皆無な陰陽師は容赦なくそれを叩き落とし、八つ当たりか何事か言う。


「貴様、これは罠か障害のつもりか…!」

「大白蛇様ッ!そ、それは猫です、知徳法師はあちらでございます!!」


やはり目には見えずとも他の感覚で察知はしているようだ。

しっかりどっしり座る三毛猫に向かって眉間のしわを寄せていた。


「なるほど、その方が弟子のようで。変わったものが額から生えておりますなぁ」


鈍く闇色の角が眉上から飛び出ていた。

その様子は見紛うことなく鬼である。

しかし鬼に理性はないと聞く、いや実際ない。

人の理性を持ち、鬼の容姿を持つとは……人と妖、結局どちらに分類されるのだろうか。


興味深い。


「端的に申そう、長居は無用だ。荒三位から依頼が来るであろうから断れ」


尊大な物言いに一体何処の誰が、御意などと返事するのか。

知徳のような民間陰陽師には官人の言葉であろうと響かないのだ。


「いやいや、長太郎ながたろう殿。左様なこと申されましても、私はこの生業で金子きんすを頂いております故、困りますなぁ」


大白蛇の弟子が長太郎に反応したのか、一人で冷や汗をかいていた。


「守銭奴が。しかし金子さえ入れば良し、か。ならばこの大白蛇が貴様にくれてやろう。乞食同然の、お前に!」


本当にこの眼前にいる陰陽師は知徳のことを好いていないようだ。

知徳は再確認して苦笑せずにはいられなかった。


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